この番組は、ついつい斜に構えてしまう "シャ族" の僕が、日々の学びを通して、まっすぐ生きて行くためのヒントを探していこうという思考の整理ラジオです。
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/664ee785316143a77128e577
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/664ee785316143a77128e577
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
このエピソードでは、室町時代の禅僧である一休宗純(いっきゅうそうじゅん)の生涯と人物像に迫ります。一休は、子供の頃からトンチで名を馳せた天才として知られていますが、その一方で、当時の腐敗した仏教界に絶望し、型破りで人間味あふれる生き方を貫いた異端の禅僧でもありました。幼少期には、後醍醐天皇の落胤(らくいん)として生まれながらも、政治的対立を避けるために6歳で出家し、波乱に満ちた人生を歩み始めます。彼のトンチ話は、後世に創作も多く含まれますが、「この橋、渡るべからず」や「屏風の虎退治」といったエピソードは、その機知と度胸を示しています。 27歳で琵琶湖上の小舟でカラスの鳴き声を聞いて悟りを開いたとされる一休は、その後も「狂運師」と自称するなど、既成概念にとらわれない生き方を続けます。手塗りの木刀を持ち歩いて形だけの僧侶を批判したり、正月にドクロを掲げて「門松は冥途の一里塚」と詠んで人生のはかなさを説いたりするなど、その行動は常軌を逸していました。晩年には盲目の女性と激しい恋に落ち、人間の性や愛を肯定する歌を残しました。また、宗派間の対立が絶えなかった時代に、「分け上る麓の道は多けれど、同じ高嶺の月を見るかな」という歌で、様々な道も目指す真理は同じであると説き、本質を見抜く洞察力を示しました。一休の生涯は、権威や形式にとらわれず、人間らしく、そして真理を追求した生き方の証として語り継がれています。
はじめに:一休宗純とは
シャ族日記.どうもしらいです。
今日も斜めに生きていますか?
はい,というわけで始まりました,シャ族日記です。
この番組は,ついついシャに構えてしまうシャ族の僕が,
日々の学びを通してまっすぐ生きていくためのヒントを探していこうという思考の整理ラジオです。
よろしくお願いします。
さて,今日は1,9,3についてまとめてみたいと思います。
というのも,つい最近,ふと1,9,3について考えることがありまして,
生きていれば1,9,3について考えたくなる日もありますよね。
で,トンチで有名ですよね,1,9,3。
子供の頃,絵本とかで,本というのかなあれは,読んだことがあるかもしれないですけど,
1,9,ソウジュンという名前で,日本史で,教科書とかにも出てきたりしていたので,
その名前とか,あとは,似顔絵,肖像画もね,あのブスッとした顔の肖像画とか見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。
が,そんな1,9,3ね,いろんな歌とか,あと破天荒エピソードみたいのもあるんですよ。
で,なんとなく部分部分で覚えてはいたんですけど,
なんかしっかりまとまって体系的にというか,ある程度体系的にちょっと頭の中に入っていなかったので,
ちょっと整理したいなというところで,今こうしてまとめて話そうと思っております。
はい,ではですね,早速,1,9,3。
1,9,3面白いんでね,面白いんでって言っちゃあれですけど,
最初にハードル上げてしまっていますが,ぜひぜひ話してみます。
ぜひぜひ話してみます。ぜひぜひ聞いてみてください。
で,まずですね,1,9,3ですよね。
日本人にはね,絵本,トンチの天才みたいな感じで親しまれている,
室町時代の禅僧ですね,お坊さんですね。1,9,3順。
で,実はこの方はね,破天荒で知られて,大人時代ですね,破天荒で知られていると。
で,民話やアニメとして語り継がれるトンチの天才としての顔と,子供時代ですよね。
そこから,賢意を嫌って人間くさく生きた異端の禅僧としての顔,
両方知ることで,1,9,3の魅力がより深く理解できるんじゃなかろうかってのがありますよと。
子供時代:トンチの天才と波乱の始まり
はい,で,まずですね,子供時代から見ていきましょう。
まあ,これを皆さんご存知のトンチ話も出てきますよ。
まず子供時代ですね。羊とトンチの天才1,9,3と。
出生と出家,1394年,1,9,3は,
後正末天皇と読むのか?これは。
の始成児ですね。
として生まれたとされています。天皇の。
これは楽,何て読むんだ?ちょっと調べますね。
始成児,始成児,楽院。
身分の高い男性,貴族や武家などが,
正才以外の女性に生ませた認知されていない子供。
天皇の子供なんですね,1,9,3。
で,生まれたと。
で,養命は千喜丸,千喜丸って言ったんですね。
母親が南朝側の血筋であったため,
暗殺や政治的対立を避ける目的で,
わずか6歳で京都の暗黒寺に出家させられ,
周賢と名乗りました。
すごいですね,結構6歳から波乱万丈ですね。
で,象徴的なエピソード,トンチバナシですね。
子供時代の1,9,3は,
知恵を働かせて難題を解決するトンチバナシの主人公として,
後正,江戸時代以降に広く語り継がれたそうです。
これらは史実というより,
後世の創作が多いとされていますが,
1,9,3を象徴する重要なエピソードですと。
そうですよね,本当にあったかって言われると,
室町時代の話を,江戸時代以降に語り継がれているので,
真偽不明っていう感じですかね。
で,有名なエピソード2つ。
まずは,この橋,渡るべからず。
誰もが一度は聞いたことがある,
この橋,渡るべからず。
橋の前に,この橋,渡るべからずという縦札がありました。
しかし,1,9,3は,
堂々と橋の真ん中を歩いて渡ります。
怒る役人に対して,1,9,3は,
橋ではなく真ん中を歩きましたと返し,
見事に出し抜きました。
うるさいですね,嫌なガキだな。
橋じゃなくて,真ん中を歩いていますよという,
生意気なガキですね。
そして,これが一番有名なんじゃないですか。
屏風の虎退治。
室町幕府の将軍,足利義満,
足利義満なんだ,
が言ったんか,これ。
屏風に描かれた虎が,よなよな抜け出して,
暴れているので縛り上げてほしいと,
無理難題を吹っかけられます。
そうすると,1,9,3は,
鉛を持って構えて,
さあ,私が捕まえますから,
将軍様,早く虎を屏風から追い出してください,
と返し,義満を陥伏させました。
うるせえですね,本当に。
今思うと,このひねくれガキがっていう,
いや,マジでそうですね,
もう,室町時代か,
うーん,
あっぱれあっぱれってなったのかな?
よしみつ,
切れ散らかすんじゃないか?
昔の人たち,
室町時代の人の精神史はわかんないですけど,
子供だから,やっぱ可愛げあるのかな?
どうなんだろう?
うるせえですけどね。
で,まあ,こんな,
ポンチのね,
子供時代であれば,
まだまだ可愛げあるなっていう感じだと思うんですけど,
こんなひねくれたガキがですね,
大人になるとね,
それは苦労しますよねっていうのがあります。
青年期:厳しい修行と悟り、そして「一休」の名
で,次,青年から大人時代,
悟りと一休の誕生,
厳しい修行と悟り,
成長した一休はですね,
ポンチの得意な小坊主から,
真剣に仏道に向き合う求道者となります。
真剣に向き合ってるんですね。
意外や意外。
彼は当時の腐敗した仏教会,
名誉や富を求める僧侶たちに絶望して,
厳しい修行で知られる,
仮想僧侶に弟子入りします。
そして27歳の時,
深夜の琵琶湖の上で小舟に乗っていた際,
カラスの鳴き声を聞いて,
醍醐しました。
この醍醐というのは悟りを開く,
悟りを開きましたということなんですね。
27歳で悟りを開いています。
この話,古典ラジオの,
何かの回で言ってましたよね?
軽く触れられてましたよね?
悟りを開くっていうのは,
どういう状況なのかみたいな,
これが実験寺院報道寺の,
松並竜玄さんの万害変化の時に,
さらっと触れられてましたかね?
すごいですね。
深夜の琵琶湖の上で小舟に乗っていて,
これちょっと調べたら,
座禅組んでたっぽいですよね?
座禅組んでて,
その時にカラスの鳴き声を聞いて悟ったと。
これどういう状況?
ということなんですけど,
ボンプである,
僕は推測とか,
調べてこういうことなんじゃないか,
ということしか言えないのですが,
ちょっと調べたので話してみますね。
まず,この深夜の琵琶湖でカラスの一声で,
というのはどういう状況だったのか,
認知的なシフトが起こったのかというのを整理しますと,
極限の緊張と感覚の遮断の環境があったのではないかと,
当時の状況を想像してみると,
地獄は深夜,
場所は広大な琵琶湖の上の小舟。
怖いですよね?
真っ暗闇の中では,
視界が奪われて,
波の音や風の冷たさだけが際立ちます。
これは外界のノイズが極端に減った一種の感覚遮断,
アイソレーション状態です。
これね,
僕も同じような,
同じような経験というと,
あれなんですけど,
田舎出身でして,
僕がですね,
去年の年末とか,
冬ですよ,
仕事終わりとかでですね,
結構ランニングするのが好きで,
田舎の畑,農道とか,
山道とかをですね,
ランニングコースとして走っていたんですが,
街灯とか,
ほぼほぼなくて,
めちゃくちゃ暗いんですよ,
夜。
で,
多少街灯があるんですけど,
それでも本当に,
1メートル先に見えないぐらいの,
もちろんライトを持っていたんで,
あれだったんですけど,
真っ暗闇で,
本当にめちゃくちゃ怖い,
恐怖を感じながら走っていました,
ランニングですね,
してました。
で,室町自体なんてね,
推して知るべしって感じなんですけど,
街灯も何もなく,
そして,
小舟に乗って,
逃げ場のない,
足場のない,
琵琶湖の上で,
座船組んでいるっていう,
恐ろしい状態ですよね,
で,静けさの中だったんでしょう,
外界のノイズが極端に減った,
感覚遮断状態じゃ,
ないかっていうところが,
まずは状況としてあります。
さらに付け加えると,
これはね,
五条なんでしょう,ファインマンさんっていう,
天才物理学者,
ノーベル
賞受賞者である,
ファインマンさんですね,
リチャードファインマンさんの,
本があるんですけど,
それでファインマンさんがですね,
なんかその,
感覚遮断みたいな,
このぷかぷか水に浮かんで,
感覚遮断させて,
誘体離脱するみたいな装置に入っていた時の話を,
していて,
同じような感覚だったんじゃないかなっていうのを,
思いました。
で,ちょっと脱線しましたけど,
で,加えて一休さんは,
この,
感覚遮断の状態に加えて,
それまで師匠の下で,
死に物狂いの厳しい修行を何年も続けていましたと,
で,悟りとは何なのかとか,
心理とは何かっていう精神的な,
緊張と発望が,
パンパンに膨れ上がって,
もう今にも破裂しそうな,
心の状態ですよね,
限界の心理状態にあったんじゃなかろうかと,
そして,
そこに突然のノイズによる,
思考の切断,
うん,
で,そこへ突然ですね,
暗闇を引き裂くように,
というカラスの鳴き声が,
響き渡ります.
で,これは美しい鳥のさえずりとか,
荘厳な鐘の音ではなくですね,
無機質で野生そのもので,
人間の理屈とか感情が一切入り込む,
隙のない,
ただの物理的な,
こう,音ですよね.
で,そんな,
ただのカーッというカラスの,
荒々しい,野生みのある,
鳴き声がですね,
限界まで張り詰めていた一休さんの精神,
をですね,
一気に破裂させたんじゃないかと,
いうふうに考えられますと.
で,その,
そこでですね,
頭の理解というところから,
フィジカルな直感,
というところへの転換が起きたんじゃなかろうかと.
で,一休さんが長年苦しんでいたのはですね,
悟らなければいけないという,
エゴですよね,強い自我であって,
頭の中で論理とか,
概念というのをこにこに回していたんだと.
ただ,しかしながら,
カラスの鳴き声を聞いた瞬間にですね,
その思考が強制終了させられたんじゃないかと.
で,残ったものは,
鼓膜を震わせる音,
肌に触れる夜風,
船の揺れといった,
ただただそこにある物理的な現実だけだったと.
そこで,抽象的な概念だったり,
理屈の世界から抜け落ちて,
世界を身体的,感覚的な事実として
ダイレクトに自覚する,
極めてフィジカルな直感,
というものへとですね,
意識がパラダイムシフトした瞬間が,
この深夜の琵琶湖,
小舟に揺られて座船を組んでいる時に,
カラスの鳴き声で悟ったというものなんじゃないかと,
いう話ですね.
これはですね,フィジカル進化というのを,
僕はノートの方でも書かせてもらったりしているのですが,
そういった部分とも通じるところかなと思いましたね.
これを見ていて.
で,こういう感じですかね.
これ以上振り組み込みはしないのですが,
大体そんな感じです.
で,ちょっとちょっと脱線が過ぎたかもしれないのですが,
27歳の時にそんなこんなで悟りました.
こんな簡単にまとめていいのかわからないですけど.
で,そうですよ.
ここからです.
一休という名前の由来と象徴的な歌ですね.
一休さん,もともと一休さんじゃなかったですよね.
千喜丸という妖名だったり,
京都の暗黒寺に出家させられた時は,
周賢というふうに名乗っていたそうでして,
なんで一休というのかというと,
これはお師匠班の加荘壮敦さんから,
悟りを認められた時に,
以下の歌をお師匠さんが読みまして,
一休という童謡,名前を授かったんだと言われています.
そういうことみたいです.
で,歌を読みますね.
卯老寺より,無老寺へ帰る一休み,
雨ふらばふれ,風吹かば吹け.
卯老寺より,無老寺へ帰る一休み,
雨ふらばふれ,風吹かば吹け.
これはどういう意味かというと,
卯老寺というのが,
煩悩にまみれた現世を意味するそうです.
で,無老寺というのが,
悟りの世界,あの世という意味だそうで,
卯老寺から無老寺へと向かう人生の道のりにおいて,
この世はほんの一休みの場所に過ぎない.
だから雨が降るなら降ればいいし,
風が吹くなら吹けばいい.
自然のままあるがままに生きよう.
そういう意味を込めて,
この歌を,お師匠版ですね,加荘壮敦さんが読みまして,
一休さんに,この一休みの部分ですよね,
一休っていう名前を授けたということみたいです.
そして,中年から晩年時代,
狂運,狂う蜘蛛.
狂う蜘蛛と書いて狂運と呼ばれた破天荒な禅僧.
中年・晩年:狂運師、人間性の肯定、そして最期
ここから一休さんの狂気が始まります.
大人になった一休自らを狂運師かな?
狂う蜘蛛のように子供の子?
たぶんこれで狂運師って読むんじゃないかな?
狂運師ですね.
いいですね.
中二感がありますけど.
大人になって一休さんは自らを狂運師と名乗り始めた.
当時の仏教界の嫌意や偽善を通列に批判して,
既行を繰り返しました.
しかしその根底には,
本当の仏法とは何かという純粋な問いと,
民衆への深い愛情がありました.
そして,象徴的なエピソードですね.
2つあります.
まず1つ目が,
手塗りの牧刀を持ち歩く.
危ないですね.
一休はしばしば,
鞘に入った手塗りの牧刀を持ち歩いていました.
なぜそんなものを?
というふうに聞かれると,
それはそうですよね.
なんでそんなものを持っているんですか?
というふうに聞かれると,
今の僧侶たちはこの牧刀と同じなんだと.
鞘に収まっている時は立派に見えるが,
抜いてみれば,ただの木切れで,
人を斬るか,人を救うことなど童貞できない.
と答えて,形だけの僧侶たちを通列に批判した.
ということみたいです.
ひねくれてますよね.
そして,このエピソード,
僕大好きなんですよね.
あのドクロを掲げて正月歩き.
狂ってますよね.
いいですね.
ぶっ飛んでて大好きなんですけど.
正月,人々がお祝い気分で浮かれている中,
一休は竹の杖に人間のドクロ,頭蓋骨,
いや,恐ろしいですよね.
押さして,ご用心,ご用心と叫びながら街を歩きました.
そして次のような歌を読みました.
門松はメイドの旅の一里塚,
めでたくもありめでたくもなし.
門松はメイドの旅の一里塚,
めでたくもありめでたくもなし.
これね,聞いたことある方いらっしゃるんじゃないでしょうか.
僕も銀玉で聞きました.
意味としては,正月の門松ありますよね.
門松というのは,寿命が1年縮まって,
寿命と一歩近づいた道しるべ,一里塚でもあります.
ただ手放しで喜べるものではないんだというのを,
人々に,姿勢感として突きつけたと.
最低ですけどね.最低で最高なんですけど.
ドクロを竹に刺して,
ご用心,ご用心と叫びながら街を歩きました.
近づきにはなりたくないですよね.
ちょっと頭がどうかしているというか,
狂運子ですからね.狂った蜘蛛ですからね.
恐ろしいことです.
そしてそして.
飲酒,肉食,断食,除藩の行程.
当時の僧侶に厳しく禁じられていた酒を飲み,
肉を食べ,誘客に通いました.
一級にとって人間の欲望を隠して成人ぶる僧侶よりも,
欲望のままに生き,苦しむ庶民の中にこそ,
本当の仏がいるという考え方でした.
そういう考え方もあるんでしょうね.
そして,晩年の大恋愛.
これも知っている方?
いらっしゃるじゃないですか.
77歳の時,盲目の旅芸人,
森に女と書いて真女と出会い,
激しい恋に落ちます.
一級は彼女へのセキュラルな愛の歌,
監視集,共運集に収録を多数残しており,
人間の性や愛を肯定し,
最晩年まで彼女と共に暮らしました.
そして大徳寺の復興と最後.
黄泉の乱で焼き落ちた京都の大徳寺を復興するために,
81歳で大徳寺の住持がトップに推挙されます.
しかし権威を嫌う一級さんは寺に住みつかず,
現在の京都府京田辺市にあるお寺,
周恩寺,
調べとけよっていう話なんですが,
周恩寺かな?
酒へんに,
こういう時は,
一級寺,一級寺で行きましょう.
一級寺とも呼ばれているので一級寺で行きますね.
一級寺から通いました.
そして1481年,
マラリアにより87歳でこの世を去ります.
死に際して残した最後の言葉は,
悟りを開いた構想らしからぬ死に等ないだったとも伝えられており,
最後まで人間くさく,
自分に正直に生きた一級らしいエピソードとして語り継がれています.
ということですね.
一休の歌とその教え
村町時代で87歳まで生きたのであれば,
大王城と言って差し支えないのではないでしょうか.
で,もう一つですね.
僕の好きな一級さんの歌.
一級さんの歌とされている歌って感じですかね.
もうちょっと紹介してみたいと思います.
それが何かっていうと,
分け上る麓の道は多けれど,
同じ高嶺の月を見るかな.
分け上る麓の道は多けれど,
同じ高嶺の月を見るかな.
この歌ですね.
この歌はどういった意味とかメッセージかというと,
現代語訳すると,
山を登るための道というのは,
麓にはたくさんありますよね.
いくつも分かれて存在しているけれど,
どの道を登りつめても,
頂上で見上げる美しい月は同じものである.
というのが現代語訳です.
で,込められた意味,比喩としては,
麓の道というのは,
仏教における様々な宗派のことです.
禅宗だったり,浄土宗,神言宗といった宗派ですね.
あとは世界中の様々な宗教,
キリスト教だったり,スラム教だったりという思想,
あとは修行の仕方というのを指しています.
そして高嶺の月というのは,
最終的にたどり着く悟りだったり,
普遍的な真理のことを言っています.
つまりこの歌は,
入り口だったりアプローチの仕方,
宗教,宗派は違っても,
最終的に目指している真理や悟りの境地は,
みんな同じなんだということを説いています.
なんていうか,一休さんらしいですよね.
ここまで見てきた感じの精神性というか,
皮肉等まではいかないですが,
そういった部分もありつつ,
一休さんらしいなと.
一休さんらしい本質を見抜く目がここにはありますよね.
一休さんが生きた室町時代というのは,
宗派同士の対立だったり,
権威主義的な争いが絶えない時代でした.
自分の教えこそが絶対に正しいと主張し合う僧侶たちに対して,
一休さんは,
どれも目指す場所は同じなんだから,
表面的な違いだったり,
形式で争うのは無意味なんじゃないかというところを,
この歌を通して,
悟ったんだと言われています.
特定の枠だったり,権威にとらわれず,
本質,真理だけを真っ直ぐ見つめようとした,
一休さんらしい歌なんじゃないかと言われています.
再三になりますが,
室町時代や古い和歌などには,
歴史的な文献をたどると,
一休さんより前の人が読んでいたり,
読み人がわからなかったりというものが結構ありまして,
この歌も,もしかしたら一休さんが読んでいないかもしれない.
そうなんですが,僕は一休さんの歌として一応とらえてはいます.
そこは一応補足的にお伝えしておきます.
このわけのぼるのやついいですよね.
宗教とか,
宗教流派の違いで,
宗教戦争とかでたくさんの人が亡くなっていますが,
いろんな道,
いろんな道があっても,
結局行き着く先は,
いかに生きるかだったり,
幸福にどう生きようか,
そういった普遍的なことなんじゃないかというところを,
この歌を読むと,
思うところではあります.
あと,
フレームワークというとちょっと違うかもしれないのですが,
仕事にも敷衍できるかなというところは思っています.
仕事を進める中で,
アプローチの違い,
ふもとにあるのぶり道の違いですよね.
意見がぶつかることはよくあると思うのですが,
そんなときは,
ふもとの道,
手段というものが違うだけで,
みんなが目指している高値の月,
プロジェクトの成功だったり,
顧客の困難解決だったり,
というのは同じなんだというところを,
気づくことができれば,
感情的な対立だったり,
摩擦を乗り越えて,
どの道が一番,
我々にとって,
歩きやすいのか,
どう進んでいくのが,
高値の月,
プロジェクトの成功だったり,
近づけるのかという建設な議論に
変えることができるようなところを,
ちょっと思ったりしました.
という感じで,
まとめ
一休さんについて,
長々と話してみましたが,
自分の中で,
すごく整理できた気がするので,
良しとしましょう.
というわけで,
最後までお聞きくださって,
ありがとうございました.
それではみなさん,
バイバイプー.
28:38
コメント
スクロール