個性的なフローリストの理解
皆さん、おはようございます。こんにちは。花農家&花屋ラジオ、清水信之のここにいます。
普段は花農家と花屋をやりながら、新しいお花の取り組みを行っているマルチフローリスト清水信之は、花業界について明るく、楽しく、時には鋭く語っていく番組となっております。
はい、そういうわけでしてね。早速ですが、今日のテーマですけども、
個性的な花屋さんはオーソドックスなものを理解しているっていうのをテーマに話していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
はい、そういうわけでしてね。個性的な人、ちょっと人と変わっている人って言われる。花屋さんに限らずなんですけども、個性的な人っていっぱいいらっしゃるんですよね。
なんかすごい独特の世界観であったりとか、なんかすごいオーソドックスと違うものを常に作られているということの方っていらっしゃる。
アーティストとかいらっしゃるんですけども、なんかその人はセンスの塊、いいふうに言われればセンスの塊だとか捉えがちなんですが、
そういう人って、じゃあ普通のものを作れないのかっていう話になるんですけど、きっとですけど、普通のものを理解はしている。
作ると、たぶん本気出せば作れると思います。何が言いたいのかと言いますと、それが感性が独特で、作るものが常に独特なものっていうか、普通と違うものをずっと常に作り続けていくっていうのって、
結局、普通のものを作らないっていうことは、普通と違うっていうことを理解してるんですよね、頭の中でどこかで。
ってことは、オーソドックスなものをちゃんとわかった上で、その距離感を、自分の独特の世界観とオーソドックスの距離感を常に測れてる人のことなんですよ。
ってことは、それが常に感覚だけでやってると、そんな都合よく独特の世界観なものが作り続けられるわけがないんですよ。
だから言うたわけですけど、感性だけで適当に作ってると、いつかタイミング的に、たまにはオーソドックスなものに当たるはずなんですよね。
けど、今言われてるすごいセンスのある独特の個性的な世界観の方っていうのは、常にそういうものをずっと作り続けられてるっていうのは、
結局のところは、俗に言うベタなオーソドックスなものをわかってるから、それと外してるっていう考え方ですよね。
だからこそ、作れと言われれば、作りたくないかもしれないですけど、作ろうと思ったら、きっと作れるはずなんですよ。
だってわかってるからなんですよ。
そうなると、常に天才的だ、どうだっていう風な、やっぱりそういう個性的な人、アーティストっぽい、アーティストのセンスがどうだっていう感覚の人って、
たぶん皆さん、世の中いっぱい思ってると思うんですよね。
でもその人たちが生まれもってそのセンスがあるっていうふうな、すごい思われがちなところがあるんですけど、
その人もその人で、きっと知識としてずっと見てきてるとか、逆に僕は勉強熱心なのかなって思ったんですよ。
それっていうのは、ベタというか、人と変わってることをずっと演じれてる人っていうのは、人と変わってないこと、だからオーソドックスなものですね。
オーソドックスなものを常に理解できてるってことなんですよ。
だからずっと変わったものを作り続けれてる人です。
何回も重複しますけど、当てずっぽうで自分だけの世界観で作ると、いつか頭にはオーソドックスなものに当たるはずなんですよ。
だって極端に何も考えずに好きなボンボンボンっていろんなものを作ってると、
やっぱりそこって何かヘタな鉄砲を真ん中に当たるときあれや、違うところにあってヘタな鉄砲打ったら怒られるな。
適当に弾を、例えば銃弾を立てるわけじゃないですけど、適当にポンポンポンって打つ人って、いつか真ん中にも新しいズレるところもあるはずじゃないですか。
けど、その距離感をずっと保ててる人っていうのは、真ん中から常に例えば1メートル離れたところを常に打ち続けられるっていう人は、本気出せば真ん中も狙えられるはずっていう考え方ですよね。
だからそういう人って意外と変わった世界観だと思われがちなんですけど、ベタなオーソドックスなものも作れるというふうな感じですよね。
っていう人が多分実際に飲んだほうが多いような気がしますよね。
僕ってこれ、昔関西はKサンダーという講演会をやったんですけど、このときにもちらっと話させていただいたんですけど、
この真ん中を知ることが一番大事なんですよね。だから真ん中を知るっていうことがオーソドックスですね。
オーソドックスを知るってことが大事で、これってやっぱりリサーチ、どんだけリサーチできてるか、調べてるか、勉強してるかにつながるんですよ。
それを知ってるからこそ、何を外せば独特の世界観に見えるのかっていうのを理解してるんですよね、結局は。
独特な作品の創造
だからそこは、逆にこれをずっと外せる人っていうのは勉強熱心なのかなっていうのはどうなんですかね。
すごい先生だけでやってますっていう人のネタバラシになってしまってる可能性もありますけども、
全然そんなことないな、すごい勉強熱心にされてるんだろうなっていうのが思いますよね。
だからきっとね、本当に普通、ベタなオーソドックスなものを作ってくださいっていうようなものを作れると思うんですよ。
例えばですけど、左右非対称、形よくって言ったらいいですかね、正南角形か、左右が本当に整ってるとか、高さも整ってるっていうものも、
例えば球体とかもそうですけど、まん丸のものを作れるけどあえて楕円にしたりとか、
楕円どころか三角形、四角形とかね、台形やら何やらそういう形に、
丸は作れるのにもかかわらずそっちに寄せてるっていうようなほうが正解かなっていうのを。
それによって自分のこの世界観を作り出してるっていうのを感じることができるっていう話ですよね。
だからそれはやっぱり勉強熱心やなと思いますよね。
でもそれも見せ方にもよるんですけど、そういう見せ方によってずっと外し続けれるっていうのと、
ずっと外す距離が一定なのかな、ここはちょっと言いたいのは。
ずっと距離感をずっと保ててるオーソドックスと自分のセンスというか感覚の距離感をずっと外せてるっていう人っていうのはもうコントロールが完璧できてるんですよね。
だからここは真ん中を狙えれる動画というよりは、狙ったところにしっかりコントロールでき続けてるっていうのは知識、
リサーチ力、知識力、感性をずっと磨き続けてて、かつ技術力ですよね、そこは。
そこにずっと持っていけてる技術力っていうのが付きまとうので、そのためにやっぱり技術というのが必要であったりとか、
リサーチとかいう知識、流行りトレンドとかもありますよね。
トレンドはどういうものがトレンドだとしたときに、自分の作ってる作品っていうのはどれぐらいそのトレンドと外れてるのかとか、
トレンドにどんだけ寄ってるのかっていうのを常に意識して作ってると、自分の作品っていうのが安定はしますよね。
安定もするし、対応もできますよね、時代の流れとともに。
やっぱりハイリスアリっていうのも出てくると思いますし、それをずっと学び続けることで、
ブランディングと距離感
距離感って言ったらあれなんですけども、そこをやっぱり何が持っていいかを置いといて、
自分のブランディングっていうのかでは、その距離感が自分のブランディングにつながっていくっていう感じですよね。
これ言語化というか、なかなか写真とかのほうが分かりづらい。でもあれかな、一番分かりやすいのは形かな。
丸も作れるけど三角形も作れますっていうことですよね。
だからずっと何も考えずに三角形を適当に描いてる人っていうのはいつか、たまには綺麗な丸できる可能性はありますと。
でもそれをずっとなってないっていうのは、やはりそこはコントロールできてる人っていうことを感じるので、
感性をコントロールできてる人はオーソドックスも作れるっていうのが今日のまとめとなっております。
だから変わってる人ほど、変わったものをずっと作り続けてる人ほど、
普通のもの、ベタなものを作るのも上手いんじゃないのかなとは思っております。
というわけで、たまに感性の話になってしまいましたけども、感性もセンスだけではなくて思考を考えて努力で磨いていけるものかなっていうのは僕は思っております。
というわけで、今日1日が皆さんにとって素敵な1日になりますようにどうもありがとうございました。