花屋に資格が向かないと思う理由
2026-09-26 09:52

花屋に資格が向かないと思う理由

花屋に資格って足かせになりませんか?

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サマリー

花農家と花屋を営むシミズノブユキが、花屋に資格は向いていないのではないかと語る。技術や知識を学ぶこと自体は大切だが、資格試験が「決められた形」や「整った寸法」を花の正解として評価する点に疑問を呈する。花や料理、アートは人によって好みが分かれるため、資格を決めた側の正解が顧客の正解になるとは限らないという考えだ。資格を持っていないことを理由に花について語るなと言われることにも違和感を示し、食中毒など生命に関わる知識と、料理の味や花の表現を評価することは分けるべきだと述べる。最後に、資格そのものではなく「資格が正しい」という考え方について、聴き手の意見を求めている。

花屋に資格は向いていないのか
皆さんおはようございます。こんにちは。花農家の花屋ラジオシミズノブユキのここにいます。
普段は花農家と花屋をやりながら、新しいお花の取り組みを行っているマルチフローリストシミズノブユキが、花業界について明るく、楽しく、時には鋭く語っていく番組となっております。
早速ですが、今日のテーマですけども、花屋にとって資格は不向きということをテーマに話していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
というわけで、また話資格の話になるんですけども、資格ってそもそもどういうものなのかということをちょっと考えてみたんですよね。
弁護士資格でありとか、いろいろな国家資格も含めて、いろいろな学ばなあかんとかいう資格あるじゃないですか。
別に学ぶことは別に悪くはないと思うし、全然勉強していくっていうことはいいとは思うんですけど、
花に一つの正解を置くことへの疑問
僕、資格が必要か必要じゃないのかっていうことの中で、飲食の資格とかっていうのは、人が口にするものだから、人が口にしては危険なものを学ばないといけないっていうなら、まだ分かるんですよね。
けど、料理っていうものの資格ってなってきたときに、職員生とかの資格は分からないものなんですけど、正しい料理、決められた料理を作るっていうのとかと似てて、花屋の資格っていうのは決められたお花を作らないとその資格が取れないっていったときに、
要はお花の正解っていうものがあるものにならないと資格っていうのが取れない。
例えばいけた何センチとかの形を整ったアレンジメントとか作ったりとか、技術的なワイヤリング技術が含めてなんですけど、もちろん技術として知っておくことは大事だと思うんですけど、
それに良し悪しを判断されたものが全て正しいっていうと、やっぱり正解、これがお花の正解だみたいなものにならないと合格できない、資格っていうのが持てないっていうのの中で、あくまで権威性とか資格を持ってるっていうことで、
印象っていうか、やっぱり権威性かな、権威性っていうものを身につくところもあるかもしれないんですけど、そもそもこういうアートとか好みの分かれるものですよね、アートも含めてですけど、料理とかもそうなんですけども、好みの分かれる味であったりとかいうものの中に正解があるって、考え方ちょっとおかしくないのかなと。
じゃあ何が正解なんだって言ったら、その人が美味しい、この人が素敵だって思うものが僕は正解じゃないですか、誰かに向けて言ってるときに。
一般的にっていうか、お花の正解っていうものが存在するっていうことで資格を手に入れる、それが正解によって資格が手に入るっていう基準っていうものが、正解を求めるって何かちょっと僕はものづくりっていうか、アーティストにとって逆に足を引っ張るんじゃないですか。
これが正解だってなったときに、その正解って誰にとっての正解なんです。
この資格はこれだっていう決めた人の正解にしかならないんですよ。
それお客さんの正解にならないし、買う人の正解にならないわけじゃないですか。
学ぶって技術を学ぶ、それについてやれるっていうようなことを学ぶっていうことについては何も悪いとかは思わないんですけど、取らないといけないとか、そういう資格市場主義っていうとあれなんですけど、なんかあかんというより、花屋っていう職業に合ってないような気がするんですよね。
資格と顧客の評価は別ではないか
それはなぜかとさっきも言ったけど、正解がないもの、好みが分かれるものだからこそ、それを正解だって言ってしまうこと自体が合ってないような気がするんですよね。
だからそこがもやもやするって、僕は今ちょっと今回もずっと考えてたんですけども、そこがもやもやする原因なのかなと思ったんですけど、資格を取るっていうのはやっぱり誰かが正解だって決めてることに対して、テストってそういうことじゃないですか。
テストっていうのは正解があるからそのテストの丸っていうものがある。
それにお花残りを作ったものが正解だっていうような技術も含めてですけど、この技術が正しいっていうようなことは、綺麗に作る、何センチごとに揃えて綺麗に作るってことが正解っていうものの中に、別にそれが正解だと思う人にとっては別にそれでもいいんですけど、
そうと思ってない人に向けてこれが正解だっていうのは何かちょっと違うんじゃないのかなっていうふうな感じがあるんですよね。
だから資格技術を学ぶってことに関しては何も思わないんですけど、資格がないとダメだっていうことがしっくりこない原因っていうのは僕の中ではそこにあるのかなっていうのは思ったりもするんで。
資格を持たない立場からの問題提起
皆さんどう思いますかって話なんですよね。
結構資格自体を持ってない、僕は取りに行ってないので、内容とかは聞きますけど取りに行ってない中で資格も持ってない奴が何を偉そうに言ってるんだとか言われたりすることもあるんですけど、
でも資格がないから偉そうに言ったら、偉そうには偉そうに言ってるつもりもないんだけど、花のことを語るなっていうのって、それは何か起こされておかしくないのかなっていうのはちょっと思うんですよね。
そこの底辺にあるのがやっぱりそういうところかな。
アートっていうか、そこに正解がないからこそ追求していくとは、自分の中の考えるところに追求していたりするんですけど、追求することが正しいとも限らないし、考えることはもちろん大事だと思うし、技術を磨くことは大事だと思うし、
自分の思ったことができないことに対して技術が足らないことに追求していくっていうのは大事だと思うんですけど、自分がこれで正しいって思うことを何か、それに対してそこに自分が思うものを作り出せる技術が再現性を持っている技術があるにもかかわらず、それを否定されるっていうのは何かおかしくないですかっていうのはちょっと思ったりもします。
安全の知識と表現の評価を分ける
なると花屋さんに資格って向いてるか向いてないなっていうのは思うんですよね。だから何のために必要にしたのかなっていうのはちょっと僕は思ったりですね。国家資格だからどうだっていう。国家資格だから偉いって誰が決めたんだって話でもあるし、
食べ物とかは知識として口に入れたらあかんものとかは人の生き死に関わってくるから、そこは必要だと思うんですよね。ただしその先の料理の味っていうものに関してそこを判断されるっていうのは何かどうなの、じゃあおいしいって言ってる人が多かったら正解なのかって、そういうわけでもないじゃないですか。
だって僕大好きなスパイスカレー買って、スパイス苦手な人からしたら全然おいしくないわけじゃないですか。でも僕はスパイスカレーめっちゃおいしいなって思って食べる人なんで、でもスパイスカレーの人おいしくないっていう人が多いからスパイスカレーっていうものが不正解なのかって、そういうわけでもないと思うんですよね。
資格が正しいという考え方への違和感
だからスパイスカレー協会がそうなるか知らんけど、そういうの認定資格だどうだってなったときにそこはちょっとそっぽ向かれるでしょって、そりゃそっぽ向かれるわと思うんですけどね。
そういうところで資格が悪いというより資格が正しいという考え方が僕はしっくりこないなっていう理由の中でそういうところかなと思ったりもします。
はい。ちょっとついつい何かいろいろ考えたことを思ったんでちょっと話してみましたけども、皆さんどう思いますか?何か意見をいただけたらと思います。
全然資格持ってないお前が何を偉そうに言ってるんだっていうのも全然言ってもらってもいいと思うんですけど、正しいなぜだなっていうのも聞かせていただけたらと思いますんで。
はい。というわけで今日1日が皆さんにとって素敵な1日になりますようにどうもありがとうございました。
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