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12. 家族の連鎖をどう生きるかの話
2026-07-22 10:35

12. 家族の連鎖をどう生きるかの話

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辻村深月『ファイア・ドーム』を読んでいたら、
子どもの頃の記憶がふいに蘇ってきた。

閉じる祖母。開く父。
そして、開いているとどうしても疲れてしまう自分。


人との距離の取り方は、自分の性格によるものだろうか。
性格だと思っていたものは、家族の過去がつくった空気なのかもしれない。
しかもそれは、世代を越えて伝わっていく。
自分を知るとは、自分の内側だけを掘ること、なんだろうか。

 ファイア・ドームを読み終えて / 家の空気は誰が作る? / 敷居をまたがせない家 / 階段からの監視 / 裏口から逃げる / 本家と分家のとある出来事 / 反動としての父の開放 / 閉じたい三代目 / 俯瞰する自己探求 / ちょうどいいバランスを探る / 結婚=家族の流れが交わる

関連note
コミュニケーションのバケモノ、父から学ぶ他者との関係構築
 

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サマリー

今回の「しまぴーのシークレットトークス」では、小説『ファイアドーム』をきっかけに、家庭の空気感や家族間の距離感について考察します。祖母の閉鎖的な性格と父の開放的な性格、そして自身の経験を通して、家族の過去が個人の性格や他者との関わりにどう影響を与えるかを語ります。また、開かれすぎることと閉じすぎることのバランスの難しさや、世代を超えて受け継がれる家族の連鎖についても触れ、自己理解を深めるためには環境や歴史的背景を考慮することの重要性を説いています。

小説『ファイアドーム』と家族の空気感
そして今、特別な瞬間に、しまぴーのシークレットトークス。
しまぴーのPの話、今日もやっていきます。
最近、実家にいる姉からLINEが来まして、ドヤツルハドラックができたらしいです。
昔はコンビニもなかったので、だいぶ進化してきたと思います。
今日はですね、家の空気は誰が作るのか的な話をしてみたいと思っています。
というのも、最近読んだ小説がありまして、辻村光さんのファイアドームというやつです。
上下感でなかなかに分厚いやつなんですが、その話がですね、結構地方の暮らしだったり、家族だったり、
家族にまつわる出来事だったりが描かれているので、結構いろんなことを思い出したりしたので、
それをちょっと膨らませてみようと思っています。
はい、いやー、そうですね。
まずその物語の中で、とある家族が出てくるんですけど、
そこの家がちょっと他の家と疎遠になっているというか、若干孤立しているような状態なんですよね。
結構こう、距離をとっているというか、それはお互いになんですけど、
閉じているというか、その閉じている感じがなんかすごい懐かしいというか、
自分の記憶のどこかに思い出す何かがあって。
祖母の境界線と子供時代の恐怖
例えばなんですけど、自分の実家がですね、おじいさん、おばあさん、そして父、母、兄弟4人で暮らしていたんですけど、
結構おばあさんがもう亡くなってはいるんですけど、
すごい他者との距離感というか、めちゃくちゃ境界線が閉じているというか、はっきりしているというか、
入れたがらないんですよね、他の人、他人を自分の家に。
まあ俗に言う、敷居をまたがせないみたいな感じで。
なので、結構兄弟とかが友達を自分の家に連れてくるみたいなイベントがあるじゃないですか、
そういう時とかもめっちゃ監視してくるんですよね。
階段とかに座って、友達がいる部屋をじーっと見てくるんですよ。
今だからこそ家族の中では笑い話にはできるんですけど、
当時の自分たちはめちゃくちゃ怖くて、
おばあちゃんがいないうちに遊んだりして帰ってきそうな人がいたら、
やばいっつって、こっちから出るぞみたいな、裏口から出るぞみたいな、結構ハラハラしてたんですよね。
そういう状況だったんですよ。
その当時は自分も子供だったのでよくわかんなかったんですけど、
後々親から聞いたのは、
おばあちゃんは本家から分家した人と言えばいいのかな。
本家があって分家がありますと。
で、おばあちゃんはその分家ですと。
で、どうやら本家の方でとある出来事というか、事件的なことがあって、
おそらくその影響であんまり人を安心できないというか、
警戒心が強くなったみたいなところがあるのかなというのは聞いてて思った感じですね。
それこそおばあちゃんなりに色々学習して、
自分の家というか家族を守るためにそういうような状態になったんだろうなと思いますけど、
やはり子供としてはすごく居心地が悪いというか、
あんまり安心してはいられなかった感じがありますよね。
父の開放性と自身の葛藤
一方で、それとバランスを取るように自分の父は、
めちゃくちゃ他者をどんどん家に入れていく人だったんですよ。
そして、それこそおばあちゃんが亡くなった後は特にその傾向が強かった気がします。
部活動が終わった後とか、そういう宴会みたいなのとか、
自分の家でやることも結構多かったし、
もう人がごちゃごちゃにいるみたいな。
自分も楽しかった時はあるんですけど、
いろんな客人が来ては挨拶とかをしたりしなきゃいけなかったりするので、
めんどくせーなーって思っているのは正直ありました。
このチティのオープンな感じは、
生まれつきというよりかも、
もしかしたら閉じた家の反動だったのかもしれないなーとか思ったりしてました。
おばあちゃんの反動みたいな感じですね。
そしてまた自分も、今度はその父を見て育つと、
あー自分も開かなきゃなー、そうしないといけないなーと思うんですが、
でもやっぱりずっと開いてると疲れるんですよね、めちゃくちゃ。
もう少し自分は閉じていたいみたいな感じになってきて、
閉じるおばあちゃん、開く父、
そして少し閉じたい自分、三代目みたいな感じで。
そう。
結構長い間、開くことが基本であるみたいなのが割と根付いていたので、
それにとらわれてるときは結構大変というか、
めちゃくちゃ疲れてる気がしますね、学生時代とか。
まあ全然閉じててもいいんだっていうことに気づいてからはだいぶ楽になった気がしますね。
世代間の影響と自己理解
ということで、こういう個人の性格に見えるようなものも、
実は家族の過去が作った空気だったりする可能性あるよね、だったり。
まあそれが他者の距離感だったりとかになっていくし、
それは世代を越えて影響を及ぼしていくっていうのが何か思っていますね。
ということで、自分っていう性格をよく知るだったり探求するってなったときに、
自分に自分にっていうふうに向かっていくことも一つあると思うんですけど、
もう少し視点を上げて俯瞰していくことで、
自分が置かれてた環境だったり、それこそ歴史というか、
家族間の繋がりというか、その連鎖的なものも踏まえてみていくと、
今までとはちょっと違った視点、もっと言うと気づきみたいなのもありそうだなって思います。
それにしてもファイアドームの感想がまだうまくまとまってないんですけど、
ほんと田舎というか、地方ならではの感覚というか、
そういう出来事、体験が描写されてるんですけど、
結構それがギュッとなりますね、魂が。
なんかなんだろうな、
こういう規模感の街で暮らしてる人は何となく読めばわかる気もするんですけど、
なんだろうな、やっぱ狭いことによる影響というか、
その苦しさみたいなのはすごいわかる気がする。
自分もそういう似たような経験したことがあるので、
比べようがないんですけど、
なんだろうな、
開かれすぎていること、閉じすぎていること、
どちらも一長一短あって、
このちょうどいいバランスというのは、
今思えばずっと探し求めてるような気もするし、
試し続けている気もするなって思います。
子供の頃には見えてなかったものが、
大人になった今だったら、
いろいろ見えてくる気がしますし、
実家の環境だったりとか、人間関係とか。
結婚と家族の未来
もし小説を読んだ方はぜひ感想を教えてください。
そして今思ったのは、結婚というのは、
それこそ自分たちの家族の流れが、
過去の流れ、家族の連鎖がさらに交わっていくので、
まあそれはいろんなことが起きるし、
いろんな衝突だったりとか、
驚きとか生まれるよねって感じがするし、
そこで結果、それぞれの流れが、
衝突して混ざり合っていくことで、
どうなっていくかっていうのは本当に、
家族それぞれだろうなって思うし、
自分は幸いにもそれは結構楽しめてるほうな気がしています。
ちょっとうまく言えないんですけど、
また家族関係の話は話してみたいと思っていますので、
楽しみにしていてください。
じゃあ今日はこんな感じで。
それじゃあ。
じゃあね。
10:35

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