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And now, for a special moment, しまぴー.secret talk.
しまぴーのXXXな話、今日もやっていきます。よろしくお願いします。
えーとですね、今日はですね、好きなことを仕事にするっていうテーマをちょっと、自分の体験を踏まえて、脱がせていこうと思います。
よく言うじゃないですか、好きなことを仕事にしようと。
これ、自分の経験を振り返ってみたら、ちょっと違うかもなぁ、あるいは違うところもあるかもなぁって思ったんですよね。
何が違ったのかっていうのを、今日はちょっと話してみようかなと思います。
でですね、私はフリーランスで、まあ、えー、独立して10年くらいにはなってるんですかね。
写真とか映像の仕事とかもしてるんですね。
で、最初にやったこと、あるいは独立するにあたってやってたことは、
めちゃくちゃ写真を撮って、それを当時のFacebookにアップしまくるっていうことをやってましたと。
で、しかもですね、横顔写真と言って横顔ばっかり撮ってたんですよ、人の。
それがなんか雑誌に紹介されたりとかもありましたと。
まあ、それは写真が上手かったからではって思う人もいるかもしれないんですけど、
結構ここで大事なのは、
上手さというよりかも、この人は写真を撮る人だって思ってもらうことだった気がしてて。
やっぱりあの、基本的には仕事って人から来るじゃないですか。来るんですよね。
で、誰かが写真をお願いしたいなーって思ったときに、
自分のことを思い出してもらえるかどうか、記憶に残っているかどうか。
結構それが大事だった気がしてます。
はい。
じゃあ、記憶に残った先に何が起きるかっていうと、
ここも面白いなと思っていて、
まず一つ仕事をするとするじゃないですか。
めちゃくちゃ小さなことがあったりとか、
プロフィール写真撮ってほしいです、だったりとか。
そのアウトプットをシェアしますよね。
撮った写真だったりをSNSに上げる。
そうすると、それをまた見た別の人が、
ああ、こういう人がいるんだーって気づいて、次の仕事につながっていくと。
めちゃくちゃ小さな案件でも、結果的には絶対アウトプットが生まれる。
あるいはその時に気づいた経験だったりとか、学びがあると。
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それをシェアすることで、雪だるま式に転がっていくというか、
例えばそれが案件の規模が大きくなったりとか、
じゃあこういうこともできますかっていう可能性に広がっていくことがあるなと。
人によってはそれが、
自分の仕事を見せびらかすみたいな抵抗があるんだけど、
って思う人もいると思うんですよ。
正直、僕はそこにあまり抵抗がなかったっていうのが正直な話ありますと。
多分、写真とか映像っていう表現を扱っているからっていうのもあるんですけど、
もっと根っこの話をすると、子供の頃の作文みたいなもので、
自分が作ったものを誰かに読んでほしいとか、見てほしい。
それが伝わるとめっちゃ嬉しいみたいな、
そういうシンプルな欲求があるから、
シェアするってことは抵抗ないし、結構自然だったんだと思いますと。
だからもし見せるのが恥ずかしいって感じる人がいたら、
それは何だろうな、あまり別に克服?
頑張らなくていいのかなと思っていて、
自分が見せたい、めっちゃこれ誰かに伝えたいと思えるものを見つける方が先なのかもしれないなと、
順番の問題なのかもしれないと思っています。
ここからが一番話したかったことなんですけど、
正直に言うと、写真とか映像も前ほどすごくやりたいっていう感じではなくなってきてるんですよ。
じゃあ仕事どうすんねん?と思いますよね。僕も思います。
で、ここで好きなことっていう言葉をちょっと置き換えてみたいんですよ。
自分はこの好きっていうのを、
偏愛っていう言葉の方が最近はしっくりくるというか、
推したい気がしていて。
好きよりももう少しちょっと強いというか、
理屈じゃなくて、気づいたらそっちに手が伸びてしまうような感覚ですね。
その偏愛の対象って移り変わるなと思っていて、
最近は自分もAIで音楽を作ったりとか、
仕事を自動化するとか、ワークフローを設計するみたいなことに惹かれているんですよ。
写真の時みたいに、これ面白いなとか、
手を動かしてしまう対象が少しずつ変わってきてる。
で、自分の中で変わっていないものは何かって考えてみたんですよね。
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写真も変わってきて、映像も変わってきた。
でも、自分が関わって作り上げたものを誰かに届けたいっていう欲求だけはずっと変わっていなくて、
つまり好きなことを仕事にするっていうと、
多くの人は好きなことイコール写真とか料理とかプログラミングとか、
具体的なスキルや分野を想像すると思うんです。
自分の好きを見つけなきゃとか、
自分の偏愛って何だろうって悩んでる人多いと思うんですけど、
もしかしたらその問いの立て方は、もしかしたらですけど、
ずらした方がいいかもしれないなと。
自分の場合は好きだったこと、あるいは偏愛はスキルじゃなくて、
体験を何かに変換して届けるっていうプロセスそのものだったなと。
写真はそのための手段の一つだったし、映像もそう。
今はそれこそAIを使った何かだったりになりつつあると。
手段は変わっても欲求の形は変わっていない。
で、それだと結局何の人かわからなくならないっていうのも、
当然疑問として出てきそうですよね。
一つのことに特化して続けろとかも言うじゃないですか。
でも僕は実体験として対象は変わっていいと思っていて、
なんだろうな、木に例えるとわかりやすいかもしれないですね。
枝とか葉っぱとか季節ごとに変わるし、
写真だった枝が映像になったりとか、今はAIになっているだったり。
でもこの幹の部分だったり根っこの部分は、
作って届けたいっていう要求の部分は変わっていないと。
根っこさえしっかりしていれば、あるいはそれが自分の中でわかっていれば、
別にそれでいいんじゃないかなって思います。
なので、好きなこととか、自分の偏った愛や、
ついやってしまうことを仕事にしたいっていうふうに思っている人が、
もしいらっしゃるのであれば、対象というよりかは、
つい自分が勝手にやってしまうプロセスっていうのも探してみると、
いいきっかけというか、気づきにつながっていきそうな気がします。
うん。
ということですね。
今日は好きなことを仕事にする的なテーマで話してみたんですけど、
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まとめると3つかな。
まずは、大量にアウトプットして誰かの記憶に残るということ。
そして、小さな仕事でもシェアをして仕事の雪だるまをゴロゴロとする。
最後に、偏愛のあるいは好きなことの対象じゃなくて、
そのプロセスあるいは、何だろうな、過程なのかな、
を探してみるということ。
はい。
こう、何て言うんでしょうね。
好きなことっていうのは、本当に変わっていいと思っているっていうところなんですかね。
結構自然なことだと思います。
そして、何か変わってないなっていう方を大事にしていくっていうことなのかもしれないなと思いました。
はい。今日はこんな感じですかね。
最後まで聞いてくれてありがとうございました。
じゃあ、また次回。
じゃあね。