導入と夫婦関係の罠
そして今、特別な瞬間です。
しまぴーの秘密の話
しまぴーのPの話、今日もやっていきます。
最近、転んだときにお尻の筋肉を痛めまして、マッサージガンでめちゃくちゃお尻を振動させまくったんですけど、
その後、治療の先生にそれを相談したら、逆効果なので、まずは冷やしましょうって言われました。
はい、今日は家族の関係について、ざっくりお話ししていこうと思います。
きっかけとしては、最近、妻とある図書館に行ったんですけど、
その時に妻がバラバラと読んだ本が、わりと興味深いことが書いてあって、その本がカップルカウンセリングの本だったんですよ。
そこに書かれてたのが、基本的に夫婦関係が一度破綻したら、自分たちでは修復ができないので、専門家が必要になってくる、みたいなことが書かれていたと。
いやー、実に興味深いなと思いました。
これについていろいろ、それこそ妻と語ったんですけど、なるほどなーと思うことがいろいろあったので、シェアしたいなと思っていて。
まずは、基本的に夫婦のほとんどの人は、自分たちで解決できるっていう、もうそもそもこれが罠だという話になりましたね。
罠。
なぜなら、そもそも結婚したっていうことで言うと、自分たちはこれまでいろんな喧嘩や衝突もしてきたけど、いろいろ乗り越えてきたよね、だったり、解決できたよね、という感じで、ある意味成功体験みたいなものがあると。
それによって、自分たちで問題を解決できるはずだっていうのが、まあ、思ってしまうと。
これがめっちゃ危ういよね、っていう話ですね。
なぜなら、自分たちで解決できるはずだっていうふうに思っていると、あれ?なんか今回解決なかなかできなくね?無理じゃね?ってなると、あれ?じゃあこの関係続けるの無理じゃね?っていうふうな発想になりやすいんじゃないかなと思っていて。
健康的な関係性の築き方
それで言うと、自分たちは割と健康的な関係性を築けているよねっていうのは共通認識を持っているんですよ。
それは何がそうさせているのかっていうのも話し合っていたんですけど、自分たちは結構関係性が、あるいは何て言うんだろうな、結構開かれているというか、いろんな繋がりを持っている共通の知人がいたりだったりとかするんですよ。
何が起きるかというと、共通の知人に会うと、私と妻も友人みたいな関係性になっていくんですよね。全員そこにいるの友人みたいな感じなので。だったりとか。
あとは職場とかもそれこそちょっと混ざり合っている感じがあって、妻のオフィスとかに行くと自分はある意味その職場のOBみたいな感じになったりとかすると。
たまに一緒に仕事をする時もあるんですが、その時は同僚みたいな感じになったりすると。妻の実家に行けばお互い兄弟みたいな感じになったりする時もありますと。
という感じで、こういういろんな自分と相手が繋がっていると、何て言うんだろうな、結構柔軟というか、すごく緩まる感じがあるというか、毎回毎回役割が変わっていく感じがあって、どうやらそれが良さそうだぞっていう風になりました。
例えばこれが夫だったり妻ということであったり、あるいは父母という風な関係性でしかないと、その役割がその個人にどんどんどんどん一体化していくような感覚があるだろうなって思ってて、
そうなってくると結構苦しいよねっていう話もしていて、例えば夫なんだからだったり妻としてだったりとか、父母としてっていう風なことを役割や期待みたいなことが生まれると思うんですけど、
第三者の視点とコーチング技術
一度それこそ自分たちもカップルカウンセリングに行ったことがあるんですね。何か問題を抱えてというわけではなくて、それこそ予防的な感覚で行ったんですよ。
その時も思ったのは、やっぱり第三者がいることで、お互いがどう思っているかどう考えているかっていうのを、より客観的にというか冷静に聞くことができる場になるんですよ。
これがやっぱり2人でだったりとか1対1で話すってなると、やっぱり近すぎるというか、ちょっとうまく話し合いができないと思うんですよね。この構造的に、関係性的に、感情的になりすぎたりだったりとか。
それこそもう一つ例に出すと、定期的に自分たちは妻の実家に行って、妻のお父さんと3人で一緒に過ごすこともするんですけど、
それこそ妻と妻のお父さんが2人で話しているのを見ると、めちゃくちゃインファイトしているというか、これは難しいなって思うんですよ。
話し合いというか、お互いが言いたいことを伝えているんだけど、全く相手に伝わらない。なんでやねんみたいな感じになっていて。
僕はその時に、まさにその第三のポジションというか、いわゆるファシリテーターみたいな役割を担うことが多いんですけど、基本的に目指すのは相互理解ですよね。
お互いが何を思っていて、どういうことを感じていて、何を考えているのかということをお互いが分かるようにしていくということですね。
翻訳的な役割ですよね。
このあたりはコーチングの技術だったりがめちゃくちゃ役に立ちます。
観察する能力というか、経験が積まれてくると、その人の感情のベクトルだったりとか、エネルギー値みたいなのが、これも主観ですけど、結構見えるようになってくるんですけど、
例えば、今のこの言葉だと、だいぶ相手は防御しちゃうというか、閉じちゃうだろうな、あるいは反抗するだろうな、だったりとか、
今こういう感情を出しているけど、どうやら大事にしている価値観がありそうだな、みたいなことだったりとか。
それに気づいたら、自分が間に入って、お互いがそのビュンビュンビュンなぎ合っているものをキャッチして、ちょっと場を落ち着かせて、少しずつこれをキャッチしたものを確認し合っていくだったりとかするんですよ。
こういうことをしていくと、表層上というか表面上でなぎ合っていたものは全く伝わらなかったりとか理解されないんだけども、
少しずつ少しずつお互いの内側だったり深いところに潜っていくと、自然と相手のことが少し理解できるようになったりとか、
そういうふうに思ってたんだ、みたいなところに行き着いてつながることができるようになっていくんですよ。
そこまでいくと、ようやく少しずつ変わっていくんですよね。
その議題に上がってたテーマについてだったりとか、これからどうしていくっていうことだったりとか、ストレスに感じていることであったりとか。
関係性の構造と距離の重要性
だいぶ話が拡散してますけど、要はこの2人っていう関係性あるいはこの構造自体がやっぱりそもそもすごい直接的すぎるし、すごい近い。
それによって難しくしているものってかなりあるなって思うんですよね。問題の解決だったりとか。
ここからどういうことが言えるのかっていうのを改めて言葉にしてみると、2人では解決できないこともあるって思うだけでも違うなって思うんですよね。
要は距離を取るだったりとか、その距離を取ったところに何か違う存在を入れるだったりとか。
お互いを変えようとしないっていうのは基本的な前提だと思うんですけど、自分は結構その環境にアプローチをしていくっていう思考は結構していますね。
それが時折共通の知人と一緒にご飯に行くだったり、あとはカップルカウンセリングやそういうしかるべき外部の専門家に頼るであったりとか、2人だけの構造を一旦緩めにいくっていうことなんだろうなって思ったりしています。
個人的なんですけど、自分は数字で3が結構好きなんですよね。かなりキーになる数字というか、安定してくる数字だと思いますね。4になってくるとやっぱりちょっと違うなって感じしますね。
四角形はちょっと安定しすぎじゃないかっていうめっちゃ個人的な気持ちはあります。
さらにもっと個人的なことを言うと、自分は写真や映像の仕事をかなり長く続けたことによってカメラ的な世界観というかカメラ思考みたいなのが生まれつつあるというか稼働していて、話をしているときとかもカメラ的な観点で今どういう寄り方をしているかだったり、
もう少し弾きで聞いてみたりだったり、あるいは立ち位置を変えたりとか、リズムはどんな感じなのかだったり、そういうことをイメージをして話を聞くときがあったりします。結構役に立ちます。
関係性の行き詰まり解消法
ということで、関係性で何かこう行き詰まってしまったら、たまには距離をとってみる、あるいは違う角度から見てみるっていうのが個人的にはおすすめだよっていう感じですかね。
何とかしようとするっていう行為はどちらかというと近づいていくような感覚があるので、何とかしよう何とかしようってめっちゃ超至近距離で話し合っている姿を思い浮かべるとわかりやすいんじゃないですかね。
全然周りが見えなかったりとか、相手の声がすごく大きく感じたりとかしちゃう気がしますね。ガチガチに固まっている関係性、距離感、少しでも緩まっていけばいいなぁと思っています。
はい、という感じで今日はこの辺りで終わります。それではまた。じゃあね。