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こんにちは、性ポジチャンネルのガネシャンです。
今日は、ちょっと思いつきなんですけど、
我が家の子供たちの不登校の頃の話をしようかと思います。
ちょっとシェアをしていきますので、
ちょっと待ってくださいね。
えー、あれ?
えっとですね、スタイルの中にですね、
不登校のお部屋があるんですけど、
ちょっと見つかりませんね。
あれ、どうしちゃったの?
あんまりシェアしたことないからかな。
あー、見つかんない。
とりあえず、シェアしてきました。
メメ、いらっしゃいませ。
お久しぶりです。
タバコ休憩中。
私もカフェでまったりしながら話しております。
ついさっきまでさ、
斜め後ろの席、
5人ぐらい若い女性がギャハギャハ言いながら喋ってたので、
そろそろ始めたいんだけど、
ちょっと帰ってくれないかなーって思ってたら、
少し前に退席してくれたので、
ホッとしております。
とはいえ、カフェなので、
小声でね、お話をしようと思いますけど、
えー、私もあの、
UBERの合間の一復タイムなので、
ちょっとね、コーヒーやタバコを失礼しながら。
えっとね、
あのー、我が家の不登校の話をっていうことなので、
えー、ちょっとね、
うちの話をね、しようと思いますが、
えーっとね、
一番最初がですね、
えー、もう、あのー、
長男棒は30になっているので、
ずいぶん前の話ですけど、
えっとー、
前のね、最初の結婚の時、
えー、まあ子供が5人いるわけですけど、
その一人目ですね、
えー、最初、まあすごく自由な幼稚園に通っていて、
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えー、
そこから、小学校に上がる時、
えー、学童保育に入れたんですよね。
なので、年度始めの4月1日、
まず洗礼を受けまして、
えっと、長男あるあるかもしれないですけど、
まあ家の中でも一番年上、
そして、幼稚園、まあ物心ついたその幼稚園を
卒園する時も、まあ一番上じゃないですか。
だけど、学童では、
まあやんちゃなお兄ちゃん達に囲まれて、
怖ってなったんですよね。
それが、あの不登校の始まりでした。
えー、
とりあえずなんか騙し騙しね、
学童に連れて行ったりしてたんですけど、
えー、
いざ、入学式、
学校っていうのが、
まあ幼稚園から比べるとさ、
当時通ってた幼稚園っていうのは平屋の建物だし、
なんかね、でっかい建物の中に
人が吸い込まれていくみたいなね、感じを
怖いって思ったんでしょうね。
今考えれば可愛いもんですけど、
学校に食べられちゃうっていうね、
ことを言ってました。
で、
特にね、いじめられたとか、
そういう話ではなかったんですけど、
なんかね、やっぱり上の子たちから
のその、親しみを込めてなんでしょうね、多分ね。
結構いじられたんじゃないかなって思いますけど、
それがきっかけで、
まあ怖い怖い怖い怖いって言ってね、
えー、学校に行けなくなったわけですよ。
で、えー、私当初はですね、
あのー、
なんていうのかな、
まあ、不登校大変だって思ってですね、
なんとか学校に行かせようとしておりました。
えー、
まあ、
まあ私もまだ若いし体力があったので、
力づくで行かせようとしていたんですね。
うん、でそのうちさ、
まあ、父親の手も借りてさ、
どうにかこうにか連れて行こうとするんですよ。
えーと、一つね、そこで今でも
まあ、ちょっと良かったかなって思うのは、
それまで父親が子育てに関わることがほとんどなかった。
だけどそこで父親も出てきて、
えー、自分のために何か動いてるっていうのは、
少し彼にとっては、
あのー、
メリットの部分でもあったのかなって思いますね。
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ただ、あのー、どうなんでしょう。
えー、無理やり引っ張っていくことが、
あのー、全ていい結果を生むとは思わないんですけど、
あのー、長男房の場合はね、
結果的には、
あのー、良かったのかなって思います。
半年ぐらいかな、宿泊しておりましたけど、
ほとんどね、
夏休み、明けも問題なく行けたんで、
半年ぐらいですかね、
いろいろと大変だったのはね。
まあ、どういう風なね、
学校の方がどういうような対応したかっていうと、
えー、とりあえず、
あのー、教室に入れないときは、
保健室、高校とか、それから校長室に、
えー、
いていいよっていうことで、
で、しばらく私もあの学校のその教室の外で、
結構ね、見守るっていう日々が続きました。
当時私、保健の外交員やってたのでね、
まあ、比較的、
えー、そういう子供に関わる時間が、
ゆずが聞いたのでね、なんとかできておりましたけど、
まあ、そうは言ってもね、結構ね、
しんどいなっていうことはありましたが、
何よりもさ、
あのー、長男房は、
えー、その、不登校の、
不登校っていうか、まあ、不登校、
登校拒否、
いわゆる、学校に完全に行けない状態ではないので、
不登校って言わないかもしれないけど、
えー、一番ね、子供にとってよかったなーって思うのは、
校長先生がすごくいい方で、
そして最初の1,2年の担任の先生もすごいいい方だったんですよ。
えー、校長先生はまずですね、
校長室で、えー、いろいろと対話をしてくれるわけですよね。
そして、えー、図書室に行って、
もう、あのー、好きなだけ本をね、読ませてくれてました。
えー、その頃、もう、なんか、
えーっと、冒険物っていうんですか、
そういう、あのー、小説、
うーんと、なんだっけ、
ハリーポッターとかさ、
それに似たような、あのー、小説、
子供向けの小説がいろいろあったと思うんですけど、
そういうのとかもね、結構、あのー、読破して、
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で、新しいのが出ると言っては、
図書室のその先生にお願いして取り寄せる、
もう一番に借りれるみたいな、
そんな感じで、えー、図書室を活用して、
おそらく本の話も校長先生としていたようですね。
えー、で、教室に行けるようになってからは、
あのー、まあ、その担任の先生っていうのは、
社会人枠で、えー、入ってきた先生なので、
いわゆる新卒で教師になったっていう先生ではなくて、
えーっと、どういうと、
技術系の先生だったと思うんですよね。
あのー、えー、新学が、あのー、
なんていうの、得意だって言ってたと思うので、
でもですね、あのー、授業風景がすごく私は印象的だったんですよ。
これ不登校の話とはちょっと違うかもしれないんですけど、
あのー、ちょっとお付き合い頂ければと思いますが、
えー、まずですね、あのー、
例えば、国語の授業を始めますって言った時に、
えー、教科書は、えーっと、
ここに、机の、えー、左側、
で、えー、ノートはその下に、
そして、筆箱は机の上の端の方に置く。
で、えー、まず、じゃあ授業を始めますって言った時に、
人差し指をみんなに出させてですね、空に書くんですよ。
私、自分が学校、小学校の時って、
あんまりそういう記憶ないんですけど、
みんなで、あのー、空に、空中にね、
そのー、声を出しながらさ、
1、2とか言って、その書き順に従って、
あのー、あいうえおだったり、
漢字が入ってくれば漢字を書くみたいなことを、
最初の5分あるかないかぐらいやるんですよ。
で、授業に入る。
算数だったら算数で、
えー、数字を書かせる場面はちょっと見れなかったですけど、
えーっと、えー、なんだ、
そろばんを前に置いてですね、
えー、2、4、6、8とか、
3、6、9、12とかって、
こう、あのー、なんていうんですか、そういうの。
あのー、全部言わせるんですね。
で、たぶん掛け算とかも、授業が始まる前に、
声を出して、えー、体を使わせるようなことをしてました。
そうすると、先生、あのー、どういう目的でって、
私はまあ、ずっといるからさ、いろいろ先生とも話せるわけですけど、
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まず、体を使って声を出して、集中力を高めるんですって、
っていうようなことを取り入れてる先生でした。
ただ、えー、父兄の間では、あんまり評判が良くなかったんですね。
あの先生さ、高学年向けじゃない?みたいな、なんか堅苦しくてさ、みたいに言ってたんですけど、
私は子どもたちの顔を見てて、いやー、そんなことはないよって。
あの、すごくいい授業してるよって言って、私が見た話を、ままともとかにしてたんですよね。
で、えー、その子たち、やっぱり学年が上がるに従って、
あ、ロビンだ、いらっしゃーい、お久しぶりです。
あのー、学年が上がるに従ってですね、えー、学年の学力を引っ張っていくクラスになってるんですよ。
要は、まあ、あのー、2年までは同じクラスですよね。
で、既数の学年になるとシャッフルされて、えー、他のクラスの子たちと混ざるわけじゃないですか。
そうするとね、あの、底上げをするというかね、いい収益になるみたいで、
えー、すごく、あのー、勉強を楽しんでやる子たちになっていました。
えー、良かったんじゃないかなと思いますね。
で、そういう先生と、私は結構密に関われた、校長先生とか、まあ副校長先生とかね、
あのー、保健の先生とかね、すごく私は、あのー、話ができたので、
あのー、良かったなーって思ってます。
まあ、長男坊はね、そんな感じで半年もせずに普通に学校に通ってて、
もう2年、3年になると、そんな時あったっけ?みたいな、
お友達も全く覚えてないんですよね。
うーん、不思議でしたね。
えー、で、えー、次男坊は、あのー、体を動かすのが大好きな子なので、
不登校にはなりませんでした。
むしろ、戒心症みたいなぐらい、えー、でしたね。
で、2番目、お姉ちゃんの幼稚園、1年通ったかな?ぐらいから、
その後から、保育園に変わったんですね、私の仕事の関係でね。
なので、保育園生、えーと、長女以降は保育園生なんですけど、
またね、保育園がね、すごいんですよ。
あのー、えー、すごくお散歩をさせる保育園でした。
そして、園庭を話で駆け回るみたいなね、そんな子たちでしたね。
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だから、体力があるんですよね。
うーん、なので、まあ、学校に行き始めて、
えー、小学校のサッカーチームとかで、すごく、なんていうのかな、
割とこう、リーダーシップを取るような子だったのでね、次男房はね。
なので、えー、楽しかったみたいです。
ただ問題はですね、3男4男が、あのー、
長男房の時こと、まあ、関われなかったっていうのも一つあるかもしれません。
離婚を機に生活環境がバラッと変わって、
そこからね、なんかじわじわと不登校になっていったんですよ。
長男いわく、この男房の家に住んでることをバレたくないとかね、
家を出る時も、すごく周りをうかがいながら出て行く。
誰もいないのを見計らってね、遅刻はしないようにはしてましたけどね。
で、えー、3男4男は、外には遊びに行くんですよ。
で、お友達とも交流するんですよ。
ただ、あの、学校にはなかなか行けないっていう状態がずっと続いていました。
で、3男は不登校のお友達ができたんですね。
で、面白いもので、そのお友達とすごく交流して、
その子を学校に行けるようにしようと、なぜか奮闘し始めるんですよ。
自分も不登校だったから、なんか嫌だったんでしょうね。
なんていうの、もやもやしているのがね。
自分が部屋で寝ているところに、子供たちの賑やかな声が聞こえる。
一体自分は何をしているんだろう、みたいなね、そういうふうなもやもやがあって、
なんとなく学校に足が向き始めて行くようになるんですけど、
お友達が相変わらず家から出ない。
もう本当にね、その子は外に出て遊ぶということをしないお友達だったんですね。
その子のお家に遊びに行くわけです。
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学校からプリントとか預かってね、届けに行く。
で、朝はその子のお家にまず迎えに行く。
で、一緒に行けるときは学校に一緒に行く、みたいなことをするようになったんですよ。
そうしたら、そこから産卵房は不登校にはならずに、行けるようになりました。
ただちょっとね、朝、やっぱり上の子たちは大きいですからね、
割と夜遅くまで起きていることが多くて、生活のリズムがね、うまくいかなかったんでしょうね。
だから朝起きれない、ぐだぐだするっていうのはちょいちょいありましたね。
でもなんか、使命感に後押しをされて、それもだんだん落ち着いてきました。
四難はかなり荒れておりまして、保育園時代は保育園から脱損する事件というのが週に一、二回あったりとかですね。
おそらく私に構って欲しかったんだろうなーって思いますけど、保育園から連絡があるとですね、仕事を中断して保育園に行くわけですよ。
探し回って見つけて、ああよかった、みたいなことを繰り返していたわけですね。
小学校に上がっても、なかなかちゃんと席にじっとして座るっていうこともあまりできないような日も結構続いたりして。
ただね、お友達との交流はずっとありました。
だから、どちらかというと先生に聞いてもですね、割と子供の周りにお友達が集まるようなちょっと人気者的な存在でもあったみたいで、
私にとっては不登校ってさ、いわゆる引きこもり的なもので、コミュニケーションも苦手な子も結構多いようなイメージだったんですよ。
だけど末っ子は全然そうではなかったですね。
ただ、学校で勉強の意義が感じられなかったみたいですね。
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割と大きな子たちに囲まれているお兄ちゃんをはじめ、うちに関わってくれていた大人たちに囲まれていたというのもあって、ちょっと大人びているような子だったので、
同級生が馬鹿に見えるみたいなね、ちょっとイケスタン感じですけどね、言ってみればいろいろとアンバランスな感じでしたね。
私は長男の時は学校に一生懸命行かせようとしたんですけど、3男4男に関しては、もう無理やりに引っ張っていくということは全くしなかったんですね。
ただ、お休みの時には連絡をくださいと学校に散々言われまして、正直さ、面倒くさいなっていうね、毎朝毎朝すいません今日はお休みですみたいなのを言うのがすごく苦痛だったんですね。
連絡をしないとですね、何と言ってくるか生存確認と言われたんですよ。それがね私はちょっとね、なぬいってなりましたね。
生きとるわい。虐待とかもしとらんわい。
あ、あられ姫いらっしゃい。こんにちは。
なんかさ、しょうがないよね。先生たちもさ、ちゃんと学校の役割というかね、子どもたちの健康とかメンタルとかを含めてね、健全に成長するのを見守る役割なので、
それはさ、まぁわからんでもないんだけど、すごいね、学校の対応がね、転校したんですよね。
転校した先が、あのー、そうそうそう、三難坊はですね、ウルフカットっていうんですか、襟足がちょっと長い感じの髪型をしてたんですけど、
学校で教室に子どもたちが座っている様子を見るとですね、みーんな同じ髪型だったんですよ。
24:00
ゲッと思いまして、そしたら案の定、子どもも髪型をみんなと同じような髪にしてくれてきたんで、
まぁ水亀座の私ですよ、何が普通やねん、人と一緒なのは嫌じゃ、みたいに思うタイプなので、うっそーと思いましたけど、
まぁでもね、子どもの意見を尊重するのはずっとあるので、尊重してね、髪型はね、そんな目立つような髪型にはしませんでしたけど、
ごめんなさい、なんか変なとこ入っちゃった。
なんだっけな、学校の中で、三難は特に目立たないようにしてたのかな、
あとはその不登校のお友達との支援みたいな感じに途中でなってから、
学校の先生とよくやり取りをしていたみたいなので、あんまり問題行動とかもなくなりましたよね。
でもちょいちょい学校には呼び出されておりまして、子どもたちがですね、気を使って教材費とかもお母さん払ってくれるのかな、みたいな風に多分言ってたんだと思うんですけど、
学校に呼び出されて、三者面談はもちろん定期的にありますけど、それ以外にもちょいちょい呼び出されて、
お母さん、学校の授業に必要なこれこれの教材費、大丈夫でしょうかって聞かれまして、それもまたカチンと来てましたね。
確かに経済的にそんなに豊かではないけど、子どもの教育費にお金を出さないようなことはないわけですよ。
なのにそういう風に言われて、ちょっと何なんだと思ってました。
おそらくですね、学校側から児童相談所に相談なりがあったのあるような、多分ね、お家だったんだろうなと思います。
子どもたちの激しい喧嘩に、近所からの通報、警察から呼び出されるみたいなね。
多分さ、不登校の子っていうと、そこまでのイメージは皆さん持たないですよね。
割と静かなバージョンの方を思い描く方が多いんじゃないかと思いますね。
27:08
引きこもったりとかね。
あ、浦さんだ。いらっしゃい。珍しいでしょ、私不登校の話してます。
うちね、5人兄弟のうち、次男房だけですよ。
もう解禁しようものは。
それ以外はですね、いろいろと不登校とかいじめとか、そういうのを経験しております。
一人ずつ話すと、えらい長くなるので、あれなんですけど。
なんとなくね、ざっくりね、今お話ししましたけど。
多分不登校の理由って、いろいろとありますよね。
その子供自身のコミュニケーションとか、それから発達の段階であったりとか、
なんだろうな、性格とかもね、あるよね。
うちみたいに経済的に厳しいような家庭。
言ってみれば、私一人で子供5人を育てている状態なので、
ヤングケアラー的なところもある。
ケアラーというか、上の子が下の子を見るみたいなね。
昔で言えば別に普通だと思うんですけどね。
そうね、いろんな理由があると思います。
親が学校なんて行かなくていいっていううちも、なきにしもあらずですよね。
それはあると思うし、もしかしたら学校側もそういうふうに私を見ていた感はあります。
職業差別的なところを感じることはちょいちょいありましたね。
あのお母さん何やってんだ、みたいなね。
いうのはありました。
表向きはパートと自分でサロンをやろうとしているみたいなね、そんな感じだったりもしましたけど、
たぶん夜の仕事もしてるみたいな話をどこかでチラッとしたんだと思うんですよね。
たぶん。
してたと思うな、私。
だって、辻褄合わせで嘘つくこと私できないんですよ。
バカだから。
だからね、なんとなく匂わせる程度のことは言ってたと思うんです。
だからそれが故にちょっとした職業差別的な視点で見ていた先生もいたと思いますね。
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で、なんだっけ。
そういう家庭環境、地域の環境とかもあるかもしれないですよね。
そういった本当に不登校といっても本人だけの問題じゃない時もあるし、
対処法もたぶんいろいろとあると思いますよね。
もう今ちょっと調べたら、12人1人が不登校を経験しているといっても過言ではないぐらい、
不登校というのはクラスに2,3人はいるのが当たり前。
長男の時の不登校の対応と、下の子の時の不登校の対応というのは全くもって違いましたね。
最終的に末っ子は2回転校してるんですけど、
だんだん新宿に寄ってきたんですけど、
街中だからなのかな、わからんけどね。
何て言うんですかね、無理やりに学校に来なくてもいいと。
ただ、どこの学校でも言えるのは、連絡はとにかくしてほしいというのはずっとありましたね。
勉強は当然ながら遅れるじゃない。
長男の時はとにかく学校に連れてきてくださいの一点張りだったんですけど、
だんだんともう今そこからさらに10年以上経ってるから、今の学校の現状というのは、
不登校時の対応に対してもいろんなバリエーションが出てきていると思いますね。
オンラインで勉強ができるコミュニティに参加できるみたいなものであったりとか、
メタバースでお友達との交流もできるみたいな、そういう試みをしているものもあれば、
角川のN校ですよ。確か中学もありますよね。
そういった感じでオンラインで、自分のペースで勉強ができるみたいなものも、
かなり認知されているし、当たり前になってきているんじゃないかなと思うし、
33:01
サドベリースクールというのも、いろいろとできているみたいですね。
サドベリースクールというのはどういうものかというと、
子どもたちが自分の興味や関心に基づいて、
AIによる概要を読ませていただいておりますが、
子どもたちが自分の興味や関心に基づいて、
自由に学び、学校運営にも参加する教育機関です。
時間割りやカリキュラムは基本的に存在せず、
子どもたちは自ら学びたいことを学び、活動します。
大人たちは先生ではなく、
共に学びを作る一員として子どもたちをサポートします。
これがサドベリースクールの概要だそうです。
ヨーロッパの方のスタイルの話をどこかでチラッとしたと思いますけど、
そういう感じなのかなと思いましたね。
大賛成なんですけど、私的にはね。
早いうちに好きなこと、熱中できることを見つけて、
それを思う存分に掘り下げさせてあげるっていうのは大事かなと思います。
一番最初に長男の不登校の話をしましたけど、
長男は普通に登校するのが困難だったときに、
本に接することの楽しさを教えてもらうわけですよ。
勉強するのが大好きなんですね。
分からないことが分かるようになるこのすっきりというか高揚感というか、
そういうのにハマっていったわけです。
そして基本的に学ぶ姿勢というのを小学校の1,2年の担任が教えてくれ、
5,6年、3,4,5,6とそこもすごく理論的に自分が何につまずいているかっていうのを
自分なりに発見する、勉強に対する取り組み方をすごく教えてくれた先生だったんですね。
それも相まって長男はすごく勉強ができる子になりました。
不登校とか学校登校ができない子たちの中で、
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学力に対する不安というのはどうしても親御さんとしてはあると思うんですけど、
うちの子はたまたま勉強好きになった、長男は勉強好きになったけど、
それ以外の子はあまり勉強は好きじゃなかったかもしれないな。
最終的に自分で道を切り開くみたいなところが身についたわけですよ、長男に関してはね。
中学で受験をすると言い出したり、
高校受験の時に難しいと言われている学校に目標を定めてから、
塾に通わせるほどの余裕はなかったので、
別れた元旦那の義理でもなくなっちゃったけど、子供にとってはおばあちゃんですよね。
おばあちゃんと交渉して、受験前の半年間くらい出してもらって、
もうちょっとあったかな、1年はないくらい出してもらって、
塾に通って、学校合格すると。
そこから、学力重視、一応、慶応に合格してくれたわけですよ。
母を喜ばせようとしたのかなと思いますけど、
行きたいところに行けてよかったねって言ったら、ちょっと褒め足りなかったみたいで、
未だにちょっと反省してますけどね。
親に熱中できるものがないと、子供が熱中していることを注意しちゃう。
なるほど、それは確かにあるかもしれないですね。
うちは本当に好き放題にさせました。
でも、私個人の考えとしては、父親はちょっと違ったと思いますけど、
私自身は、子供の向き不向きはもちろん当然ながらベースとしてあるから、
勉強が好きな子は一生懸命勉強すればいいし、
何か、子供の力を信じて見守る。
ちょっと言葉良すぎますかね。
放置する。
でも、いざという時には相談しろってのはずっと言ってきました。
ただね、3難4難に関してはですね、どうもそれが浸透していなかったようで、
ずっと我慢させちゃったみたいですね。
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だけど、上の子たちはなんだかんだ、これがやりたいと。
そして、これをやるためには、このぐらいの金額が必要だということを交渉してくるようになりました。
私の場合はですね、ストレートにそれを頂戴と言われても出しません。
例えばさ、携帯の契約をね、一つのプランだけ提案されても私は動きませんでした。
企画検討材料を持ってこいつって。
ひどいよね。ひどいけどさ。
でも子供にはその力があると思うんです。
本当に自分がやりたいことを達成するためには、
自分で色々調べたり、人に聞いたりしなと言って、
子供に言われたことがわかったらそれ出すよって、
ストレートにこちら側がサポートするんじゃなくて、
AとBとCというプランがありますと、
Aはこんなこんなでちょっと高いけどすごくサポートが厚いと、
Bというプランは安いけどちょっと難ありそうだとか、
そういうことを子供なりに私に説明するわけですよ。
で、あなたはどれがいいと思うのって言ったときに、
わかんないだったら私はうんって言わないんですよ。
説明力、納得させる力、誘導する力は必要ない。
交渉術とでも言いますか、
自分が目標に向かって、どのくらい意欲があるかっていうのをそこで試すみたいな感じかもしれないんですけど、
子供はさ、みんなのゲーム持ってるから私もちょうだいなんて言うと、
みんなですと?って、
誰と誰と誰と誰と誰?
ふんふんふんって、みんなじゃないじゃん。
そういう嫌な親です、私。
なんだけど、でも本当に子供にとって必要だと思うことはお金を出していたんですね。
たださ、浸透しなかったね。
だから3番目と4番目に関しては本当にね、ごめんねって感じなんだけど、
でも、3番目に関してはですね、高校中退したんですね。
それは小中と一緒に行ってた不登校気味の猫が別の学校だったんですね。
というかその子はウェブスクールみたいな感じに通っていて、
42:04
定時制っていうんですか、三部制の学校みたいな感じに行っちゃったので、一緒じゃなかったんですね。
そうするとですね、学校まで結構ね、電車も30分くらい乗らなきゃいけないみたいな。
距離的にはそんな遠くないんだけど、電車にするとぐるっと回らされて遠くなる。
だからね、たぶんしんどかったんでしょうね。
だんだんさ、めんどくさくなったんでしょう、単純に言えばね。
で、足が遠のくわけです。
そして遅刻が多すぎて出席ニーズが足りませんってなりました。
学校の面談の時にね。
普通なら、先生そこをなんとかとか、子供にちゃんと行かせるようにするので、
新級させてくださいみたいな風に頼むのかもしれないんですけど、
私はそこも子供に聞きまして、どう?って。
で、どうしたいの?って言ってね。
結果的には辞めるという判断になりまして、高校中退なんですね。
で、その後ですよ。
三男坊は、すごく落ち込むんです。めちゃくちゃに。
で、同級生と鉢合わせをしないようにバイトをいっぱいするようになりました。
で、自分がしっかりしないといけないんだなって、どこかでスイッチが変わってですね、
一人暮らしをするようになりました。
我が家はですね、高校に行っている間は、母さんが面倒を見るようなんですよ。
なので、高校卒業したら家を出なさいってずっと言ってたので、
それをちゃんと守ってですね、中退したけど、家を出るという決意をして、家を出るんですね。
もちろん契約は親が一緒じゃないとできないんで、いろいろとね、自分でお部屋を探して契約をしてみたいなことになるわけですけど、
そこからはね、本当にね、中退したが故に、自分はちゃんと努力をしないといけない。
やるべきことをするためにとか、すごくゲームが好きなんですけど、
ゲームのこれが欲しいから、バイトをしてお金を貯めて、いついつまでにこれを購入するとかね、
45:08
なんかそんな感じですっごい自立したんですよ。
中退をしたことでめちゃくちゃショックを受けてね。
それはすごく良かったかなと思います。
中退で言うと、四男も実は同じ学校に行ったんですけど、同じ高校に行ったんですけど、
やはり同じようにです。
もうなんでみんなこんなに遠い、行きづらいところに行こうっていうの?って思うんですけど、
案の定、途中で行くのが辛くなるんですよ。
で、転学しました。
三部生の近くの高校に転校して、とりあえず3年間で高校は卒業しましたけど、
三男からね、すごく自分は中退したことがショックだったっていう話をどうやら聞いたみたいですね。
だから自分は最後までちゃんと学校に行けんだって思って行ったみたいなんですけど、
うーん、何というのかな。
母から見るとね、そんなに人生大きく変わるみたいなショックな出来事というのがそんなに起こらなかったのかも。
というのは、学校に行かなくっても、
例えばバスケができる公園でだいぶ年が離れたお兄ちゃんたちと一緒にバスケをしてくるとかね、
転校した先のお友達と一緒に遊んでるとかね、
学校に行かないんだけどすごくお友達とは仲良く色々とやってた。
その時のお友達は未だに時々泊まりに来るぐらい仲がいいんですけど、
何ですかね、友達がいたからなのか、
全然なんとなくぬるっとここまで来てしまっているので、
早いうちに、若いうちに、何かしら大きな壁にぶち当たることを母は望んでおります。
ひどい話だけどね。
でも、親は子供の人生の道の障害物を取り除いて、
48:00
できるだけ安全にスムーズに会いませてあげようっていう人が多いからこそ、
後々自分で対処できなくなるっていう子が結構多いんですよ。
学校に行こうか行く前は私は全然関係ないと思っていて、
よくね、ママ友に言われました。
すごく良い子たちに見えたみたいで、しっかりしている子供たちに見えたみたいで、
教育方針は?ってよく聞かれていたんですよ。
不登校だったりとか、いろいろと問題を起こす子たちなのに、
ママ友からすごく教育方針を聞かれることがあったんですよ。
何がってさ、前に話したことあると思うんですけど、
週に1万円を町南部に預けるわけですね。
その中で自分たちで計画を立てて、
お買い物に行って、自分たちで料理をしてということをさせたんですよ。
残った分はみんなで分けるお小遣いねと。
だから、ドンキの特売とか、ドラッグストアで何が安いとか、
そういうのをチェックしてですね、少しでもお金を貸せようとする。
そういう生活力ある子たちなんですよね。
それがすごくしっかりしているように周りからは見えたみたいですね。
おそらくそれは私自身、
家のことをする時間というのがあまりなかったからそういう風になったんですけど、
でも、生きる力自体は多分あると思います。
いわゆるちゃんと学校に行って勉強してとか、塾に通ってしっかりお勉強している子たちとかよりはね、
サバイバル力というか、生き抜く力はあるし、
何か自分が欲しいものを手に入れるために、あの手この手を使うみたいなね。
そういうことも、全員が全員じゃないですけどね、できたりとかね、する。
でもこうやって話しててさ、すごく登校で大変だったなとかって思ったけど、
意外とそうでもなかったのかもしれない。
振り返りながら話してると。
いわゆる一般的な人たちが言う問題行動みたいなのって、
51:06
実はそんなに問題じゃないんじゃないって思うことの方が多かった。
親としては、ちょっとあそこの親はっていうふうに言われてたかもしれないというか、言われてたと思いますよ。
それでね、落ち込んだりした時期もありましたけど、
でもそんな私だけど、子供の力は今でも誰よりも信じてます。
ただ好きなものを見つけてほしいなとか、困った時に相談してほしいなとかね。
男の子はあんまり言わないんですよね。
うちの子は一体どこで何をしているんだろうみたいなのは結構ありますけどね。
でも、もしかしてね、お子さんの不登校で悩んでいる方がいるとしたらですね、
子供の力を親が信じないでどうすると、私はずっといろんな人に言ってました。
不登校、先生たちは親に連絡してくる子供の無事を確認するみたいなのが仕事だからしょうがないよねって、
ちょっとイラってすることも多々ありましたけど、しょうがないよね。
あの人たちの仕事だもんね、みたいな感じで思ってたし。
先生がどう思っているとかいうのは全く関係なくて、
親自身が子供のことをちゃんと見守ってあげる。
さっきも言ったみたいに、障害物を一生懸命取り除くみたいなのは結果的に子供のためにならないので、
やっぱり5人子供たち見ているけど、何かしらすごく辛い思いをしたとか、
自分なりにうまくいかなくてもがいてたとか、その後にですね、子供ってすごい成長したなっていうのが見えるんですよ。
だからね、あえて障害物は置きませんけど、
54:08
なんかね、早いうちに挫折の経験をした方がいい。
これは間違いないと思います。
期待だけもがけばいいさ、みたいな。
ちょっとね、発達障害とかって言われるような、何かしら大変な方もいるかもしれませんけど、
おそらくね、私、末っ子は特にちょっと何かそういうのが、
パニック発作みたいなのを起こすことがあるので、
でもね、すごいんです。
自分でちゃんとコントロールするんですよ。
今おかしいから、ちょっとこもるって言って、
部屋にこもって、落ち着かせてます。
これは対処法として正しいかどうかわかんないんだけど、
本人が望んでそうやって言ってるので、
私はあえて何をするというわけではないんだけど、
なので、たぶんそこも含めて私は子どもを信じてます。
子どもの力をね。
ぜひですね、我が子の生きる力ですね。
ちゃんと信じてあげてほしいなっていうのが、
今日のまとめです。
なんかさ、いっぱいいろいろ心配するよ。
親はさ、心配するのが仕事だもん。
長女は結婚して子どもを産みましたけど、
それはそれでさ、また別の心配が出てくるわけですよ。
私の親も多分だいぶ年取って、
ちょっとわかんなくなってきたりしてますけど、
それはそれで私のことをいろいろ心配してると思うんですよ。
そんなもんですよ親って。
だからね、心配してるぐらいが、
たぶん私もぼけなくていいんじゃないですかね。
そんなわけでですね、
ちょっと参考になるかどうかわかんないんですけど、
なんかふとね、この話をしようと思い立ったので、
57:01
してみました。
性をポジティブに大切にっていうチャンネルですけど、
私はこれもつながっていると思ってます。
広い意味かもしれないけどね。
なので、ちょっといつもと経路の違う話をさせていただきました。
そうそうそうそう、
信じてあげれば、前向きであれば、
結果うまくいくよってね。
私も本当にそう思いますね。
時々不安になることはありますけどね。
でも結果的には、
オールオッケーということですよね。
そんなわけで、今日はこのあたりでおしまいにしようと思います。
ご参加いただきまして、
ありがとうございました。
ではでは、またねー。
ばいばーい。
あ、いい話だった。ありがとう。嬉しい。
じゃあねー。