00:05
みなさんこんにちは、仙台りんです。
1週間ぶりぐらいの配信になってしまったでしょうか。
いろいろ話したいことはあるんですが、
収録環境が整わないという時は、無理をしないという方針に最近していまして、
それで収録できずに気持ちがシューンとなってしまったものもあれば、
いや、これは絶対話すぞと思ってメモに書き留めてあるものもあったりして、
春休みなので、無理せずに自分なりのペースで進めていきたいなと思っている今日この頃です。
そんな中で、今はですね、ものすごく久しぶりにゆっくりする時間が取れています。
誰にも邪魔されない。追われているものもない。
と言っても、今から15分間ぐらいなんですけど、
なんか開放的だなという気持ちに久々になれる瞬間が今訪れましたので、
最近感じていることをちょっと喋ってみたいなつらつらだと思っています。
それが何かというと、何の脈絡もないんですが、
出る杭は打たれるっていう言葉についてなんですよね。
最近面白いなと思って聞いている音声配信がいくつかありまして、
その配信者さんがですね、すごく私と似ているタイプなんじゃないかと勝手に思っているんですね。
その方のいろいろさかのぼって聞いていたら、
なんか出る杭として打たれてきたんだろうなみたいな。
でもすごく強くて、
負けずに、やったからここまで来てるんだなっていうのをとても感じたんですよね。
私自身、社会人の3、4年目ぐらいでしょうか、
までは結構出る杭は打たれるっていう経験を割としてきたんじゃないかなと今振り返ると思います。
この言葉を知ったのは小学校4年生の時でした。
学校でものすごく納得がいかないということがあったんですよね。
おかしいだろうと、絶対それはおかしい、納得がいかない、抗議したいって思うようなことがあった時に、
親から出る杭は打たれるっていう言葉があるんだよっていうのを教えてもらったのが一番最初です。
その後も、私は普通にやってるんだけどとか、
私はこれがいいと思ってるからやってるとか、おすすめしたいんだけどとか、
03:00
何の悪気もないのに目の敵にされたりとか、呼び出し食らったりとか、
そうですね、わかりやすく言うといじめっていうんですかね、
いわゆる不登校になるようないじめではなくて、
陰湿な対応みたいなのをされることがあってですね、
そのためにこういうのが出る杭は打たれるっていうやつなのかしらと思いながら、
ここまで来ました。
でもこれは性格的なものなんでしょうか。
結構私、ひょうひょうとしてたんですよね。
思い出すと、思い返すと、決していい思い出ではないんですけど、
じゃあその時にすごく思い悩んで苦しんだかとか、
何か思い詰めたとか、
あの時本当につらかったかって言われると意外とそうでもなくて、
ひょうひょうとしてたな、
なんで私あんなにひょうひょうとしてたんだろうって自分でも思うぐらい、
そんな感じであまり相手にせず過ごしてきたっていう感じでした。
いくつかちょっと具体例をしゃべってみますね。
これが出る杭は打たれるに、
ピタッとはまるかって言われるとどうかなっていうところもあるんですけど、
いくつかしゃべってみます。
一番最初に言った、
この言葉を知ったきっかけとなった4年生の時ですね。
これは書き初めの展覧会で、
私はいつも学校代表として選んでもらっていたんですよね。
ずっと1年生の時から。
4年生の時に選ばれなかったんです。
それはあなたの字が下手だったんじゃないっていう風なことかもしれないんですけど、
でも明らかに私の方がどう見ても上手いと。
教室の後ろにね、
冬休みの宿題で書いてきた書き初めとか、
あと廊下とかに貼られるんですけど、
絶対私の方がどう見ても上手いって自信があったんですけど、
選ばれなかったんですよね。
これ何でかっていうと、
先生にはっきり言われたのが、
あなたは毎年展覧会に出していると。
だから今年は我慢してねっていうことを言われたんですよ。
先生が私をいじめてたとかっていうのは全然ないんですが、
多分選ばれるとか、
そういう経験を平等にっていうんですかね、
一人の子にいつも集中するのではなくて、
そういったいろんな代表になる経験をいろんな子に積ませたいっていう、
それはその学年の先生方の方針だったんですよね、多分ね。
なので我慢してねみたいなことを言われたんですよ。
ちょっとこれはだから出る杭は打たれるとは違うかもしれないんですけど、
じゃあなんでリレーの選手は毎年タイム順で、
06:00
毎年選ばれる子が同じなんだと。
私万年補欠だったんですけど、
それもたまには補欠の人を出してくれたっていいじゃないかとかね、
思ったりしました。
中学校の時はですね、1年生の時に、
夏休み前ぐらいですかね、
入ってまだ何ヶ月かっていう時に、
2年生、1校への2年生の怖い先輩たちに呼び出しをくらったんですよ。
私運動部に入っていて、別の運動部の先輩のちょいバル集団だったんですよね。
お前生意気だみたいなことを確か言われたんですよね。
こちらからすると、すいません、あなた誰ですかっていう感じだったんですよ。
よくよく話を聞いてみると、
私がやってた部活の先輩と1対1で試合をすることになったと、
部活の中でね。
その時に、
私が勝ったか先輩が勝ったかはちょっと忘れてしまったんですけど、
すごく接戦になったんですよね。
どうやらそれが勘に触ったと。
ただその先輩は直接私には言ってこなくて、
つるんでいたちょいバルの別の運動部の先輩を通して、
私に一発かますじゃないけど、
生意気だみたいなことを言ってきたんですよね。
社会人として働き出した時も、そんな感じのことがありました。
私が入ったその前の年に、
いわゆる部長クラスの偉い人が変わったんですよね。
方針が結構ガラッと変わりました。
それまでは年功序列みたいなのが結構色濃く残っていたらしいんですよね。
なんですけど、部長クラスが全員ごそっと変わった時に、
別に1年目だろうと2年目だろうと、
配属とか部署移動みたいなものは、
個々の得意とか不得意とか能力とか、
そういったところに合わせてやっていくと。
年功序列にはしないという方針になっていたらしいです。
その部長たちが入れ替わった2年目に私が新卒で入るんですけど、
3ヶ月間初期研修があって、1年目のそれが終わった7月に、
いわゆるみんなが憧れる部署っていうんですかね。
年功序列で4,5年目ぐらいの人からやっと行けるっていう部署に、
09:03
私は1年目の7月に配属をされたんですよ。
同期がいる中で、数人そこに配属された同期がいたんですけど、
1人あれは4年目か5年目の先輩ですね。
やっとこの春からそこの部署に行けたっていう先輩がですね、
私だけをまた目の敵にしたというか、
なんかちょっと冷たく当たられてたんですよね。
私が生意気だったんでしょうかね。
だいたいそういうのって、今までこういうやり方でやってきたんだっていう感受みたいなのが
あったりするんですけど、それ効率悪くないって思って私は。
なので別のやり方で、こういうやり方でやったほうがいいかなっていうのを
自分なりにやってたんですよね。
そういう話をしていた時に、ちょっと恋みたいな。
また呼び出し?
呼び出しではないんですけど、
まだ6人、1、2万として仕事もできないくせに
そんな効率化ばっか測るなみたいなことを
みんなのいるとこで結構怒られたんですよね。
まあ、もちろん1年目と4年目、5年目だと見えている世界も違いますから
おっしゃる通りっていう感じだったのかもしれないですけど
でも私としては
もちろん真面目に一生懸命やっているつもりだったんですよね
ちょっと今3つ喋ってみましたけど
なんかこういうことがですね
思い返してみるとちょこちょこあったんですよ
そもそも出る杭は打たれるってどういうことを意味するかっていうと
ちょっと調べてみるとですね
すごくとてもいい捉え方をするものと
やっぱりちょっとうがった見方というか
そういう説明といろいろあったんですよね
才能のある目立つ人は周りから妬まれ妨害されるたとえであるとか
これはすごくいい意味かなと思うんですけど
もう1個はこんなふうに書いてありました
出過ぎた振る舞いをする者や当格を表す者は
他の者に憎まれ強いてあげられることを言うとか
出しゃばる人は他人に疎まれて攻撃を受けるたとえだとかですね
才能があって当格を表すっていうのは
すごくいい捉え方だなと思うんですけど
一方で出過ぎた真似をするとか
出しゃばる人はっていうことは
ちょっとネガティブなニュアンスも入ってるなっていう気がしますね
私がどれぐらいだったのか
どんな感じだったのかは今となっては分からないんですが
12:03
今思うのは
やっぱり打たれるとですね
いくらひょうひょうとはしていても
やっぱり不快な気持ちになったりとか
多少ダメージは受けることもあるんですよね
なんで私そんなにダメだったかなって
自信をなくしたりとか
次意欲的にやってみようっていう気持ちが
ちょっと湧きにくくなったりとか
こういうの思いついたからチャレンジしてみようみたいに
行動を起こすことが怖くなったりとか
やっぱりあるんですよね
そういうところにエネルギーって
使われていくなっていうのは思います
ただ私はですね
売られた喧嘩は買うっていうのが
本来の私のスタンスだなって自分で思っています
対人関係を考慮したときに
売られた喧嘩を全部買っちゃいけないとか
そういう大人の事情がとか
もちろんそういうのも学んではいるのでね
大人なので
じゃあ本当に売られた喧嘩を全部買うかって言ったら
もちろんそうじゃないんですけど
全部そういうのを取っ払って
素の自分っていうんですかね
本能的に動いていいよって言われたら
売られた喧嘩は買う
絶対勝つやり返すみたいな
ところがあるんですよ
あとは自分が傷ついてでも
私にそうやって刃を向けてきた人は
絶対やり返す
自分が傷ついてでも相手にも
意思報いるみたいな
そういうの燃えちゃうタイプなんですよね
そういう相手が現れると
何クソってなって結構エネルギー湧いちゃう
タイプなんですよね
今日一番話したいのはここじゃなくて
ここからなんですけど
ある時から
私このスタンスを辞めたんです
それがどこかっていうと
おそらく子供を産んだっていうところからですね
理不尽だなって思うことに立ち向かっていくとか
悪しき習慣を変えるぞみたいな
そういうのってものすごいエネルギーが必要で
嫌いじゃないんです
だけれども
子供を産んでから
そういうところにエネルギーを使うのって
ちょっともったいないというか
そこに抜けるエネルギーがあるのであれば
家とか子供とか家族とかのことに使った方が
いいかなって思うようになって
15:00
なので
極力目立った行動はしない
自分を抑える
いわゆる出る杭にならないように
しようっていう風に
その時
それをここまで考えて
そうしようって自分で決めて方向転換したわけでは
たぶんないんですけど
おそらく自然に
そういう考え方にシフトしたのが
10年前の子供を産んだ時だったなと思います
なので
もっとこうした方が
みんないいんじゃないかなって思うことがあっても
提案しない
口に出さないとか
はいはい私こういうのできますよっていうのを
積極的に
手を挙げていかない
っていう過ごし方を
最近していたなって
思っていて
ここ数年はですね
それに対しての
窮屈な気持ちっていうんですかね
窮屈感というか
やっぱり自分
本来の素の自分ではないので
だんだんそれを抑えていくのが
結構厳しくなってきたな最近っていうのを
感じていたんです
そこに来て
一番最初に言った
この人私と
タイプに似てる感じがする
同じ匂いを感じるっていう
方の音声配信を最近聞く時間が増えていて
もう一回
やろうかな
っていう気になってきたんですよね
もう一回
本来の
自分っていうんですかね
あまり抑えずに
またどこかで
誰かの恨み勝っちゃうかもしれないし
あいつ生意気って思われたりとか
デシャバリーとか思われたりするかもしれないけれども
でも自分が思ったように
いろいろ動いてみたりしようかなって
最近思っているんですよね
さっき
出る杭は打たれる
意味って
いつ調べたんですよグーグルでね
そしたら
野球選手のイチロー
イチロー選手っていうんですかね
元野球選手のイチローさん
が出る杭は打たれると
じゃあ打たれないためには
どうしたらいいですかっていう質問に答えている動画を
たまたま見つけたんですよね
その答えが
ものすごい痛快でした
それは簡単ですよ
18:00
もっと出ればいい
突き抜けてしまえばいい
って
即答だったんですよね
ちょっと出てるから
周りに打たれるんだと
引っ込まされちゃうっていうんですか
だけど突き抜けてしまえば
周りは手に追えなくなる
認めずに追えなくなる
だから
出る杭は打たれる
だから引っ込もうじゃなくて
突き抜けるまで出ろ
っていうことを
スパッと言ってて
気持ちいいなって思いました
このもっと出ればいい
突き抜けてしまえっていうのが
私が最近よく聞いてる
配信者さんが撮ってる
スタンスだなっていうのを持って
これできたら
すごいかっこいいなと
憧れるなと
今の私自身よりか
もうちょっとだけ自分らしく
慣れる近づけるかもしれない
って思ったんですよね
でもう一個最後に
出る杭は打たれる
ちょっとまた調べていた時に
こんな表現もあります
出る杭は打たれる
でも出ない杭は腐るっていうね
そっかじゃあ私って
腐ってんのか
って思ったので
自分の直感的に思ったところで
こうやってみようって
思ったところは
動いてみようかなって
今思ってます
でものすごい
ちっちゃいことなんですけど
去年おととしですかね
やっぱり
いわゆる出る杭に
気づいたらなってた
みたいな時があったんですよ
ちょっと子供の学校関係のことで
それ今思い出しても
あれすごい良かったと
あれは楽しかった
あれはものすごい
自分らしかったって
思っていてですね
もしかしたら
陰で
何やってんのって
あそこまでやらなくていいのにね
何シャシャリ出てんのって
思った人も多分いるだろうと
でも私が
いわゆる出る杭になったことで
そこに賛同して
集まってくれたりとか
一緒にやってくれたりとか
した方々もいたんですよね
だから
あれだなって
いうことを今すごく
実感しているので
今春休みでね
ゴタゴタしてますけど
10年間なるべく
いろいろ身にまとって
隠れてきたっていうか
腐ってきちゃったものを
ちょっと1回サビを落として
自由に
思う通りに
周りの反応とか
気にせず
21:00
やってみようかなと
そういう自分で
言おうかなと
何か具体的に
これをやりますっていうのは
特に宣言するものは
特にないんですけど
この春からせっかくなので
自分に
素の自分に近い
形に戻ろうかなと
いうことを
思いました
喋っていたらですね
だんだん小声になるのを
自覚しているんですけど
ちょっと
家の中がまたざわついてきまして
いつ収録が中断するかなと
思いながらこそこと
結局喋ってしまいました
今日はですね
出る杭は打たれるっていう
言葉とか
最近聞いている
あの人いいなって思っている
配信者さんとか
あとは最近の
お客さんから
つらつら喋ってみました
こんなちょっとボソボソ配信に
最後までお付き合いいただいて
ありがとうございました
それではまた
次の配信でお会いしましょう
さよなら