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水戸黄門漫遊マラソン参戦記!
2026-11-07 34:49

水戸黄門漫遊マラソン参戦記!

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先日参加した「水戸黄門漫遊マラソン」についてお話しました!


・印籠型の完走メダル!

・日本で二番目に大きな湖、霞ヶ浦

・意外だったこと


第11回水戸黄門漫遊マラソン完走しました!(セミブログ)

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サマリー

せみやまが水戸黄門漫遊マラソンに参加した体験を振り返ります。水戸黄門をモチーフにした完走メダルを目当てに茨城を訪れ、前日には常磐線で土浦へ向かい、日本で2番目に大きな湖・霞ヶ浦を雨の中で見物しました。レースではサブ4.5を目指し、終盤に苦しみながらもほぼ歩かず完走し、4時間33分51秒で前回から40分以上自己ベストを更新しました。苦しい場面で父を思い出したことや、応援、完走後の墓参りを通じて、大会前には想像していなかった思いを抱いたと語ります。最後に、2027年のウルトラマラソン100キロ完走を目標として走り続けたいと話します。

水戸黄門漫遊マラソンを選んだ理由
みなさん、こんにちは。 自然を愛するウェブエンジニア、せみやまです。
今日は、僕が先日参加した水戸黄門漫遊マラソンについてお話ししたいと思います。
10月25日に、茨城県の水戸で開催された水戸黄門漫遊マラソン。
このフルマラソンの大会に、以前から宣言していた通り、参加してきました。
今回はそのレポート会となっております。
フルマラソンの大会というのは、日本全国あらゆるところでいろんな大会が開催されているんですが、
その数ある大会の中から、なぜ水戸黄門漫遊マラソンを選んで走ったかというとですね、
この大会の名前に水戸黄門と入っていることからお察しいただけているかなと思うんですが、
水戸黄門が大会のメインビジュアルやコンセプトになっているんですよ。
水戸黄門といえば、歴史上の人物徳川光邦が諸国を漫遊して人々を助けるという創作物のことで、
過去何度もテレビドラマ化されてきたんですよね。
この陰謀が目に入らぬかという悲鳴ゼルフとともに、青井の門が入った陰謀という小さな容器を掲げると、
悪党どももハッハーッと降参してヒレ伏す。
テレビドラマでは毎回クライマックスにそういう悲鳴のシーンが流れてました。
茨城への前乗りと霞ヶ浦
水戸黄門漫遊マラソンの完走メダルって、
水戸黄門のドラマでこの陰謀が目に入らぬかといって、
月人の助さんや角さんが掲げていた陰謀をイメージしたデザインになってるんですよ。
大会ごとに毎回少しずつデザインは変わるんですけど、
その陰謀風っていう基本デザインはずっと踏襲されてるんですよね。
この水戸黄門漫遊マラソン大会の名前や完走メダルが陰謀風のデザインということを知ってから、
ずっと気になってまして、その完走メダルが欲しくて、今回参加してきました。
エントリーしたのは結構前で控えのメールを確認したら、
今年の4月24日にエントリーしてました。
大会は10月25日の日曜だったんですが、
参加のためその前日に前乗りして茨城の水戸市に向かいました。
茨城って僕が今回初めて行ったんですよ。
なんですが、茨城という場所を認識したのはかなり幼少期の頃だったりします。
というのは父が仕事で一時期茨城に単身府にしてたんですよ。
父は土木会社の現場監督をやってたんですよね。
で、日本全国いろんな現場に単身府にして、
週末だけ家に帰ってきて、僕ら家族と過ごして、
っていうそういう働き方をしてた人だったんです。
なので茨城って行ったことはなくても、
父が仕事をしてた場所というイメージがあって、
ずっと気になる場所ではありました。
その後、霜妻物語っていう映画の舞台になってることを知ったり、
旅マンという以前セミラジオでお話しした漫画の舞台になったりして、
いろんなイメージが僕の中で積み重なっていったんですけど、
ただ実際茨城を目的地として訪れて滞在するというのは今回が初めてでした。
今回大会の前日に前乗りして茨城に一泊してきました。
前日は割とゆっくり茨城に向かいまして、
お昼ご飯を自宅で食べた後で、
まず特急で地元山梨から東京に向かいました。
で、新宿で山手線に乗り換えまして、
日暮駅で茨城方面につながる常磐線に乗り換えました。
常磐線って僕は今回初めて乗りまして、
どういう路線なのか今まであまり認識してなかったんですけど、
この路線すごいですね。
東京の品川から宮城県の仙台まで全長約350キロもある超大な路線なんですよ。
東京、千葉、茨城、福島、そして宮城県にまたがってるんですよね。
で、今回事前の計画では日暮駅で茨城の水戸駅まで直通の電車に乗る予定だったんです。
東京に日暮から水戸駅まで1本で行ける電車があるということで、
これはすごいなと思ってたんですけど、
日暮駅で降りてホームの表示を見たら、
その電車が見当たらなかったんですよ。
ホームの電光掲示板にも表示されてなくて、
あれ、おかしいなと思ったんですけど、
その時、ホームの電光掲示板には茨城の土浦駅の電車が表示されてて、
まあ、土浦駅でも方角的には一緒だから、
これに乗ろうと思ってその電車に乗ったんです。
後で調べたら、その土浦駅の1本後が水戸駅の電車で、
それに乗れば日暮から乗り換えなしで水戸市まで行けたみたいです。
その前日の土曜日はあまり天気が良くなくて雨が降ってました。
マラソン大会の当日もレースの途中から雨が降る予報で、
前回のフルマラソンの大会は昨年12月の富士山マラソンだったんですけど、
これも雨に降られた大会だったので、
2大会連続で雨に降られることになるなと覚悟をしてました。
で、土浦で乗り換えて宿を取ってあった水戸市の内原という駅に移動しようかと思ったんですけど、
待ってよと思いまして、土浦といえば霞ヶ浦の最寄駅じゃないかと気づいたんです。
霞ヶ浦はこれも僕は最近知ったんですけど、
茨城県にある日本で2番目に大きな湖なんですよ。
日本で一番大きな湖は皆さんご存知の琵琶湖。
そして3番目に大きな湖は前回の走る村上春樹会でお話しした北海道のサロマ湖なんですけども、
ちなみに名前は似てるんですが、
東京の観光庁が密集しているのは霞ヶ関という町ですね。
で、この霞ヶ浦、事前の予定では大会の後で寄ろうかなと思ってたんですけど、
せっかく土浦駅の電車に乗ったので、もう前日に見物してしまおうと予定変更したんですよ。
で、事前にグーグルマップで見た感じ、土浦駅のすぐ近くに見えた霞ヶ浦なんですけど、
歩くとそれなりに離れてまして、15分くらい歩いてようやくちょっとその広大な霞ヶ浦の端っこのあたりが見えてきたんですよ。
霞ヶ浦の端っこの水路みたいになっているところまでやってきまして、
で、そこまで歩いて果たしてどこまで行けば霞ヶ浦にたどり着いたことになるんだろうと、そういうことを考えたんですよ。
その端っこの水路みたいのも霞ヶ浦の一部ではあるんですよ。
ただ、湖に来たぞっていう雰囲気はまだないんですよね。
翌日は42キロ走らないといけませんし、時間的にも日も落ちてだいぶ暗かったですし、雨降ってますし、あんまり長々と歩き回る感じじゃなかったんですけど、
ここはさすがにまだ早い。俺はまだ霞ヶ浦に着いてないと思いまして、もうちょっと歩くことにしました。
しばらく歩いて、もう真っ暗であんまりはっきりと見えないんですけど、湖らしい雰囲気を漂わせた風景が見えるところまで来まして、
よし、着いたな。俺は霞ヶ浦まで来たな、という一定の納得感を得てから、暗い道を足元を火をつけながら土浦駅まで戻りました。
そんな感じだったので、霞ヶ浦はまたの機会に訪れて、のんびり湖畔を歩いてみたいなと思ってます。
で、土浦駅から宿泊予定の内原駅に向かう電車に乗りまして、40分ほど電車に揺られてたんですけど、
その土浦内原間を電車で揺られて思ったのは、東京まで続いているJRの路線なので、車内広告の雰囲気は東京風というか、乗り降りするドアの窓にも広告貼ってあるという感じなんですけど、
乗ってる人の数が東京の中央線とか山手線とか、そういう主要な路線と比べて少ないんですよね。車内広告は東京風だけど、乗ってる人が少なくて、人と人との距離にゆとりがあるんですよ。
あと、ローカル感をより強く感じましたね。学生が結構多くて、スカートの下にジャージを履いてる子とかいて、あんまり山手線とか中央線でスカートの下にジャージ履いてる子を見た記憶がないので、やっぱりローカ
ル感強めかなと思いました。
そういう電車内の雰囲気、結構面白かったですね。
で、内原駅に着きまして、駅のホームに降りたんですけど、静かなところでしたね。内原駅は三島駅の二つ隣にあるんですけど、歓声な郊外という雰囲気のところでした。
ただ、すぐ近くにイオンモールがあるんですよね。イオンってだいたい郊外に立ちますからね。内原はコンビニとか飲食店とか商店街とか、そういう普通のお店はあまり多くないんですけど、それらをすべてカバーする巨大
な存在としてイオンモールが建ってる。
そういう感じの場所かなと思いました。
駅から徒歩5分くらいのところにコンビニがあったので、そこでバナナを一草買いました。
大会当日とサブ4.5への挑戦
朝早めに出発するために、宿は夕食付き、朝食なしのプランを予約してたので、マラソン大会当日の栄養補給にバナナを買っておいたんですよね。
で、そこから10分くらい歩くと今回の宿が見えてきまして、雰囲気のいいひっそりと佇む温泉宿という感じのところでしたね。
その宿で夕食をいただいたんですけど、すごく豪華というかパワー系の夕食でちょっとびっくりしたんですよ。
内訳を言うと、チキン南蛮、かつおのたたき、だし巻き卵、きんめだいの煮付け、味噌汁、漬物、ご飯というタンパク源が豊富な構成になってまして、
ご飯は大盛りにしますか?と聞かれて、反射的にお願いしますと言っちゃったんですけど、今回は普通盛りが正解でしたね。だいぶお腹いっぱいになりました。
で、その後、温泉にも入って体も温まり、移動の疲れもあってすぐに眠りにつきました。前日はそんな感じで終わっていきました。
2日目は朝6時に起きまして、おもむろに前日に買っておいたバナナの皮を剥いて、えほう巻きのごとく黙々と食べるというそんなスタートを切りました。
荷物をまとめて宿をチェックアウトして、内原駅から水戸駅に移動すると、もう水戸駅周辺がマラソン大会のムードだったんですよ。駅からマラソン大会の会場まで手厚く誘導がされてまして、迷うことなく会場までたどり
着けました。
今回のこの水戸公文マイユーマラソン、僕を含めて約1万3千人がエントリーしたということで、かなり規模の大きい大会ですよね。
会場の体育館で着替えを済ませ、貴重品をロッカーに預け、その他の荷物は手荷物預かり所に預けて、という感じで事前の準備をもろもろ終わらせて、スタート地点に立ったのはレース開始の20分くらい前だった
と思います。
今回、雨対策でゴミ袋で作った簡易的な防水と防寒のためのポンチョを持ってきてたんですが、スタート時にこれを身につけることはありませんでした。
というのは大会当日、朝の時点で20度くらい気温がありまして、最高気温が25度くらいの予報だったんですよね。
雨の心配をしてたんですが、どちらかというと暑さとの戦いになるんじゃないかと思って、余計なものは身につけず、半袖と短パンで走ることにしました。
結果的にはこの判断は正解だったかなと思います。
そして当日の朝9時、いよいよ第11回ミトコウモン万有マラソンがスタートしました。
規模の大きい大会って序盤は人がごった返してスタートの合法がなっても、なかなか走り出せないことが多いんですが、
ミトコウモン万有マラソンはコースの作りがいいのか、運営の方の手際がいいのか、その両方かもしれないんですが、割とすぐに走り始めることができました。
で、今回心密かにサブ4.5、4時間半以内にゴールしたいという気持ちがありまして、サブ4.5のペースランナーさんの後ろについていきました。
ペースランナーあるいはペーサーというのはマラソン大会特有の役割でして、ランナーそれぞれが目標としているタイムを達成するためにランナーを導いてくれる存在なんですよ。
ペーサーの方はランナーの目印になるため、今回で言うとそれぞれの方が頭に風船を3つつけて走ってました。
で、僕はサブ4.5のペーサーさんの後ろにつきながら、何とかこの人についていってサブ4.5を達成したい、そう思ってました。
20キロくらいは特に何事もなく淡々と走ってたと思います。
ペースが崩れたのはどのあたりだったか、途中で1回お手洗いに行きまして、そこまでは何とかサブ4.5のペーサーさんの後ろを追いかけてたんですが、背中が見えなくなってしまいました。
その時点で体の消耗感もかなりありました。
今回前半から中盤を1キロ6分15秒くらいで走ってたんですが、それを維持したまま走るのが辛くなってきてました。
終盤の苦しさと父の記憶
それでもガーミンの記録を見ると、34キロくらいまではほぼほぼそのペースで走ってたみたいです。
そうこうしているとイオンモールが視界に入ってきました。
そう、昨晩宿泊した内原駅の近くにあるイオンモールですね。
大会当日の朝、僕は内原駅から水戸駅まで電車で移動したんですが、またこうして走って戻ってきたわけです。
マラソン大会って純粋な移動という観点から見ると、よくわからない動きをすることが結構ありますね。
せっかく電車で移動したのに走って戻っちゃってますからね。
内原から水戸に電車で移動して、走って内原に移動して、また折り返して水戸に走っていきますからね。
だいぶ行ったり来たりしてるんですけども。
で、34キロ地点くらいまでは、キロ6分15秒くらいのペースをどうにか保ってたんですけど、残り8キロくらいがまあ辛くてですね。
うわぁ、もっと余裕を持ってサブ4.5走り切れるんじゃないかと思ってたのに、残り8キロもあるとかきつすぎる。
もう限界だ。もう走りたくない。というようなことを思いました。
実際、これまでに参加したフルマラソンの大会では、最終盤は限界を感じて歩いてる時間が少なくなかったです。
半分歩いて半分走って、これまでの大会はそんな感じだったかもしれません。
でも今回はちょっと違いました。
34キロ以降は序盤と同じペースは守れなかったんですけど、そこまで大失速せずにゴールまで走り切ることができたんです。
だいぶ苦しかったんですけど、その苦しい中考えてたのは割と唐突ではあるんですけど、
俺もちょっとは苦労しないとなということでした。
とてもじゃないけど、この状況であと10キロ近くも走れる気がしない。
どうしたらいいんだろうと思った時、なんかその言葉が自然と降りてきました。
俺もというのは、父に対しての俺もだったかもしれません。唐突なんですけどね。
父はものすごく頑張る人で、どちらかというとちょっとブレーキが壊れた人だったかもしれません。
土木の現場監督やってた頃は仕事を頑張ってましたし、早期退職して農業始めてからものんびりやればいいのに、かなり真剣にやってましたね。
何かに打ち込むと止まらない、そういう感じの人でした。
収集壁もすごく強くて、昔あったチョコエッグ、日本の動物というコンビニの食玩を僕が何個か買ってきて集めてたら、
父の方が夢中になって、新しいシリーズが出る度に全部コンプリートして、そのうち食玩ブームが加熱してくると、
限定版のフィギュアを買うためにヤフオクを始めたり、渋谷のロフトで限定販売されるチョコエッグのフィギュアを買ってくるよう僕に頼んできたり、
そういうお茶目なところがある人でした。
その時僕、チョコエッグの限定版のフィギュア買うために朝の5時くらいから渋谷のロフトに並んだんですよ。
しかもバージョンが2つあるということで、2日連続並んだ記憶があります。
大変でしたよ。
もう20年以上前の話なんですけどね。
自分が生き物が好きで、そのチョコエッグの日本の動物フィギュア集めてたのに、
父があんまり夢中で収集するもんですから、内心ちょっと引いてましたね。
父はそのうちチョコエッグ以外のコンビニの食玩も集め始めて、
古生物フィギュアのチョコラザウルスとか野鳥の食玩とかサッカー選手の食玩とか、
ありとあらゆるコンビニ食玩を収集してました。
まあ、そういう食玩集めは父にとっては癒しだったのかと思うんですけどね。
そんな父なんですけど、頑張りすぎて無理が立ったのか、
割と早くに遠くに行ってしまいました。
頑張りすぎて遠くに行ってしまったり、調子を崩してしまう人は、
父以外にも何人か見てきました。
だから自分はそうならないよう、限界を感じたら早めにブレーキ踏んだり休んだり、
意識してそういう風にしてきたところはありますね。
だからこれまでやってこれたと自分では思ってます。
でもそのブレーキを今回はちょっと緩めてみた。
そういうことかもしれません。
応援に支えられた完走
ゴール手前は、水戸駅すぐ近くにある千葉湖という湖の湖畔を走りました。
水戸のシンボルになっている千葉湖。
外周が3キロくらいの湖なんですけど、とても雰囲気が良くて、
ゴール手前が千葉湖だったっていうのも、頑張れた理由の一つだと思います。
それとこの大会、応援の熱量が高いのもとても印象的で、
コース沿いで子どもたちが太鼓を叩いて応援してくれたり、
そういうのが本当にありがたくて、ちょっとうるっときた瞬間もありました。
あと、ゴール近くにトンネルを走って通過するところがあるんですが、
そこでも大勢の方が力いっぱい応援してくれて、
トンネルだから音も反響しますし、すごい音圧で来るんですよね。
それもすごく嬉しかったですし、印象的です。
ゴールタイムは4時間33分51秒でした。
前回のフルマラソンの大会、富士山マラソンの記録が5時間17分47秒なので、
40分以上自己ベストタイムを更新できたことになります。
4時間半を切ることはできなかったんですが、やり切った、そう思ってます。
完走メダルを父の墓前へ
レースの何日か後で実家に行きました。
みとみあげのスイートポテトを母と弟に渡すためにですね。
なんですけど、スイートポテトの原材料に洋酒、お酒が入ってるということで、
母は食べられませんでした。
迂闊でした。すっかり忘れてたんですけど、
母は食べられないものがすごく多いんですよね。
お酒がちょっとでも入ってる食べ物は全部ダメで、
生魚も食べられなくて、子供の頃よく開店寿司に連れてってくれたんですが、
子供に食べさせて、母は一皿も食べてなかったです。
なのでスイートポテトは弟が全部美味しく炊い上げてくれました。
弟は最近栽培キットで椎茸を栽培していて、
とても大きな立派な椎茸を4つほど収穫させてくれました。
後で焼いて醤油かけて食べましたけど、めちゃくちゃ美味しかったですね。
その後、弟と一緒に父や祖父母が眠るお墓にお墓参りに行きました。
ミトコウモンマイユーマラソンの完走メダルを父に見せたかったんですよね。
意外でした。
レース中に、俺もちょっとは苦労しなくちゃなと急に思ったことも、
終盤をほぼ歩かずに走れたことも、父のことを思い出したことも、
レースのすぐ後にお墓参りをしたことも、
どれも大会の前には想像していなかったことで、自分でも意外でした。
そんな思いを抱いた今回のミトコウモンマイユーマラソンでした。
今回のミトコウモンマイユーマラソンと茨城旅について、
セミブログの方に写真や文章を載せてますので、
よかったら概要欄からチェックしてみてくださいね。
次の目標とウルトラマラソン
次回参加するマラソン大会はまだ未定でして、
というのは来年4月に参加予定だったチャレンジフジゴコウルトラマラソンなんですが、
エントリーできるかどうかちょっと先行き不透明になってきてるんですよ。
どういうわけか、僕も含めてですが、
1日に100キロ走りたい人が急増してるみたいで、
応募者数圧倒のため予約サイトのサーバーが落ちてしまって、
今度また二次エントリーをするみたいなんですけど、
それも先着順みたいなのでうまくエントリーできるかわからないんです。
そういう状況もあるんですが、
チャレンジフジゴコ以外の大会に参加することも視野に入れつつ、
2027年はウルトラマラソンで100キロのコースを完走するということを目標に、
引き続き走っていきたいなと思っています。
それと12月27日日曜日のセミラジオの5周年記念オフ会、
セミ山を囲む会なんですが、
定員15人のうち11人の枠が大変ありがたいことに埋まっております。
なので今の時点で残り4名の方の応募を受け付けております。
参加してみようかなという方は、
よろしければ概要欄の応募フォームからご応募いただけると嬉しいです。
セミラジオカルタや僕の顔ハメブロマイドをご用意してお待ちしております。
セミラジオではお便りを募集しています。
Xのハッシュタグセミラジオや概要欄のフォームからお送りいただけると嬉しいです。
今日はミトコウモマイユーマラソンについてお話しさせていただきました。
ご視聴ありがとうございました。
34:49

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