番組開始と自己紹介
さて、福崎里美の美酒・美食始まりました。 もうちょっとで始まりますので、少々お待ちください。
インスタご覧の皆様、福崎里美の美酒・美食始まります。 あと10秒ぐらいお待ちください。
これ、YouTubeはスタートしたら勝手にスタートするんですか? もう映ってる?
みなさんこんにちは。 福崎里美の美酒・美食月に1回の番組です。
担当するのは私、雑誌ポロコの統括編集長の福崎里美と申します。
こちらはどんな番組かと言いますと、ポロコがグルメ情報誌でもありますので、 私の大好きなお酒やおいしい食事、
食のプロのゲストをお呼びして、北海道のおいしいものを紹介、そして応援する番組です。
さらに、食の分野で活躍している方のうまくいっている秘訣なんかも探っていきたいと思っています。
ミッドアルファの番組はあんまり食の番組がないのかなと思いつつ、私バリバリの食の番組なんですけれども、
皆さんもね食べること好きなんじゃないかなと思うんですが、私がね最近食べてちょっとおいしいなぁと思ったのが、
あの実は今日ゲストを一人目に来ていただくフレンチレストランサブールの金田シェフが一人目のゲストなんですけれども、
そこのお店でいただいた北海道クネル、これねあの金田シェフのサブールのスペシャリティでもあるんですけれども、
フランス料理のお店でクネルって結構置いているところがあるんですが、結構どこもシンプルで、それはそれでとってもおいしいんですけれども、
こちらの北海道クネルはふわっととっても軽い食感で、あの甘エビとかホタテの甘みがぎゅっと濃縮されていて、
そして上にこうウニも乗ってるんですよ。ウニのちょっと塩味とかその香りも一緒にいただけるとっても豪華なクネルでした。
やっぱりね、あのもともとそのお店を知っている人はこれを絶対食べたいなと思うんですけれども、
そのクネルに合わせるのは私はやっぱりこうシャンパーニュか優しい白ワインが合うなと思っています。
こちらの私やっぱり新しいお店を見つけると誰よりもいち早くそのお店に行くんですけれども、
仕事を兼ねている部分もあるんですが、新しいお店に行くのはとっても至福の時間です。
そしてね、あの私ポロコの中でコーナーをやってるんですけど必ずお酒を飲んでいるカットを撮ってるんですが、
やっぱりおいしい食事とおいしいお酒というのはセットかなと思っているので、
本当それを体験できる仕事で幸せだなと思っています。
そしてポロコで紹介しているイベントなどなどをお伝えしていきたいなと思ったんですが、
何よりも桜最近始めましたね。なんか昨日が満開のようです札幌は。
それに先行して北海道の南の方の松前とか静大はもう桜祭りが始まってますし、
函館とか与一とかゴールデンウィークにかけて徐々に始まっていきます。
丸山公園も札幌が昨日が満開っていう風になっているので、
きっともうかなりいい感じで咲いてるんじゃないかなと思います。
私も毎年お花見は中島公園で今回も2回ほど計画してるんですけれども、
開花が早かったんですがそれまでに散らないで来てくれたらいいなと思っています。
ではこれからの2時間私福崎さとみにお付き合いください。
お散歩さんがどこかに来るかな?
今曲がかかっております。少々お待ちください。
このまま、わっちって言うんですか?
わっちの恋談っていうのが今かかっています。
お散歩さんこんにちは。ありがとうございます。
スタジオの中には音楽が聞こえるんですけれども、
インスタは聞こえてるかな?
スタンドFMとかはあんまり聞こえてないかもしれないんですけど、
今曲がかかっております。
それよりもyoutubeの人が何も聞こえないのか。
なんか静かな中どうしようみたいな。
youtubeも聞こえないもんね。
最初のゲスト紹介と最近の食体験
だから私ちょっと自分のyoutube見てみたんですけど若干つまらなかったです。
途切れ途切れなので。
みんな途切れ途切れなんですか?他の人たちも。
曲かける番組はそうです。
ちょっと見てて途中で途切れ途切れでつまんないから、
自分でさえ聞いちゃいました。
聞いてない番組、自分で弾くとかだったらそのまま聞けるけど、
そうじゃない人はみんなこういう状態に陥ってしまう。
その間見てる人絶対早送りしたい気持ちでたまらないですよね。
まだそしたらインスタライブとかの人の方がこの中が聞こえてるからいいんだ。
そうなんですよ。
まだ。
youtubeは今映像だけ。
そう。
無音の映像だけ。
ってことは手を振っとくしかない。
聞こえなくてすみませんね。手を振っとくしかない。
どこに行ってもらうかそっちに行ってもらうか。
シェフのお知り合いが聞きに来てくれてる人がいる。
今もう一人目のゲストのサブルの金田シェフがいらっしゃったんですが、
ちょっと外でお待ちいただいています。
3時15分くらいから金田氏が入ってもらうので、
それまで皆さんちょっとお待ちください。
今日の曲は何かテーマがあるんですか?
私はJ-POPのおすすめに。
特にテーマ。
良さげな曲をやるんですか?
良さげな曲を。
でもぽっと見知らない曲ばっかりです。
アーティストの名前は知ってるけど、この曲ちょっとピンとこないみたいな。
なんか、I LOVE YOUとか昔のI LOVE YOU思っちゃいますよね。
そう。
なんか私の年代の。
これまた違うやつですね。
聴いたら分かるかな。
今日も結構人がいますね。
はい、曲を聴いていただいて、改めまして私、福崎さとみの美酒美食を担当する
私についてちょっと自己紹介をしたいなと思っています。
現在私は月刊誌のポロコの統括編集長をしております。
出身地は、幼少期は熊本にいて、その後朝日川、小樽、札幌などなどに住んでいたんですけれども
子供の頃はCAさんとかテレビに出る人に憧れたりとかはしつつも
何になりたいっていうのは具体的には特になかったです。
ただ子供の時からずっと本が好きだったんですよね。
それが雑誌につながっているのかわからないんですけれども
あと大学自体が小樽だったんですけれども、小樽って今も素敵なカフェとかがたくさんあるじゃないですか。
だからカフェ巡りとかこんな仕事をできればいいなって漠然と思ってました。
あと大学時代に学校祭のパンフレットを作るっていうこととして
なんかちょっとこういう雑誌作るみたいな仕事がいいなと思ったので
あまりかっこたるになりたかったわけではないけれども
ずるずるっときて今までやっているって感じです。
統括編集長はどんな仕事をしているかと言いますと
月刊誌のポロコ、そしてポロコの別冊である札幌の美食店などなど
その本の編集人っていうのも兼ねていて
あとさらに営業の責任者だったりウィブの責任者だったりをしております。
なので1年間の中でこのタイミングではカフェの方を出そうとか
このタイミングではドライブの方を出そうとか
そういうスケジュールを立てたりとか
あとどんな企画がいいかなとか
あと一冊に対する予算とかまでを考えるような仕事です。
もちろんたまに取材に行ったりはするんですけれども
それよりも企画を考えたりとか
取材自体はライターさんに行ってもらうこともあるので
どんな本にするかっていうのをみんなで考えて作っています。
YouTubeとかにもこういう紙媒体を作っているんですけれども
やっぱり誰よりも媒体なので
新しい情報を見つけたらすぐに行くので
札幌の桜情報と番組進行
新しい情報に触れられることとか
あと自分で企画したことをすぐに実行しやすいっていうところが
この仕事の楽しいところです。
なんですが大変なのはやっぱり締め切りですね。
月に一回締め切りがドーンと来るので
そこは結構大変だったり
あと今皆さんも情報をね
紙だけではなくネットで取ったり
あとSNSで情報を取ったりすると思うので
本を作っているんですけれども
雑誌と一緒にウェブとか
あとイベント、食のイベントとか
あとポロコのSNS
私も結構食に関するアドバイザーもいくつかやっているので
前だったら本を作っているだけでよかったんですけれども
いろんなことを幅広くやるようになってきています。
やることが増えてきて大変だなと思う反面
いつになっても新しいことをやれるのは楽しいし
幸せだなと思います。
でもとはいえ私はまだまだ紙媒体が好きなんですけれども
ネットだとやっぱりピンポイントな情報を
探すっていうのが多いと思うんですけれども
雑誌だとそれ以外の情報も入ってくる
自分が取りに行った情報以外も入ってくる
あと写真を見比べることができたりとか
紙の手触りだったりとか
あと紙って一回印刷したらもう戻らないんですよ
ウェブとかと違って
なので一応印刷したら取り消せない分
信頼性が厚い
これは雑誌だけに限らなくって
本とか新聞とかもそうだと思うんですけれども
信頼性が厚い媒体であるようにというところが
私たち一番気をつけて頑張って作っているところです
ポロコとは札幌コミュニケーションマガジンの略なんですよね
なので札幌とコミュニケーションしていく媒体になりたい
っていうふうに作っています
私自身も大好きな札幌
そして北海道の食、暮らしの魅力を見出すのももちろんなんですけれども
新たな価値を作るっていうことをしていきたいなっていうような
ポロコという雑誌です
何回もポロコポロコって皆さんの耳に何度も何度も言って
分かってもらいたいなと思います
書店はもちろんコンビニでも売ってますので
気になる方はぜひ聞いてくれると嬉しいです
お散歩さんがそうなんですかっていう風に言ってくれてますが
聞いていただいている方もどうもありがとうございます
そして本日も美食美食の素敵なゲストが2組
ゲスト一組名がレストランサブールの金田二郎シェフ
金田さんは神奈川出身でフランスで修行を重ね
東京札幌の高級フレンチ料理で腕を振るう
2012年より自身のお店をオープンし
今年そして今月ですね
新たに移転リニューアルしたお店です
4時台はゲスト2人目
血の米国店代表の徳永よしなりさんです
血の米国店すごく老舗の米国店の3代目なんですよね
お米アドバイザー雑穀エキスパートなど
様々な資格を有するお米のスペシャリストです
本店あるんですけどそちらのほかに
大丸札幌店丸今クラスでも出店しているという
食のプロお二人をこれからお呼びしたいと思います
ではまず一曲おかけした後
福崎里美の経歴と仕事内容
私福崎のマンスリー推し物をお届けします
色々お知り合いが金田シェフの
金田シェフファンが来てくれて
でも私シェフのああいう格好見の
初めてに近いですね
いつもコックコート
なんか普通の人って捉えたけど
普通のおしゃれな買い物に来た人に見えるけど
コックコート姿しかほぼ見たことがないから
それがこう料理人さん来ると面白いとかですね
今までも革ジャン姿で現れて誰とか
ハット被ってて誰って
結構おしゃれな方がいる
お散歩さんがポロコ探してみます
ありがとうございます
北海道だけなんですけど
北海道の書店コンビネーターで売ってます
またちょっとねシェフが来たら話が盛り上がるんですが
ワインを飲みながらなので今はまだシラフです
先月はひどかったですよねワイン飲みすぎて
前月がねゲストの方がワインを
シャンパニーを一本持ってきてくださるという
素晴らしいことではあるんですけど
ベロベロでした最後の方
私はベロベロだけどゲストの方もベロベロっていう
途中でお手洗い
新しいっていう
そんな新しくてちょっとテンパるっていう
あんまり臨機応変にできないからやめてと思って
でも美味しいかったですよね
飲みすぎたけど
今日もこれが終わったら飲みますよ
結構何人かシェフを囲んで集まってきて
今かかっている曲はですね
あれこれがI LOVE YOUでいいですか
そうです
バックナンバーのI LOVE YOUという曲がかかっております
聴いてる人わかりますかね
私はちょっとねI LOVE YOUというと
昔の尾崎豊を思いがちですが
今の流行りはこれらしいです
なんですよね
今の人が知っているのはこちらですよね
さすが
尾崎もわかる
あとちょっと年齢が上の人とカラオケに行くと
みんな歌うから知らないとは言えないっていう
永久不滅ですよねあれは名曲
20秒です
もう少々お待ちくださいね
さてここからは
福崎里美のマンスリー推し物:水素カプセルと水素風呂
福崎のマンスリー推しものとして
毎月私のおすすめなことや物を紹介していく時間です
今月はちょっとね
私すごい飲みすぎちゃうんですよね
だから常に二日酔い対策を
いろんな良いって聞いたサプリとか
良いって聞いたなんかいろんな漢方とか
飲んでいつも二日酔い対策を
いろいろ考えてるんですけれども
その中で最近ちょっと新しく体験したのが
昨年10月に中島公園に新しくできた
ライラックスクエア
インターコンチネンタルの隣に
隣とか同じビルというのかなにある
そこのミラクリニックっていうところができたんですけれども
そこで水素カプセルと水素風呂というものを体験しました
前から水素って体にいいっていうのは聞いていたんですけれども
なんか一時期ドラッグストアにも水素水があったりとかして
その時もちょっとこう流行っているから
飲んでみたりしたんですけど
なんかちょっとよくわからなかったんですが
やっぱりこう改めて水素がいいっていうのを
ミラクリニックさんで聞いて入ってみたんですけれども
水素カプセルっていうのは
カプセルホテルみたいなところにズボって入って
ずっとこう水素を浴びてるんですよね
お風呂は普通に泡状にブクブクブクって水素が出てる
お風呂に30分くらい入るんですけれども
二日酔いに良かったかどうかは
まだ一回しかやってないから定かではないんですけれども
すっごい体がすっきりしたんですよ
ぐっすり眠れて
しかも水素カプセルにせっかく入ったのに
その日の夜もちょっと飲み会があったんですよね
めちゃめちゃスルスルお酒が入っていきました
怖いくらい
もちろんこういうのは病院で処方されるお薬とは別なので
個人差が結構あるんだと思うんですけれども
私の中ではちょっとしばらく試してみたいなと思って
実は水素カプセルっていうのも二日酔いに良いと聞いて買ってみました
もう結構ね
二日酔いに良いだろうものを色々試してるんですけれども
これを聞いてくださっている皆さんも
健康とか美容もしくは二日酔いに良いっていう
これが良かったっていうものとかがあれば
教えていただけると嬉しいです
皆さんも前分もありますかね
ゲスト・金田二郎氏登場とワイン
では曲の後
今日一人目のゲストをお迎えいたします
シェフはそこ
入ってもらいます
ちょっと5分ほど押しちゃった
お待たせ
よろしくお願いします
なんかやっぱりこの格好あんまり見慣れないから
かっこいいっすね
パジャマみたいな
いやいやかっこいいっすね
本当に普通の格好してるの
深海くらいしか見たことない
そうですよ
プライベートで会うことない
とりあえず今日は残念ながらオレンジワインでした
泡が過ぎてる
泡じゃない
控えめにしときます?
控えめまで
これから夜の
これから夜の
今までことないでしょ
明日ね日がほんって言って
日がほん
日がほんなサイツっていうのを
鈴木野の東本願寺別院で
はいはい
よく聞いたことあります
それでうちは第4日曜日の枠に
毎月出させてもらうことになって
じゃあ明日もそれをやらなきゃいけないですね
そうだから明日はね朝5時起きぐらいで
あれ?そして定休日で火星でしたっけ?
レストランはね火星
忙しいっすね
忙しいっすね
今週、来週の水曜日は
そろそろ
そして
そして
えっと
喋るときこれを上げたら外に声が聞こえます
はい
でこれが
YouTubeと
外のサイネージが映ってるんですよ
外ガーンってなってるサイネージ
でここが
私のインスタライブ
多分音が聞いてますね
一応ここFM
スタンドFMって流してるんですけど
でこれを上げると声が聞こえますが
下げててもこことここは聞こえてるので
要注意で皆さんここでこう
言っちゃいけない話をしがちなんですが
ここはついてます
この話って入ってます?
入ってます
面白い
YouTubeとかはストップされてます
曲が権利の関係ですよね
ストップされてますね
なので話すときキュッて上げて欲しくて
私最初に
何毎回僕は
そうなんです
シェフの自己紹介を軽くしたら
カンパーイってして飲んで
あとは適当に雑談という感じ
何分くらいまで?
30分
前半やって途中曲挟んでなので
でも4時前には終わるはずです
4時10分前くらい
金田二郎氏の生い立ちと料理人への道
今日5時半かな?
5時半かな
大丈夫ですか?
ちなみに息子です
息子、彼女
息子さんって?
でかい
24歳
すごい大人
親より全然大人
料理人なんないですか?
今お蕎麦屋さんで働いてるけど
転職します
フレンチ?
忙せなくていいですか?
15秒で
息子さん聞きに来てくれたんだ
嬉しいですね
マダムは来ないですか?
ここからの時間は
ゲストを招きするコーナーです
早速スタジオ内に入っていただきました
サブールオーナーシェフの
金田二郎さんです
金田さんよろしくお願いします
よろしくお願いします
よろしくお願いします
先ほどまで仕込みをしていて
今日は5時半からオープンのその合間を縫って
忙しい中来ていただきました
どうもありがとうございます
金田シェフは神奈川出身
フランスで修行を重ね
東京や札幌の高級フランス料理店で腕を振るって
2012年より自身のお店をオープン
今年4月に新たに
鈴木野に移転リニューアルということで
いろいろねほりはほり聞いていく前に
まずワインを飲んで滑らかにしていただきます
よろしくお願いします
じゃあ私もいただきます
どうですか?
美味しいです
久しぶりに飲む
久しぶり?
あんまりオレンジ飲まない?
飲まない
泡ばっかり
泡が多いです
こちらはですね
エリージョビアンコという商品名の
生産者がマリアボルトロッティさんです
ココノススキの地下にある
ワインのマリアマンさんから提供いただいてまして
昼飲みにとってもいい華やかな感じの
夕焼けのようなオレンジ色のワインです
オレンジワイン今すごく流行ってますよね
流行ってますよね
これちょっと買ってみたいなっていう方は
ワインのマリアマンさんにありますので
ぜひ覗いてみてください
じゃあちょっと私はね
飲んでちょっとフラフラしながら
聞いていきたいと思うんですけれども
シェフは神奈川出身?
神奈川の横浜の方です
横浜男子?
の方です
横浜とは言い切れない?
横浜市内ですけど
横浜と鎌倉の間ぐらいですね
いいとこですか?とっても
そこに住んでいた時は
どんなお子さんだったんですか?
子供の時は恥ずかしがり屋で
シャイな?
シャイで
人前に出ることはない
あんまり走り回ったりとかもなく?
体育の授業以外はあまりいなく
普通に友達と
鬼ごっことかサッカーをすると
そのね
ちょっとシャイな少年
金田少年だった時に
なんか憧れ出た職業とかあるんですか?
小学校低学年の時は
バスの運転手さんになりたかった
子供の時とか
車好きですもんね
その後は?
その後はね
オートバイが好きで
なんかほら
鉄道少年とかいるじゃないですか
小学生
あれのオートバイ版みたいで
オートバイの出しまい使って
カタログ取り寄せて
いろいろ覚えて楽しんでる
するとなんかそういう感じの仕事
車とかオートバイの仕事いいなー
みたいな感じだったんですか?
今と全然違うけど
メカニックとかかっこいいなー
なるほど
そして
神奈川に行ったのに
社会人になればどういう風な感じで?
最初は
名前出して
普通のディーラーの
セビシとして
社会人になりました
そうなんですか?
そうなんです僕は
じゃあ本当に
その時のちょっといいなと思ってた
憧れの車関係に進んだんですね
車の
セビシ向けの
職業訓練校に通って
それで普通に就職して
それは神奈川ですか?
神奈川ですね
それは
なぜいきなり
料理人に?
専門学校というか
職業訓練校行ってる時に
毎晩横浜
横浜駅西口に
天理ビルって当時あって
一番高いビルがあったんです
背が高い?
背が高い
そこの上に鉄板焼き屋さんがあって
そこで毎日アルバイトさせてもらって
本業をやりつつアルバイトもしますか?
学業をしつつ
帰りに毎晩そこでアルバイトして
学生アルバイトの身分で
お客様の前で鉄板で
ステーキを焼いて
めちゃくちゃでしょ
結構すごい責任重大なこと
学生なのに
やらせてもらえるというか
なんというか
すごい高級感だった
あれじゃあ
整備の訓練校に行って
整備士としても働きつつアルバイトですか?
アルバイトは
就職と同時に一旦辞めて
リーラーに就職して
その整備士としてスタートして
なるほど
訓練をしてた時に
そこの鉄板焼きで
もう焼くとこまでやって
土日は毎日朝から
通しで入って
へー
稼いでました
場所が場所ですからね
しかも鉄板焼きだから
結構高級店ということですよね
時給が高かったんです
めちゃくちゃでした
それはじゃあ
全然職が好きとかじゃなくて
時給高いしいいなと思って入ったんですか?
そうです
アルバイトは辞めて
リーラーの仕事をしたということですね
そこはもうずっと神奈川ですか?
神奈川です
家のすぐ近くでリーラーがあって
そこに配属されて
そこからなぜ?
なんかね
車乗り回すの好きで
休みの日車いじったりしてたんで
これ楽しくできるかなと思ったんですけど
最初のうちってやっぱり
簡単な仕事になるじゃないですか
例えば6ヶ月点検とか
放射液の量を見たりとか
エンジンオイル汚れてこないかなとか
毎日同じなんですよね
毎日同じことっていうのはすぐ飽きちゃうから
自分に合わないかもしれない
だけどすごい整備とかできるわけがなくて
ちょっと違う道進もうと思って
アルバイトしてた鉄板焼き屋さんに
今度社員で雇ってほしいって言って
そっからですね料理の仕事としては
そうですか
じゃあすごい職に興味があったというよりも
まずはアルバイトのお金がいいから入ったところに
ちょっと一旦戻ろうかみたいな
そうですね
つても何もないし
調理師学校とか出てないから
普通のお店って入っていいのかどうかもわからなかったし
じゃあアルバイトしてたところだから
まだ知ってるからいいかなって入ったんですか
そこで何年くらい
そこで1年やりました
1年後はどうしたんですか
鉄板焼き屋さんで働いた時に
洗い場のお姉さんたちから
ジローちゃん若いのにこんなとこ行っちゃダメよって
意味わかんなかったんですけど
要は鉄板焼き屋さんってそんなに複雑な仕事があるわけでも
お客様の前のパフォーマンスはね
若いうちからこんなとこ行ったら
病院として成長できないよっていうことはずっと言われてて
じゃあ和食なのか中華なのかフレンチなのか
本業なのか本格的なとこに行ったほうがいいんじゃないかなってことで
フレンチの道に
どうしてそこで鉄板焼きからフレンチを選んだんですか
いろいろ選択肢がある中で
和食さんだと厳しそうだなって
そういうテレビもあったんですけどね
確かに
下駄履いて出刃包丁とかかけ回されて
それはちょっと嫌だな
で中華はなんかすごい炎がバーっと上がって
なんか気持ちよさそうと思ったんですけど
なんか荒い感じ
ダイナミックすぎて
フレンチは一番なじみがなくて知らない世界だったから
多分すごい繊細っていうか高度なんだろうなと思ったんで
知らないフレンチだった
せっかくに若いから何か技術を身につけた方がいいよって言われたんですよ
難しそうな所に行ったんですかね
それまであんまりフレンチもなじみがなかった
食べたことないですよね
初めのフレンチのお店は同じく横浜ですか
横浜の元町の中華街の入り口あたりに
今はないと思うんですけど
バブルの名残で会社のビルごと建物が
レストランと宴会場がいくつもあるような
そこで何をしてたんですか
そこで宴会部門の冷たいオードブルの森とか
何も知らないんでね
そこでしばらくいたんですか
しばらくいてただちょっと上にいた人と僕は会わなくて
精神的にやられてしまって
それでやめました
やっぱりフレンチの世界もね
日本料理だけが厳しいわけではなくて厳しいんですよね
相性が悪くなりますね
そしてじゃあそこはもうやだなって言ってやめて
やってフラフラしたんですけど
お菓子屋さん行ってみたり
アルバイトでね
でもなんかやっぱり低位置っていうか
ちゃんと働きたいなと思った時に
料理雑誌見てたら
小田原のレストランで
シェフがこういうのをやってますっていう紹介があって
それが僕が今まで見てきたフランス料理の
料理とは全く違った表現だったんですよ
なんか普通だったら
お魚のソテーに白いソースがあって
なんか青野菜が綺麗に盛り付けられてる
左右対称の見つけでとか
じゃなくてなんかすごい揚げたネギが
こうボワーっとあったりとか
岩のりでパンを作ってたりとか
なんか面白そうと思って
そこに行って働かせてくださいみたいな
仕方あったみたいな
でもね今伺ってる
今でもちょっと斬新ですよね
フレンチの中でそのね
ネギがワーとか岩のりが
そうですねすごい
直談パンして入れたんですか?
入れてもらいました
入ってから聞いたんですけど
3ヶ月後にその店閉めるって
だから先輩から
金田君よく入れたねって
なんすかって
高校あの年越したら閉めるんだよって
え?
それ全然言ってくれなかったんですか?
要はそのお店クリスマス忙しいから
通るかどうか分かんないし
その間だけ欲しいって
その間だけはそうそう
ショック
ショック
ようやく定住できると思ったのに
3ヶ月間
でもねでもあれなんですよ
僕整備士した時に
毎週横浜自宅から
箱根に車
横浜ね当時走り屋っていうのが入ったんで
毎週のように遊びに行ってて
その僕が入った小田原の店は
その通りに行っちゃったんですよ
そこに入れば
僕は毎週夜中
遊び行けるなと
横浜から行くと1時間かかるけど
毎日行けんじゃんと
そういう横浜が
でも一応雑誌見て
それいいなと思ったっていう
建前はあるんですよね
いや料理にはほんとこれってすごいなって
そっか
そこででも3ヶ月経ってどうしたんですか
いやそれで閉めるってほんとになって
フランスでの修行時代
みなさん他のみんな辞めると
そこのお店を経営してたのが
箱根のオーベルジョンおみらど
へー
で僕が料理に惚れたシェフは
当然戻るだろうと思ったら
俺行かないよって言われて
今更戻んないよって言われて
じゃあ僕どうしたらいいですか
お前はじゃあおみらど行けって話になって
それで僕だけおみらどに引き取ってもらった
オーベルジョン
オーベルジョンおみらどに
シェフはこの前亡くなられた
そうですか
いきなりオーベルジョンの仕事ってどうでした
あんまり変わんないものですか
いやいや全然違いますよ
オーベルジョンだから朝食があるとかね
そういったとこは全然違いますし
あとやっぱり
おみらどは当時多分日本のトップクラスの店だったんで
もうすごい緊張感だし
来る方も全然違う
忙しさがもう桁違い
フランスより知らないじゃないですか
専門学校すら行ってない
いきなりフランス語で指示されるんですよ
ねー
いやそれそうみたいですよね
なんか厨房の中はだって
全然日本でもフランス語が飛び交ってますもんね
思考回路をフランス語にしてやらないと
最初は洗い場で
洗い場のすぐそこにデシャップ台があって
そこでシェフと慣れてる人たちが食い付けしてて
シェフの動きがかっこいいんですよ
天才っていうぐらい
宇宙人が勝ってて
宇宙人が勝ってて
どんどん行ってました僕は洗い物しながら
例えばどうかっこいいんですか
いやもう
立ち振る舞いがかっこいい
芸術家取れました
人間性は別としては取れました
なんかちょっと
そこのオベルジュで結構長く与えたんですか
長くって言っても3年半ぐらいですかね
でもねみんな辞めるんですよ
1年契約だったんですけど
山の中に寮借りて
地方からいろんな日本中から若い子が入ってきて
1年契約でやるんですけど
1年もほんといなくて
それ忙しくって大変だし
精神的にやっぱり忙しいのも大変なんですけど
今みたいにねハラスメントっていう概念も
ないですもんね
わかりますね
ちょっと大きい声じゃ言えないけど
いろいろ鍋飛んだりしそうだ
話は聞くことがありますので
感情面を揺さぶられるような
なんだろう感情面ちょっと気になるけど
あんまり大きい声で言えない感じの
刺激的な
でそこの3年いた後はどうされたんですか
そこで結局もう精神的にちょっと
もうやだな
もうちょっと無理でしょうぐらいになって
辞めました
半年ぐらい家に引きこもってました
本当にやられたんですね
写真撮ってくださってる人がいる
でも半年したら
親がお前一加減外出て働けぐらいになって
そうだねって
やっぱり時給で
鎌倉プリンスホテルの調理部門で
アルバイトさせてもらって
当時出楽園がすごい流行ってた
その舞台だったんで
忙しい
でもねそんなに料理で精神的に
追い詰まれたのに
やっぱりまた料理のとこに行ったんですね
まあそうですね
好きだったんですかね仕事が
たぶん好きだったし他の仕事が
やっぱりよくわかんないし
プリンスに行って
その後
フランス修行にはいつ頃
その後フランス修行です
プリンスの後フランスに行かれたんですか
それはどういうきっかけで行こうと思ったんですか
こう言ったら失礼なんですけど
プリンスでの仕事が
に対応できたんですよ
オーミラドで対応できなかった僕は
プリンス行ったら意外とできんじゃん
しかも半年引っこもってたの
僕全然才能ないんだと思った
全然余裕で生きるって
だから僕が悪かったんじゃなくて
オーミラドがすごすぎたんだってことが
初めて気づいて
そしたら料理人辞める前に
一回フランスでも見とくか
それ何歳くらいになるんですか
それがね26とか
27から27ですね
フランスは行って
どういうところで何をされたんですか
最初は4週間語学学校
ホームステイで普通に
フランス人の
ご自宅に泊めてもらいながら学校に行って
でフランス語ちょっとね
学校的なことも含めて覚えて
でレストラン探してレストラン
レストランっていきなり行って働けるものなんですか
働けないんですよ
働けない普通は
だってビザないんですよ
そうですよね
そうです今はビザ取れるけど
僕なんかの頃は
労働ビザなんてめったに置けない
じゃあ頼み込んでって感じですか
頼み込んで裏打ちから
お給料いらないんで置いといてください
1000フランだけくださいって言って
まあなんか食べなきゃいけないから
1000フランだから2万円
2万円だけで僕一生懸命やりますかって
手紙返って
喋れないから
読んでもらったらいいよ
本当に1000フランだったんですか
ほんと1000フラン
隣にバイクレーとかないんですか
そこに日本人もう2人いたんですよ
でこの話したら
えって俺2000フランもらってるよって
えー
1000フランって
失敗した
ほんとほんと
でもその時住むとことかどうしたんですか
住むとこは店の2階が宿舎になってて
多分昔オーベルジだった
大きいお店
一つ星の大きめのお店だったんで
住むとこは全部用地食べて
洗濯も全部まだもない
じゃあ本当に食べるだけ
そうですね
働いてる日はまかないでますから
お休みの日の分は自分で調達する
どうでしたかそこの
フランスでの修行時代は
エキサイティングでしたね
やっぱりフランス人とのやり取りが初めてだし
楽しいって感じですか
楽しかったです
刺激があって
朝みんなとボンジュールって
握手して目を見て
えー
みんなと挨拶するんです
日本オーベルジ行った時は
シェフとだけやったんです
えー
だからそれは
握手して挨拶するのは慣れてるけど
目を見てボンジュールって
フランス人は
はい
度胸ないじゃん
目を見る
ちょっと恥ずかしい
そう
そっから
でも握手して挨拶するっていうのは
日本でもあることなんですね
料理業界だってあるんじゃないですかね
料理とか分かんないけど
でもそれまでのレストランで
結構フランス語で
厨房の中ではフランス語でっていうのは
体験されてたから
あんまり苦労されなかったんですか
厨房入ったらそんなにやることは必要だし
流れさえ見えてくれば
特には
えー
そちらはどれくらいいたんですか
そこは2ヶ月かな
帰国後の活動と札幌移住
3ヶ月かな
でその後
その後は南フランスに降りて
スペイン寄りの普通に降りて
また同じような
レストランで働いて
修道院に併設されたレストラン
へー
昼は観光客向けのレストラン料理を出して
夜はガラッと買って
星つきレストラン
まだできたばっかりで星ついてなかったけど
星を目指す店としてやって
そういうの情報って
シェフ仲間から聞いて
今だとネットとかあるけど
今はいくらでもそういうつながりあるだろうけど
僕らの頃はネットなかったし
もうあれですよ
大笑みを買って
はいはい
もう電話しまくりですよ
でも電話でフランス語で話さなきゃいけない
話さなきゃいけない
台本を作って
はいはい
それから語学学を言ってやる
読んで
やっぱりかなりバイタリティないと
なかなかできないですね
そうです
心折れますよね
心折れそう
聞いてるだけで折れそう
20件くらい断られると
もうやめようかな
お金もかかるし
はいはい
でもなんとか南仏の方で
見つかって
僕が電話したお店では雇えないけど
僕のシェフの
僕が電話かけたお店のシェフの友達が
南フランスでこういうことやろうとしてるから
いいお店だから君行ってみたらどうだ
って紹介してくれて
それではい
でそこの新しいところも
何ヶ月間かいたんだ
そこはね半年くらい
結構長くいたんですね
やっぱ夏すごい忙しくて
やめるにやめる
僕のほかに日本人二人いて
その二人とは今でも付き合うんですけど
結局日本人僕入れて三人と
現場のシェフ一人
あと洗い場のお兄ちゃんフランス人一人
でフランシェフって感じ
シェフは全然仕事しないんです
へー指示だけ
どうだって言ってつまみ食いばっかり
お客さんの前行って挨拶して
そんなこんなで
でもフランス生活はどれぐらいだったんですか
合計
合計5年弱4年半
じゃあまだまだいっぱい色んなお店いてるんですか
僕10軒くらいもあったんです
すごい
その中で一番
全部聞いていくとあれなので
一番なんか思い出に残ったというか
自分の身についたみたいな
良かったっていう
一番最後に働いたパリの
レゼリゼっていうベルネって言って
リュードベルネってシャンゼリゼの一本裏側
ルイビトンがある
そこから入った裏側に
二つ星のお店があって
ホテルの中のレストラン
二つ星
そこは全部アラミニウトって言うんですけど
一から作るんですよ
オーダー入ってから
もちろんフォンド棒だったり
ソースベースを取ってあるけど
例えば秋チョークの皮むくとか
ジャガイモスライスしてそこから揚げるとか
皮むくとかが一番
やっぱりその方が美味しい
美味しくなるから
でもめちゃめちゃ時間かかりそうですね
だからそうです大変
仕込み時間はやることなんにもないので
営業スタートするとほんと戦場になって
でもまだディナーオープンしたてで
一組二組ぐらいの落ち着いてるときに
アミューズでね
ブロッコリーの茹で揚げたのをミキサーにかけて
スープにして出す
で上にブロッキーを切って
コルシカかな
コルシカの確か羊のミルクのチーズを
ちょっとかけて出すっていうアミューズがあったんです
でブロッコリーのスープ
二つ星で
ほんと変だ
なんか覚えてますか知らない人
でやっぱり残ったのをちょっと飲ませてもらったら
めちゃくちゃもう
何これ
すごいブロッコリーの香りが
まあ当然フランスのブロッコリーだから
日本のブロッコリーとは違うんですけど
力強くて
何
要はフランス料理って複雑性がやっぱり
大元にあって
ソースもねきちんと仕込みをして
煮詰めて煮詰めて煮詰めて
味濃くしたものでとかって思ってたけど
全然その
茹でたブロッコリーを茹でチーズと一緒にミキサーにかけて
ちょっとオリーブオイルでつないで
めちゃめちゃダイレクトなお料理ですね
それが一番びっくり
そこの料理が一番今の
今っていうかそれ以降僕の
へー
でもすごいですね結構長いですね5年いたっていうのはね
当時は長いほど
結構みんな1,2年ぐらいが多いですよね
そしてそれで戻ってきたのは東京なんですか
うんまあ地元がねやっぱり
あーそうか
向こうだから
津波島に住みながら東京で
で
なんで札幌に来たのは
札幌は東京のシェフの仕事がなかなか
当時見つけられなくて
時代もあったんでしょう
でまあ
その僕が最初に行った小田原で
お世話になったシェフが
当時自由が丘でお店やってたんですけど
そこの自由が丘のお客さんが実は札幌の人で
札幌でレストランやりたいと
言うからお前よかったら行ってこいと
腐ってるぐらいだったら
札幌でも行って気分展開してこい
っていう話で
じゃあ行ってます
東京でちょっとは仕事
2年ぐらい働いてました
で札幌に
じゃあ縁もゆかりもないけど
そういうこう人の
人とのご縁でいらっしゃったんですね
えーそうなんだ
3年で帰るつもりですね
そしたらずっといちゃってるっていう
なるほどなかなかうよ曲説すごいです
はいではちょっとここで一曲挟んで
まだまだお話をお伺いしていきます
え
そうなんだ
札幌そんなに縁ないんですね
何にもないです
奥様も札幌縁ないですか
うんランコも大宮出身
普通なんか戻りそうですけどね
ね
でも結構居座ってる人はいますけど
いやいや多いと思う
いやだって
レストラン「サブール」のコンセプトと移転
満員電車乗んなくていいし
ギスギスした空気
東京ってね
なんかやっぱりいつも割れてる感が
疲れる
こっち来てから割れてる感じ
こっちはもう空気もいいし水もいいし
自由に歩けるじゃないですか
はいはい
撮影機だと大丈夫
まぁ撮影機
鈴木野川とかも全然歩けますしね
東京だったらもう随分手前から
こっち行くぞこっち行くぞって思って行かないと
分かる分かる
もう持ってかれちゃう
行きたい方向に行けないで
急に止まって方向転換で
分かる分かる
私はすごい出張
新宿がめっちゃ苦手です
いやもう
新宿とか分かんないし
通れない通れない
へーすごいな
でも
フランスで10軒も行ったバイタリティがすごいですね
新しいとこを常に探すのが大変そうじゃないですか
いや叩いたとこはね
結局一つ越しの店が大半だから
一つ越しクラスだったら
慣れたらね
1ヶ月も落ちたら
だいたいもう見えてくるんですよね
じゃあ学ぶためには
違うとこ行きたいなって
もうルーティンになるし
あとさっきの話じゃないけど
もういる間に履歴書書いて
送りまくって
次のとこ見つけてこないと
地方のレストランってやっぱり
その季節性があるから
夏は忙しいけど冬はいらないと
定期で行って
なので
そういうのでもう先手先手で店来て
でも5年はすごいしない
結構
1年2年がみんな多い
下手したら1年弱の人もいますよね
今はまだね紙取れる
ビザ取れるから
給料も普通にもらえる
生活費も出る
でも1000フランから
だんだん上がってたんですか
なんかちゃんとした
でももらっても3000フラン
あとチップもらえれば
フランスチップ文化
5年すごいなぁでも
でも僕にあったんですよ
僕は日本話はないけど
伸び伸びできました
人の目気にしなくていいし
分かんないことは
分かんないふりしてればいい
日本だったらお前聞いてんのかな
って話になっちゃうけど
フランス語分かんないな
ぐらいにしたら
適当だと思う
俺研修生だしみたいな
そういう時ね
ビザないからちょっと分かんない
結構まだ今もフランス語
いや話せない話せない
忘れちゃいます
忘れちゃいますよ
5年もいた時はきっと
いた時はそれなりに話したけど
でもやっぱりニュースとか
あの見ると
言葉遣い違うから
やっぱり難しかったですね
20秒でなってきます
じゃあ次
そろそろサブールについて
お願いします
余計な話
さて引き続き
サブールオーナーシップの
金田二郎さんに
お話を伺っていきます
すごくね
フランス時代の話も
10件ぐらい
そして5年以上いたという
バイタリティに驚きつつ
ちょっとそろそろ
今のお店について
お聞きしたいなと思います
サブールですね
最初のオープンが2012年
こちらはしかもね
もともとは札幌さっきも
縁もゆかりもないけど
来たっていう話だったんですが
なぜここを札幌にオープンするような
経緯に至ったんですか
いやもう
2012年には来てたぶん
7,8年は経ってたのかな
もう横浜とか東京に
戻るつもりは全くなくて
やっぱり札幌の方が暮らしやすいし
生産者さんとも近いし
精神的に
距離は遠いけど
精神的にはすごい近いところでいるし
じゃあもうその
オープンするまでに
オープンするのは
札幌にしようって決めて
決めてたわけではないけど
実際オープンするってなった時は
やっぱり選択肢は札幌
でどうオープン
自分で店出すっていう流れになったんですか
あんまり深くは言えないですけど
そうなんだ
あんまり深くは言えないですけど
僕が独立前に
勤めさせてもらったお店を
続ける意思が
もう僕が持てなくなって
で辞めますと
だけど
当時僕40過ぎたんで
今からまた他の人のお店で
働かせてもらうのは
年齢的にも
いろいろ厳しいんじゃないかと
じゃあ独立した
どうせ大変なら
独立した方がいいのかな
っていうところですよね
でサブールという店名は
どうして
これにしたの
いや右を曲折あって
いろいろ候補あったんですけど
意味が香りとか
風味とか
っていうところかな
あとで気づいたんですけど
僕から言った時に
サブールマガジンっていう雑誌を
毎月買ってたんです
Lはターブル的な
Lは向こうでもあるんですけど
向こうの雑誌
ちょっと違うテイストの
サブールマガジンっていうのがあって
それを僕毎月買ってたんで
キヨスクで
耳なじみが
そうそう
なんかサブールって
なんか響いた
なるほど
そのサブールの
コンセプトって
どういうことになりますかね
オープン当初は
フレンチに
馴染みのない方にも
フランス料理の美味しさっていうものを
分かってもらいたいっていうか
なんか楽しんでもらいたいな
っていうことで
カウンターキッチンを設置して
あと
お客さん
例えばね
独立する前に
いろんな人とお会いして
僕ここでシェフやらせてもらってます
今度食べに来てくださいみたいに
ご挨拶するじゃないですか
いや私フレンチって柄じゃないからとか
フレンチってよく分かんない人とか
緊張する人とか
そういうネガティブな反応があって
まあまあそうですよね
その代わりその晴れの日のね
結婚式だったり
お祝いの時に使ってもらえるから
それは嬉しい反面
そういう反応もあって
当然だよねと思ったんですけど
やっぱり自分で独立するってなると
やっぱり最初は小規模で
小規模なお店になった時に
そんなに華やかな世界観っていうのは
ちょっと違うかなと思って
もっと
なんていうの
地に足がついたっていう
僕の感覚でできるお店って考えたら
やっぱり普段接してる人に
美味しいもので
なんか
喜んでもらえたり
さっき言った
フレンチってよく分かんない人が
緊張するし
美味しいって言うんであれば
そうかもしんないけど
でも料理はさ
フランス料理でしか食べれない美味しさ
っていうのがあるから
ちょっと一回来てみてよ
っていうので
来たらカウンターが僕がいるし
料理説明もできるし
作ってるとこも
香りとか
肉が焼ける煙だったり香りとか
そういうところで楽しんでもらえるかな
っていうので
ライブ感あふれるカウンターキッチン
いやーカウンターがね
今もだいぶ増えてきましたけど
結構早めですもんね
当時はたぶん
ジャパン焼き屋さんあったら
あんまりないと思います
フレンチとしてはおそらく
イタリアンでもそんなにいなかったし
そっかで
一つ目が
さっきおっしゃってた
カウンターメインのお店で
サブドルとしては
今3店
移転して3店
ですよね
その前が
F45で
広い
そこはコース中心
任せコースだけでありました
それはどうしてそう変えようとしたんですか
最初の店を
確か9年やったんですよね
コロナにもなってて
ちょっと閉塞感もあって
もう9年なんか
ここでやりきったなってときに
なんか違うチャレンジ
新しいチャレンジをしたいと
どうせコロナでお客さん来て
って言っても来れないし
確かに
なんか勝負出るか
ってときにたまたまF45の2階が開いてて
全くそこを借りるつもりで
別の物件見に行ったんですけど
そこをついでなんで見させてください
って言ったらやっぱり内装とかね
明かりが
2階窓大きそう
前のお店は窓がないから
すごい外がどんな天気かもわからなかったし
閉塞感あったけど
ここすごいな
っていうのであそこを
どうせなら
こういう高級な内装なら
ちょっと高級な
おまかせコース1本で
お店の雰囲気に合わせつつ
ってことですね
あとはそういう
1万5千円だったのかなコースも
それに見合う価値を
生み出せる料理に挑戦したい
はい
でそこで
3年やってたんですが
真っ赤りへの移転を
目指して
そうですね3年やった時点で
ちょっとこうあれですかね
生産地に近いところで
料理を作るみたいな感じ
そうですね
予定山がバーンと見えて
空気が綺麗で
真っ赤りもらっていいな
まあそれはお客様との話になったら
でもなかなかね
物件がっていうところだったんですよね
でもそれこそとしても何もない
中で
いやーそれはそれで素敵だったから残念
うんまあまあ
なんですがまた今改めて
ススキノでオープンされたんですけれども
それはやっぱり
どういう流れで
改めてススキノで
なったんですかね
直近の1年間は
新琴に工房を作って
ラボとしてそこで
作った料理を通販で
全国のお客さんにお届けするっていう
1年過ごしたんですよね
あとイベントに出させてもらって
でもそれもなんか新たなチャレンジですよね
そうですねチャレンジって言えばチャレンジかな
まあその真っ赤にいくまでの
つなぎとして捉えたんですけど
真っ赤にいくのがちょっと
なかなか先が見えないなって
なのかで
2年目もこれをやるのかって考えたときに
ちょっと
これは料理人としての僕は
全然なんか
喜べないな
やっぱり目の前の
来てくれたお客様に向けて
こうエネルギー
気持ちを込めて料理を作って
食べてもらって喜んでもらう姿に
やっぱり一番
一回小さく
原点に戻って
ススキノの方は
さっきがコース
1万5千円のコースだったんですけれども
アラカルトがメインですよね
そうですね
でも
サブールの前の
サブールの時からの人気メニューの
北海道クレル
とか
板目屋牧場の羊肉を使った
お肉料理の
メインが食べられたりするので
結構それがアラカルトで
いただけるっていうのが
私はちょっと行きやすくて嬉しいなって思いました
じゃあ
場所をね
いくつか変えているとはいえ
ここまでやっぱり長く
サブールを札幌で続けて
これた秘訣って何か
ありますか
やっぱり料理作って
金田シェフの料理への情熱と今後の展望
目の前でお客様が喜んでくれてるのが
見えるっていうのが一番
僕の場合はね
閉じ込まった厨房の中で
ひたすら料理作るっていうのではなくて
でもサブールになってから一回も
引っ込んでないですもんね
全部オープンキッチンですもんね
僕は多分それが好きなんですよね
緊張する反面それが好き
お喋りしながらいただけるっていう
なんかねこうやってご自身で
お店を出した
飲食をやってる上で
大変だったこととか逆に
これやっててよかったみたいなことって
何かありますか
大変なのはね
例えば腰が痛くなるとか
今僕右手すごく痛いんですけど
毎日同じ
動作
身体的なね
不調
年取りが取ること
そこは大変だと思います
ケアしつつ
楽しいとこ
料理やっててよかった
純粋に料理好きだから
毎日楽しいですよね
あとほら
今だったらスパラが週に何回か届けてもらって
開けた瞬間ね
羊もそうだけど大きい段ボールできて
開けた瞬間
これをどう料理するかな
っていうのから
お客様に出す料理
どこまで続く
それは毎回緊張感
楽しいですね
なるほど
ぜひとも
皆さんにまた改めて
好きなサブルに行ってもらいたいな
と思います
最後に今後なんか夢とか
これをくわたてようとしてることありますか
今は新しいお店
オープンしたばかりだから
まずはそこを起動して
3年後またどうなってるか
そうですねまっかりがまた浮上するかもしれません
僕だいたい3年スパンで新しい
やりたい
これからも楽しみです
ということで
この時間は
サブルオーナーシェフの
金田シェフに来ていただきました
最後の曲は金田さんからのリクエスト
ポロコ5月号の紹介
おかけしようと思うんですけれども
Aちゃんですよ
矢沢栄一のジェラシー
なぜこの曲を選んだんですか
僕は20歳ぐらいのとき
毎週箱根に遊びに行ったときに
AちゃんのPM9
っていうアルバムを聴きながら
ノリノリで演奏してたときの
思い出の曲
そのときの思い出の曲
Aちゃんのジェラシーです
では今日は金田シェフどうもありがとうございました
ありがとうございました
次のゲストがそこに
またしちゃった
ありがとうございました
ありがとうございました
もちろんです
これから戻って仕事をしないといけないのに
ありがとうございます
またお店行きます
その前に5月も予約入れてるやつ
ありがとうございます
大丈夫です
ありがとうございました
ありがとうございました
忙しいところ
写真をいただいてもいいですか
飲んじゃった
これを私持って
ありがとうございました
忙しいところすみません
ありがとうございました
またよろしくお願いします
まだ数分あります
あちらに
こっち側で
まだ10分くらい
10分くらいは
はい
10分くらいですか
2人目のゲストの方も
来てますので
お楽しみに
これはAちゃん
紅白に出てたの
見ました?
全然
紅白歌合戦
プレミアムモルティのCM
そうです
その通りです
ファンはやっぱり
紅白に出たみたいな
そうなんです
Aちゃんのファンたち
次の方飲まないんだったっけ
どうだっけ
飲むって言っていたような
飲まないって言っていたような
休憩中私は飲んでます
Aちゃんの
お昼ご飯を
ちゃんと食べる時間が
フワフワしてきた
戻ってきた
全然余裕でした
時刻は
4時過ぎました
1人目のゲストと
一緒にワインを飲んだので
少しフワフワしてきましたが
ここでポロコの情報を
お伝えしたいと思います
ポロコこちらですね
4月20日発売の
ポロコ5月号
日帰りお出かけ
札幌初の日枝日帰りお出かけ
という号になっております
今日も天気良かった
いよいよゴールデンウィークも
近づいてきて
読者アンケートを取ると
札幌から近場のお出かけ情報を
知りたいという声が
すごく多いんですよ
遠くに行きたいのは
行きたいというところもある
近場で北海道は楽しめる
というところがいいところかなと思います
今回は札幌から
足を伸ばしたいときに
参考にしてもらいたい
春のお出かけ情報の特集になっています
例えば
ユニ長沼とか
南ポロ
栗山
絶大な人気の小樽銭箱
そして千歳北広
この辺は
日帰りでサクッと行きやすくて
でも新店とか
新しい場所・施設が
続々できているんですよね
なので週末やゴールデンウィーク
日帰り楽しめる気軽な旅の
参考にしてください
さらに今回の
ポロコは
スペシャルインタビューもいくつか入っていまして
山田アンナちゃん
尚人インテライミン
さんのスペシャルインタビュー
ポロコだけで語ってもらった
スペシャルインタビューも入っております
そして毎月ポロコでは
美食訪問今月のひと皿と
言いまして
私が実際に行って
美味しかったお店を紹介しています
今回は
天ぷらと季節の皿
キッタンという
お店を紹介しています
ねえ天ぷら
札幌って天ぷら屋さん少ないじゃないですか
でここはちょっとこう
去年できた新しい天ぷら屋さん
なんですが
ちょっとねこの
インスタとかyoutubeの人とかには見えてるかな
こちらがですね
特徴なのが札幌では少ない
関西風の天ぷらなので
めちゃめちゃ薄衣なんですよ
なので薄衣で
天ぷらで油で揚げるので
素材の持ち味がぎゅっと
濃縮されて
味が引き立つ
そんな天ぷら屋さんになっています
こちらはね
コースでいただくんですけれども
クルマエビの天ぷらがすごく
特徴的でしたので
気になる方は発売中のポロコを
ご確認ください
あとポロコでは
雑誌だけではなくて
ポロコのSNS
例えばインスタグラム中心に
やっておりますが
新店舗の情報とか札幌のイベント情報は
紙でちょっと間に合わない場合は
インスタグラムなどの
SNSで紹介していますし
ポロコの公式LINEもありますが
そちらに登録してくれたら
最新情報とか
お得な読者サービスなどの
情報もありますので
雑誌もそうなんですけれども
ポロコのSNS、インスタグラム
そしてLINEの登録も
ぜひよろしくお願いします
では一曲挟んで
今日の2人目のゲストをお迎えいたします
よろしくお願いします
よろしくお願いします
ゲスト・徳永喜成氏登場と紹介
忙しいところありがとうございます
すいません
お車とかで飲まない感じでいいですよね
そうそう
飲んでてください
私は飲みます
ふわふわしてきましたね
私は飲みます
お土産
えっ
うちで出してる
僕が作ってたつくだ煮
これ美味しかった
ちょっと後でこれも
何ですかって
あれ嬉しい
いろんなもの作ってますね
ご飯だけでなく
ちゃんとこれ入れてくれた
これ美味しかった
おにぎりにしても美味しいし
何かにちょっとつけてました
臭いけどね
お出かけ前はちょっと
ありがとうございます
飲めなくて残念でしたが
ご忙しいところすいません
本当に
こんなんじゃなかったんですよ
パーツさんがちょっと身体緊張して
ヘルプに入らなきゃいけなくなって
いいんです
出ていただいて
鈴木の中からあわよくばっていう
ゲストが結構いて
いいコーヒーをすることもあるので
また改めて
また改めて
またねだって
この前ご一緒した
アラハンコ氏も何かまたあるかもしれません
あの時の話ではまた
しばらく巻き添いになる
雰囲気でしたよね
まあまあ
まあいいかな
まあいいかな
話す時にここをキュッて上げて
いただくと声が外に行くのと
ここが
YouTubeと
外にサイネージが流れて
それが映像が流れます
ここが
インスタライブとかを
回してまして
たまにここテープ足します
そうそう
こちらがスタンドエフェクトなんですけど
なんかインスタに
今日のゲストこの人ですっていうのをアップしたら
なんかこう
丸山クラスで行ってますみたいな
書き込みとかありました
悪口書いてません
あいつはひでえぞ
聞きたかったみたいな感じ
さすが有名人
いやいやいや
いろんなお店に
いるわけじゃないですか
だいたい本店にいるんですか
だいたい本店にいるんですけどね
パスさんがちょっとね体壊してるから
ほぼほぼなんか
いろんな丸山クラスを
いろんなところに行くことがあるんですか
いやありません
最近は丸山のほうに
そうですか
他の仕事でもね
そういう書き込みも
あったのさすがです
そうですか
よろしくお願いいたします
私が最初軽く
インタビュー
自己紹介だけをしたら
乾杯がないからそのまま
ずるずるずるっと
お水をご自身で
買ってきてください
すいません
私はオレンジワインを飲んで
フワフワ
これから仕事なかったら
全然普通に飲んで帰る
いやなんかねせっかく
ススキノ出汁飲まれてもしょうがない
じゃあちょっと乾杯しましょう
本当本当そういうの
ここのススキノの下で
立ち飲みでビール飲めたり
立ち飲みで日本酒飲めたり
ワイン飲めるところがあるので
そこそこサクサクって
機会があれば
ご案内します
ここからの時間は
2人目のゲスト
千代米国展代表の
徳永よしなりさんに
スタジオに入っていただきました
よろしくお願いいたします
こんにちは
こんにちは
徳永さんは千代米国展の
3代目
お米アドバイザー
雑穀エキスパートなど
数々の資格を有する
お米のスペシャリストです
こんなにお米のスペシャリストは
私もお会いしたことがなかなかない
本展があるんですけれども
その他に大諸札幌展とか
丸山クラスにも出展されている
ということで
ご存知だったり利用している方も
いるんじゃないかなと思います
今日ね
なんとお土産を持ってきてくれました
じゃんじゃん
これは
つくだ煮
満腹湾海鮮つくだ煮と言いまして
酒節がね
北海道あるじゃないですか
酒節とアワビと
ホタテと昆布が
つくだ煮になっている
なんて豪華なんでしょう
旨味だけがある
すごい楽しみです
そしてもう一つが
ニンニク肉肉
可愛い
ネーミングどうやってつけたの
私です
これは牛肉ですね
徳橋清水町
徳橋清水町農協が
ニンニクとかね
それから
徳橋若牛
っていう
作ってるんですよね
そのニンニクと若牛
牛肉を
合わせた
ニンニク肉肉
可愛いネーミング
お土産に持ってきて
くっさいやつですから
いただいたけどめちゃめちゃ美味しい
何にでも合います
パスタとかも合いますね
ペペロンチーズにちょっと足すと
いいんですよ
出張中にコンビニの
ペペロンチーズを買ってくるでしょ
物足りないから
持ち歩いて
そして
ワイン
柑橘
本当は
日本酒どうですか
僕は本当は
ワインが大好き
できればワインずっと飲んでいただいて
お米だから勝手に日本酒のイメージ
言われるんです
日本酒大好きですよ
だけどね
ビールから始まってワイン飲んで
最後泡盛りで終わる
かっこいい
本当はお飲みになるのですが
今日はこの後お仕事があるということで
私一人でワインを飲みましょう
乾杯
こちらは
ここの下の
過去のススキノのワインの
皆さんが提供いただいている
エリージョビアンコという
ワインになります
どこの国のワインですか
これは
イタリアですね
エミリアロマーニャのオレンジワイン
とっても昼飲みに
フルーツの華やかな
すいません飲めないところ
申し訳ない
徳永氏の学生時代と営業職経験
私は飲みながらやります
では早速いろいろ聞いていきたいんですけど
3代目ということは
千野米国天さん
ずっと札幌なんですよね
元々の
場所というと
札幌市の東区役所
というところ
すぐ向かい側にあった店だったんですよ
千野米国天といいますけど
千野は
私の母の旧姓で
母が
徳永という父と
結婚して
私が徳永さん
ちょっと不思議でした
徳永さんじゃないんだ
そうなんです
だから僕は米屋でずっと
生まれて育っているということです
小さい時から
お米屋さんになるぞと思ってたんですか
小さい時に言ってたみたい
あんた小さい時に言ってたよ
そうなのぐらいな感じですけど
途中
違うお仕事とかもされたりしてたんですか
途中
途中というか学校出て
酒と食品の
卸丼屋さんの
営業を5年間
やってまして
そこでいろんなお酒とか
本当にそこでおいしいものを
食べた感じだな
おたる丼ですけどね
そこでじゃあ
一回そちら
実家を出てお仕事をして
5年経って
5年経って
ちょうどバブルが終わった頃だった
僕はお酒大好きだから
ワインの勉強もしたし
そうなんですか
日本酒とか
もちろんビールもそうだけど
いろんなお酒の勉強もするわけですよ
20代の時ですよ
その後ちょうどバブルが終わった頃で
お酒がどんどん
安売りが始まった頃だった
並行輸入品って聞いたことないでしょう
あります
並行輸入品が
日本に流行しだして
それでお酒が安くなった時期が
あったんですよ
その時に
これは大変な時代になるぞと思って
はっと振り返ったら
そういえばうち米屋だったよな
米だったら
今では届谷さんだから
やっぱり人が作った商品を
若いから売ってこいって
上司からね
これなんぼ売ってこい
ってやられるわけですよ
それはそれで仕事なんだけど
そうやっているうちに
自分で商品を作って売りたいな
と思って
そうだと
うち米屋だよなと
米屋だったら
自分で新潟行ったり
本州に行って
お米の買い付けをしてきて
買えばいいじゃないですか
その時に会社のお金で
経費で
いけるじゃないですか
仕事ですから
そういうやましい心もあって
米屋に
入ってきたんです
ずっとご実家の札幌
住んでて
小樽は通ってたんですか
途中で小樽も住んでました
なるほど
札幌と小樽で住んで
また札幌に戻ってきた
5年だけ違うお仕事
そうです
そこでどういうことから
米穀店への復帰と米騒動
始めたんですか
戻ってきてご実家の仕事というと
買い付けとか
いやいやそんな
派手な話じゃなくて
50年働いてくれた先輩が2人いるんですよ
僕が生まれる前から
そこで働いている先輩が
2人いて
僕は本当は米屋やりたいと言ったら
その時の祖父が
おじいちゃんが
お前やめろと
米屋は食っていけないから
お前はサラリーマンでいろと
言うんだけど
こっちはこっちで腹決めてるから
無理矢理戻ると言って
断られながら戻ってたんです
自分の居場所がなかった
ちっちゃい時はお米屋さんになりたくて
そこからは
料理になりたいと思って
調理好きなんですよ
そうですか
お料理とか好きで
自分も調理師になりたいな
と思ってたんだけど
うちのおじが
みんな中華フランス和食なんですよ
すごい
海外でずっと働いている
おじもいるんだけれども
たまたま日本に帰ってきて
話したら
お前大学ぐらい出てくると
今は大学ぐらい出てこないと
使い物なんねえんだと言われて
そっかと思って学校行ったんだけど
学校行ったうちに
ドロップアウトしちゃって
学生の時は
自転車で日本縦断したり
中国に3ヶ月間放課後に行ったり
夜間で
僕は短大だったんですよ
だけど
3年のところを1年留年して
4年で卒業して
まるで4年生の大学に行ったかのように
卒業しました
卒業までは
その間に
1年間丸々遊んでた
なんで中国に行ったんですか
中国は当時
シルクロード
それが流行ってた時期で
どっか行きたいなって
1年半年以上ずっと自転車で歩いてるから
旅慣れてるわけですよ
そうすると
もう海外行ってみたいな
地球の歩き方ってあるじゃないですか
ほら本が
今ね中国はこんな暑いんですよ
結構暑いの
ところがねまだねすっごい薄かった
もう本当に薄い時で
どこに泊まるかも決めずに
夜の香港に
えー怖い
深夜の香港に
ミッドナイト香港に行って
そこから3ヶ月間
行っちゃいましたね
楽しそうですね
楽しいですよそれはもうチベットから
危ない目に合わなかったんですか
危ない目に合わなかった
いろいろねここではしゃべられない
いろんなことがありまして
なんだろう
気になるけど
だけどね
とってもみなさん
親切にしてくれて
いや結論から言うと
僕はとっても
そんなに怖い思いはしない
途中いろいろね
知らないで行ってたりすると
ちょっとねいろいろまずいところがあったりして
それがその学生時代
そこからじゃあ
卸の会社に
そうそう
入って
入ってきて
みんなどこ就職するの
って聞いたら
みんな8月で
就職
ここに受けたとか
ここに行こうと思ったのって言うから
全然何も考えてなくて
で友達が
働いてたからアルバイトで行ったから
そこさ俺もさ
試験受けられる
聞いてあげるよって
彼バイトで働いてるから
聞いてくれたら
2週間後に試験あるからおいでって言われて
じゃあ行きますって言って
試験受けて
入ったんですか
全然就職活動してない
流れるかのように紹介してもらって
うちの子供たちも怒られるもん
パパは就職活動してない
そういう苦しみを知らない
本当ですね
だけど面接で
次の日面接でね
そしたら
1ヶ月前2週間前だけど帰ってきたのは
チベットとか行ってるでしょ
高知行ってて
鉱山病になって倒れた話とか
話題にはこと書かない
話題にはこと書かないんですよ
ウィーグルの自治区も行ってるし
それからアムル川の
ところまでも行ってる
全部行ってる
あとモンゴルも行ってる
でそれを面接でワーワーと話すわけですよ
そしたらほらみんな面白がって
これで俺落としたら
みんなもううるやな
って思ってて
すっごい生意気だったから
魔術を買われて営業だったんですね
営業して
入れてあげようと思ったの
会社に入れていただきました
そんなことです
そして
お酒の現状の変化から
ご実家に戻られ
初めは
もともと長い人がいるから
あんまり重要なお仕事
重要なお仕事も何もしないでしょ
だからどうやって
自分のお客さんを増やすか
ってことばっかり考えてて
やってるうちに3年経って
令和の米騒動ですよ
平成の米騒動
皆さんほら
買い米をね
配られた時期があるじゃないですか
買い米食べた時期がありました
あれは平成5年の
令和と平成6年の
米騒動なんですよ
あれがあって
それまでは
それなりにね
まだ食用管理法
食管法ってのがあって
米は米屋さんしか買えない
っていう時代だったから
それなりに米屋としては
良かったんだけれども
その線から時代がどんどん変わっていく
そこからどう変わったんですか
大きく
平成6年ですけれども
今から32年前
31年前
お客さんがね
ダーッと減るんですよ
半分に
顧客数ってやつが
それはお米がないから
お米もないし
その時はやみまいとか
ってのがあってね
僕は主義で
きちっとしたのを出したい
きちっとしたのは
業界のルールで
対米をブレンドしたりして
出したんだけど
やっぱりそういうの食べたくない
って人もいらっしゃるから
それで日本米
その当時ですよ
買ってる人たちが増えたりして
お客さんがダーッと減るんですよ
そうかじゃあ正規のルートじゃなく
増益のルートじゃないって言っていいのかな
買う人が増えたから
減っちゃったってことですか
そうですそうです
それでダーッと減って
そういうブレンドするような
米アレルギー研究への関わり
米屋は信用できない
それはルール通りやってるだけなんだけど
ということになってお客さん半減して
それからですよ
どうしようかな
と思っているうちに
僕はお米のアレルギーの仕事に
関わる
それはアレルギーの人に出会ったから
たまたまもう
暇だからね
本読んでるわけですよ
お米の本読んでる
暇だから読むってのはダメなんだけど
読んでて
そしたらお米アレルギーって言葉が出て
低アレルギー米って言葉が出て
低アレルギー米ってなんだろう
と思って
当時の農業試験場に
電話して聞いたの
低アレルギー米って何ですかと
そうやってるのと
それから同時にたまたま
病院の近くの
病院の隣の
薬局にたまたま用事で入ったら
そこで
雪光ってお米を売ってて
雪光がアレルギーの人が食べてたんですよね
で
それを隣のお医者さん
いるお医者さんに教えてくださいって言ったら
米屋の道楽に付き合うつもりはない
って言われて
だけどいろいろ
話などなど尽くして
で言ったらちょうど実は
米のアレルギーの研究を北海道で始めるから
じゃあ徳永くん
農業試験場紹介するから
そこに連絡してごらんって言われて
それから始まったんです
それはお米アレルギーってことですか
それは初めはお米のアレルギーです
お米を食べるって
お米もアレルギーは出る人は出るんだけど
それよりも
雪光ってお米を食べるんですけど
それがあれでお米を食べたことで
アレルギーが少し抑えられる人たちがいたんですよ
今もいらっしゃるんだけど
雪光を食べると抑えられるってことですか
抑えられるんです
あるいはちょっと改善したりするんです
あんまり公共の電波で言っちゃいけない
内容なんだけど
あんまり聞く声で聞いちゃダメ
いいんですごめんなさい
それを
農業試験場と
小児科と
皮膚科の先生と
僕も入って
僕はデータを全部集計したり
お米を集めてきたり
それから患者さんにお米を届けたり
して
データの集計
その時が
僕の宝物のような時間で
ちょうど35
4,5,6ぐらいの時なんで
みんな若いですよ
研究者も
そしたらみんな酒飲んで
本当に
朝まで酒飲むぐらいな感じで
みんな研究者もね
一緒に飲んで
だけどその時みんな真面目な人たちだから
そもそも
米ってなんだ
とかね
品種改良してた人たちだから
品種改良はどういうものか
とかお米の品種のことについてとか
っていうのを
お酒飲みながらずっと議論してる
でそこに
アレルギーって言葉が
医者が加わるから
そうするとお医者さんから見た
食べ物のあり方
それから研究者から見た
お米との関わり
っていうのを
僕は真ん中に入って聞いてるわけですよ
とても貴重な話ですよね
それがすごく
今もベースになってる
いろんな議論というか
分かんないことがあったら
農業試験所の研究者に
電話して聞いて
なんでお米って黄色くなるの
古くなってくるなんでこんなにおい出るの
って聞いてまた自分で調べて
っていうのが僕の30代です
いやだから本当に
お米だけじゃないかもしれないですけど
お米に関してめちゃめちゃ知識が
豊富で
一回ご一緒してとても
びっくりしたんですけれども
そのアレルギーの
仕事というか
それをやるようになったのは
今まで
ご自家の米国店では
そんなことやってない
そういう商品も
扱うようになったのですかね
そこで僕は
いろんな人に出会うようになってる
信用とか
していただいて
あの人こうだから
お医者さんも含めて患者さんもそうだし
それに関わる
食品のいろんな研究者とか
にも出会うようになって
みんな教えてくれる
分かるように教えてくれる
研究者頭に人たちだから
みんなね
僕に分かるように教えてくれる
これが宝物なんですよ
不思議なことをね
僕も自分で調べて
そうなんだ
っていう話がね
だからその時に
やった研究なんかは
例えば
お米を食べると血糖値がどう上がるか
とか
今お米を食べると
玄米を食べると血糖値が上がりにくい
とか言うじゃないですか
GI値が低い
グライスミックインデックスって言うんだけど
あれの世界で初めてのデータが
僕の体で作った
え、すご
そういうことを
ずっと30代やってたんですよ
3代目になったのは
いつなんですか
その時はまだ
それがある程度
5年間くらいの試験が研究が終わって
そこから解放されちゃうわけですよ
それで
千代米穀店の特徴と品質へのこだわり
この色んな
自分の知っていることを
人に伝えなきゃダメだと思って
お店を作ったりしているうちに
大丸さんと出会ったりするわけですよね
5年って結構長い
長かったですね
怖な時間は3年だけれども
もともとは
本店だけだったのが
その後の
徳永さんの人脈で
大丸
大丸なんかは
僕が勤めていた
徳永さんの
上司が
平成15年に
大丸札幌店を出店するんですよ
今で
22年前出店するんだけど
その時に米塗り場をどうするってことになった時に
僕が
辞めて10年経ってるんですよ
その時の上司に呼ばれて
すんごい怖い上司だったの
怒られるし
伝票の書き方は
こんなのダメだ
って言って夜中まで仕事してられるような
上司だったんだけど
その上司が呼んでくれて
お前ちょっと米屋やってるんだから
大丸札幌店の
オープンする時の米塗り場は
僕ともう1社あるんですけれども
作らせてもらって
それが7年間ぐらいあって
ある時呼ばれて
大丸札幌店さんから
呼ばれて
いよいよ取引なくなるのかなと思ったら
お店出しませんかって言っていただいたんです
何年前ぐらいですか?
平成22年だから
16年前
すごいですね長いですね
ちなみに丸山クラスはその後
丸山クラスは
お店がね
僕大丸札幌店の中で3軒店作ってるんですよ
3回目作り直してるの
1軒目の店と
2軒目はもうちょっとあそこに移ってくれって
今の茅野屋さん
茅野屋さんのところで
映った時に
丸山クラス店さんから
声がかかったんだけど
もう1軒目作ったばっかりだから
2軒目だから
2軒目作ったばっかりだから
そりゃいきなり3軒目は作れませんって言ったけど
もう1年ぐらい
待ってくれて
1年半が待ってくれて
もうそろそろ決めてくださいって
言っていただいて
1年半も待っていただいたんだったら
これはもう
声かけていただくうちが華だと思って
もう覚悟を決めて
丸山クラスに
お店を出したんです
なるほど
じゃあちょっとですね
大丈夫かな
大丈夫です
まだまだお話を伺っていきます
大丈夫ですよ
視覚のことも
聞こうと思って
どうぞどうぞ
もう時間が
大丈夫ですよ
調整してくれるんで
ごめんなさいね
喋りすぎてるね
先週の人なんて
まさかの途中でトイレに行きましたからね
っていう人もいるから
話短めに
聞かれれば全部答えますから
お米屋さんの中で
一番いい大丸とか
丸山クラスに来ることがすごいですよね
まあまあ
それが僕の幸運なところですよね
自分でも思います
運がいいなって
なんかその辺のことをちょっと聞きたいな
なんでも
あと視覚も若干気になる
視覚も気になる
なんかいっぱい名刺に書いてあったから
いやなんでも
話の種になると思って
そうです
書いてるだけなんです
でもなんか
バスの中でいろいろ聞いたら
すごい何の話でも膨らむのがすごいな
と思って
お米のことで
さすがです
どの話題でもちゃんと膨らんでいく
今日は
なんでお前に好きなのか
車頭丸号から始まるから
えーそうなんですか
えー
24の時に飲んだ車頭丸号から
24で丸号飲んでるんですか
テイスティングで
そうかお仕事上ね
車頭ラフィットロート
古代車頭全部
そこまでいかないけど
テイスティングで飲んでたり
初めてボトルキープしたのは
グレーンリベットの12年目
かっこいい
25の時
24の時だ
相当早熟ですね
わかります今のお酒
何言ってるか
何言ってるんだろう
25で何をやってるんですか
そう
そういうとこで覚えるの
だからもう
ピャッていいやつから入っちゃってますね
もう上から入ってるの
コーヒーもその時飲めるようになってるの
得意酒がUCCさんで
豆ローストしてて
今日ブルマン入ったんで飲んでみる
ピャッていいやつから
言ってるからちゃんと
いいものがわかる
わかるかどうかわかんないけど
ちゃんといいものを飲ましたり
食べさせてもらって
やっぱりあれですか
子供の時からご飯
お家のご飯は美味しかったんですか
それはあんま気にして食べたことないよね
わかんないですもんね
比べないからね
本当に最高の記憶があったのはオタク行ってからですよ
18の時に
初めて入った
定食屋さんのホッケが
めっちゃ重くて
後日行ったら八角がいてくれて
なんでこんな
うまい魚があるんだ
18ですよ
すごいそこで舌がこえまくったんですね
そうそうそう定食屋さんが
今聞いてもじゅるっとしてます
美味しそう
本当に肉厚の美味しい
おばあちゃん一人しかやってない定食屋さんに行って
そしたらね
すみません
話しながら途中で切ってくださいね
ちょっともう
はい
この時間は
千代米国店代表の
徳永よしなりさんをお迎えして
お話をお伺いしています
今ね局の間もちょっと色々
すごいことを聞いていたのですが
千代米国店さんは
そもそも
創業した
そしてどれくらい
創業は1939年なので
87年くらいかな
本当に老舗の米国店さん
なんですけれども
どういう特徴のある
お米屋さんって
言えるんですかね
僕はおじいちゃんから
祖父からですね
お客さんを大事にしろと
それからうまい米を出せと言われて
本当に育っているんです
だからうちのおじいちゃん
祖父もやっぱり大変な時あるんですよ
米をやってて
お米が入ってこないとか
お米がおいしくないとか例外だったとか
色々あるんですよ
やっぱりその時にもお客さんを一番にして
どうやったらおいしく提供できるか
っていうのを工夫している
色んな工夫聞いているんです
だからやっぱりそこはね
今も守っているつもりです
だからやっぱり
どこよりもおいしいものを
おいしいお米をきちっと揃えて
ご提供したいということですね
なるほど
それがあるからなのか
米国展で
本展がありつつも
やっぱり撮影機の大丸
そして丸山の丸山クラス
っていうところに出展している
っていうのがちょっと面白いなと思ったんですけど
そこにこう
選ばれたというか
そこに入れた
というか
やっぱりそういう品質が
認められたっていうところなんですかね
それは
自分が言うことじゃないから
わからないけれども
大丸札幌店さんから
なんで僕呼ばれたんですか
って言ったら
千野さん7年間
お付き合いしていて
一回もクレームなかったですよね
だから商品がやっぱりね
素晴らしい
ちゃんとやってましたしね
それから東京とかにも米屋の仲間
よくテレビに出てくる人たちみんな仲間なんですけど
いろんな情報くれるんで
だからやっぱりできるだけ
おいしいものといいものをね
それからあと
大丸札幌店ってやっぱり札幌駅
札幌北海道の玄関口じゃないですか
北海道の米って
新潟と
それから北海道っていうのは
二大産地なんですよ
だからその北海道で
お米をね
北海道米を販売する
責任は重いと
ずっと思ってるしやってきました
だからちゃんとしたものを
しっかり
お店で販売する
というのが
とにかくそこだけ
ちゃんとしたものっていう
おいしいものっていうのはやっぱり
メキキですか買う時
多分そうかもしれません
だけどメキキもそうだし
あとねやっぱりね生産地の人柄
じゃあ結構もう生産地に
行って
やり取りして
お話しして
人柄も見て
そうですそうです
逆にすごくおいしい米作るんだけど
っていう人は
たくさん言えないけど
人柄良くてだけど頑張って
もうちょっといい米
作りたいんですよっていう人は
逆にお付き合いして頑張ろう
一緒にいいものにしていこう
その積み重ねがあるから
さっき大丸さんとかで
おっしゃってた
品質のいいものっていうところに
つながっているんですよね
生産者に僕がお米を買いに行くときに
生産者の人に
一番
この面積とか
たくさんあるじゃないですか
20ヘクタールとかね
この中で一番おいしい場所の
おいしいお米
THE
例えば
福崎米
私が自信を持って
この田んぼのお米は
本当にいいやつだと
いいやつを僕に出してください
へー
その代わりいい値で買いますと
なるほど
とにかくいいもの出してくださいと
お願いするんです
たくさん米屋さん買いに来たけど
あんたみたいなこと言う人初めてだ
気に入ってもらって
でやっぱり
ちゃんといい米を出してくれるようになるんですよ
だからいいものだけど
ちゃんといい値で買いますっていう
それに見合った価値はきちんと
出しますっていう
心意気がありますので
うちの米は決して安いとは言わないんだけど
スーパーより高いしね
安いとは言わないんだけど
だけどやっぱり出してくれる人たちも
それらのプライドを持って
徳永氏の資格と加工品開発
うちの米国店に
出荷していただいてます
なるほど
お米屋さんとしても
そういう品質の高いもの
扱われてるんですけども
徳永さん自身も
結構お米アドバイザーとかを含め
いろんな資格も
取得して勉強も
されてるなと思ったんですけど
あとどんな資格
いっぱいありますかね
雑穀エキスパートと
お米アドバイザーと
5つ星お米マイスター
そういう資格も
持っておこうと思ったのは
何か理由はありますか
いやーこれはね
掴みですね
名刺を見とこうと
そうそうそう
僕なんかね
目もくれないんですよ
ちょっとねフックが必要でね
そんなレベルですよ
名刺を見たらいろんな
そしてさらにお米だけじゃなくて
さっきお土産にもいただいたような
スクダニとかニンニク
ニクニクみたいなものとかも
作ってるんですよね
作ってますね
それやっぱりお米を美味しく食べてもらうためですか
そうですよ
やっぱり食べ物好きだしね
自分が作るわけじゃないけれども
こういうの作りたいんだけど
って人に相談して
いいよじゃあ一緒にやってみようか
っていう人たちを
一緒にね
何回も試作して
僕が最後味決めます
これで行きましょう
なるほど
扱ってるお米
どれも美味しいと思うんですけれども
特に
おすすめのお米と店舗展開
これ食べてみて
買ってみてほしいとかなんかありますか
それねよく聞かれる
いっぱいあるけど
これを食べてみて
って
これ食べてみてか
それ聞いたら私も食べたい
いやいやいや
あのね夢ピリカはやっぱりね
北海道を代表するお米夢ピリカですから
夢ピリカのね
それぞれの地域で
たぶん一番手の人たちばっかりなんですよ
あー
あーあの人知ってる
っていう感じの人たちばっかりなんですよ
だからねうちの夢ピリカはね
めっちゃうまいです
それからあと北連さんとかね
農協さんとかも協力してくれて
中央米国店仕様の
夢ピリカもあるんですよ
じゃあ夢ピリカだけど
中央米国店で買うのはまたちょっと特別だよ
特別だと思ってますよ
わざわざそれ
夢ピリカも朧月も福林湖も
はい星の夢も
みんなもう中央米国店仕様で
僕がお願いした形に
作ってもらって
じゃあ一個選んで買うならまずは夢ピリカから食べてみては
そうですね夢ピリカをね
まず召し上がっていただいて
あとね朧月ってお米多いんだけどね
まあいろいろ食べられて
今までの
3代目ということで
長くお見せ続けていると思うんですけど
またさらに店舗数も増やしたり
されてるじゃないですか
長く続けてさらにいろいろ
幅広くできた
秘訣とかありますかね
いや秘訣なんかないですよ
ずっと
ほぼほぼ苦しみの中にいるような経営ですから
本当ですか
はいはい
徳永氏の経営哲学と今後の夢
楽なことは一つもなかったです
だけど僕はすごく幸運なのは
その時々に
人に恵まれてるんですよ
それですよ
だから全然自分の力で
なんかしてきたわけじゃなくて
その時々に
助けてくれる人たちが
現れて
なんか
手伝ってくれたり
チャンスが来たりとか
そうそうそうそう
そういうのが
人のおかげ
自分でやったことなんか何一つないですよ
そこはやっぱり徳原さんの
人柄が吸い寄せているのではと
思いつつも
やっぱり
人で
続けてこれている
お客様も含まれますね
そうですよね
うちのお客様はね
本当に質のいいって言ったら怒られるのかな
そういう言い方はよくないのかな
だけどね
太山天さんからはね
言われる
お客さんっていいお客さんだよね
そうですか
自慢していいのかな
自慢できると思います
そんな徳永さんの
今後の夢は
何かありますか
夢も60過ぎたら夢も何もない
ありましたよ
まだまだまだ
100年やる
だけどね
もうちょっとやっぱり
人の役に立つ米屋になりたい
例えばどう
品質もそうだし
量的なものはなかなか
難しいかもしれないけど
お米を伝えるっていうところを
しっかりもっと
自分なりにやっていきたいと思うし
それから
今お米価格高いじゃないですか
これから始まるんですよ
いろんなことが
お米安くなりますよ
大きな声で言いましょう
だけど安くなった時に
生産者の方たちもやっぱりそこに
また苦しみも伴うわけです
可能性があるんですよね
そういう時に僕らどうやって役に立てるか
考えてますよ
そのお米を知ってもらう
っていうのは海外とかも含まれるんですか
海外も
台湾にも
香港にもアメリカにも
僕はお米出してますので
台湾はもう16年やってますね
台北に行ったら
うちのお米があります
すごいどうですか
ということで
皆さんが主食で食べる大事なお米
それの高品質なものを
出し続けてくださっている
徳永さんに来ていただきました
最後の曲は
徳永さんからのリクエストをおかけしようと思うんですが
初めて聞いた曲
こっちの方になりました
なんと
打ち首極門同好会
これね
3人のロックバンドなんですか
日本の米は
世界一
初めて聞いた
そうですか
この曲やっぱりお米
もうね
すごい曲ですよ
日本の米は世界一が始まりますから
まず聞いてください
僕の声よりも
楽しみです
という
なかなかインパクトのある曲で
お別れしたいと思います
ありがとうございました
今日はどうもありがとうございました
もう一つの曲は
なかったそうです
いいんです
2つリクエストがあった
もう1つの曲はなかった
でも声よくありましたね
打ち首極門同好会
なんて読むんだろう
調べちゃった
ありがとうございました
忙しいとかありがとうございました
すいません長々と
今度また大丈夫な時に
いろんな人も
ぜひ
お誘いください
よろしく
最後の写真
これをもっと
ニンニクニク
じゃあ僕
ありがとうございます
ありがとうございます
何枚か撮ります
もう一枚
いきます
ありがとうございます
嬉しい楽しみにしてます
ありがとうございました
インスタントラーメンに入れると美味しいんだよ
本当ですか
インスタントラーメンの味噌ラーメンに入れると
爆上がりします
爆上がり
すいません
どうもありがとうございました
忙しいとかありがとうございました
どうもありがとうございます
すごい曲だ
あ、お水
バクとある曲
ワイン余っちゃった
余ったままお返し
しても大丈夫ですよね
聞いたことあるこれ
私ある
ここの部分だけ
ごめんごめん
聞いたことあるこれ
こんな名前って知らなかったけど
結構インパクトありますね
ここの部分だけ何かで聞いたことある
この曲ね
面白そうだけど
曲があるのかなって不安でした
結構昔の曲なのかな
聞いたこともなく
ポロコ的ランキング:日帰りお出かけ調査
あと15秒で上がります
番組最後は
ポロコ的ランキングです
ポロコをこういう私が作っている雑誌なんですけれども
ポロコでは
読者モニターが250人いまして
いろんなことを
アンケートをとって
聞いています
今回その中で紹介するのが
ポロコの新
新しい最新号が
日帰りお出かけなので
それに合わせて
読者モニターいろいろ聞いてみました
日帰りのお出かけについて
いろいろ聞いたんですが
週末の日帰り旅行について
移動で許容できる
時間を教えてください
っていうのを聞きました
それがね乗り物別に聞いたんですよ
車だと
一番多いのが
2時間以内
車だと日帰りだったら
2時間以内がいいな
なんですがバス
電車は
一番多いのが1時間以内だったんです
だから車がね
好きなときに止まったり
あちこち寄れたりするから
2時間くらいはいいなっていう人が
一番多かったんですけど
バスとか電車は
1時間くらい
日帰りの県内だと
言っていました
日帰り旅をするときに
理想的な出発時間を教えてください
っていうのを聞いたところ
一番多いのが8時から10時
そうですよね
2番目が6時から8時
早く出るに越したことは
ないんですけど休みの日だから
ちょっと8時から10時くらいに出たいな
っていう気持ちが分かります
その1,2って言いましたけどほとんど
近差ですね
札幌から日帰りで
お出かけしたいエリアを
教えてくださいっていうのを聞いてみました
エリアが
まず5位が
北広島
4位が
長沼2期
3位が千歳絵庭
2位が
与一2期
お酒がいろいろ楽しめる
ワイナリーもあったりとか
ウイスキーも楽しめる
1位は
小樽
小樽人気
ポロコでアンケートを取ると
ずっと周囲に
行くんですよ
札幌から電車で30分ほどなんですけど
海もあったり
美味しい食べ物があったり
ワイナリーもあったりとか
ガラッと違う雰囲気で楽しめる小樽は
ずっと人気です
日帰り旅行先でしたいことを教えてください
1位が
ご当地グルメ
2位が温泉
3位が食べ歩き
1位と3位が食べ物なので
行った先で
何か食べたいという欲求は
皆さん強いです
あなたが理想とする
日帰り旅に近いものを教えてください
これもやっぱり
1位は食を楽しむ
グルメ旅でした
後はのんびり癒されたいとか
景色を満喫したいとかがあるんですけど
北海道で雄大な景色
よりも食を楽しむ
グルメ旅をしたいという人が多いという
モニターランキングの結果でした
では
番組エンディングと次回の予告
今日最後の曲を聴いてください
この時間からやっぱり人来ますよね
それからご飯食べに行く方が
もうちょっと私
ほろ酔いでーす
視聴を始めて下さった
ゴールデンウィークも仕事ですか
そうですね
ラジオと
テレビ局でもアルバイトして
一問に
朝3時半から
働いてて
3時半から8時半まで
働いて
9時から大学で
そのままいつも大学行ってます
若いからいいのか
大人は倒れる
こちらは
就活だけですか
スタジオにいるのは
月曜日と土曜日で
それ以外はARGとかSTVとかに
行っている感じで
ちょっと働きすぎでは
いやいや
ここに就活が今度入ってくるので
今年は
あれ4年生
まだ3年だったら
バリバリ大学も
行かないといけないですよね
結構パンパンで
これは
アルバイトって感じですか
テレビとラジオ
どっちもアルバイトなんですけど
ここはメールして
バイト作ってくださいっていうメールをして
ちょっと雇っていただいて
すごいバイタリティが
えーでちょっと
1年やってみて
どっちの方に行こうかな
映像かテレビかラジオか
みたいな
すごい
すごいなタフだな
どっちか一個にしたくなる私なら
終わっちゃいそう
終わっちゃいそう
いかがでしたか
福崎里美菜ビショビショク
おいしいお酒とおいしい食事の話
皆さんどうでしたか
来月もまた
お役に立つ情報を
お伝えしたいと思うんですけども
今日のゲストの方もすごい
バイタリティが2人ともすごくて
金田シェフはね
フランスで5年間いて
10店舗ぐらい働いたと
2人目の
鳥長さんも
お米
アレルギーについてとか
一番おいしいお米を
用意してますっていう
言えるような品質の高い
お米を用意してくださっていて
そこで食べるなら
夢ピリかって言ってたので
買いたいなと思っております
来月は5月23日の土曜日です
ぜひお時間のある方は
また聞いていただけると
嬉しいです
ここまでのお相手は福崎里美でした
ではまた
いつもと曲違ったけど
これで良かったんですよね
ちょっと待ってくださいね
ありがとうございます
いつもと違うんですけどこれで良かったんですよね