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こんにちは、壁打ちのさきです。
はい、今回はですね、前回の続きをお話ししていきます。
はい、前回…わぁ、蚊がいる。
そっか、今日は27度。
さっきまで雨も降っていたので、ちょっと…あれですね。
30度超えてくれたらいいんだけどなぁ。
27度だと蚊が出るんですね。
はい、今日も屋外からお届けをします。
はい、すいません。
前回の続きですね、すぐにお話しするつもりだったんですが、
ちょっとあの後、体調を崩してしまいまして、
昨日1日ですね、ほとんどベッドの上におりまして、
中1日空いてしまいました。
お待たせいたしました。
それでは、続きをお話ししていきます。
はい、続きに入る前に、ちょっとですね、前回のおさらいをしていきたいと思います。
前回はスポーツ観戦ですね。
ワールドカップとかオリンピックとか、
ああいう国民のみんながお祭り騒ぎになるような、
そういう時にいまいち乗れない自分がいる。
なんか熱中できない自分がいる。
そして、ワールドカップとかオリンピックに限らずとも、
人に語れるような、がっつりハマっている趣味とか、
押し勝つとか、そういったものが自分にはないなと。
そんなことに追い目を感じているというか、
私自身がそういうタイプだったし、
そういうお話をよく聞くので、
今回はスポーツ観戦をフックに、
それにハマれる人はどんな人なのか。
どういうフェーズを踏み、脳みその中で何が起こり、熱狂していくのか。
というのを紹介したのが前編です。
それをですね、簡単にまとめると、
前回の放送の内容を簡単におさらいすると、
スポーツ観戦という趣味にどっぷりハマっていく人のフェーズは、
大きく3段階ありますよというお話をしました。
一つ目は偶然のきっかけですね。偶然の出会い。
第二フェーズ、単純接触ですね。
何回も何回もそれに繰り返し触れていくと。
そこでどうやらこのスポーツを見ている、
このスポーツの情報を知っていることが、
自分にとっていいことをもたらすらしいぞというふうに学習していく、
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単純接触効果というものが働いていき、
だんだんですね、それが自分ごと化していく。
前回の放送では同意使っていったかなと思うんですけれども、
そのチームの勝敗というものが自分ごとのように感じるんですね。
スポーツ観戦に熱中できない人間からすると、
他人がですね、いくら速く走れようが、
素晴らしいホームランを打とうが、
素晴らしいゴールを決めようが、
なんでそこまで熱中できるの?って感じるんですけれども、
熱狂する人にとっては、まるで自分ごとのように喜びを感じられるし、
一緒に悔しがったりとかするという、
そういう働きになっているというお話をしました。
詳しいお話は、気になった方は前回の放送を聞いていただければなと思うんですけれども、
じゃあどうしてそこまでハマるのか。
今のはハマるフェーズだったんですけれども、
この3段階をどうして経ていくのかというと、
スポーツ観戦というエンターテイメントが持つ、
絶妙に人間の根源的欲求とか本能を刺激して、
脳みそに快楽物質をドバドバ分泌させる、
そういう装置になっているからだよというお話をしました。
大きくはドーパミンとオキシトシンですね。
ちょっと蚊がいるなぁ。
お話をしてみます。
そうやって脳内で快楽物質がドバドバ出されるようになる、
つまり報酬系が立ち上がるとなると、
人はその活動に対して夢中になって追い続けるという状態になりますよというお話をしたんですけれども、
そうなってくるとあれおかしいなってやっぱり思いますよね。
そんなに強力な報酬系が出るんだったら、
みんながハマっていないとおかしいじゃないかって私も思いました。
そこでですね、今日は別の切り口を深掘っていきたいなって思うんですけれども、
それがですね、心理学の自己決定理論というものです。
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これはですね、私がコーチングスクールで学んでいたときにちょっと習った考え方になるんですけれども、
アメリカの心理学者の方がですね、
エドワードという人とリチャードという人が提唱した自己決定理論というものがあって、
その中の一部にですね、
人間には生存のための生理的欲求のほかに3つの心理的欲求がありますよという考え方をするんですね。
何となくわかりますよね。
食べて、寝て、排泄して、性欲を乱せばそれで満足かって言われると、
私たち人間ってそれだけじゃない、もっと文化的な営みを欲する生き物ですよね。
じゃあそれが何なのかっていうことを言っているものになるんですけれども、
そこで出てくるのが3つ。3つの心理的欲求というものが出てきます。
1つ目が自立性、2つ目が有能感、そして3つ目が関係性というものになります。
これは順を追って説明をしていきたいなと思うんですけれども、
この3つの心理的欲求がなぜ大事かというと、
この学問にのっとって、この自己決定理論という考え方にのっとると、
私たち人間というのは何かをやらされているのではなくて、
自分から夢中になって取り組むということがありますよね。
それを夢中になって取り組むというもののものすごく代表的な例というのが、
趣味とか推し活とか、熱狂してスポーツ観戦をするとか、
そういう活動になっていくと思うんですけれども、
自分から夢中になって誰に言われてやらされているわけでもないのに取り組んでしまうというときは、
この3つの心理的欲求が満たされていることが多いですよというふうに考えられていると。
そんなものになっています。
では早速この説明に入っていきたいんですけど、解釈はいろいろあると思うので、
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ここでは私の解釈、お話をしていきます。
一つ目、自立性ですね。
これは自分の行動は自分で決めているという感覚ですね。
自分で選んで、自分で決めて、そして自分で動かしている、自分で動いている、そんな感覚になります。
二つ目、有能感というのは、能力がある、役に立っているというふうに感じられること。
あとは成長しているなというふうに感じられることもここに入ってくるかなと思います。
ちなみにこの3つですね、実際の能力とか実際どうかということじゃなくて、
自分がそう感じているということがポイントになっています。
なので、自分で決めて、自分で動かしているというふうに感じられるかという自立性、
自分が役に立っている、能力がある、成長している、そんなふうに感じられる感覚、あくまで感覚、感じるということですね。
三つ目が関係性ですね。これは前回の放送でお話ししたことに密接に関わってくるんですけれども、
誰かや何かとつながっている、良い関係性が築けていると感じられるという、そんな感覚ですね。
この3つが満たされたときにですね、人というのはその物事に対して誰に何を言われるでもなく、
自ら夢中になって取り組むようになると考えられています。
そうやって考えていくとですね、スポーツ観戦というのはこの中でいうと、
関係性というものがすごく得られやすいエンターテイメントだと、趣味だということができるんじゃないかなと思います。
これはですね、例えばスタジアムでみんなと一緒になって応援するとき、すごく感じられると思います。
私自身の経験でいうと、昔ですね、PR会社に勤めていたとき、フィギュアスケートの現場に行ったことがあるんですね。
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大会ですね、埼玉スーパーアリーナで当時、浅田真央選手とか羽生よずる選手とか、
あと高橋大輔選手もですね、現役の選手で、自分の仕事はメディアの受付で、
遅れてきたメディアの方とかに何々者の誰それですみたいに言われたのをチェックしていくとか、
あとは報道カメラマンたちがどうしたっていい写真を撮りたいので、無茶したりとかするのが人間心理なので、
無茶しないでね、節度を守って写真撮ってねとか、席順はくじ引きにするから、私とじゃんけんでーすみたいな、
そういうことをやっていたんですけれども、そこで大体の記者さんはやっぱり選手の演技しているところを見たいので、
基本的にスポーツ大会においては割と時間通りに来てくれるんですよね。
PR会社に勤めていたことがある方はご存知かと思いますが、メディアの方って基本的に時間守りません。
ちょっと語弊があるかもしれないですけど、美術館とか博物館のイベントとかだと別段その展示物に行けないので、
15時から記者発表会やりますって言ってもですね、普通に16時に来たりとかありますね。
6割くらいの人は時間通りに来てくれるけど、2割くらいの人は30分とか1時間とか普通に遅れてきて、
あとの2割くらいは当日の天候とか、あるいは他にもっと取材したいニュースができたとか、そういう都合で出席するって言ってたけど、
当日ドタキャンというか特に何の連絡もなく欠席するみたいなのが当たり前にある世界です。
ちょっと話がそれたんですけど、そういった中でスポーツイベントは大会というのはそこを逃したら取るもんないので、
みんなちゃんと時間通りに来るんですね。時間通りに来て、じゃんけんなのかくじ引きでいい席を当てないと、
後ろの方からしか写真が撮れないので結構皆さん早く来てくれます。
仕事がなくなるんですよ、そうすると。
マオちゃん、これから始まるから、マオちゃんとかユズル君とか見てきていいよって言われて、
全く当時知らなかったんです、私。高橋選手が一番盛り上がっているときかな、
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10年以上前の出来事なんで、ものすごく有名なので知っていて、
羽生選手や浅田マオ選手が業界内ではすごい人が出てきたって言われて注目されているぐらいの時期に、
その3人の演技をですね、生で見させてもらったんですよ。
それもメディア関係者が入れるような席なので、普通に一般客だったら数万円するようなめちゃくちゃいい席で見させてもらって、
やっぱり感動しました。ルールは一個も分かっていない。
そもそも私の担当ではなくて、人手不足だから急遽現場に呼ばれたみたいな感じなので何にも分からずに行ったんですけど、
その状態でもやっぱり鳥肌が立つくらいプロのアスリートの人たちの身体能力の高さ、
テレビで見るのとは全然違う迫力、男性選手の力強さとかキレッキレのスピードとか、
女性選手の身体のしなやかさとか、指先まで美しい感じとか、あととにかくスピードがすごい。
すごいなーって見ていた後に、高橋選手の演技が終わりましたと。その瞬間ですよ。
ドドドドドドドドーって地響きがしたんですよ。
埼玉スーパーアリーナの会場一体何?って思ったら、
演技が終わった後によくリング上に花束とか、羽生選手だったらプーさんとか投げ込まれてると思うんですけど、
あれって後ろの席から投げても前の人の頭にぶつかっちゃうだけなんで、
みんなその花束を届けるために一斉にキャーって悲鳴を上げながら、
女性ファンたちがドドドドドドドーって一斉に前の席に走り出すんですよ。
ちょっと今どうか分からないですけど、その地響きですね。地鳴りがして。すごかったですね。
ちょっとそっちにも鳥肌が立っちゃうぐらい、会場一体となって応援するとか、その場で熱狂するみたいなことの強さっていうのはやっぱりすごいものがあるなって、
直感的に感じました。だからものすごく自分ごと化しているし、
あとは演技をしている間はその人たちも誰一人席を立つことなくシーンと見守って、絶対に妨害しないみたいなね。
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ちゃんと選手が演技に集中できる環境をみんなあうんの呼吸みたいな感じで起こしていて、
すごいなって思ったんですけど、そんな感じでですね、すごく誰かや何かとつながっている感覚、
それが喜びにものすごく直結する。そこで報酬を得られる人っていう人たちにとっては
スポーツ観戦っていうのはすごく報酬になりやすいと思うんですね。
ただ、その光景を見てもすごいなとは思うけど、別にそこまで熱中しないよっていう人間もいるわけです。私のように。
となると、何か趣味にはまるということは、すごいものを見たなとか面白いものを見たなという
その瞬間風促的な面白さ、エンターテインメント性だけではなくて、その前後ですよね。
その前後でもドーパミンがドパドパ出されたり、オキシトシンがブワーッと出されたり、その情報を追うことが自分にとっての楽しみであり快楽であり
っていう持続性があるっていうことがポイントなんだろうなっていうことを思いました。
その持続性というものの一つの要因になるのが関係性っていうですね。
ファン同士のコミュニケーションであったりとか、自分は応援団の一員であるみたいなことなんですかね。
そういうものに深く結びついているんじゃないかななんてことを思ったわけです。
ただ一方で、この関係性の報酬っていうものがそんなに強く働かないっていうか
そこまでつながっているっていう感覚にそんなにそそられない、あんまり強く報酬価値を感じないっていう人にとっては
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スポーツ観戦というものはハマりにくいエンターテイメントなんだなっていうふうに思ったわけです。
ちょっとここも長くなっちゃうかもしれないんですけど、私自身のお話をすると
よくですね、ワールドカップとかオリンピックの時期になると
4年に一度じゃない、一生に一度だみたいなキャッチコピーが街中に貼られていたりとか
応援が力になるみたいなそういうテレビCMがバンバン流れたりしますよね。
これですね、それで気分が盛り上がる人と不運って思う人がいると思うんですけど
私は不運って思っちゃうタイプなんですよ。
この不運っていうのを誤解を恐れずに言うと、いや知らんしって話なんですね。
どういうことかっていうと、一生に一度だっていうのは選手にとってはそういう人もいるかもね
だけどやっぱり人ごとなんですよ。
だし、応援が力になるっていうのも生で見るならまだわかる。
そのさっきのスタジアムのフィギュアスケートがすごかったように
声援とかですね、あとはチアガールがいたりとか
吹奏楽で応援歌を歌って盛り上げたりとか
そういう生で見ている分にはスポーツの結果って
同じチームでもホームかアウェイかで全然パフォーマンスが変わってくるっていうのは
結構有名な話だし、見ていてもその傾向はすごくあるなって思うので
そういう意味で言えばスタジアムに足を運んで応援することが力になるっていうのはわかる。
だがしかし、私がよくわかんないなって思うのはテレビですね。
テレビとかYouTubeでもいいんですけど、あとはスポーツバーとかで
ライブで見ようぜっていうあのムーブですね。
あのムーブが私にとってはずっと謎だったんですよ。
そしておそらくスポーツ観戦にハマれない人にとってもすごく謎な動きだったと思います。
ハマれない人代表の意見を言います。
あなたがテレビの前にいようがいまいが試合の結果は変わらないじゃん。
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です。応援が力になるかならないかで言ったら確かになるんですよ。
それはどういうことかって言ったらテレビでたくさんの人が見るとわかれば
そのテレビ番組にはスポンサーがつきます。
スポンサーがつくということは練習設備とか選手の環境とか待遇というものがよくなるわけなので
結果的に応援は力になります。つまり金になるということです。
野球とかサッカーとかをスタジアムに行かなくてもテレビでライブで見る人が増えれば
このライブ中継はお金になる。じゃあ投資をしましょうというスポンサーが現れる。
それは巡り巡って選手の環境を良くすること。競技人口を増やすことにつながっていくので応援は力になります。
なりますが、すごく疑問に感じるのはこの前のワールドカップ。
深夜2時から開始ですとか朝の8時から開始ですっていうものがありましたよね。日本戦。
やっぱりそこなんですよ。それを2時まで起きて見てる人とか
ちょっと今日は出社は午後からにして午前中は家でサッカー観戦をしようって
これ私の夫だったんですけど。それをやっている人が自分が視聴率に貢献をすることによって
スポンサードする企業にとって有益であるという態度を示し
そしてお金を発生させようという動機づけでやっているようにはとても見えないんですよ。
たぶんそんなこと1ミリも考えていないんだけど生で見たいからテレビの前に待機している
そういうふうに見えるしそういう人が大半なんですよね。
ここが不思議って思っていました。
というところでちょっと皆さん忘れかけていたかもしれませんが
先ほどの自己決定理論に戻ってきます。
さっきの自立性、有能感、関係性ですね。ここに戻ってきました。
おそらくですよ。おそらくっていうか私自身はめちゃくちゃそうだなって思った話をすると
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私が喜びを感じる、おっとうできる、自発的に何かやりたいって思うときに
満たしている欲求は自立性とか有能感なんですね。
自立性っていうのは自分で選んで自分で決めて自分で動かしていくっていう感覚
有能感っていうのは役に立っているとかうまくできたとか自分成長してるなっていう感覚
こっちの方がドーパミンがドパドパ出たりとか
自分にとっては快楽の報酬ですね。報酬価値が立ち上がりやすい欲求なんだって
いうことです。どういうことかっていうと
スポーツ観戦って自分で試合を動かしているわけじゃないし
自分が観戦しているからといって何か上達するわけでもないし
何かできるようになるわけでもないので
そういう自立性や有能感というものに強く報酬を感じるタイプの
脳みその持ち主にとってはあんまり自分ごとになりにくい
つまり報酬としてちょっと弱いんですね。
だからやっと30分近く話してやっとなんですけれども
じゃあスポーツ観戦にはまりにくい人はどんなことにならはまりやすいのか
楽しみを見出しやすいのかっていうお話にやっと入っていきます。
今ちょっと答えを言っちゃったようなもんなんですが
自立性か有能感かその両方に対して強く報酬を感じやすい
報酬価値を感じやすいのでそちらの欲求を満たせる活動っていうものが
何なのかなって考えていくのが一番分かりやすいんじゃないかなと思います。
この2つって自分ごと化するっていう変換が必要ない
ダイレクトに自分ごとっていうものになってくるかなって思いますね。
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つまり自分の行動とか選択が結果に対してそのままダイレクトに関与する形のもの
が強い報酬になるっていうことですね。
それでいくと何があるかなってちょっと考えていたんですけれども
一つは何かを作るっていうことですよね。何かを作る。
何でもいいんですけど文章を書くもそうだし絵を書くとかもそうですし
自分で言えば料理をしてそれを食べることそのものがかなり報酬価値として
高く感じられているなっていうことを思います。
やらされはダメですよ。やらされはダメなんだけど
今日は何々が食べたい気分っていうふうに思って
じゃあスーパーに行ってこの食材を買ってみようとか
この料理を作ってみたいなと思って自分で調べて
自分で買い出しに行って自分で台所に立ち自分で調理をして
そして食べる。これは全部自分ごとなんですよね。
なのですごく満たされた気持ちになります。
料理って回数をこなせばこなすほどレパートリーも増えていくし
前にはうまくできなかったことがうまくできるようになっていくので
有能感を得られたりもするわけですよね。
っていうふうに考えていくと別段
私は人に振る舞えるようなおしゃれな料理とかできるわけではないし
お金が取れるような美味しいものができるわけでもないし
何か料理の世界に対して白色なわけでも全然ないんだけれども
これは一つ立派な趣味なんだって言っていいんじゃないかなっていうふうに思いました。
なんか本当になんでしょうね
趣味っていうもののハードルがなんか高すぎる。高すぎるなーって思います。
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誰かと別に分かち合えることだけが趣味ではないんじゃないかなと思うので
自分が究極的に自己満できていれば
それは他の人からとって別につまらないこと大したことではなくても
全然いいと思っていますね。
あとはですね
歴史が大好きな人とか
哲学、ずっと哲学してますっていう人とか周りにいるんですよね。
あとはあれだな
昔データサイエンティストっていう職業をしている人がいたんですけど
その人はもうとにかく調べるのが好きっていう感じでしたね。
リサーチして考察するのが好きみたいな人とか
都市伝説が大好きみたいな人とかいますよね。
あとは心理学とか脳認知科学とか
そういった仕組み、人間の動く仕組みを調べるのが好きっていう人もいますし
私の場合だとゴシップには全く興味がない。
ゴシップには興味がないし
有名人ですね。
さっき言ったような誰もが知るようなプロアスリートとか
あとは日本人なら誰もが知るようなアーティストであったりとか
大河ドラマの主演を務めた俳優さんとか
そういう方々に会うことには特に快楽を感じない。
特にそれ自体は報酬にならないんですけど
ただなぜそういうことに対して熱狂できる人がいるんだろう。
どうして人はゴシップに興味を持つんだろう。
今回なんだか誰かと誰かの不倫だとか
この前最近の例で言うと
名前は言わないですけど
トラウマが刺激されてどうこうでパワハラなのかどうかみたいな話とかも
なんで他人のことなのにそこまで炎上しちゃったんだろうな。
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なんで世間一般の人たちはそこに反応するんだろうな。
っていう風にそこで何が起きているのだろうかっていうですね
心理を考えたりとか構造を理解すること自体は
すごい楽しいので調べちゃうんですよね。
っていう風に
なんて言ったらいいんだろう
知らなかったことを知れた瞬間とか
わかんないなーって思ってたものがわかったって
そういう風になるアハ体験みたいな瞬間ですね。
まさにスポーツ観戦にハマる人とハマらない人がいるのは
なぜなのわからんっていうところがわかったって言って
前編後編合わせて1時間ぐらい喋っちゃうぐらいですね。
そういう理解することそのものが強い報酬になるとか
バラバラだった情報が
こことここつながるねみたいに構造化することそのものに
強い報酬価値を感じる
そこに報酬が生まれる人っていうのもいるんだと
これはおそらく
有能感に近いのかな
さっきの3分類でいくと
と思うんですけど
そうやって
3つの心理的欲求のうち
どこに一番強い報酬を感じるのかによって
ハマる趣味とかハマる度合いっていうものは
変わっていくんだっていうのが発見でした
つまりですね
スポーツ観戦にいまいちハマれない人で
え、見ないの?非国民じゃんとか言われて
ちょっと傷ついてしまったりする人
これはですねおそらくですが
関係性という心理的欲求を
スポーツ観戦以外のところで満たしているとか
そもそもそこに関する欲求よりも
他の欲求の方が脳みそにですね
快楽物質が出やすいというタイプであって
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これはもう本当に脳の報酬系ですよね
どんなことで報酬が得られるのかが
なんかちょっと生まれつき違うのかな
なんてことを思います
だから性格が悪いとかそういうことではなくて
ただドーパミンがドバドバ出るポイントとか
オキシトシンがブワーってなるポイントが
スポーツ観戦が趣味だよって言ってる人と
ちょっと違うだけだということなんだと思います
こういうことに自覚的になるとですね
別段趣味がないって思ってたけど
ここね私は快楽を得ている報酬を得ているなって
思っている人がいないとか
語れる推しがいないとか
そこまでの熱狂ができない自分は
なんかダメなんじゃないかみたいな
共感できない自分がなんかおかしいんじゃないかとか
ちょっとこう人として欠落しているんじゃないかみたいな
そういうふうに思う必要はないんだよと
そういうことをですね私は言いたい
言いたいなと思って長々とお話をしてみました
なので本当に報酬系の違いである
自分にとっては何が報酬なのか
これをですねそれぞれが自由に追い求めていけばですね
いいんじゃないかなってことを思いました
でもそうやって考えていくと
自分が理解できない趣味に没頭する人の
仕組みがわかった感じが私はしたんですよね
ちょっと最後にお話しすると
例えばこの前お聞きしたのがコレクターですね
何かを収集するのがすごく好きっていう人って一定数いますよね
これも私全然理解ができなかったんですね
何でかって言ったら収納スペースには
常に余白を空けておきたいタイプなので
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何だろうな物を所有して空間が埋められていくだとか
持ち物が多くなるっていうことがですね
私にとってはちょっと嫌なんですね
でもさっきの考えていくとおそらくですが
私がこの前お話を聞いた人は御朱印を集めてたんですよ
いろんな神社仏閣を回って御朱印帳にスタンプ
スタンプっていう言い方は良くないのかな
御朱印を押してもらうっていうのがすごく好きっていう話だったんですけど
これって自分でどの神社を回るか決めて
実際に自分の足を運ぶっていう自立性ですよね
この欲求が満たされていると同時に
自分で決めて自分で集めて
御朱印帳がどんどんいっぱいになっていって
今2冊目なんだってお話をしてくれたんですけど
すごくハントに似てますよね
狩猟採集時代の人間って
木の実を集めるとかそういうことって
自分の生命維持に関わっていたはずなので
何かを収集するっていうことはですね
すごく達成感とか有能感を刺激される行動だなって思ったんですよ
これだけ集められたみたいな
たぶんホクホクしたりしてると思うんですけど
それってすごく有能感が満たされると思うので
そうやって考えていくと
スポーツ観戦にいまいち熱狂できない私たちが
探すべき道っていうのは
まとめると自分ごとかという変換を挟まなくていいものになるかなと思います
つまりこの3つの心理的欲求でいくと
関係性を強く求められる趣味というよりかは
自立性か有能感もしくはその両方を満たしやすい活動ですね
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そこで趣味を探していくとか
あるいはもうやっていることがそれだったんだと気づく
これが一番いいと思います
そして関係性というものは別段押し付けるわけではないので
私たちはまれない人間も
スポーツ観戦する人をそんなさ
2時まで起きててさ何も変わらないのにさみたいなことを言わないし
言わない代わりにスポーツ観戦に熱中する人も
応援しないの?非国民だみたいな感じでいるのはやめましょう
平和にいきましょうよということを思います
そんな感じで今日はお話をしてみました
いい加減多分何箇所かに刺されているので
この辺りで切り上げたいと思います
ちょっとですね病み上がりということもあって
あんまりまとまっていないお話になっていたら申し訳ないんですけれども
はいせっかくお話をしましたので
今日はこのまま放送しちゃいたいと思います
はいではでは本日のお話ですね
ここまでお付き合いいただいた方は最後まで聞きましたよの合図にいいねをお願いします
またこういったお話聞いてみたいなと思った方は
フォローして次の配信をお待ちください
それでは最後までお聞きいただきありがとうございました
また別の場所でお会いしましょう
サキでした