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はい、どうもこんばんは。今日はですね、担当直入に行って、植水悠希さん、サイコパスのラジオの植水悠希さんをゲストにお迎えしてます。植水さん、こんばんは。
担当直入にこんばんは。お願いします。
素晴らしい。
素晴らしい。実は今ちょっと直前までZencastrで録音していたんですけど、途中で落ちてしまうっていう。
テイク2ですね。
ハプニングがありましてですね、どんな風にちょっとまた話し始めるかちょっと頭の中で今ぐるぐる回ってるような状態で。
はい。8分35秒くらい喋りましたからね。
ちょっと導入済んだ感じだから、導入一番繰り返すのしんどい感じですもんね。
しんどいですよね。
大丈夫でしょう。
ちょっとそこらへん簡略化した流れになってしまうかもしれないっていうのは聞いてらっしゃる方もそんな感じなのねと思っていただけると助かります。
今回ちょっと植水さんがTwitterの方でゲストに呼ばれたいっていうようなことをツイートされてまして、1週間ちょっと前でしたかね。
そうですね。
本当に僕なんかちょっともういつも植水さんとかもっと喋りたいなと思っていたもので食いつくような感じでゲストに来てくださいっていう風に書き込んだら喜んでっていう感じで受けてくださって。
ありがとうございます本当に。
今回実現したという流れですね。
はい。
ちょっとさっきも実は聞いたんですけども、そのゲストに呼ばれたいっていうのは植水さんの中でどういうお考えがあってそういう風にされたんでしたっけ。
もう一回説明すると、僕はそのサイコパスのラジオっていうポッドキャストとノートでですね脳内議事力っていうマガジンを書いてまして、毎日要はブログと毎日喋るっていうのをやってるんですね。
これは一人でやってるのでどうしてもこうなんていうのかな、自分の考えはクリアになるんだけども自分の考えにどんどん閉じてしまうっていう課題があるなと思ってて、なるべくいろんな方と対話する機会を持ちたいなと思っている中でクラブハウスとか読書会とかいろいろやってるんですけど、
小集団でやってるので、一対一で話す機会みたいなのもちょっと増やせたらなと思っているっていうのと、じゃあその一対一で話すのにいきなりじゃあちょっと今度カフェに行きましょうっていうのもハードル高いんで、ちょっと緊張感のあるメディアの中で対談するみたいな感じが結構理想的だなと思ってつぶやいたって感じですね。
いやー素晴らしいですね。2回目とは思えない。
え、どういうことですか?
全く同じ感じで喋られる。素晴らしいですね。僕なんかさっき何言ったかちょっと結構忘れてるところあるんですけど、さっき言われたこと本当にリピートみたいな感じで繰り返しで言えるっていうのはすごいなと思って。
さっきと同じ理由なんでですね。
まあまあまあそうですけどね。僕はでも自分が言ったこととかもう片っ端から忘れていくっていうのがあるんですよ。
03:00
ああそうですか。
はいはいはい。だからそれすごいなーって思いましたね。
なるほど。
本当にそうなんですよ。今日そのこと話したいな。そのこと話してもいいですか?
はいはい。もちろんもちろん。なんかシュウさんが話したいこと話したほうが僕は楽しいなと思うので。
そこすごい僕今どストライクだなと思っていて、ちょくちょく最近の回でもそれ話してるんですよ。ゲストにいろんな人を呼んで話すときに忘れちゃうんですよねって話話題よくやっていて。
でもなんかそれヒントがあるような感じが僕していて、なんだろう忘れるからには忘れるなりの理由があるんだろうなと思って、なんか大脳生理学的にもそれはあるらしいってことはこの間偶然本で読んで知ったことは知ったんですけど、それが自分にとってどんな意味があるんだろうなーって言って。これは答えがある話を今してるんじゃないんですよ。
いやいや大丈夫です。もうむしろそういう話がいいです。
ですよね。すごく気になるっていうところではあるんですけど。
その言ったことを忘れるっていうのは結構そのなんだろうな、自分の意見とかでさえ忘れるってことですか。
そう、あのですね、前にツイートしたツイートを見てこんなツイート俺した?みたいな話とか、それ別に酔っ払ってるわけでもないんですよ。ないし、ポッドキャストもこうやって録音しますよね。録音して編集するときに、直後だったらそこまでじゃないんですけど、録音してから例えば1週間後に編集するようなこともあるんですよ。
そうすると、ゲストの方が喋ってる内容にしても僕が喋ってる内容にしてもこんな話あった?って思ったりするぐらい忘れてるんですよね。
なるほどね、それはそうですね。でもどうだろう、僕もそんな別に覚えてる方じゃないですよ。なんか自分が毎日喋ったポッドキャストとかはその編集するのは確かにその1週間あいたりはしないんですけど、その1日前に撮ったやつとかでもこんなこと喋ってんだって思うときありますよ。
ああ、それはありますか。こんなこと喋ってんだって。
ありますあります。だから例えばの話、しゅうさんがあの回で言ってたこれがとか、もし僕の回のことを言われても、僕そんなこと言いましたっけ?って思われると思う。
ああ、でも上銘さんの場合は回数が半端ないからそのぐらいありそうかなと思うんですけど、僕、まあでも僕もあんま録ってんのかな。
じゃあこれはどうですか?例えばシュウさんが話してたあの回でこんな風に言ってたじゃないですかって時に、いや覚えてないなってなるでしょ?で、いやこうでこうでこうでこう言ってたじゃないですかってなった時に、あ、言ってたなともならないんですか?
それはうっすらやっぱちょっとなってはきますね。
ああ、なりますよね。だから記憶喪失ではないんじゃないですか?
記憶喪失の心配っていう話ではなくて、なんかその、まあ単純に脳みそのバッファーっていうかそういう話ではあるんでしょうけど、さっき上銘さんも考えを深められたいっていう風に言われてたじゃないですか。
06:11
考えを深めるみたいのに対する憧れは僕もものすごいあるんですよ。もう極端な話、悟りを開くじゃないですけど、そういうことに対する憧れみたいなものすごいあるんですけど、なんでしょうね、人間である以上その一旦悟りを開いたとしても結局今ぐらいの感じで忘れていくんじゃないかなみたいな。
ああ、一瞬その感覚に到達してもってことですよね。
うんうん、一瞬というか、例えば一瞬じゃなくて本当に悟り開いたって言って何年間か不況ができるぐらいになったとしても、結局は衰えていって死んでいくんだよなっていう感覚があって、なんかそのでも今のこの健在意識って言うんですかね。
人ってみんなこの健在意識でものを考えてるじゃないですか。
ですけどその下には潜在意識があって無意識があってみたいに言われてますよね。
でも健在意識だけがすごく大事にされているような感覚があって、それってどうなんかなともどっかで思っているもんで、忘れるっていうことに関しても忘れるなぁとは今も思ってはいるんですけど、そんなにやばいとまでは思ってないんですよ。
なるほど。健在意識の中にそれがないだけであってってことですよね。
そうですよね。
無意識のどこかには残っているかもしれないみたいな。
うーん、残ってるかもしれないっていうのもあるし、潜在意識無意識と健在意識ってそんなにこう大層な違いがあるのかなというか。
うーん。
これちょっと言ってることよくわかるんじゃないかな。
聞きたい。どういうことですか。
自分って何だろうみたいなことよく考えますよね。
上水さんは考えられるんじゃないかなと思ってますよねって言っちゃいましたけど。
いや考えますか。めっちゃ考えますよ。
ですよね。で、それって健在意識のことだけを指していることが多いと思うんですね。
でも、潜在意識とか無意識だって自分だし、もっと言うと何も考えていないだろう体だって自分だし、どこからどこまでが自分なんだろうっていうのがわからなかったりするんですよね。
ああ、それはでもね、めちゃくちゃ僕共感できます。同じかどうかわかんないですけど、どこまでが自分か論はめちゃめちゃ考えますよね。
結局この国に上水優輝というアカウントが、戸籍があるだけであって、それで一応この肉体で一応境界線を引かれているだけだから。
なんかありましたね、そのポッドキャストで。
そう、今この瞬間って捉えようによっては二人で一つの生命体という考え方もできるじゃないですか。
すげえ、そこまでポンといけるのはすごいですね。二人で一つの生命体。
09:05
だからあんまりこの今の社会って、アカウント単位でいろんなものがされてるじゃないですか、それに対する違和感みたいなのはすごい僕は持ってますね。
だからフォロワーが何人いるとかも、例えば僕のフォロワーさんにコテンラジオから流れてきた方とかもいらっしゃると思うんですよ、結構な数。
それは僕のフォロワーなのかって考えたら、そういうコテンラジオのコミュニティの中にいて、上水という人が板田でフォローしてたりとかすると、
それってのは僕のフォロワーなんじゃなくてコテンラジオと一体化した自分という、なんていうのわかります?区切りがなくなりますよね。
だからあんまり仮の境界線としか思ってないから、あんまり自分というものがあるとも思っていないし、
一方でその社会とかその場で認識されている境界線みたいなものは意識しますね。
いやー面白いですね、さすがにやっぱり。
すみません、なんか変な話しちゃって。
いやいやいや、面白い。僕、フワーっと、それこそ記憶の話じゃないですけど、
フワーっとこういうふうに思ってるっていうのはあるんですけど、まだポッドキャスト的な言語化する練習的なもので言うとまだまだ全然足りてなくて、
そうですか。
すっごいもやもやしてるんですよ。
そうですか。
日々もやもやしてて。
結構でもなんか饒舌に喋られてるじゃないですか、ポッドキャスト。
あーって。
楽しそうに。
そうね、そう映るらしいんですよ。でも僕の中では、あーこんな表現でしか今言えなかったっていうぐらいまだこうすごい、
なるほど。
手探りというか。
うんうん。
うん、まあでもその自分が出した言葉に引っ張られたりもして、あ、でもこっちも面白いからまあいいかみたいな、
うん。
まあ要するにフワーっとゆるゆるっていうのはあるんですけど、
はい。
でもまあ所詮はそういうゆるゆるなもんかなーみたいなのが今の話の最初から話し始めた前提として、
はい。
あって、でもそうなっていくとこう、なんていうんですかね、とっかかりがあんまりなくなっていくんですね。
そこ。
ゆるくていいやーみたいな話だけになっていくと、とっかかりがないっていうような感覚、話にしても生き方に。
とっかかりっていうのは?
あ、はいはいわかりづらいですよね。とっかかりがっていうのがですね、これまたちょっと飛んじゃうような感じがするかもしれないな。
話ちょっと別の切り口からの方がいい気がしていて、
はいはい。
人生をゲームとして捉える話みたいなのってよくあるじゃないですか。
はい。
で、そういう意味で、なんかこう、ゲーム的に全部捉えていった時に、ゲームって必ずなんかこう、無理やりとっかかりを作ってるっていう感覚が僕はあるんですね。
うんうんうん。
制限というか、ルールみたいなもの。
はいはいはい。
があるからゲームが面白くなっているっていう感じがあって、そういう意味でのとっかかり、さっきのほうがとっかかりっていうんですかね。
12:08
まあ何でもありだよねって一言で言ってしまうと、何のとっかかりもルールも制限もないっていう状態になっていく。
でもそれって今度は何も面白くなくなっちゃうなっていう。
そうですね。
ちょっとはとっかかりがあってそれをこう、上ったりというか攻略する楽しみみたいなのがあるんじゃないかなと思ったりもしていて。
わかりますわかります。
ポッドキャストでもなんかゲームのに例える話みたいなのもウェミさんのでもあったような気がしたんですけど、違いましたっけ?
ありましたっけ?
わかんないです。あったかもしれないし、なかったかもしれない。
あのー、樋口さんと間違えてるかもしれないですね。
あ、樋口さんはよくなんかRPGとか、あとはなんだろうね、その本とか映画とかいう例え方をしますよね、人生。
うんうんうんうん。
それこそさっきのゲーム、人生は全部ゲームだっていうと消しからんみたいな感じの起こってくる人がまだまだいそうな感じはするんですけど、
だいぶそうだよねっていう人が増えてきてるような気はしてるんですけども、
ただその、何でしょうね、世の中の多くの人たちにとって、まあこれって普通の話に戻るような感じするかもしれないですけども、
そういう人たちにとっては、本当にゲームって、本当に何でも本気で考えなくていいよねっていう意味じゃなくて、
本当に本気でゲームみたいにして人生取り組んでる人とか、それこそ命がけで生きてたり、戦争にしてもそういうふうに捉えることもできると思うんですね。
で、まあこれって普通の話に戻るような感じするかもしれないけど、
戦争とかって今後の世界でなるべく避けていった方がいいっていうのが、僕が人生をゲームとして楽しむとしたら、それが最低限のルールにはなっていくんだろうなと思っていて、
そういう感覚って上水さんとかってお持ちだったりします?
戦争の話ですか?それともゲームの話ですか?
はい。
そういう、どういうふうに生きていくっていう意識が。
あ、そっちのほうですね。僕の意識は結構ですね、あんまり直線で考えて、線で考えてなくて、人生を。
毎日強くてニューゲームみたいな考え方なんですよね、ゲームを例えるとすると。
だから朝起きたときに、
今いろんな与えられている環境から今日が始まる。
今日が終わったら明日また強くてニューゲームみたいな感じで、
一応積み重なっているんだけども、あんまり過去にとらわれずに、
今持っている環境みたいなスタートの仕方をするんで、あんまり過去にとらわれずに、
未来にもそんなにとらわれないことを意識しているかもしれない。
意識というかそういう捉え方をしているかもしれない、人生を。
だから、あんまり3年後こうなりたいとか、5年後こうなりたいとかっていうのが、
全然具体性がないって感じですね。
15:00
計画してる人すごいにも多いんですよね。
アサリン でもそのニューゲームっていうからには、
なんかこうゲームのテーマみたいなのがあって、
毎日違うゲームってわけじゃないですよね。
そうですね。
その一貫しする強くてニューゲームは何をするかというと、
本音と立て前であると思うんですけど、
本音と立て前であるというのは、
1つのゲームの中で、
ユーザーを触ったり、
2つのゲームの中で、
一つのゲームの中で、
そのゲームの中でのゲームの中でのゲームを見たりするというのが、
本音と建前ってあると思うんですけど
やっぱりこの社会にはそのゲームって言うと
いろんなもうすでにゲームのルールありますよね
憲法とか法律も多分一つのゲームのルールだと思うし
資本主義の経済的なゲームというのもあるだろうし
とか日本の監修の中でこう空気としてある
なんかゲームみたいなもあると思うんですよ
ゲームのルールみたいなのがいっぱい入り組んでるのが
この社会だと僕は思っていて
いろんなゲームに同時に参加してる状態なんだけど
僕がやってるゲームっていうのは
いかに本音の比率を高めていくかっていうゲームをやってるんですよね
本音はいはいはい
そうそのために毎日ブログを書いてるし
毎日ポッドキャストやってるっていうのは
自分の本音をそこで晒すということが
僕の中の一つ重要なライフワークになっていて
だから極論仕事をせずに喋っている状態っていうのが
僕の中でゲームが一番絶好調な状態というか
その日一本のブログを書いて
一本のポッドキャストを撮って
またこういう機会に恵まれて誰かとお話をする
寝ました
明日そのいろんなものを吸収した自分が強くて
ニューゲームをやって
また同じ日を繰り返すっていう
割となんかルーティンで生きていきたいみたいな
ああルーティンで生きていきたいまであるんですね
そうですね
だから散歩してサウナ行って本読んで
ポッドキャスト撮ってブログ書いて
誰かと話して寝てっていうので僕は満足ですね
そのルーティンがいいっていうのは何か理由があるんですか
自分が一番心地いいなと思う行為を
ある程度なんか見つけてしまったというかいくつか
だからなんていうのかな
その無理やり刺激を差し込まなくてもいいというか
いやもちろん差し込むんですけど時々はね
バンジージャンプ飛びたいなとか
そんなんあるんですよ
あるんだけど
バンジージャンプ飛びたいですね
そういう極端なことはやりたい
スカイダイビングしたいなとかあるけど
土曜日だなどっか行こうとか
そういうちょっとした特別感みたいなのは必要ないって感じ
ああなるほど
360日ぐらいは年間のルーティンで
5日間ぐらい違うことをするみたいな
そんなんでいいって感じですね
可能であれば
そのルーティンで過ごしてる方が
自分が気持ちよかったりというか
そういう機嫌良くしていられる確率が高いっていうことですかね
本音の度合いが高いって感じですかね
ああそこそこ気になる
本音がやっぱあくまでテーマなんですね
そうですね
サイコパスのラジオってやってるぐらいなんで
18:00
僕結構サイコパスなんですよね
みんなさん一般的にサイコパスといえば
すごい共感できないっていうのがあるんですけど
情動的に共感できない
人が悲しそうにしてても
一緒に悲しくなったりしないっていう
認知的に悲しそうだなってことは分かるけども
自分まで悲しくなったりしないっていうのがあるんですよね
っていう状況にいると
いろんな人の感情を
気持ちでじゃなくて
論理的にキャッチしたときに
結構疲れるんですよね
ああそうなん
多分一般的にはそれが人間なんだけど
僕からすると人間って疲れるなって思ってしまう
何をそんなにこうエモい感じなんだろうとか
思ってしまうところがあって
ああそうなんやっぱ疲れる
そうだから疲れる
で別にそこで
何かもともともないひどいことを言ってもいいけど
それは別に何のためにもならないし
だから僕も一応合わせるというか
何もそこにはコメントしない方にするんですけど
ってことは何かやっぱ
思ってることはあるけど
言ってもなと思って言わないってことが増えるから
疲れるんですよね
なるほど
えー面白いやっぱ面白いですね
面白いから聞きたい聞きたいになっちゃうけど
喋った方がいいんでしょうね多分
っていうことですか
気づかなかったですけど
いやいややっぱ気づかないですよ
僕はどっちかというとね
サイコパスじゃなくて
サイコパスのあの点数で言うと
僕9点だったんですよ
低いっすね
テストのある点数で言うと
でこのポッドキャストでは
ちょくちょく言ってるんですけど
僕は逆にHSPですっごい敏感機種なんですね
だからもう本当に最近思うんですけど
感情感覚人間だなというふうに思ってるんですよ
頭で掘り下げて考えるのは好きなんですけど
なんかそれを売りにするほどじゃないな
一番気持ちいいって感じるのは
やっぱ感情とか感覚の方だなと思っていて
さっきの緩くていいとかいうのも
緩くみたいなのも
なんとなくフワッとした話じゃないですか
なんか理論的じゃないというか
でもそういう方がベースとしては僕が持っていて
ちょっとさっきの忘れる話から
違う話に今したくなっちゃってるんですけど
はいどうぞ何でもいきましょうよ
その僕のHSP的感覚で
僕って世間とか周りがものすごく気になるのが
こうして今この生活をしてるのも
世間に影響を与えたいって少なからず思ってるんですよ
多分
周りの人がみんな笑っていてほしい
みたいな感覚が結構あるんですね
ずっとあって
だからそういう感覚が
上美さんとかは多分あんまり感情っていう意味では
情動感情情動っていうのが薄いっていう
21:01
面白いですね
今のみんなが笑っててほしいなっておっしゃったのが
僕すごい面白いって言ったら興味深くて
僕はいろんな個人の活動じゃなくて
仕事とかいろんな人と何かプロジェクトをやる時っていうのは
そういうなんだろう
みんなが笑っててほしい
そのためにこういうことをしたいとか
社会のために
社会に影響を及ぼそうとして何かをしてる人の
お手伝いをすることが多いんですよね僕は
あっへー
なんでそれをお手伝いするかっていうと
自分には全くその欲求が分からないからなんですよ
笑
面白いなと思って
分からないからお手伝いすることが多い?
分からないけども
本当にそれが実現したらすごいことだよなと思うから
いわゆる理屈的にはすごくそれが叶えばすごいことだよねって思いつつ
なんでそんな非合理なことをやろうとするんだろう
ってことは分からないって感じ
笑
他人の気持ちなんてコントロールできないじゃんって思ってるから
それを笑っててほしいって
人を笑わせるってのはあるし
人をコントロールというか
人に会ってほしいっていう期待じゃないですか
なるほど
だから誰かに期待できるその心理が
僕にはあまりなくて
誰にも期待してない
期待が薄いところがあるので
結構そういう期待してる方が
有名というかビジョンを持って
なんかされることのお手伝いとかは
僕自身がなかなかできないことなので
お手伝いさせてもらいながら
ああそんな景色もあるんだなってことを観察しているみたいな
社会学見学みたいな感じですかね
社会学見学笑
その代わりもちろん自分は貢献しますよ
自分ができる形で
うんうんうん
でもなんでしょう最初の方の話で
例えばこの二人で一つの生命体でもいいわけじゃないですか
っていう話されてましたね
それってもうすでにその時点で
こう自分しか変えられないっていうことに
ちょっともう踏み込んでる感じがしてるんですね僕
方法どこですか
だから自分の思い通りに相手を操作するっていう意味では
相手を変えることはもちろんできないっていう感覚があるんですけど
まあまあ変えることができないというか
変えることが本当にものすごくしづらいとは思ってるんですけども
二人で一つっていうふうに捉えた時点で
自分の顕在意識から見たら
それは自分の思い通りになってないんですけど
その二人っていう生命体を捉えた時に
その二人が笑っているっていう状態に
こう影響を与えることはできるんじゃないかみたいな
はいはいはいはい
これフワッとしてんな
いやいやいや
でもその時のなんだろうな
表面的に現れる笑顔と
その潜在意識にある
実は笑いたくないんだよなとかもあるかもしんないし
もしくは潜在意識まで笑ってるけども
もっともっと奥の方では
実はなんかすごい傷ついてるかもしれないわけじゃないですか
ああまあまあそれはそうですね
24:00
だから分かり合えたというような
気がしているだけだと僕は思っているんですよね
究極
あともっと言うと
感覚とか感情が多分皆さんは
一般的には共鳴し合うというか
共感し合うというのが多分通常の人間だと思う
多くの人間だと思うんですけど
それが結構僕にはない点もあるけど
それが結構重要で
言葉で分かり合おうとするじゃないですか
最近の社会って
言語で分かり合えると思ってる人たちが多いのか分かんない
言葉が信じすぎてる人が多くて
言葉なんかじゃ分かり合えるわけないでしょって
僕は思ってるんですよ
そうですね
でも一方で言葉で傷つけ合ってる
分かり合うために傷つけ合ってるみたいな
よく分かんない状況が面白いなとか思いながら見てますね
なるほど面白いですね
なんかハグとかしたほうが
よっぽど味方感出せるじゃないですか
その力の入り方とか
今これは前向きな気持ちでハグしてくれてるのか
自分を頼ってくれているのかとか
感覚的に分かったような気がするんだけども
それは言語でやり取りするよりも
遥かに生々しい感覚がするというか
だから言葉は当てならんよなとは思ってますよ
分かり合うためにはね
上水さん的にさっきの言葉じゃなくて
ハグとかで分かるような感覚っていうのは
サイコパス的な意味で言うと
どういう感じなんですかね
力が強く
この抱きしめ方は力が強いから
このぐらい自分を頼ってるんだろうなみたいに
理解が先にそれでも来るのか
その辺は全然普通っていうか
でも今のどちらかと言えばそっちかもしれない
あんまり嬉しいとか
自分の感情が動くんじゃなくて
これはこういう風に思ってるのかなこの人はっていう
どちらか分析の方になってる気がしますね
今言われてみると
なるほど
いやー面白い
ハグされて嬉しいじゃなくて
ハグされてるこの感じはもしかすると
こういう感覚を僕に対して持ってくれていて
それは好意的なあれだから嬉しいっていう
何て言うかな論理で喜びを感じてるというか
だから情報処理の仕方が違う気がしますね
一般的なあれとは
嬉しくないわけじゃないんですけど
湧き起こる論理をすっ飛ばした喜びではないというか
なるほど
分析の結果の上での
それは挟まってるんですねやっぱりちょっとは
挟まってる気がしますね
いやー面白い面白いですね
そこ上水さん自身も面白いんですけど
ちょっとさっきの話の周りに影響を与えたい系のやつ
僕一人が周りを思い通りに動かすっていうのとは
またちょっと違う話をしてるんだなっていうのは
ちょっと感じられました?
はいはい
理解なのか感じるなのか?
分かります分かります
別にコントロールしたわけじゃないというのは分かってますよ
27:03
その途中で僕戦争の話出したじゃないですか
でそれは何でしょうね僕の幼少期に裸足の剣を読んだりしたっていうのが
大きな影響っぽいんですけど
そこは僕多分ずっと今後もその人生のとっかかり
面白いゲームとしてそこを選んでいく気がするんですね
戦争を回避する方向っていうのを多分意識して
それ世界からみたいなイメージですか?
そうですね世界から
その今世界からって聞かれたっていうのは
まずは自分自身の心の平和をっていうような
があってっていう意味で聞かれたのか分からないですけど
それも意識しつつ
なんとなくその自分が平和になっていくと
少なからず周りに波紋みたいなのが
その感情の話とはまた別かもしれない
理解ユミさんみたいに頭で理解するっていうことにも
絡めてなのかもしれないんですけど
なんかこれは本当に感覚的なんですけど
波動とか波長とかみたいなのが広がる感じはしていて
なんでしょうねこれは本当に感覚的なもんだから
あまり理由は説明しづらいんですけど
樋口さんが一回ポッドキャストの
樋口聖典の世界で
ちょっとよく分かんない話を一回されてたんですよ
なんかなんだっけなサイン波とかいうのは
あのあれですよ波の話ですよね
波なんですかね
今下を向いてても結局上を向いてみたいな
時間軸で長い時間軸で見たら結局それって
みたいな話のやつですか
いやそこまでね分かりやすい話じゃなかったんですよ
本当にわけわかんない話だったんですけど
全部これはうまく言えないのは分かってて
でも喋っちゃいますみたいにして言ってて
なんか全部サイン波なんですよみたいなの
サイン波でなんとかかんとか
ちょっと難しいこと本当に言われてたんで
分かんなかったんですけど
でもなんか全部は波だなっていうような感覚は
ちょっと分かる気がしていて
所詮は全部強くてニューゲームで
毎日生まれ変わるみたいなのもそうだし
何かが固定されてるんじゃなくて
常に自分の全身の細胞にしてもそうだし
そうですね
原子とか分子もそうだし
常に動いてる
でそれって
粒子一番最初のタイミングは粒子と波が
なんか一緒に同居したようなもんなんだみたいな
話とかもなんとなく分かる感じがしていて
共鳴振動みたいなもの
上水さんとか特に感情のところが
分かりづらいっていう話があるから
なかなかそこがあれなんですけど
そこを常に自分がいい波動で
生きていくっていうのが多分僕のゲームとして
楽しんでいくとこなんだろうなっていう
でもそれに取っ掛かりがあまりにも少なすぎて
毎日ポッドキャストやりながら
もっと掴んでいくんだろうなみたいな
30:01
ちょっとこれ問いじゃない話をしちゃったから
ちょっとリアクション取りようがないですね
いやいやなんかあえて突っ込んでいいですか
あえてですよ別に意地悪言ったわけじゃなくて
例えば幸せの波紋が広がっていく
次回へ続く