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ものづくり一筋じゃなかった!?単身アメリカ留学と心理学を経て家業を継いだ、友安製作所・友安啓則社長の半生に迫る!
2026-09-03 28:40

ものづくり一筋じゃなかった!?単身アメリカ留学と心理学を経て家業を継いだ、友安製作所・友安啓則社長の半生に迫る!

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86回目のゲストは、株式会社友安製作所 代表取締役社長 友安啓則さんです!

高校からアメリカ留学、City University of Seattleにて経営学修士 MBAを取得。大学在学中から商社で働き、友人と起業。 2004年に帰国、父親が営む線材加工製造業の株式会社友安製作所へ入社し、インテリアの輸入販売をする新事業を立ち上げ、オンラインでの商品販売を開始。 2016年代表取締役社長に就任。東京、大阪、博多にて、インテリアとDIYとカフェの融合をコンセプトにした店舗を運営。
 

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サマリー

株式会社友安製作所の代表取締役社長、友安啓則氏は、高校時代にアメリカへ留学し、心理学や経営学を学んだ後、家業である線材加工製造業の株式会社友安製作所に入社しました。当初は日本に帰国するつもりもなかったそうですが、父親の病気を機に帰国し、家業に入りました。入社当時、家業は最盛期を過ぎ、平均年齢も高い状況でしたが、友安氏は英語力を活かして海外からインテリア用品を輸入販売する新事業を立ち上げ、オンライン販売を開始しました。その後、インテリアとDIY、カフェを融合させた店舗を展開し、2016年に社長に就任しました。現在は、ものづくり事業の再興や、ホームパーティー文化の推進、さらには海外でのリノベーション事業や日本製品のアジア展開など、多岐にわたる事業を展開しています。特に、日本の優れたものづくり技術を世界に広めるための活動に力を入れています。

オープニングとゲスト紹介
はい、こんばんも。リノベの時間をやっていきたいなというふうに思っております。
本日は、ものづくりとリノベーションのことについて話を深掘りしたいなというふうに思います。
というところでタイトルコールいきたいと思います。
リノベの時間!
この番組は、建築土木学生向け就活総合サービス、コンキャニの提供でお送りします。
はい、こんばんは。大阪と宮崎でリノベーションをやっています。美想空間鯛島です。
こんばんは、アシスタントの三浦です。よろしくお願いします。
今日は、さっき高佐郷から帰ってきたんですけど。
高佐郷ってどこやろうっていう話になったんですけど。
高佐郷は高佐郷なんですけど、兵庫県民からしたらそうですよ。
八百の中からしたらどうですか?
高佐郷、そうですね。戦乱とかあっちのほうなのかなって思ってました。
全然違いますよね。
姫路の手前ですね。それ高石ですね。
高佐郷は姫路の手前ぐらいなんだ。
今日は場所のつながりが強い話になるかと思います。
私の地元の八百が誇る企業さんがいらっしゃってますから。
この番組は全国のリノベーションと街づくりで活躍する多彩なクリエイターや事業家をゲストにお招きし、トークセッションをお送りします。
早速お願いします。
本日のゲストが株式会社トモヤス製作所、代表取締役社長トモヤス博之さんです。
こんばんは。
よろしくお願いします。
僕、まあまあ黒いと思ってるんですけど、僕より黒いし、服も黒いし。
これ着替えできないですよ。
襟付きの黒シャツも被ってるし、びっくりするくらい同じ感じなんですけど。
ものづくりと、今日ねタイトルコールで話させてもらう。
ものづくりとっていうところなんですけど、大阪のいわゆるものづくりのエリア東大阪よ。
三浦は八王が誇る。
もう八王が誇る。
八王が好きすぎて。
まあでも先ほどお聞きしたら住まれてたのは多分八王で言う足屋の部分なんで。
ええとこですね。
駅前あるよね。
嬉しいですね。
ええとこですね。
そういう風に言っていただけると。
もうちょっといいとこだったら山本とかね。
ああそうですね。
あっちの方に行くとね。
もうちょっとね。
僕らいつも八王が平坦でどこまでも行けるから、永遠に自転車でどこまで行くよねとか。
まあいろんないじりをするんですけど。
今日はね。
そうですね。
八王を褒めたたいながら。
いや本当にですよもう。
やっていきましょうか。
ご紹介をじゃあ。
友安氏の生い立ちとアメリカ留学
はい。
お願いします。
じゃあご紹介を経歴をご紹介します。
高校からアメリカ留学。
シティ・ユニバーシティ・オブ・シアトルにて経営学習士MBAを取得。
大学中から商社で働き、友人と起業。
2004年に帰国。
父親が営む免罪加工製造業の。
洗剤ですね。
ごめんなさい。
免罪って。
綿。ごめんなさい。
はい。
綿に、ごめんなさい。洗剤でした。すみません。
洗剤加工製造業の株式会社富山製作所へ入社し、インテリアの輸入販売をする新事業を立ち上げ。
オンラインでの商品販売を開始。
2016年に代表取締役社長に就任。
東京・大阪・博多にてインテリアとDIYとカフェの融合コンセプトにした店舗を運営。
まず、僕が思ってたのは、一方的に御社のことは知ってました。
一、ユーザーとしてっていう立ち位置で。
まず、何となく、家業を継がれての事業展開のイメージはあったんですけど、
アメリカ留学とか、その辺のイメージは全く勝手になかったんですけど、
こういう感じなんですね。
そうなんですよ。僕は、そもそも日本に戻ってくるつもりもなかったぐらい、
向こうでずっと暮らしていこうと思ってたんですけど。
高校に?
そうです。高校から。
なんでなんですか?
アメリカに単純に憧れてまして。
幼稚園小学校ぐらいからどうしても行きたいって言うと、義務教育があるまでダメだって言われて。
結果、高校の最初は一年間だけっていう予定だったんですけど、
なかなか一年じゃどうしても中途半端だったんで。
結果、そのままズルズルと高校。
結構、心理学みたいなのがすごく面白くて、向こうで。
全く素直な。
僕のね。
出てこないですよね。
めちゃくちゃみんなに言われるんですけど、顔に似合わずっていう言葉がすごく言われるぐらい、結構勉強が好きで。
へえ。
いやいやいや、全くそうはできない。
そうなんですよ。
で、高校で心理学やって面白いな、でも大学それじゃ食べれないなってなって、大学は産業心理学で出てたんですね。
産業心理学を学んでるうちに、なんかそのビジネスの部分が興味出てきて、その経営修士っていう方向に行ったっていう。
中学の時はバイクとバットを持って。
いやいやもう本当にね、そういう地域だった。
僕、東大阪生まれたんですよ。
八王ではなくて。
なんで、八王よりももうちょっと行儀が悪い東大阪で生まれたんで。
八王と東大阪だと、東大阪の方が上なんですか?
上というか、何を持って上にするかですけど。
悪さですか?
悪さで言うと多分そうですね。
僕らのエリアからすると、もう一緒です。東大阪っていう意味ですね。
中川地域みたいな。
だからもう僕の家の周りとかで車止めたりすると、前のひったくり多発地域でナビが教えてくれます。
中学は普通に。
行って、もともと中学受験をしたんですけど、全然勉強できなくて落ちて。
そのまま地元の中学行って。
もう本当に例にたがわず、ヤンキーばっかりだったんで。
あまり勉強もしなかったんですけど、その頃もうずっとアメリカには行きたかったんで。
なんでなんですか?
いやなんか見た映画ですね。映画に憧れて。
世代が一緒なんで。
アメリカかぶれ、僕ももう半分アメリカかぶれの人間なので、一緒です。
アメリカの憧れ、超絶強いんですけど。
実際行ってっていうのはまあまあいいですよね。
半分はアメリカの人間ってことですよね。
いやいやもういいすぎ。
気持ちは?
いやでもその思春期をやっぱり過ごしたんで。
なんでうちの会社はよく言われます。アメリカかぶれみたいな形ですね。
なんと言い返したらいいですけど。
大学を出て、大学出て戻ってこられるんですか?
そうですね。大学で大学院っていうプラス2年ですね。
家業の現状と新事業の立ち上げ
で、商社で1年ちょっとだけ働いて、たまたまその父親が倒れたタイミングがありまして。
でまあうちの母親に帰ってきてほしいっていうことも言われたんで、帰ってきたら。
家業の潜在加工製造業っていうのは具体的に。
元々はネジ屋なんですね。
木ビスとかビスとかのネジを作ってて、そっから特殊なネジ。
要は用刀釣り缶とかって言うんですけど、ハテナのようなネジあるじゃないですか。
ああいうのを結構メインに作って、その後父親の代ぐらいでカーテンフックっていう。
カーテンをカーテンレールにかける、あのフックの部分を作る会社になってて。
ちょうど和室文化から洋室文化にわーって変わってくるタイミングで、めちゃくちゃ儲かったらしいんですけど昔は。
でも今はもう全部ね、カーテンの裏見ていただくとプラチックがついてるんで、もうすごい勢いでもう需要がなくなっちゃって。
入ったタイミングはそのまあこのピークとかそれぐらいの感じですか?
いやいや、入ったタイミングが一番ダメなタイミングで。
落ちていってる。
僕は高校生、ちょうどアメリカに行った1年後ぐらいが多分ピークで。
で、1回だけバイトしたことあるんですけど、すごい30人ぐらいうちのスタッフもいたんですけど、僕が入るときにはもう5人になってたんで。
でも25歳の僕が入って平均年齢60歳とかっていうまあまあな限界待ちコーバーみたいな感じですね。
で、今やってることがむちゃくちゃ多岐に渡ってるじゃないですか。
そうですね。たぶん説明するのめちゃくちゃややこしいんですけど。
そうですよね。でいくと、なんで僕は勝手にめちゃくちゃそのものづくりのベースを受け継いだまま今の事業展開をいろいろされていってんのかなと思ってたんですけど。
全然違うんですよ。
一旦本ならその。
やめてます。
ですよね。で、この輸入とかそういう事業をまあ社内で立ち上げて、でまあコーバーが一旦閉じるみたいな感じになる。
そうですね。そのまあ簡単に言うと5人ぐらいで債務超過だったんですよ。
で、まあ半年以内になんとかこうやらないとまずいっていう中で。
自分に何ができるんやろうなと思ったら英語が喋れるとかまあそういうのをちょっと活かしてまあ海外から商品引っ張ってきて。
もうそれを取り込み営業でいろんな専門店さんとか百貨店さんとか当時東京ハンツさんとかね。
すごいあの今のちさやかぜさんみたいな感じでだーって言ってたんで。
まあ営業をかけて買っていただいたりして。で、ちょっとずつ扱う商品を増やしていって。
具体的に当時どんな商品を入れて。
一番初めはカーテンレールからいきましたね。
カーテンレールとか金物系行って窓回り行ってから壁紙とか床材とかもう天井から照明とか。
もう今はもう4万点近い商品があるんですけど、当時はもうちょっと一個ずつ一個ずつ増やしていくような感じですね。
ベースで、だってもともとものづくりの家業から復活させて継続させないといけないで、
仕入れ販売に変わり、そこから上昇していくみたいな感じですかね。
そうですね。なんでものづくりを今ももちろん結構ものづくり作る、いろんなもの作ってるんですけど、
本当この7,8年ですかね。
なんかこう名刺交換するたびに、友谷製作所の友谷ですってお渡しすると、何作ってるんですかって聞かれるじゃないですか。
でもその時にはまだギリギリ、うちの父親の続けてたカーテンフックが売り上げの0.2%ぐらい。
もう本当に。ぐらいあったんで。
でもそれ以外何も作ってなかったのがちょっと恥ずかしくなってきたり、ちょっとすごいしていたのもあって。
ただ名前はすごい気に入ってまして、友谷製作所っていう名前気に入ってるから、ずっと変えてこなかったんですけど。
なるほどね。全くそのイメージはなくて、多分僕らずっと金物の工場でそれを継がれて、現代風にアレンジし直して、今に至っている。
で、そこから関連事業とか、多分社長がいろいろアイデアマンなんだろうな、なんでいろんなことを展開されるんだろうみたいな感じで。
なるほど。
こっち側からは見えてたけどね。もちろん知ってる方は知ってらっしゃるんでしょうけど、そういう感じなんですね。
福井との繋がりと町づくり事業
そうなんですよ。なんで本当にものづくり事業が一番新しいという。
なんかあの、ちょっとこれ、なんていうんですか、この拠点を見てて気にはなったんですけど、福井はなんかあれがあるんですか。
いや僕ら。
ゆかりというか、なんか福井の住所が多い。
めちゃくちゃ多いんですよ。うちら物流倉庫も今3つ福井にあって、キャンプ場も福井でやってたりとかするんですけど、福井はもともとカーテンの産地なんですね。地場産業がカーテンとかなんですよ。
で僕ら、インターネット通販とかでもカーテンの売り上げが結構多くて、当初は全部一回大阪に送ってきてもらって出荷してたんですけど、大阪も結構土地が高いじゃないですか。
で僕らもなかなかこう在庫も置けなくなってきてる時に、もう福井が多いから福井から出しちゃえみたいな。
で向こうって結構仲良くなると、すごい安い家賃で倉庫貸してくれたりするんですよ。
でそういうのもあって、福井で出し始めたらちょこちょこ行くようになって、さらに仲良くなって結果何か倉庫を買ったりとかキャンプ場をやるようになったりとか、また今いろんな町づくりも一緒にご一緒したりとか。
はいはいはい。2023年町づくり事業開始。
そうですね。町づくり事業。
転換で言うと、2004年にまず入社ですよね。
東京の営業所を開設したのが10年後、2014年ですね。
そうですね、2014年ぐらいですかね。
で今の八王のところに移ってこられたの?
うちの八王の方はもううちの父親の代で移ってたんで、ずっとそこなんですよ、実は。
じゃあここにお店としてオープンしたのがリニューアルみたいな感じですか。
基本的に僕ら事務所等みたいなのを本社の横に建ててて、でもそこにちょっと人が入らなくなって、物流も全部もう福井に移していってたんで、
本社の本館の上の部分が開いたんで、そっちに事務所を移して、今まで事務所で使ってた部分をカフェとしてリオープンしたっていう。
福井でその拠点を構えて、この町づくりみたいな言語が年表のところにあるんですけど、これは福井でってことですか?
いや、町づくりは僕ら結構大阪、特に大阪でやってて、町づくりって言っても僕らがやってるのってどっちかっていうとコミュニティづくりとか、
あとはいろんな会社さんのコンサルのようなことをやってて、僕自身が飲食事業をやってたり、あと僕ら今伸びてる事業でカシカシっていうレンタルスペース事業、
多角的な事業展開とファクトリズム
インターネット上のプラットフォームをやってるんですけど、場所のスペースの時間貸しの、そういうこともやってるし、
ECもやってるし、ものづくりもやってるしっていうことで、結構いろんなところのコンサルができるみたいな形になってて、
で、今僕楽天で先生、ネーションズのやつで先生してたりとか、本当にいろんなことしてると、いろんな会社さんがこれやってほしいとか、
あとはその行政が企業塾とか経営塾みたいなのを運営してほしいみたいな形で、今本当に八王子とか大阪市とか、
神奈川市とかいろんなところの事業に採択していただいて、僕らが経営塾とか運営したり、あとはクリエイターとものづくり企業をマッチングする事業をしたりとか。
本当にオープンファクトリーっていう、工場をオープンにする、僕ちなみにこのファクトリズムっていう今名刺持っていただいている。
実行委員長してるんですけど、これだいたい一気にその4日間100社以上が一斉に工場をオープンにしてワークショップしたりとか、
オープンファクトリーするイベントでだいたい2万人以上動員するイベントをやってたりするんですけど。
なんかチラッと僕見ました。
あ、本当ですか。
SNSで。
そのものづくりの人たちのその領域を、なんかまあこう一つちゃんと持ってつける技術も素晴らしいしを。
こう見せて。僕ら自身がものづくりから一度離れて、売ることに特化したって言ったらちょっと言葉悪いですけど、
そっち側にずっと行って、でまた最近戻ってきたら、なんでこんなに日本のものづくりってこうすごい技術があるのに、
売り方を知らないだけで、結構もったいないことになってるなっていうのがすごいあったんで。
なんでまあちょっとここ話ですけど、僕らは売ることを一度特化した人間たちだから、で今作ることを必死にやってるので、
まあなんか一緒にその日本で作ることをもうちょっとかっこよく見せていこうよっていう動きをしてて。
これ東大阪とか八王とか。
東大阪、八王とかね、堺とか門間とか。
結構広域ですね。
今広域に広がってて三重とか名古屋とか東京とか石川県とかまで今広がってきてるんで、
まあこのプラットフォームをちょっと日本中に広めていきたいなと思ってて。
それがこのファクトリズムっていう取り組みですね。
なるほど。
ホームパーティー推進会と文化創造
このえっと、僕まあぐるっと回ってなんですけど、
このホームパーティー推進会。
全然回ってないじゃないですか。
これね、いや僕その友達さん。
この並びでこれだけうーんってなりましたね。
そうなんですよね。
いやなんかその僕がずっと心理学やってたのもあって、
仕組みとかを考えたりどういうふうにこうやれば何とか数字ができるだろうっていうことをすごく考えることが好きなんですね。
今ね、もちろん社会人生っぽいかもわからないですけど、
僕らのいる住む世界ってすごい勢いで今マーケットがちっちゃくなってきて。
そのマーケットがちっちゃくなってる理由って人口減少で、
この前も教えてもらったら、今5年間で400万人日本の人口って減ってるんですって。
400万人どのぐらいかっていうと静岡県1個分らしいんですよ。
というかたった5年で静岡に住んでる人全員が今日本からいなくなってるぐらい人口が減少してるときに、
僕ら売り上げ上げていきましょうとか、もっとインテリアにお金使いましょうって言ってもなかなか難しいじゃないですか。
だって分母がすごく減ってるから。
じゃあどうしようかなって考えたときに、強制的に需要を作るしかないなって思ったんですね。
強制的に需要を作るどうすればいいって考えたら、ホームパーティーだねってなって。
どういうことかっていうと、いつお家きれいにしますか?
なるほど。
いつきれいにします?お家。
求められてる回答を言うならば人招くとする。
人が来るっていうことを楽しく状態化してあげると、たぶん汚れた壁紙は買えるし、破れたカーテンも買えるだろうということで。
なんでこれを委員会形式にしてるかっていうと、今ちなみにこのふざけたホームパーティー推進会に140社以上入ってくれてて。
例えば、スノーピークも入ってるし、シャープ、造印魔法瓶、タイガー魔法瓶とか、ガスの岩谷さんとか、オフィスの岡村さんとか、そうそうたる会社さんが結構入ってくれてるんですけど。
なんでかっていうと、たぶんホームパーティーが文化になれば家電も潤うんですよ。
たぶん家電も絶対潤うし、ケータリングも潤うし、雑貨屋ももちろん潤うし、いろんな業界が潤う。
なんで僕らみたいなちっちゃい会社がホームパーティーを文化にしようと思っても、なかなか広がらないけど、そういうそうたる会社さんが今ホームパーティーを元気にしようっていうと、
ちょっとずつですけど、やっぱりそれが広がってきて、ホームパーティーが出て、さらにインテリアが動くみたいな。
実際何やってるんですか?
大体僕ら一応その、ハッシュタグの啓蒙と、ホームパーティーをこんなことやったら面白いよっていう記事を書いたりとか、1年2回総会をして。
その総会って何するんですか?どっかに集まって何かやるんですか?
この前、でもちょっと去年はできてないんですけど、一昨年やったのは、シャープの本社工場にみんな。
それこそゾウジシマホービンとかタヤコモホイも来て、みんなで家電の未来について語ったりとか。
一度企画したのは、みんなの炊飯器でおにぎり作りましょうって。どのおにぎりが一番おいしいかみたいな。
さすがにそれはダメだよとかって言われたんですけど。
でも何か作りたいのは何か一種のエコシステムというか、何か業界を超えて業界を盛り上げる。
何かこうしないと多分ホームパーティーがちゃんとした文化にならないなっていう風になって。
僕、昨日ホームパーティーに行ってきました。
海外展開と日本式建築の需要
いいっすね。
うちの役員の家なんですけど、彼はアメリカで高校卒業したか。ちょっと似てるんですけど、30前までアメリカで働いてて。
で、帰国してまあまあいろいろな絵やってるなんですけど、ひとまねくんめっちゃ好きなんですよね。
で、なんで、まあもちろん家もリノベーションしてますけど、それ前提の計画で、いわゆるアメリカンスタイル的な感じなんですよね。
えっと、ベランダとリビングが一体化されている。
ベランダにはバーベキューのでっかいのがあるみたいな、まあアメリカンスタイル。
まあいいんですけどね。
なんかこう日本ってビジネスの付き合いってゴルフとかでその人となりがわかるみたいなことがあるじゃないですか。
でもやっぱりアメリカってホームパーティーにちゃんと呼ぶと、本当にその人となりがわかるというか。
自分の家に入れるっていうことはまあ信用してるってことだよとか、
そのアメリカのうちとかだともうみんなその人が育ってきた写真とかが全部バーって置いてあるんで、その人の歴史もわかるし、まあ家族構成であったりとか。
なんで僕らも海外の商品よく買うんですけど、だいたいそういう社長の家にだいたい呼ばれて、
で、一緒に家族でご飯食べたりして、家族ぐるみの付き合いみたいなのをしていくと、結構その絆みたいなのがやっぱり強くなるんで。
結構応募としてはそういうことをやりますし。
そのちょっと全然話それちゃうんですけど、だから海外って結構キーワードですかね。
海外で、今その事業の中で海外系って何かあるんですか。
海外そうですね。
ものを入れて日本に流通させるのはあるかもですけど、それ以外の今後の展開とかって何かあったら教えてください。
僕らは逆にその日本のものづくりのものを今結構海外に販売したりしているので、いろんな会社さんのその総代理店、たとえば僕ら今台湾にも会社があるんですけど。
これ台湾なんですね。
はい。いろんな会社さんの総代理店みたいな形で向こうで商品を預からせてもらって発送したりとか、僕らが営業して百貨店に買ってもらったりとか。
それで言うとね、ちょうどさっき話になった日本人口が減っていくの下りで、うちは戦略として、それはもう僕らがどないしようも求めれないかなっていうスタンスを取ってて。
なんで外貨を稼ぐが正しいっていう、これ僕たちの会社のあれなんですけど。海外で僕らがじゃあ何できるって言ったらリノベーションができるんで、普通に海外でリノベーションをやろう今やってるんですよ。
ちょうどシンガポールで今やってるんですけど、一軒目がこの8月1日に着工するんですよね。向こうで法人作ってやっていくと、なんかもうそれだけじゃもったいないなと思ってて。
メイドインジャパンのものを全然アジアに届いてないんですよね。
そうなんですよね。
これなんかできないですかね。
やっぱりちょっと、僕らはそれを展示会とかに出展してて、僕らは海外に物を売って行ってるんですけど、でもアジアって結構逆に少ないですね。
やっぱりどうしても日本メイドインジャパンの商品を買ってくれるのはヨーロッパとか、アメリカとか今ちょっと関税の関係でストップしちゃったりもするんですけど、でも結構アメリカとかヨーロッパが結構メインですね。
ただやっぱり香港とか台湾は比較的日本の商品をすごく買いたいって言ってくれるんで、香港と台湾はありますけど。
一定層を、僕らも半信半疑含めてこの日本式の建築の考え方って売れるかなっていう。
マーケットからやってみたんですけど、もう初手からボンやったんですよ。
行ってみて、3年くらい前からいろいろした準備しながら協力会社作ったりとかやっていきながら、めちゃくちゃ需要あるんですよ。
でも日本のものが手に入らないんですよ。
入らないですね。
日本の需要はあるけど、なんかそれがちゃんとやりに来てる企業もいなくて。
結構ややこしいルールが多いのが海外なんで、例えば台湾とかだと、
例えば僕ら建材をいくつか台湾で売ってるんですけど、
そうなると、メイドインジャパンという国員を一個ずつ入れなきゃいけないとか、
そういう法律が結構あったりとか、科学宣言やったらこういうのをちゃんとテストをパスしないと無理っていうのが結構意外にあって、
それがちょっとハードルにはなってるのかもわかんないですね。
いや、ただなんかチャレンジする、ゼロイチ作るのが、
富山さん好きそうなんで、僕もそういうの大好きなんで、ぜひそこを突破する。
向こうはマーケットある程度、公務店の流通ネットワークもありとあらゆるものは大体いけたんで、
ちょっとそれなんか後でよろしくお願いします。
エンディングと次回予告
番組へのリクエスト、質問、感想など皆様からのメールもお待ちしております。
アーカイブはYouTube、スタンドFM、ポッドキャストではリスニーで配信してますので、
これまでのゲストの方のアーカイブも残ってるのでぜひぜひお聞きください。
やってる授業が名刺の裏側にはむちゃくちゃ書いてあるんですけど、
これほとんど話し聞けなかったんで、次回この続きを聞けたらですけど、
ホームパーティーしか聞けてない。
生きるを遊ぶとかね、キーワードが結構面白いですし、
このビジュアルを同じこの感じ見ていただきたいなと。
ぜひYouTubeで見てほしいですね。
次回はもうちょっとものづくりの方だったり、
あとは高校からアメリカに行ったっていうところなんで、
学生さんに向けたアドバイスなんかをいただけたらなというふうに思いますし、
ぜひ海外で一緒に授業を作りたいですし、
どっちが日本人に見られないか大会も含めてやっていきたいなというふうに思っています。
というところで本日は終わりたいと思います。
ありがとうございました。
28:40

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