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【前編】ルームクリップ株式会社 代表取締役CEO 高重 正彦さん
2026-07-02 28:40

【前編】ルームクリップ株式会社 代表取締役CEO 高重 正彦さん

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ゲストは、ルームクリップ株式会社 代表取締役CEO 高重 正彦さん


2007年東京大学工学部卒業、2009年同大学院工学系研究科修了。ソーシャルネットワークのコンピュータシミュレーションの研究を行う。
その後イマジニア株式会社でソーシャルゲーム、スマートフォンアプリの新規事業企画を担当。
2011年にTunnel株式会社(現・ルームクリップ株式会社)を創業、代表取締役社長に就任。
2021年3月にソーシャルコマース「RoomClipショッピング」をリリース。
 

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サマリー

本エピソードでは、ルームクリップ株式会社の代表取締役CEOである高重正彦氏をゲストに迎え、彼のユニークな経歴とルームクリップ創業の背景に迫ります。東京大学でソーシャルネットワークのシミュレーションを研究し、その後、ゲーム業界での経験を経て、東日本大震災を機に「家」という個人の記録や日常の価値に気づき、それを共有するプラットフォームとしてルームクリップを創業。革命家になりたいという14歳からの夢が、会社というツールを通じた社会改革へと繋がっていく過程が語られます。

オープニングとゲスト紹介
はい、えー、こんばんも。リノベの時間をやっていきたいなというふうに思っております。えーっと、今日はリノベーションの業界をメディア側からどのように見えているのかっていうのを聞いていきたいなというふうに思います。というところでタイトルコールいきたいと思います。
リノベの時間!
この番組は建築土木学生向け就活総合サービスコンケリの提供でお送りします。
はい、えー、こんばんは。大阪、宮崎でリノベーションをやってます。美想空間鯛島です。
こんばんは、アシスタントの三浦です。
よろしくお願いします。
お願いしまーす。
まあ、あのー、どっから今日は行こうかと思いながらですね、あのー、ねぶけまなこになっちゃってるんですけれども、あのー、宮崎、大阪、それからうち、こうね、拠点を増やしていくシステムなんで、どんどんこれ増えていきそうですし、海外もね、えー、やっておりますになってきたんで、実際海外がね、歯が動き出したんで、なんか、それは。
でもなんかあれっすね、ここにシンガポールとか入ったらちょっと鼻につく感じしますよね。
えーこしいね。
まあもうちょっとじゃあ、実績が積み上がった段階で。シンガポールからお届けしていますので。
あーそうですね。
はい、やっていきましょう。
そんなときもあるかもですね。
はい。
この番組は全国のリノベーションと街づくりで活躍する多彩なクリエイターや事業家をゲストにお招きし、トークセッションをお送りします。
はい。
はい。
じゃあ、
はい、
ご紹介を、はい、していきたいと思います。
お願いしまーす。
ルームクリップ株式会社、代表取締役、CEO、高茂雅彦さんです。
こんばんは。
こんばんは。よろしくお願いしまーす。
お願いしまーす。
高重氏の経歴とルーツ
あのー、さっき始まる前に、お会いしてるかもですよね。
ただ、まあ、始めましたの設定でいこうっていうことになりましたが、
あのー、いまだにキャラクター設定が使われずっていう。
そうですね。
あのー、どっちの、今から皆さんにご紹介をね、してもらうんですけれども、
じゃあ、先にいきましょうか。
そうですね。
経歴がね、なかなか。
そうですね。はい。
2007年、東京大学工学部卒業。
はい。
2009年、同大学院工学系研究科終了。
はい。
ソーシャルネットワークのコンピューターシミュレーションの研究を行う。
はい。
その後、イマジニア株式会社でソーシャルゲーム、スマートフォンアプリの新規事業企画を担当。
2011年にトンネル株式会社、現ルームクリップ株式会社を創業。
はい。
代表取締役社長に就任。
はい。
2021年3月にソーシャルコマース、ルームクリップショッピングをリリース。
そうなんですよ。
はい。
これだけ聞くと怪しい人ですね。
そうなんです。
怪しい人。
この番組、東大卒の方、たくさん来ていらっしゃってて、全く皆さんのキャラクターの揃いがないと。
そうですね。
その中でも、これ大学工学部ではあるが、いわゆる建築系っていうわけではないっていう認識で、スタートラインのところはあってますかね。
そうですね。
大学の時は、ソーシャルネットワーク、コンピューターシミュレーションの研究を行う。
何言ってるかわからないですよね。
簡単にキュッとすると。
そうですね。
もしかしたら皆さんも。
情報系ってことですか。
そうですね。大きく言うと情報系とかコンピューター系なんですけれども、たまに知り合いを5人とかたどれば、アメリカの大統領にもつながれるみたいなことって言うじゃないですか。
あれって、一応90年代ぐらいに人間関係というものが、こういう確率モデルで形成されると、そういうふうになるみたいなことが、それこそコンピューター発展して、そういうのをシミュレーションしたりできるようになったんで、わかるようになったんですよね。
で、その文脈で、要は人と人のつながりみたいなのを、ちょっとコンピューター的に扱うというか。
コミュニティって言ったら、どういうつながり方をしているとこの人たちはコミュニティの一員で、コミュニティの一員じゃないのかみたいなのを、わりとその数字とコンピューターで測るみたいなことをジャンルとして研究してましたね。
これって、2007年卒で、これって、今見たフェイスブックが、マーク・ザッカワーグが、あれって大学のときにはもうできてはいましたね。
でもそれこそ、日本で言うとまだミクシー前世紀というか。
ミクシー、そうですね。
ミクシーの方がフェイスブックより早いので。
マイミク。
僕、超ミクシー世代。
誰かとミクシーの話が盛り上がったよね。誰だったかな。
そうそう。当時はミクシーさんがあって、すごい流行ってるネットワークだったんですけども、他にもいろんな、ちっちゃいSNSみたいなのをいろんな会社がやったりしてたんで、
例えばそういうところのデータをお預かりして、要はここまで、この1年間ここ上でこの人とこの人が友達になっていきましたと。
来月、再来月はこれはどうなっていくか予測してみましょう、みたいなコンピューターで。
みたいなことを研究するっていう謎のことをやってましたね。
それって、結果的にそれを研究することになったのか、どういう流れの。
僕は理系だったんですね。ずっと理系ではあったんですけれども。
高校?普通の高校?
普通の高校ですね。
高校で。
東大に行ってるんで、地域では学力がいい高校に行って。
ちなみに、学生の時の何かやってたんですか?
僕は実は高校から美術部でしたね。
もともと普通に中学校まではサッカー部だったんですけど、
高校ぐらいから美術とかそういう方向に興味が移動しまして。
もっとわからんクラスですね。
今のところ謎の人ですよね。
何もわかんない。
サッカーやってて、突然美術をやりたし。
大学は東大行くっていうのがあったんですか?
正直途中まではそんなに思っていなくて、
ある段階から、こういうこと言うと嫌味な人だと聞こえると思うんですけど、
行けるかもなと思ったんで、じゃあ行ってみようかなっていう風に思うようになったっていう感じで。
何したいとかっていうのはなかったんですか?
それで言うとまた本当わけわかんない奴だと思われると思うんですけど、
僕は14歳の時から将来の夢がありまして。
革命家になろうっていうのが。
ちょっと14、5歳くらいですかね。
チェケバラ的な?
そこの文脈もすごくありますよね。
すっごいドゥデュメンですけど、僕はゲバラよりヒデル・カストロっていう。
カストロ派なんですけど。
そういう意味で、革命家になりたいみたいなのが中3くらいからちょっとぼんやり思っていて。
若干だから革命家になりたい中3サッカー少年、やべえ奴っていうとこだけは今のところ間違いないですよね。
今のところですよね。
ある種そういう、でも革命家ってどうやってなるかよくわかんないじゃないですか。
今もよくわかってないんですけど。
何に革命を起こすのかっていうところで、
社会的に革命を起こしたらチェケバラ的なジャンのダルクー的な話になります。
やり方間違えると今ハンザリになっちゃうんで。
なので多分。
今日ここに座っていただいてると。
会社っていうツールを使って社会改革を行う。
これも多分それを今まさにやってらっしゃるのがルームクリップなんじゃないのかな。
住宅業界の見えがかりのあれを切り方を変えていこうみたいな。
多分これって後にそうなっていったであって。
多分14歳の革命高茂少年はそんなことは思い描いていなかったですよね。
大学は東大に行けるかまた東大に行こう。
先行して勉強していくものに関してはどうやってそこに行き着いたんですか。
まさに美術部に入ったりとか。
学生の頃は自主制作映画とかも撮ってたんですけれども。
多彩ですね。
多彩かわかんないですけどちょっとひどいものなんですけど中身は。
自分が作ったものとか最初は表現物みたいなのがすごい興味の対象で。
大学入って東大って実は最初の2年間は先行決まってないんですよね。
そこから選んでいくという形で。
実は入った時点で言うと建築志望でした。
建築に後につながっていくようになるか。
当時の大学生としては興味が違う方に行った。
そうですね。
それは当時はいろいろ葛藤。
例えば建築もそうですし。
当時自主制作映画とかも僕としてはどうやったら革命家になれるんだろうっていう手段としてちょっとやってみたりしてたわけですけれども。
でもやっていくうちに結局まさにその社会というものを変えていくっていうのは結局人と人の関係とかあり方の話だなっていうのはすごい感じるようになって。
アプローチとしてまさに自分が作ったものを通じて。
それを体験してもらうとかそういうことよりももうちょっと俯瞰して。
それでちょっとコミュニティの構造を研究するとか面白いかなと思って。
自分で作ったものっていうのは建築みたいなハードで革命に対してアプローチするよりももう一個俯瞰で見ていった方がいいんじゃないのかという方向になり。
で、このソーシャルネットワークのコンピューターシミュレーションという方向性にいったってことですね。
やっとスタートラインになって紐が結びついてきました。
でも今ので全部結びついたですね。
なぜ建築なのかデザインとか表現の手段として理系である。東大であるっていうところと革命っていうところを除けば割と今のところ戻ってきました。ある流れに。
イマジニアでの経験と創業への道
で、そっから大学院の後、これは普通に就職されたってことですか。
今時にはちょっと僕知らないんですけど、ソーシャルゲームとスマートフォンアプリの新規開発、それはエンジニア的な立ち位置ですか。
いやいや、企画とかディレクターとかそういう感じだったんですけれども、これも先にお話ししちゃうと、これはねそんなすごい強い意思があっていったわけじゃないですね。
どちらかというと大学院に行ったりしていく中で、僕の中で結構ちょっと革命化になるはずなんだけどどうやっていいか相変わらずわからない気に結構入っていて、
で、この会社ほんとたまたまその自分の友人が働いてて、で誘われたんですよね。
で、だったらちょっともう、革命化といえど飯は食わないといけないんで、一回そこで働いてみようっていうので、結構ご縁でそこに入ったっていうような形ですね。
ちょっとめっちゃ話それって言うんですけど、たぶん今ふと思ったんですよね、革命化に、世の中を改革して革命させた人って何人かあるじゃないですか、でも彼らは革命化になろうと思ってなかったかもしれないですね。
結果的に革命を起こしちゃってて、それを見た革命化になりたいと思った人は、なり方わかんないですよね、今思ったんですけど。
今、違った方向で業界に革命を起こしつつあるなので、起こしている途中なのかもしれへんですね。
結局14歳とかで思った時は、当時の自分なりの違和感とか、そういうところがスタート地点だと思うんですけど、
14歳の思う違和感なんて、大体大したもんじゃないんで、それが自分なりにこういうことなのかなっていうのを悩みつつ、今もそれ自体、ここが変えるべきことなんじゃないかっていうのをいつも考えながらやってるっていうような感じではあるんで。
でもやっぱり、それはだから、ちょうど逆に最初のイマジネで働いてた時とかは、自分の中で結構そこがどうしたらいいんだ、まさに何が、僕としてはその時もまだ何か変えないといけないっていう気持ちは先行してるけれども、
そうですね。
でもなんかそれが結局何なのかとか、そこに自分がアプローチし得るのかみたいなことが正直すごい一番悩んでた時期ではありましたね。
今って、ちょっと話脱線しちゃうんですけど、今も社会に違和感とか変えたいなみたいな思ってることって結構たくさんあったりするんですか?
たくさんありますし、少なくともこのルームクリップという会社は、僕というかもはやたくさん仲間もいるんで、含めたそういうテーマに対して取り組むっていうところを一応会社としての、ある種一番中心には置いているというような感じですね。
そこをちょっと聞きに行きたいんで、ルームクリップまでまず行っちゃいましょうか。そこで企画を担当し、ここから何年くらいやってたんですかね?
2年もいないくらいですね。
ってことは、このイマージニアに行きつつ、その直後にトンネルを立ち上げたってことですか?
ちょっと厳密に言うと、実はさっき言ったように重い悩んでいる時期であったんで、一旦働きだして、その仕事とか、IT系で、しかもそれを研究というよりサービスっていう意味で考えるっていう意味で、すごい良い経験で今も生きてはいるんですけれども、
ただ、このままやってて、自分のモヤモヤが晴れる気はしなくて、実は先に辞めました、一旦。一旦辞めようっていうので辞めて、本当、会社を作るまでの1年分かね、半年強くらいですかね。本当ただの無職です。
震災とルームクリップの着想
トップをやっていって、で、このトンネルは最初何を?
で、まさに会社辞めた直後に、最初実はルームクリップの前身のプロジェクト、それは一緒にその後に会社を作る仲間と一緒に、やっぱ何かやろうっていうところで、最初やったのはこれもちょっとよくわかんないと思うんですけれども、
結論、東京のいろんな50箇所ぐらいを映像で撮影して、それをスマートフォンアプリの地図上で見れるっていう謎のアプリを作ったんですね。
それ作ろうじゃなくて作ったんですね。
作りました作りました。で、それが本当、その時のまずチーム名がトンネルだったんですね。トンネルってチーム名だったんですけれども。
それはどこで、何にアプローチするためにそれを、何かの課題があったんですよね、きっと。
そうですね。ちょうどそれが震災の年なんですよね、2011年で。それこそ僕、出身が福島県の八木市っていうところで、幸いなことに両親とか家とかは、ひどく被災したとかはなかったんですけれども、
なんというか、それこそ、僕どちらかというと、地元が大好きというか早く出たいっていうタイプだったんで、高校出てすぐ東京来て、そんなに地元がどことかも考えてなかったんですけれども、
実はその震災が起きた時、たまたまアメリカに仕事を辞めまして、無職になったから、ちょっと革命を探しつつ遊ぶかって言って、友達とアメリカに行ってたんですよね。
向こうで震災を知るんですか。
福島ってみたいな話ですよね。
最初はだから、あんまり本当、ちょっとタイムラグもあって、なんか震災あったらしいよみたいな感じで見て、まさにテレビつけたらちょうど、
原発。
で、いわきの四津倉っていう浜があるんですけど、そこにめっちゃ津波が来てるみたいなのがあって、個人的にはそんなに地元に愛着があるわけでもないし、あんまり何も感じないかなと思ってたら、結構ショックだったんですよね。
やっぱなんか、結構その、なんというか。
距離感で言うと近所なんですか。
近所ではないですけど、本当子供の時にキャンプとか行ってた場所ですね。
原発からは家は50キロぐらいでしたからね。
近所っすね。
そうですそうです。
なんで、それを見て、意外と日常みたいなものが、自分を形作ってる部分ってあるなっていうことを感じたりとか、また意外とそういうものってなくなるんだなみたいなことを感じて、
で、じゃあ、なんかそういうことにアプローチできるプロジェクトをやろうって、アメリカでもんやり思い出して、でまさにその時ちょうど原発の話とかもあって、結構あの時はやっぱり、例えば海外とかからすると、もう日本はもうみたいな感じの空気だったじゃないですか。
やべえねみたいな。
で、僕はそれこそ、結構学生時代に実製作映画を撮ってる時に、実製作映画ってこれもちょっとマニアックすぎるんですけど、基本、ロケ版がめっちゃ大事なんですよ。
要はイメージしたものを実現できる場所でかつ、誰かに邪魔されない場所とかを探さないといけないんで、僕すごい東京に詳しかったんですね。
で、東京の街、いろんな場所で、意外とある種、面白い景色とかその日常が凝縮されてるけれども、みたいな場所っていうのはなんとなく頭にあって、これが今後本当にどういうふうに日本になっていくかわかんないけども、その時の姿っていうのをちゃんと残していくことが、言ったら国内の人もそうだし、別に海外の人に対しても何か意味あるんじゃないかなと思って、
なるほど。ってことは、この社会課題に対してこういうことをするっていうよりも、もしかしたら何かにつながるかもしれない。もちろんマネタイズのゴールポイントなんて、キャッシュポイントかどうか関係なくとりあえず作って、このトンネルがスタートしたいか、以上最初。
本当その時点で言うと、僕全然だから、今もそうですけど、まず革命家なんで、その後選んだのは表現物で革命するなんで、ビジネスの美の字もない。あんま深く考えてそういう。
で、ちょっとルームクリップにたどり着けたいなんですけど、で、そのサービス作ったやつはどうなるんですか。
で、それスマートフォンのアプリとしてリリースしましたと。それが2011年の8月ぐらいで、並行してこれ1回作り切ったとして、次に同じチームで何かやるみたいな議論はもともと並行してしてたんですけれども、
で、ちょうど2011年の夏ぐらいに、あの結論僕両親はいわきの家引き払うんですね。で、まあさっき言ったように別に大丈夫だったんですけど、まあいろいろその例えば周りの下水道が動向したとかで、まあいろいろちょっとめんどくさくなったんで、実は東京に引き払って、実はもういわきの僕の家はないんですけれども、
っていうのは夏ぐらいにあって、で、まあ結構でも僕もバタバタして、そもそもなんかあんま用もなく行くなみたいなところもあったんで、なんか割とこうあっという間に別になんか振り返る間もなくあの家がなくなったんですよね。
で、それはちょっとすごい、その時に感じたこととしては、やっぱりあのよく考えたら自分の人生で一番長い時間を過ごした場所ってあの家だったなって。で、まあいきなりなくなっちゃって、で、なくなってしまうとまあ家の中ってそう自分なりにインテリア的なこともそうだし、ちょっとなんか例えばどっか旅行行ってお土産買ってきて並べたりとか、まあ自分なりにこう予告していくみたいな活動はしていたけど、
別に記録とかしないわけですよね。なんでもうなくなっちゃったし、これはそれこそじゃあ東京に来てあった知り合いとか今後会った人に、まあ僕はこういう空間で生きててこういう日常で生きてんだよみたいな話はもうできなくなっちゃったんだなぁ寂しいなぁみたいなのがあって、なんかそれが引っかかってて、そこからなんかちょっと逆から考えるようになったというか、そもそも自分が家を記録してないってもそうだけど、
人の家って本当全然見ないんだなっていうのを思うようになって、まあそれもファッションって日々の生活で見えるが、その人の他人の家の中ってわかんないし、自分自身も残すべき過去の記憶が全くないから、それとそれ両方叶えるためには、個人が自分の家をアップするSNSとか、
SNSの場所、コミュニティの場所を作ったらいいんじゃないのかがスタートライン。
そうですね、本当にそうですね。
かつ、建築の志もあったし、革命の要素、絵心、いろんなものが相まってルームクリップが始まったみたいな。
そうです。
ルームクリップのビジネスモデルと展望
なるほど、やっとここの場もルームクリップが始まりました。
なるほどね。
ってことは、その時も、そのSNSが、当時SNSって言ってたのかちょっとわかんないですけど、そのサービスが、なんかわからんけど、爆発的に大きくなったら、なんとかお金にはなるんじゃないのかぐらいの感じのスタートやったってことですか?
正直言うとそうですね、少なくとも、やる時に直感としてはこれは面白いんじゃないかと思いつつ、いろいろ調べれば当然するじゃないですか。
で、その時にインテリア雑誌とか見ると、当時から人のお家みたいなのって結構一大コンテンツだったりとか、まさにミクシーのコミュニティでお部屋公開コミュニティとか結構実はあったんですよね。
そう、いろんな場所にそういうのがあって、だからなんか少なくとも、なんか家の中っていうのを見せるっていうのは、なんか別に妄想ではないなと。
かつそういうのが集まると、見る人は集まるなと。で、当然これ見てる人たちが何をするかっていうと、自分なりに自分の住まいとか暮らしを変えていくっていう時に、他の人のやつを参考にするってことは確実にやってるわけだから。
だったら、そこに対してマーケティング的な部分なのか、物販的な部分なのか、わからないけど確実にそこには繋がるだろうっていうのは、そこまではイメージとしてあったんで、スタートしたって感じですね。
それが何かに寄与して、ここでお金にはなるだろう、ぐらいの辺りはつけて。
ただ聞いてて、今その、どっちかっていうと、人の家の中を見るときにプロが撮ったいい感じの写真で、いい感じであるものっていうのが、どっちかっていうとメジャーみたいな。
でもそうじゃなく、個人が、もちろんセミプロレベルで撮って、いろいろあると思うんですけど、それとも会社みたいな、そんなやつもあったりするじゃないですか。むしろそっちの方が手軽に多いみたいな。
なんで、なんて言うんですかね。ちょっと確かに今のストーリーを聞くと、思ってるところと違って、だからああなんだ、なんかなってきました今。
僕らはどっちかっていうと、ユーザー側からの目線でいくと、そこの部分っていうのは認識してなかった感じですね。
最初からその直感はあったんですけど、実際これその後サービス運営していっても間違いなくそうなんですけど、意外と人が実際に動けるのってプロのやつじゃないんですよね。
真似できる、みたいな。ハードルが高すぎると、テンションは上がるけど行動しないってなりがちなんですけれども、
例えば自分と似たような間取りで、すごい無理してるわけじゃないんだけど、で実現してる人の方が、結局本当にそのままやれるんですよね。
そうなんですよ。
なるほど、なるほど。僕らも、もちろん今日ゲストに来ていただくにあたり、もちろん知ってるサービスだし、もう10年以上ですよね。
なので、認識はもちろんしています。ただ、改めて見てみると、なんでこれってこういうたてつけなんやろうなっていうのは結構あったんですよ。
今今日話を聞いて、なるほどなるほどっていうのは、結構負に落ちていったので、今後、次ですね、来週には、やっとスタートラインに立ったので聞きたいことがたくさんあるので、それを来週ね、聞きたいと思います。
はい。番組へのリクエスト、質問、感想など皆様からのメールもお待ちしております。アーカイブはYouTubeスタンドFM、ポッドキャストではリッスンにて配信しております。これまでのゲストの方々のアーカイブも残しているので、ぜひぜひお聞きください。
ベースはだから、コミュニティとか、それこそみなさん聞きたいなあん中に、あんなもんが出来上がると中に出来てるコミュニティとかがあって、それどうやって運営管理してるんやろうなとか、色々聞きたいことがあって、
建築要素の切り口っていうよりも、コミュニティ運営のところがすごい我々は結構興味があって、なんでこうなんか、半分結構解けた感は、
そうですね、ありましたね、何個かの質問の中には。
あるんですけど、ただ、革新的なところは、次回聞けたらなと思いますので、来週も引き続き、
ぜひね、来週もお楽しみいただくということで。
よろしくお願いします。終わりたいなと思っております。
ありがとうございました。
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