お聴き頂きありがとうございます。
初めまして、「理系男の人生取締役会」です。今回はトマトさんが、センスに関する本を紹介してくれる回です。センスって何んでしょうか。センスいい人になりたーい。ぜひお楽しみに!
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サマリー
今回のエピソードでは、「センスとは何か」という哲学的な問いについて、理系男の人生取締役会が深掘りします。センスは、単なる速さや器用さではなく、言語化できないコツを掴む能力や、オリジナリティに根差した身体性に関係すると考察されます。千葉雅也氏の著書『センスの哲学』を参考に、「センスとは下手馬である」という概念が紹介され、不十分な再現性や無自覚な身体性がセンスの源泉となりうることが語られます。具体例として、ロバート・ラウシェンバーグの抽象画「サマー・レンタル・プラス・ワン」が取り上げられ、その絵に「リズム」や「餃子」といった独自の解釈が加えられます。この解釈は、個人の経験や感覚に根差したオリジナリティの重要性を示唆しています。また、AIが生成する文章と、人間らしい「クソ雑な会話」の対比から、AI時代における人間のセンスのあり方についても触れられています。最終的に、普段から自分の感覚に鋭敏になり、それを表現する場を持つことが、将来的なセンスの向上に繋がるという前向きなメッセージで締めくくられます。
センスとは何か?哲学的な問いかけ
理系男の人生取締役会
クラゲさん、30代ともなるとセンスが問われてくると思うんですよね。
センス、難しいですね。
かっこいい大人たる者は、センスにあふれていると思うんですよ。
センスのいい言動、センスのいい服。
センスとは何かというと、熱いディスカッションを交わしたいと思いまして。
そうですね。センスのいいディスカッションをしましょう。
センスって何なんですかね?
一歩目そこ?
センスって何なのかなと。
というのも、正直センスがどうこうとかあんまり考えてはなかったんですけど、
引っ越しでね、いろいろ整理しました。
本もだいぶ売り払いました。
はい。
その中でね、まだうちに新しい新居に連れてきた本の中を見ていましたらね、
センスの哲学という本がありました。
まさにセンスのための本じゃないですか。
はい。なんでそれを見てですね、センスについて話したいなと思ったっていうのが実態なんですが、
センスの定義:下手馬と身体性
センスって何だろうね。でも明らかにあるよね、センスって。
うーん、そうね。
例えばスポーツでもさ、単純に走るのが速いとはさ、センスあればちょっと違うじゃない?
そうだな、スポーツだと体の使い方が上手いみたいな、そんなイメージ?
勉強とかでもさ、単純にテストできるじゃなくて、ちょっと頭いいみたいな。
そういうときは使わない?
そうね、100マス計算速いやつというよりは、特殊な図形問題で解くのめちゃ上手いやつみたいな。
まあそうね、同じテストの中でもそれはある。
イメージは言語化できないコツみたいのを掴むのが上手いみたいなのもあるかなと。
でも一方で掴むのが速いをセンスって捉えていいのかなともちょっと。
ああ、速さですか。
例えばさ、スポーツとか勉強でもさ、結構飲み込み早いみたいなタイプはいる。
でも可能としてもさ、飲み込み早いタイプが最終的にさ、すごくなるかっていうのはまた別だと思う。
ああ、そうね、そのレベル30、40まではすぐ上がるけど、じゃあ80レベル、90レベルまで上がれるポテンシャルあるかないかはまた別問題というか。
そうね、そんなのもあるなと。
具体的な生活レベルではそんなことを思うなと思うんですが、
この本によるとセンスとはっていうのがざっくり書いてあるページがありまして。
そこによるとですね、センスとは下手馬であるって書いてあるの。
下手馬、何ですか?下手馬。
そもそも大前提、このセンスの哲学っていう千葉雅也さんっていう人が書いてる本で、大学の立命館大学の先生です。
何系の?哲学系の?
哲学を多分専門としてると思うんだけど、経歴は東大の文化科学専攻、表像文化論コース博士課程、学術の博士。
博士卒ですか。
この本を書いた当時は立命館大学の教授。
いわゆるほんと哲学者です。
あくまで一応一般読者向けに書いた本だから、そこまで難しい言葉は使ってないんだけど。
その上でね、その上でセンスとは下手馬であるって書いてあるの。
ここに出てる例として、その下手な絵っていうのがあって。
一つ目が不十分な再現性。
二つ目が無自覚に出てしまう身体性。
身体性。
体ね。
で、これはその下手な絵の要素なんだけど、それが悪いわけじゃないと。
ここがすごいこのセンスっていうのを考える上で大事だと。
で、この身体性っていうのが出てくるっていうのがそのセンスがあるっていうことなのではないかと。
身体性っていうのは特徴というか、そんなイメージでいいのかな。
そう、そいつのオリジナリティ。
で、この不十分な再現性っていうのはモデルの再現を目指さない。
何かを真似ようとするっていうことが違うんだよ。
要は写真みたいな絵を描くことは別にそれが上手いかといえば、
絵としては確かに上手いのかもしれんけどみたいな。
センスある絵かと言われるとね。
センスが良くなるためにまず提案したいのはって書いたのが、
不十分な再現性。モデルの再現を目指してできないという何かに近づこうとする運動から降りることです。
センスとは上手よりも下手馬である。
芸術でも下手馬、生活でも下手馬。
まずそのイメージから始めるって。
へー、なるほどね。
書いてあるんですね。だから何か真似するんじゃなくて、
真似するはもしかしたら一番最初は大事かもしれないけど、
自分で何かをするときは真似ってところを目指すんじゃなくて、
あくまで自分の身体に根付いたオリジナリティある運動をしていこうよっていう。
美術系ならなんとなくイメージつくのよ。
センスを構成する要素:リズムと具体例
そう、要はイメージさ、
例えばある漫画家はめっちゃその人の目を大きく描くよみたいな特徴があったとしたらさ、
目大きいのは今のトレンドというかさ、
漫画っぽい描き方になるからさ、
それがある種センスっぽさに繋がりそうな感じするけど、
日常ってなんすか日常って。
でその後に具体的にじゃあどうしたらいいのみたいなのがあって、
で何個あるかな6個7個ぐらいあって一旦読み上げると、
まず1個がリズムとして捉える。
リズム。
はい。
次がいないないバーの原理。
うーんわからん。
次が意味のリズム。
リズム、リズムかぶりしとるやん。
リズム。
次が並べること。
並べること。
次がセンスと偶然性。
なんかセンスの中にセンスが出てきましたね。
で次が時間と人間。
最後が反復とアンチセンスっていう風にあって。
おーなかなか。
一つはリズムっていうのがすごい大事にされてるのかなっていうのはあるんですよ。
色々あるけど。
はいはい。
はい。
で具体的な話をもう少ししたくて。
この本の表紙を見てほしいんだけど。
この絵。
見せてよ。
なになにこれ。
これ抽象画?
抽象画らしいんだけど。
誰の絵なの?どっかに書いてあった。
この絵はね、
ラウシェンバーグっていう人の
たまレンタルプラスワンっていう。
た、棚?
棚?
棚?これ棚の絵なの?
サマーレンタルプラスワン。
サマーレンタル。
サマーレンタルね。
サマーレンタル。
はい。
どう思いますか?この絵見た時に。
いやーあのね。
抽象画難しいなって思いましたよね。
どう説明しますか?これ見てない人。
そうですね。
あのサマー要素がわからんし、
レンタル要素もわからんし。
絵としての説明はできるだろうけど。
これが何ですとは言えないですね。
いわゆる抽象画で赤と黒とオレンジと白が
ぐちゃぐちゃに配置されているというような。
何を描いているのかは全然わかんないよねっていう。
そうですね。
この本ではこれをリズムがあるという風に表現しています。
リズムかー。
トマトさんはリズム感じます?
ちょっと自分の意見は一旦置いといて。
ここには複数のリズムがあり、
それらが攻めり合い、拡散し、
それだけの面白さで画面ができていると
見ればいいわけですという風に書いてあります。
はい。
抽象画の解釈:ブドウから餃子へ
ここで問題です。
この本ではこの絵をある食べ物に例えています。
あーなるほどね。
なんだってところですね。
ここから、要はこの絵で言うと
対角線状に線を引いて4分の1にしたら
左下側は白メインで
次に多い色は黒で
で、赤が青がちょんちょんちょんで
わかりました。
これはブドウです。
ブドウですか?その心は?
リズム取りやすそうな果物。
どういうこと?
どういうことですか?
丸がポンポンポンポンと並んで
要はスイカはドンじゃん。
丸のサイズ化で。
黒とか白とかの
領域がいろいろ並んでいるのが
粒々っぽいっていうね。
リズムを刻むという点においては
ブドウか
時点でバナナかなと思いますね。
バナナっていうのは一択不査状になってるからね。
その色が違うっていうのはどう捉える?
色が違うわ。
黒い果物なんてほぼないじゃん。
アボカドくらいしかないじゃん。
こんな色が入ってる。
でもね、白い果物と黒い果物と赤い果物が
入ってんのはない。
そうですね。
でも確かにそれが結構近いと思っていて
そういうのを自分で表現するっていうのも
一つの形なんだと思うんだけど
この本ではこの作者は
この辺は餃子というふうに読んでます。
それ果物なんでしょう?聞いて餃子ですか?
これ果物だった?食べ物だった?
食べ物か。
果物だと思ったのね。
ごめん。
食べ物は一応餃子という。
分かる?これ見て餃子だなって言われて
どう思う?
そうなんですねっていう感じですな。
この辺に餃子様子感じる?
仮に餃子としたら
白い部分が皮ですかねみたいな
って言いたいですが
じゃあ俺それだったらピザにするわっていう
感じもする。
この人的にはこの赤い辺りはラー油
でこのカーキは
一番下にある黒は比較的びっちりと塗りつぶされているのが
左の方はひょひょっと手描きらしい勢いがあります。
その上のカーキはもっと勢いのある粗いタッチになっていて
上のところのカーキの粗さと
すぐ右下の黒い正方形の密度感が大変になるわけです。
さてそのカーキの上に隙間を潰すように塗られた赤茶色は
ぎゅっと凝縮されているが勢いもあって
細かい話ですが
真ん中のカーキの勢いがばらけているのに対して
赤茶の方には凝縮感があってそれが対比を成している。
といった見方は相当細かいなと思われるかもしれませんが
物の並びと対比
つまりリズムがどういう具合になっているかを
こんな風に説明できるわけです。
でそれだけといえばそれだけであり
その面白さを鑑賞するのがこの作品の鑑賞だということになります。
そしてまるで餃子のようだという冗談に戻ると
餃子を食べる時に口の中でいろんな刺激が展開して
美味しいという時にはそれにまつわる思い出とかも
言えるわけだけどもその味わいの運動自体は
特に意味がない。
強度的リズム的体験なわけです。
ラウシェンバーグのこの作品を見るときは
餃子を食べて美味しいというのとほとんど同じ体験なのです。
つまりこういうアバンニャルトな現代美術作品は
食べて美味しいみたいな料理的鑑賞ができるということです。
はい素晴らしいですね。
AI時代におけるセンスのあり方
これトマトさんはついていけてます?
まあそう結局個人的な経験にどれだけ
肝付けられるかなのかなと。
なんか見た時に人に言われた感想を
そのまま信じてそうだよねとか言うんじゃなくて
これ餃子じゃんみたいな。
自分の経験上これってこれに似てるなみたいな。
そう思ってこれだけ文章を書いちゃう。
こういう力なのかなと思って。
これ多分なんだろう。
なんかさ意見がある人とない人いるじゃん。
まあそうねその抽象画とかそれこそ見せられよう思うなら
意見持てる人と持てない人いるわな。
そこに対して抽象画みたいなものに
これって餃子じゃんみたいなかなり
そこからこれってなんでそう思うんだろうみたいな
意見を語れるわけじゃない。
それって多分普段からその餃子食った時って
こんな感じだよなみたいな。
自分の感覚をこう鋭敏にしてないと
多分それ語れないよなと。
だからそう普段から自分の体の感覚に
鋭敏に生きた方がいいんじゃねっていう。
何笑ってるんすか。
僕は思いますよ。
センスのいい大人になるには
いやもうその通りだなと。
なるほどなるほど。
ちょっとさ思うのがさ
例えば最近AIとかでさ
それっぽいのどうとでもできちゃうじゃん。
いやそれこそAIはその
AIが考えてることは基本的にないからさ
こう思いましたって言うけど
途中で変わる時あるしね。
あーそうね。
それっぽいことは言えちゃうし
特にまだ音声はさある程度
あからさまにこの人間じゃないと
人間の会話できないと思う。
このクソ雑な会話をAIにやらせたら逆にできないじゃん。
まあそうね。
これこそ下手馬なんじゃないかと思うし。
一方でさこの会話をさ
ノートに貼っ付けてるじゃん。
ノートにした文章にした瞬間に
急にこうちょっとチープに感じてしまうところがある。
あーはーはーはー。
結構ノートって今さAIで作ったみたいな文章が
大量にあるじゃない。
大量にあるな。
それと同じカテゴリーに
すごい文字にした瞬間に
還元されてしまう気がして。
そうだな。
ノートみたいなそういうリンゴにしちゃうともう
AIの方が得意な領域な感じしちゃうな。
その人間ぽさもあまり出せない。
その中でこのホットキャストってのは
一つこう明らかにこいつら人間だなって
多分思ってくれると思う。
そうだね。
我々が急に次回から
みなさんこんにちはみたいなこう
ロボットっぽくならなければ
そんな低クオリティのAIないから。
そうですね。だからこう
ちゃんとそれっぽいことじゃなくて
クオリティは低くても
自分の体で感じたことを
ちゃんと普段から意識的に感じ
なんか話す場を持ってるのは
今はわからんけど
将来のあの
僕らのセンス向上に
繋がってくるんじゃないかなという風に
前向きに捉えてるってことにして
この話は終わらせましょう。
まとめと今後の展望
はい。
10年後見直した時が楽しみですね。
そうですね。
バキバキのセンスになってると思うんで
その頃には。
尺は足りてますか?
足りてます。
今週はこのぐらいにしときましょう。
というとこで
今回は以上で。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
16:29
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