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はい、今日のテーマは、猫の目で世界を見る、ということについてお話ししていきます。
今日見た夢なんですけど、まあ夢で見た内容何言ってんねんっていう話かもしれないんですけど、
えー、なんか夢を見たんですけど、なんかその後に、あの、なんか寝ぼけてて、
あの、猫の目が大切だよっていうのを聞いたような感じがしたんですよ。
で、猫の目って何やねんっていう話だと思うんですけど、
その、なんかその猫の目で世界を見るっていうことなのかなって思ったんですよね。
その人間としての目として見るんじゃなくてというか、
その猫の目って暗闇も見ることができるっていうのは結構有名な話だと思うんですけど、
で、やっぱ今の世界で、そのしっかり暗闇という部分を見ることが大切というか、
その、なおかつその中で、その見えるものだけを信じるなよっていうことなのかなと思ったんですよね。
その暗闇の中でしか見えないものを見るっていうような気がしたというか、
その、猫の目を見るっていう、ちょっと意味わかんないですけど、
なんかその、なんか猫の目線っていうのが僕たちは今とても大切なんじゃないかなというか、
っていうのを感じたんですよね。
で、猫の視力って、その人でいうと0.1から0.2程度の視力しかないというか、
ま、禁止なんですよね。ほとんど。
あの、なんていうか、ただ、その、動体視力が人間の約4倍ってすごい非常に優れてて、
暗闇では人間の6倍の明るさでものを見ることができるっていう、
その夜光性の目をしてるんですよね。
だからってそのみんながみんなその夜光性になりましょうっていう話をしたいのではなくて、
その、やっぱこの目まぐるしく動く世界っていうのを、
それだけのやっぱ動体視力で見なきゃいけないっていうのはもちろんそうだと思うんですけど、
やっぱりその僕たちは暗闇の中にその嫌な部分とか汚い部分とかっていうのを追いやってしまったりとか、
どうしても嫌だよねっていう風に片付けてしまうようなことっていうのを、
僕たちは改めてここで見なきゃいけないような気がしたんですよね。
その、目の前のことだけ見るんじゃなくてっていうか、
ちゃんと暗い部分を僕たちは見なきゃいけないっていうような、
ただなんかこういう機能的な面だけじゃないような気もするんですよね。
その猫の目で見なきゃいけないっていうのは。
その猫の目っていうのは、比喩的な表現というか、
もう単なるその象徴でしかないのかなっていう気もするんですけど、
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なんかその猫の見方とか、猫の目で僕たちは世界を見るっていうのはどういうことかっていうのも、
僕は考えていかないといけない、考えていかないといけないというよりかは、
なんかそういう風に違うものの目線というか、
視点に立って物事を見ていかないといけない世の中になってきたのかなというか、
あまりにも複雑化しすぎてしまっているんじゃないかなっていうような気がしたんですよ。
だからこそなんかちょっと違う目線で見なきゃいけないような気がしたような気がしたというか、
なんかもう限界が近いのかなって思ったんですよね。
今までの人間が人間として生きてきてこの世界じゃなくなっているような気がしたというか、
例えばもう今AIが今一緒に生活の一部になっている部分もあると思うんですよね。
そういうのって今までの人間では考えられないような気がするんですよ。
ある意味もAIっていう二次的な脳っていう、
左側の脳を任せますっていう風になったんだとしたら、
僕たちはその外付けの脳みそと今僕たちがついている脳みそっていうのを、
折り合いをつけながらどう生きていくかというか、
その脳を使って生きていかないといけない世の中だけど、
僕たちは実際にどういう風に身体っていう脳以外の部分を連動させながら生きていかなきゃいけないのかっていうのも、
合わせて考えなきゃいけないなっていうか、
考えなければ感じなきゃいけないような気もするんですよね、そこは。
だからどうなんでしょうね。
そういうちょっと違う目線で見なきゃいけないっていうのももちろんそうですし、
じゃあ今、社会というか世界がすごい速さで変わっていってる。
僕たちが追いつけないような部分でみんなが生きないといけないってなると、
それは適応できなくなってしまう部分もあったり、
現実を生きるためにも、
現実感あふれる傷を負わなきゃいけないというか、
そういうちょっと苦しい部分が目立ってしまうような世の中、
その苦しい部分を隠してきた暗闇の中に置いてきたはずなのに、
僕たちは猫の目で暗闇を見ないといけない、
今この状況になってしまっているような気がしたっていう。
今日この頃でした。
今日はここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。