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はい、今日のテーマは、吉行ゆきのさんを知って考えた、変態という感覚、
惹かれてしまう怖さと、人が人である証のような感覚についてのお話です。
僕は普段あまり誰かに強く惹かれることがない人間です。
でもある日、YouTubeを眺めていた時、ふと現れたその人の瞳に、目を奪われてしまいました。
黒くて大きな瞳、誰かを見ているようで人の奥の奥、深淵を見ているような目、
夜の森に入ってはいけないと分かっているのに体が引き寄せられてしまうような不思議な引力、
その人は吉行ゆきのさん、文学と変態という感覚を研究している方だと知りました。
文学は文字を読み、自分の体験や価値観と重なって世界を創造するもの、
そこに体で感じる変態という感覚が加わった時、隠れていたものがふっと顔を出す気がしたんです。
変態と聞くと少し怖かったり、避けられがちな言葉かもしれない。
でもそれは、現代で見ないふりをしてきた感覚そのものなのかもしれません。
はい。ちょっと補足していければと思うんですけど、
みんなが言うというか、世間一般で言う変態っていうものってなんていうか、
どうしてもエロさだったり、少し気持ちが悪いような感覚というか、
そういったものが想起されるかなって思うんですけど、
僕が思う変態っていうことって、エロさだったり気持ち悪さだけじゃなくて、
どこか体や魂の底から感じる、とても原始的な感覚というか、
それってAIだったりが理解できない部分なのかなとちょっと思っていて、
効率だったり、正しさとかっていうのの中では切り捨てられてしまった部分っていうものなのかなと思っていて、
でも実はそこに、というかそこにこそ人が人である証っていうものが眠っているような気がしました。
そのなんて言うんですかね、その感覚というか、
そこのその余白とか、ちょっと人間味が出る部分だと思うんですよね、その変態性っていうのって。
その人の味っていうか、その人の音というか、
なんかその人独自の部分、その人独自の深淵っていうものが出た時っていうのが、変態性を僕は帯びるのかなっていうのをちょっと思ってしまって、
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なんか、それこそその吉幸幸野さんっていう存在は、
その人間が人間であるというか、その人がその人であるゆえんっていうのを、
その深い場所っていうのをまっすぐ見つめているように僕は感じました。
なんかただ、その見つめていることに関しての瞳というか、
存在っていうのがその美しくて、少し冷たくて、
そのどこがこの世のものではないような感覚がちょっとしたんですよね。
それちょっと考えてて、少し雪女のようにちょっと感じるなって思ったんですよ。
その近すぎると飲み込まれてしまいそうで、でも目が離せずにはいられないというか、
その怖さも伴うというか、だからこそ何か来年この方がどんな言葉だったり、その感覚だったり、
どういうことを世界や社会に出していくのかっていうのが、少し怖くもありつつ、ただ楽しみだなって思った今日この頃でした。
はい、なのでちょっと来年ね、この方の動向に目が離せないなっていうふうに思いました。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
怖いと感じるものの中に本当の感覚が眠っていることがあります。
惹かれてしまう理由をすぐに言葉にしなくても大丈夫。
今日もあなたの感覚をそっと信じてあげてください。
はい、じゃあ今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。