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社会の中で息をするということ。
今日のテーマは、社会の中で自分の呼吸を取り戻すということについてお話しします。
朝、駅のホームに立つ。スーツの人々が一列になって歩いていく。
同じ方向、同じ速度、同じ皮付き。
不気味な列の塊に乗って、人々がどこか違う世界に出荷されていくように感じながら、私は毎日を過ごしていた。
その中で、私はいつも少しだけ違うリズムで息をしていた。
ちゃんとしなきゃ、遅れちゃいけない。間違えたら迷惑をかける。
そんな言葉が胸の奥で繰り返され、気づけば呼吸が浅くなる。
社会の中で生きるというのは、誰かに合わせた呼吸することなのかもしれない。
でも、その息はだんだん自分のものではなくなっていく。
正社員を辞め、バイト生活になって初めて感じた。
私はいつ自分の呼吸をしているんだろう。
会社に勤めていたときは、ずっと他人の目に合わせた呼吸をしていた。
家に帰ると疲れ切って深呼吸する気力もなかった。
バイト生活になって、社会の仕組みから、世間の評価から一旦外れて、
一人で散歩していると、ようやく自分のリズムに戻れる瞬間がある。
風の音、空の広さ、歩く足音、
それらが私を包み込み、ああ、生きてるんだなと思わせてくれる。
社会は息を合わせる場所。
でも、生きることは自分の呼吸を確認すること。
本当の意味で優しさを持つためには、まず自分の呼吸を大切にしなければならない。
自分をすり減らして誰かを助けるのは優しさではなく、犠牲になってしまうから。
優しい自分でいたいなら、自分の呼吸を優しく感じることから始めよう。
私は今、ゆっくり息をしている。
誰かのペースではなく、自分のペースで。
焦らず、競わず、見失わず。
呼吸が深くなれば、世界の色も少しだけ柔らかく見える。
人の言葉も、心の奥の静けさも、以前よりよく聞こえるようになった。
それはきっと、社会の中で生きるというより、社会の中で自分として生きることに近い。
私も今日も、ゆっくり息をしている。
誰かに見せるためではなく、私のために。
私たちは社会で生きていると、知らないうちに息を合わせることが当たり前になっていくような感じがしていて、
歩く速度、働くスペース、反応のスピード、
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気づいたら自分のリズムをどこかに置き忘れてしまっているなという風に感じました。
でも、人って本来それぞれ違う呼吸をしていて、それぞれ違う速度で生きていると思うんです。
深く吸う人だったり、短く吸って吐く人だったり、ゆっくり波のように呼吸する人だったり、
どれが正しいということはないんですけど、どうしても社会は一つのペースを求めてきます。
だからこそ一度立ち止まって自分の呼吸を感じてみてほしいなという風に感じました。
最近息が浅くなってないかなだったり、胸がギュッと固くなってないかなとか、ため息が増えてないかなとか、
心のSOSは言葉よりも先にね、体だったり呼吸だったりに出るかなと思います。
深く息ができないと優しくする余白もなくなっちゃうなとか、
他人に優しくするためにまずは自分を優しくする。
これは甘えでも逃げでもなく、人としての呼吸の仕方のような感じがします。
そして気づいてほしいのは自分の呼吸を取り戻した瞬間から世界の見え方が本当に変わる。
空が広く見えたり、風の音が心地よく感じたり、人の表情がよく見えたり、
それは突然訪れる開放みたいな感じで、
あなた自身の生きるリズムが戻ってくるのかなというふうにも思います。
社会の中で息苦しさを感じたら逃げても負けてもいいのかなと思うのも、
それがリズムがずれているよっていう体からの合図なのかなと思ったり、
だからこそあなたが悪いわけじゃない。ただ呼吸を取り戻せばいい。
今日も少しでも苦しかったり、息しにくいなと思ったら一つ呼吸をしてみてください。
その息は誰のものではなく、あなたのものだから。