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#83幸せは大きな声をしてない?幸せになるではなく、ただある
2026-02-23 07:42

#83幸せは大きな声をしてない?幸せになるではなく、ただある

今回のテーマは

「幸せになる、ではなく。幸せがあるだけでいい」。
わたしたちはつい、

“幸せになりたい”と

未来にそれを置いてしまいます。
もっと何かを手に入れたら。

もっと整ったら。

そのとき、幸せになれると。
けれど幸せは、

どこかへ行って

なるものではなく、
温かさや静けさのように、

ただ“ある”状態なのかもしれません。
太陽が

そこにいるだけで

世界を照らすように。
朝陽や星や月が、

ただ空にあるだけで

心を動かすように。
人もまた、

本当はそこに在るだけで

もう十分なのかもしれない。
足すことよりも、

感じること。
探すことよりも、

気づくこと。
そんなやさしい視点を

静かに思い出していく回です。


画像拝借元

⁠Unsplash⁠の⁠Igor Karimov⁠が撮影した写真

https://unsplash.com/ja/%E5%86%99%E7%9C%9F/%E3%83%81%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%81%AE%E7%B4%AB%E8%89%B2%E3%81%AE%E8%8A%B1-m2QpQoQaLLs
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感想

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00:05
はい、今日のテーマは幸せになるではなく幸せがあるだけでいい。幸せになりたいと願う前に、もしかしたらもうそこにあるのかもしれない。そんなお話を今日はしていこうと思います。
幸せになるではなく幸せがあるだけでいい。よく幸せになりたいと聞きます。私もそう思うことがあります。
一応ね、人間なので。でも、幸せってなるものなんでしょうか?
なるというと、どこかに向かってたどり着く感じがします。そして、なったら終わりみたいな響きもある。
でも、幸せってきっと状態なんですよね。温かいとか冷たいとか明るいとか静かとか。そんな風に、ただそこにあるもの。
だから、幸せになるというより、幸せはある。あるだけでいい。
太陽はそこにいるだけでみんなを照らします。太陽は照らそうと頑張っているわけじゃない。ただある。それだけで十分。朝日がきれいとか、星が光ってるとか、月が静かに浮かんでいるとか、それはなったのではなく、ただある。
もしかしたら、人も本当はそこにあるだけで幸せなのかもしれない。幸せはどこか遠くに手に入れに行くものじゃなくて、もうある。あとはもう感じるだけ。ただそれだけなのかもしれません。
少し補足していきます。
幸せになりたいっていう言葉の中には、どこか幸せに向かって走っていくような感覚が僕はあるんですよね。
今幸せじゃないから幸せに向かって走っていくんだっていうこの渇望感だったり、それが自分じゃないかのようにっていうか、自分を取りに行くんだっていうような、
その何か、満たされない、今は足りないっていうことが、その幸せになりたいっていう言葉の裏には隠れているのかなっていうのをちょっと思ったりしたんですよね。
例えばもっと成功したらとか、もっと認められたらとか、もっと整ったら、その時幸せになれるんじゃないかっていうのを、その幸せになりたいっていう言葉はどこか幸せっていうものを未来に置いてしまっているような気がするんですよね。
03:02
ただ、それだとなんていうか、じゃあ今のあなたは自分を生きて幸せとは言えないのかっていうことを聞かれちゃうと思うんですよね。その幸せになりたいっていうことがあるんだとしたら。
ただ、本当は幸せとかってもうそこにあるんですよね。あるっていうかもう、多分感じる力が弱まってしまっただけっていうか、その何ていうのかな、周りとか今まで自分が生きてきた中で、
なんか掴むっていうこと?何かに向かって歩いていくっていうことを、どこか重要視というか、それが幸せになるとか人が人として生きやすくなるんだみたいな幻想を植え付けられてしまっているような気がして。
ただそうじゃなくて本当はただ感じるだけでいいのかなと思ったんですよね。何ていうか、なんかそういう幸せってなんかもっと静かなものなのかなと思ったんですよね。
その派手じゃないっていうか、なんかその幸せっていうのが声が小さいというか、気づきにくいものなのかなって思ったんですね。なんか幸せって大きな声をしてないような気がして、その僕は幸せだよーって、僕が幸せでーすってなんか幸せから言ってこない気がするんですよね。
なんか幸せっていうものもただそこにあるだけっていうか、あなたがその幸せに気づけますかって幸せからなんかそっと囁かれているような気がするというか、その例えば朝、僕だったらいつも急須で緑茶を入れてるんですけど、なんかその緑茶の茶葉にお湯を入れるときの音とか、
例えば匂いとか、あの緑茶を飲むときの温かさとかっていうものだったり、なんか何でもいいんですけど、なんかこの前散歩してて神社横を通ったときにいつもありがとうございますって心の中でお辞儀したんですけど、なんかそのときに木が、木っていうか草花が揺れたんですよね。
なんかそれに僕のことに対して答えてくれてるような気がしたんですよ。あのなんか、いや自意識過剰かもしれないですけど、なんかそういうなんていうのかな、なんでもないっていうか、なんかその人の例えば何気ない優しさに触れたときとか、その本当になんでもなんでなんてことないんですよね多分。
それってもうあるっていう幸せなのかなって思ったんですよね。その大きいことじゃないっていうか大きな出来事じゃない。例えばその宝くじに当たったとかっていうことじゃなくて、なんか本当にもうそこにあって光ってるような気がするんですよね。
06:03
そのなんか、太陽みたく堂々としなくても僕はいいと思いますし、堂々としないだろうけど、なんかそういうなんていうのかな、小さな明かりみたいな、そういう幸せが本当は僕たちが気づかないとか聞こえないっていうだけで、本当に毎日本当にそこら中にあるような気がしたんですよね。
だからなんか幸せになるために頑張りすぎるっていうよりかは、もうなんていうのかな、聞くとか感じるとかっていうことになるのかなと思ったんですよね。
何かを足すとか、付け加えていくっていうことではなくてっていうか、なんかすごい日本的な考え方になるかもしれないんですけど、余白とかワビサビとか、そういうないものの中にどう詰め込めるかみたいな、ないけど詰め込んでいくみたいな、そういうなんていうのかな。
そういう、あの、なんかそうなんですよね。ただあるだけでいいっていう、そっと感じるだけでいいっていうか、そっと胸に手を置くだけでもいいっていう、なんかそれだけで十分なのかなっていうのを思った。
はい、今日この頃でした。最後に一言言って終わろうと思います。
幸せは探しに行かなくてもいい。もうここにある。あとは優しく感じるだけです。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。それじゃあまたね。
07:42

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