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はい、今日のテーマは、言葉の前の感覚でつながるということについてお話ししていきます。
最近感じたことなんですけど、大人になればなるほど、言葉でつながろうとするなって思ったんですよ。
例えば、社会的なかたがきだったりとか、〇〇さんちの〇〇さんだったりっていうような言葉っていう意味合いでの人とのつながりっていう部分が、
大人になればなるほど強くなってしまうなっていうのを僕は思ってて、ただ僕たちが本当に求めているものっていうのは、
つながる感覚っていうか、言葉でつながるというよりは、言葉になる前の感覚っていうのが、
共有できたときなのかなっていうのを思ったんですよ。
お話をしていてもそうですけど、言葉にするより前の感覚をどこか、
それを言葉で感じたりですとか、何か空気感で感じたりとか、何かその人がわかってくれたっていうような、
何かそういう場所だったり、そういう共有をすることによって、何かその言葉以外でのというか、
言葉にする前の感覚、そういったその存在としての僕とつながった感じがするのかなっていうのを思ったんですよ。
その言葉っていうよりかは。
だからこそ僕たちは会話をして、その言葉でお話をして、言葉で相手を理解したり、
言葉によって相手のことを何かタグをつけているような感じがあると思うんですけど、
でも本当の意味でわかっているというか理解しているその人とお話をしているっていうことっていうのは、
ある意味その言葉以外でのお話をするっていうことの方が、
僕たちは本当の意味でつながっているっていう感覚を得られたりというか、
そういう感覚を感じることができるんじゃないかなっていうのを思ってて、
だから僕たちは言葉でつながろうとはするんですけど、本当は言葉でつながっているんじゃなくて、
どこまで行ってもそういった言葉になる前の感覚としてつながっているんじゃないかというか、
つながりを求めているんじゃないかっていうようなことを思ったんですよね。
で、この感覚、その言葉になる前の感覚っていうのを共有できたときにやっぱりつながった。
本当の意味で、私もそうですし、例えば相手の方とお話をしていたときに、
この世界にいていいんだって思うような気がするんですよね。
だからこそ僕たちは言葉でその架け橋としてつながるように、
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努力をすることだったり勤めることっていうのはできるけど、
その橋だけを見ていてもつながらないっていうか、
その橋の奥のその人っていう部分をどれだけ感じれるか、
その言葉になる前の橋になる前のあなたをどういうふうにというか、
どうしたらその人を感じることができるかっていうことを今求めているんじゃないかなというか、
だし、今なくなってしまった部分なんじゃないかなっていうのを思ったんですよね。
共同体としての感覚がなくなってきているっていう部分で、やっぱり一人だなっていうか、
なんかこの世界に僕っているんだろうかっていう感覚がどうしても出てしまうなっていうのを感じたんですよ。
でも例えば人と話をする、でもそれは言葉だけの話じゃない、
その存在としてお話をするっていうこと、
なんかそういう存在、言葉になる前の存在として共有された、
分かってもらえたんだっていうようなことっていうのを何かできたりとか、
感じてもらえるっていう存在を確認してもらえたんだっていうようなことっていうのを何かするというか、
何かお手伝いだったり、こういうところでお本性を発信していくことでもあるし、
僕がノートとか何か違う媒体でそういったことを発信していくっていうこともそうなんですけど、
なんかそういう部分で一人じゃないし、
こういう感覚、言葉になる前の感覚っていうのを分かるというか、
なんか存在してていいんだっていうような、
になってもらえたら、なってもらえたらというか感じてもらえたら一番嬉しいなっていうふうに思ったという今日この頃でした。
ここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。