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はい、今日のテーマは、「23〜26頃の苦しさ。第二の自己クライシス。社会に少し慣れてきた頃、ふと感じる自分と世界のズレ、その違和感についてゆっくりお話しします。」
社会に出て、少し慣れてきた頃のことをふと思い出していたんですけど、仕事も生活も一応は回っているはずなのに、あれ?何かおかしいなって立ち止まる瞬間が、僕はあったんですね。
その社会と関わっている自分に何か違和感を覚えるというか、自分が自分じゃないような、でもどう違うのかもよくわからないような、ただこのままじゃ今までの自分じゃいけない、生きていけない気がする。
一度これまでの自分を壊さないといけないような気がするというか、でもどうしたらいいのかはわからない。学生の頃とは違う説明のつかない苦しさ。それは多分、世界と自分との関係が変わり始めたサインだったんだと思いました。
少し補足していきます。思春期にも僕は第一の自分のクライシスというか、自分の危機というものがあるのかなと思ったんですけど、守られていた世界から一歩出て、思春期の時はどうしても人との関係の中で自分を作っていく時期だと僕は思うんですよね。
どの摩擦の中でというか、リア音にでも関わってしまうような、そこでの自分を一度壊して成長させていく過程が僕はあると思ったんですけど、その思春期を例えば高校大学っていうふうに乗り越えて社会に出ました。
って時にも僕はまた起きるのかなって思ったのが、この今日言ってたその第二の事故のクライシスっていうものなのかなって思ったんですよ。なんかそれがその23から26、もうちょっと幅広く見ても、20代前半から30代の途中まで続く人もいるかもしれないんですけど、
今度はその思春期ではその人との間での自分を形成していったと思うんですけど、もうちょっと幅広い、それは今度その世界の中での自分を作る時期になってくるのかなって僕は思ったんですよね。
なんかその学生の頃の感覚のまま、その世界との関係をどう作っていくかってなると、ちょっとその世界との距離を見余って飲み込まれてしまうようなというか、苦しさが抜けないっていうことが起きてしまうのかなって思ったんですよね。
だから僕がその時にちょっと必要だなというか、こうしたらよかったのかなって思うことは、強がるとか無理に合わせることじゃなくて、自分を自分で認識するっていうか、今の言葉で言うと自分軸ぶれない自分を持てるかどうかっていう、持てるかどうかっていうか、自分に戻ってこれるかどうかっていうのがとっても大事になってくるのかなって思って。
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なんかそれも誰かに言われた自分とかじゃなくて、比較しての自分とかではなく、自分の中で自分と自分が対話をする自分というか、そこに軸を置いて世界との距離を少しずつ調節していくっていう段階?
なんかこれくらいなら世界との距離が近づけるなとか、いやここはちょっとしんどいなっていうような、なんかそういう自分の中で世界と自分がどういうふうに距離を取っていくかというか、その関係性、世界と自分との関係性っていうのをどれくらいしたらいいのかなっていうのを考えるとか、
でも体感する時期に来る人なのかなって僕は思ったっていう、はい。
今日この頃でした。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
世界との自分の距離を測りながら何度も小さな死を繰り返して人は少しずつ大人になります。
苦しい時期はちゃんと成長している証。
今日もあなたがあなたのペースで世界と向き合えますように。
それじゃあ、またね。