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#131すぐに「怒り」の引き出しに入れない
2026-04-19 07:43

#131すぐに「怒り」の引き出しに入れない

本内容では、人との会話の中でふと湧き上がる「怒り」の感情と、その向き合い方についてやさしく描かれています。

胸の奥がざわついても、「怒ってはいけない」と無意識に抑え込み、言葉にできないまま終わってしまう場面があることに気づきます。
その背景には、過去の経験から怒りに対して「良くないもの」という認識が生まれ、自分を守るために感情を抑える習慣が身についている可能性が示されます。
しかし大切なのは、怒りをただ表に出すことでも、無理に押し込めることでもなく、その奥にある本当の気持ちを丁寧に見つめることです。

なぜそう感じたのか、何が自分にとって嫌だったのかを深く感じ取ることで、感情の理解はより豊かになります。
怒りを単純に分類するのではなく、自分の内面に向き合うきっかけとして捉えることで、心との関係が少しずつ変わっていく――そんな静かな気づきを伝える内容です。


BGM拝借元
ベルガマスク組曲 第3曲 「月の光」
BGM:Kamatamago (https://kamatamago.com)
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00:05
はい、今日のテーマは、すぐに怒りの引き出しに入れないということについてお話ししていきます。
誰かと話をしている時、ちょっとしたことで胸の奥がザワッとすることが、僕はたまにあります。
ただ、その感情に気づいた瞬間、どこかでブレーキがかかるような気がします。
ここで怒っちゃいけない気がする。 このまま流した方がいいのかも。
そのまま何も言わずに終わることも多い。 後になってから、あれは何だったんだろうと思い返すことがある。
怒っていたのかもしれないし、ただ嫌だっただけなのかもしれない。
でも、その時はうまく言葉にできなかった。 僕はどうやら、怒ることや怒られることに対する抵抗があるということに気づいたんです。
なんかそれはもう 過去に怒ったりとか、怒られたりしたことっていうことがあって
その結果、例えばなんか周りの人を傷つけてしまったりだったり、
何か自分を守るために何か必要だったことだったのかもしれないっていうのは思うんですけど。
なんか その結果
ラベルを貼るというか、 怒ったり怒られたりすることってあまり僕自身にとって良くないことなんだっていうのを
ラベルを貼ったりすることによって、例えばそれから自分を守るように、
勝手にブレーキがかかるように、そのシステムが組まれたみたいにきっと抵抗っていうものを僕はしながらというか、
ブレーキを踏みながら 生きてきたのかなっていうのをちょっと感じたんですよね。
だからこそその怒ることっていうか、何か自分に、自分にとって自分にされたことというか、何か自分が嫌だなとかちょっと違和感があるなっていうことを
された時の多分消失の仕方があまり得意じゃないというか、
そのなんていうのかな。 だからってじゃあ消失していい、じゃあ怒ってもいいよねっていうことにもなると思うんですけど、
ただじゃあその怒りっていうのをそのまま他者にぶつければいいっていうわけでは僕はないとは思ってて、
その怒りの先にあるものというか、 例えばもう起こることがあったら、うわぁこれは怒りだって言って単純にその
怒りの引き出しにすぐに 入れないっていうか、
例えばじゃあその怒ることとか、怒りっていうものが出てきた時に、
03:00
例えばじゃあ僕は何で今怒ったんだろうというか、 例えばじゃあ僕は大切にされてないっていうふうに思ったから怒ったのか、
例えば僕が大切にしているものをないがしろにされたからなのかというか、 その相手が話した価値観に
僕は同意できないからこそ怒ったのかっていうか、何が嫌だったのかとか自分 を脅かすものって何だったのかっていうのを
その怒りっていう言葉ですぐに片付けないというか、
なんかその怒りの先にどういう 言葉だったりどういう思いっていうのがあるのかなっていうのを
その感じた後にというか、すぐ怒りで片付けない。
そういう自分の深い部分まで潜ってというか、 僕こういうふうに思ってたんだとか、
こういうことを僕は感じていたんだなっていうのを、 まずそこを言葉の引き出しに入れるというか、
そうそうなんかその怒りだっ 怒りの状態のまま入れるというかもう少し
いろんなものを入れに行くっていうか、 怒りも入れてもいいけどその
先にある言葉っていうのも入れてあげないと寂しいというか その
なんか それは僕自身を見ていることにならないんじゃないかというかだからといってその
じゃあ怒りを我慢すればいいのかっていうのもそうではなくその怒り っていうので自分自身
がこう思ったよっていうのを教えてくれている センサーというかなんか警報みたいなことでもあると思うので
そこっていうのもなんていうか感じつつ まあ時に言葉にしながらというか
だからこそ怒りですぐに片付けるのじゃなくてまぁ大変なんですけどあのその時は でもふっと1回我に帰ってというか
我に帰るというか なんかあれこれってどういうことなんだろうって1回自分に立ち帰るというか
その自分を違う方向から見てみるっていうこと っていうのが
なんか 怒りっていうものに対する抵抗をなくしていくというか
あ怒ってもいいけどその なんていうのかなぁ
それを他者にぶつけるんじゃなくて どういうことを僕は感じたのかっていうのを言葉にするっていう怒りのまま出すんじゃ
なくて例えば僕はそういうのが嫌だって感じたっていうふうに まあ冷静にというか
どういうふうにというか その
多分 お互いがお互いにとって見られるように
机の上に出すみたいな感じだと思うんですよね そのトゲトゲしいものだと触れられないっていうかその
06:05
どういうことを持ったのかっていうのなんか紙に書いてお互いに出すみたいなフリップ ボードとして出すみたいな
感じなのかな1回言葉ですぐに言わずにというかそういうのが起こり起こったとか 怒られたっていうことに対しての
その 1回フィルターを通すっていうか
どういうふうに思ったから怒ったんだ僕は怒られたんだっていうふうに お互いがお互いにそういうふうに何か
見えるような形というかお互いにわかるような形として出すっていうことが 怒りを正しいとか正しくないもないですけど
その より良く
その話し合うためには必要なのかなというのはより良く生きていくためにも必要なの かなというか
なんかそういうふうに出すことによって僕がその怒りっていうものへの 抵抗というか何か抑えていいでブレーキとしても
ブレーキをかけながら生きてきた部分に対して 何かこう少しブレーキを緩めて生きられるような
もう少しスピードを出してみようかなというかもう少し歩いてみようかなというような そういう感じ方とか見方っていうものがそういうふうに
その怒りっていうのを出すことによって何か変わっていくような気がしたというはい 今日この頃でした
ここまで聞いてくださりありがとうございますそれじゃあまたね
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