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#53死にたい願いと、それでも生きてほしい祈り。『私を喰べたい、ひとでなし』観て
2026-01-24 05:34

#53死にたい願いと、それでも生きてほしい祈り。『私を喰べたい、ひとでなし』観て

この回では、アニメ『私を喰べたい、ひとでなし』を観終えて心に残った、「死にたいと願う気持ち」と「それでも生きてほしいと祈られること」のあいだに生まれる、静かな葛藤についてお話しします。

生きるか、死ぬかを簡単に選ばせない物語の中で、比名子を想う二人の存在――非日常として寄り添う近江汐莉と、日常へと戻そうとする社美胡。そのどちらもが「生きていてほしい」と願っていたことに、胸を打たれました。

生きる理由がほどけてしまったときに生まれる空白や、それでも続いていく生活の重み。前に進むことだけが生きることではなく、日常に戻ることもまた、生きる一つの形なのかもしれません。

答えを急がず、揺れる心をそのまま抱えながら、今日を生きていること自体を、そっと肯定するような時間になれば嬉しいです。

画像拝借元
https://pixabay.com/photos/mermaid-in-copenhagen-2447688/
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00:05
はい、今日のテーマは、「死にたい願いと、それでも生きてほしい祈り。アニメ、私を喰べたい、ひとでなし。」を見終えて、心に残った問いについてのお話です。
死にたいという願い、それでも生きてほしいという祈り。どちらも本気で、どちらも切実で、だからこそ叶えてあげたいのに、叶ってほしくない。
この2つが交差する場所に、この物語はずっと立っていた気がします。
私は、私を喰べたい、ひとでなしを見ていて、生きるか死ぬかを簡単に選ばせてくれないなっていうふうにはちょっと思ってたんですよね。
少しネタバレを含まれるので、見終わってからだったり、原作を読まれてから聞くことを推奨したいんですけど、
大西よりさんって、ひな子を食べるっていう約束をする存在でありながらも、本心ではどこか生きてほしいなと願っているんですよね。
だけど、八代美子さんは、日常の中で料理や約束だったり、生活そのものを通して、主人公のひな子をこちら側に引き戻そうと頑張ってたっていう、ちょっと疑い思うところは一緒なんですけど、
やり方が違うっていうか、だからこそ2人とも願っていたものは同じことだったんですよね。
生きていてほしいなっていう祈りだというか。ただ、その祈りはひな子にとっては時に重たく、生きる理由を失った瞬間にブレーキが外れてしまうというか、
生きたくない、そう言っていたひな子が最後に口にした、「行ってきます。」っていう言葉。
それは生きる決意っていうよりかは、ほんの少し外へ出て行って、自分を広げていくっていうような小さな一歩のように僕は見終えましたっていうことでした。
少し補足していければと思うんですけど、僕がすごい印象に残ったのが、ひな子が生きる理由っていうのを解消されたときのあの空白というか、
家族の言葉で、ひな子だけは生きてっていう言葉と、守るべき存在というか、白神子さんという友達が心残りだったっていう、この繋ぎ止めていた理由が2つあったんですけど、
それらが消えちゃうときがあるんですよね、物語が進むにつれて。
それらが消えたときに、もうあっちに行ってもいいよねっていうふうに思っちゃったのかなと思ったんですよ。
だから僕もあの時点で、もうまずいなって思ったんですよ。だからこそ、みこさんも多分わかってたと思うんですけど、
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その、あの瞬間もまずいなというか。だからひな子は、生きてるけど死ぬために生きてるような、もう最初からそうだったんですけど、
だからこそ、おうみさんとの食べるっていう約束は、終わらせてくれる存在がすぐそばにいるっていうので、生きるっていう方に向かってたんですよね。
ただこの食べるっていう約束って、死を先延ばしにするための、なんていうか、奇妙な希望というか、その間にどうにかって言葉もあれですけど、
その、生きるってどういうことなんだろうっていうのを一緒に話し合っていくっていうことなのかなと思ったんですよね。
その、3人でというか、あの、っていう物語になってくるのかなとも思ったり、なんかでも、
あの美子さんがしてたことって、そのなんていうか、よりその、おうみさんはすごい、しおりさんは直接的だったのに対して、
あの、ちょっと一歩引いてたというか、その前に進めとも言わないし、答えを出せとも言わないんですよね。
その、なんかただお弁当を作る、一緒に料理をしたりとか、一緒に生活をする、一緒に生活に戻るとか、日常に触れさせてたんですよね、美子さんって。
だからこの、美子さんが言いたかったのって、あの、進むことだけじゃなくて、戻ることも人生としてあるんだよっていうようなことを教えてくれてたのかなって思ったんですよね。
だからこそこれから日向が何を理由に生きていくのか、その、またはその理由なんてなくても生きていいって思えるのかどうかっていう、その死にたいがために生きてるのじゃなくなるっていうのをどうしていくのかなっていうその行方を僕は、
あの、また見たいなっていうふうに思ったって今日この頃でした。はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
死にたいと思う日があっても、それでも生きてほしいと願われることがある。その狭間で揺れる心は弱さじゃなく、生きている証なのかもしれません。
今日もあなたがここにいることをそっと大切に思えますように。
それじゃあ、またね。
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