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はい、今日のテーマは、死を待つのではなく、生きながらに蝶になる、というお話です。
死の需要を研究したエリザベス・キューブラロスさんという方がいます。 その人はこんな言葉を残しています。
人は死んだら蝶になる。 それを聞いたとき、僕は確かにと思いました。
死んでしまったときに、肉体から魂だけがふっと飛んでいくっていうことがあると思うんですけど、
その姿はもしかしたら、魂が蝶のように羽ばたいていくことっていうことなのかなと思ったんですよね。
蝶が羽ばたくことっていうのを、ただの小さな出来事だと思う人もいるかもしれないですね。
バタフライエフェクトっていう言葉があると思うんですけど、
ただそこには魂としての蝶が羽ばたくっていうことっていうのは、
人生で集めた思い出だったり、たくさんの感情だったり、
言葉にならないようなものっていうのが一緒に乗っていくような気がしたんですよ。
そう考えると、魂は蝶になるためのさなぎなのかなと思ったんですよ。
なんていうのかな。
肉体の中にあるというか、肉体がもうその眉というか、
その中に蝶になるためのものがあるような感じがしたんですよ。
僕それ聞いたときに、生きているうちに蝶になれないかなって思ったんですよ。
僕たち、私たちは生きていますけれど、
同時に、どこかで社会のルールだったり、言葉とか評価とか役割の中で、
どうしても自由もありますけど、閉じ込められてしまっているような気がしたんですよね。
でも本当は、自分が想像したりとか、自分がこうなるんじゃないかっていう、
心の中のイマジネーション一つで、
人はどこへだって飛んでいけるのかもしれないなって思ったんですよ。
その、イマジネーションの力でというか。
だからこそ、死んだら蝶になるって言ってたけど、
でも僕死ぬのを待って蝶になるなんてちょっと遅すぎるような気がするんですよ。
蝶になるって僕のイメージではすごい、
なんというのかな、縛られずに生きていくというか、
自分が閉じ込めてしまったものをすべて解放できるような感じがするんですよね。
だからこそ、生きている今、僕は蝶になって飛んでいきたいなというか、
空だけじゃないというか、みんなが見ないようにしているというか、
みんなが捨ててしまったものというか、そういった深い深淵のところにも、
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僕は行ってみたいなと思うんですよね。
そういうのを、ゴールはどこなんだとか、スタートラインはどこなんだっていうのを考えたりすると思うんですけど、
でも、僕がそうイマジネーションを持ったときからスタートだと思うし、ゴールだと思うんですよ。
スタートラインはゴールラインでもあるし、ゴールラインはスタートラインでもあるというか、
自分がそうやって決められると思うんですよね。さっきのイマジネーションの話の中でというか。
だからこそ、始まりも終わりも決められるのは自分だし、さっき想像して、
どこへだって飛んでいけるっていうお話もしたと思うんですけど、
そういう、もし世界が自分の心から広がるんだとしたら、
どこへだって僕たちはいつでも蝶になって飛んでいけるのかなっていうのを思ったっていう。
はい、じゃあちょっと補足していきます。
その、なんというか、上で話した蝶になるっていう言葉ってすごい、
なんというのかな、象徴的というか、蝶っていきなり蝶になるわけじゃないと思うんですよね。
卵で生まれて、幼虫になってサナギになってっていう、そういう段々と、
その段階を踏んでというか、そこである日羽ばたくっていうか。
だからこそ、僕たちも蝶のように急に羽ばたけないんですよね。
急にじゃあ、幼虫だったのにはい次の日蝶ですみたいになって、絶対ありえないじゃないですか。
だからこそ、学校とか社会とか役割とかそういったものの中で、
じゃあ自分ってなんだろうっていう、自分の中の魂というか、
僕の魂がしたいことってなんだろうっていうか、
そういうのをちょっとずつ考えていくというか、ちょっとずつ自分の中で養分にしていくっていうか、
そういうもので蝶になっていくような気もするんですよね。
そういうのを重ねていった時に、あれなんか、もっと自由でいいな、
もっと自分が思ったことで生きていけるんじゃないかなって思う瞬間があると思うんですよね。
僕も、なんかこうってなきゃいけないなとか、
なんか社会とか今まで自分が聞いてきた言葉っていうものに、
どこか縛られてしまっているというか、そうでなきゃいけないとか、
いや普通そうだよねみたいなブロックというか、そういうどこか壁を作っているような気がしたんですけど、
なんかそういう自分のイマジネーションでとか、自分が死んだら蝶になる、
でも生きながらにして僕は蝶になりたいなって思った時って、
なんかもう、自分でいられるっていうか、
いられるっていうか、もうなんかそういうのを脱ぎ捨てたっていうか、
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軽くなるっていうこと?
やっぱそのシンプルに生きることに繋がっていくのかなと思うんですけど、
そういう役割とか評価とか言葉っていうのを脱いでって、
ただ生きている自分として世界に触れるっていうことだと思うんですよね。
もうなんか蝶になるってその生身で触れるってことだと思うんですよ。
どうしてもサナギだと壁があるし、その中で自分というものを考えていかなきゃいけないっていう、
そのいきなり外に出てしまうとやっぱ呑まれてないので、
どうしても押しつぶされてしまうこともあるんですけど、
でも蝶になった時って多分そういうの関係ないんですよね。
その…もうただ僕でいられるから大丈夫ですっていうような。
ただそういうなんか蝶になるっていうのはもしかしたら、
そういう自由になっていうよりかは自分を自信持って生きられるっていうか、
他者とか攻撃とかしないで、
自分が自分で思っている世界を生きられるっていうことなのかもしれないなっていうのを思ったっていう。
今日この頃でした。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
死んでから蝶になるのを待たなくていい。
今日ほんの少しでもあなたの心が羽ばたけますように。
ここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。