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今日のテーマは、「どちらが人間のふりをしているんだ?」ということについてお話ししていきます。
今、グノーシアっていうアニメを見てるんですけど、
すごい今の時代を言ってるのかなっていうふうに僕は感じたんですよね。
AIというものが人間になりつつあると僕は思いますし、
だけど反対側に人間がロボットになっていってしまっている部分もあるのかなというか、
モノというか生き物としていられているのかなっていうのはちょっと僕は思ったりして、
じゃあこれだとどっちが人間のふりをして生きているんだっていうふうに僕は思っちゃったんですよ。
人間ってこういうものだよねっていうふうに言葉で定義付けすることって簡単にできると思うんですけど、
ただ、「あなたは人間ですか?」っていう質問をされた時に、
僕たちはどれだけ自信を持って人間ですっていうことができるんだろうかっていうふうに思っちゃったんですよ。
僕はちょっと自信を持って人間ですっていうふうに答えられないなっていうふうに思っちゃったというか、
人間が人間のふりをしながら今は生きてしまっているような気がするというか、
人間が人間として生きていた時っていつなんだろうっていうのはちょっと僕自身としては分からないというか、
それも定義付けになってしまうので、
何を持って人間とするかというか、人間が人間として生きてきたっていうことはどういうことなんだろうかっていうことにもなると思うんですけど、
ただ僕は一つ言えることは、今は人間が人間として生きていると言えるんだろうかっていうのをちょっと疑問を持ってしまったというか、
生きてる、生きてないっていうふうに断定するんじゃなくて、僕はちょっと疑問に思っちゃったんですよね。
人間が今人間として生きていると言えるんだろうかというか、
ロボットが、AIが人間のふりをするというか、人間になりたがっているというか、自我があるとするとすると、人間に寄りたい気もしてるんですよ、どうしても。
じゃあ人間はどうなんだろうかというか、
人間のことを考えた時に人間がもしかしたら人間のふりを今はしているだけなんじゃないかっていうか、
人間を演じているだけなんじゃないかというか、
そうさせられてしまっているというか、そうしてしまっているんじゃないかっていうような気もするんですよね。
例えば今の世界というか社会で普通に生きていく、普通ってちょっとあれですけど、
普段僕たちが人間のふりをするっていうことで精一杯になってしまっているんじゃないかなっていうか、
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僕たちが人間として生きていくことっていうのが難しくなってしまっているんじゃないかというか、
人間が人間のふりをしてしか生きられない世の中になってしまったというか、
じゃあ人間が人間のふりをして生きているっていうことは果たして生きているって言えるんだろうかっていうか、
これもじゃあどういうふうなことが生きているって言うんですかっていうふうになっちゃうと思うんですけど、
ちょっとここでは定義付けをしたいわけではないので、
ただ疑問を感じたよっていうことと、ちょっと疑問を投げかけたいなっていうことと、
皆さんのもし意見があったら皆さんの意見どんどん聞きたいなっていう思いでまとってはいるので、
ここではあらかた定義付けするっていう名目ではないので断定は避けるんですけど、
なんか生きているって言えるのかなっていうか、
僕たちは人間を人間として生きていられるんだろうかというか、
それは生きているって言うんだろうかというか、
それってロボットと何が違うんだろうかというか、
区別したいわけじゃないんですけど、
人間が人間として生きていられているのかなっていうのをちょっと感じたというか、
だから最初にも言ったんですけど、
人間が人間として生きるっていうのが難しい時代になってしまっているような気がするんですよね。
人間が人間のふりをしているのか、
でも人間がロボットになってしまったのかというか、
じゃあロボットが人間のふりをしているのかというか、
それは僕には分からないとしか言いようがないというか、
答えを出せたらいいなと思いますし、
ただ僕は答えを別に出したいわけではなく、
疑問に思ったんですよね。
疑問に思ったし、
あなたは人間ですかって聞かれた時に、
僕堂々と人間ですって言えないなって思っちゃったんですよね。
でもこれ人間かロボットかってどっちかに決めたいわけではなくて、
どっちでもいいんですよね、正直。
人間だろうとロボットだろうと。
ロボットだったらロボットだったらで、
人間にロボットでしたわって言えばいいだけの話なんで、
今僕たちは果たして人間として生きているのかというか、
人間のふりをしてしまっているんじゃないかというか、
この自覚があるかどうかっていうことももちろん僕は大切だと思うし、
疑えるかどうかっていうことも必要なのかなというか、
正しいから目を瞑ってしまってもいいのかっていうことでも
僕はないと思っていて、
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正しいから別にそれでいいでしょって言っても、
全てのものを見ないようにしてしまうっていうのは
違うような気がしていて、
どうしても人間は正しいだけじゃ生きられないというか、
正しいだけでは生きていないので、
矛盾してしまう生き物というか、
矛盾って書いて人間って読むとも僕は思うし、
頭では分かっているけど心が違うっていうことなんでザラにあると思うし、
頭ではこう言うけど心は違うというか、
本音とたたまえだったりいろいろな言い換えなんてできちゃうと思いますけど、
その中で僕たちは一つの指標というか、
一つの基準だけで生きてはいけないというか、
そこに関して人間が人間の不利をしてしまってるんじゃないかっていうか、
知性的であることだったり本能的であることって、
じゃあどっちが人間なんだろうっていうのもいろいろあると思いますけど、
どっちもどっちも人間だなっていうか、
だから正解がどっちかっていうわけではなくて、
考えられるかどうか、
あなたの心で感じられるかどうかっていうのが、
ゆくゆくは大事になってくるのかなっていうか、
正解間違ってるとかではなくてなんですけど、
だからこそ僕たち人間側が人間の不利をして生きてしまっているのか、
でもロボットが人間の不利をして今生きているのかというか、
人間が人間の不利をするってどういうことなんだろうっていうか、
人間が人間らしく生きるってどういうことなんだろうかっていうのを
頭じゃなくてやっぱり考えていかないといけないのかなっていうのを
ちょっと今日具能誌を見ながら感じたっていうことですね。
やっぱどうしても疑っちゃうんと思うんですよ。
人間か人間じゃないかっていう、ああいうのって。
信じたいし信じてほしいとは思うんですけど、
そういう自分の思いを伝えたり信じてほしいというか、
信じたいっていう言葉ってことって、
言葉では通じない部分なんですよね結局って。
目を見たりとかその仕草とか、
いかにその人が本気で言ってるかっていう、
腹の底を見ないといけないような気がするというか、
言葉じゃ通じないんですよねそういうのって。
だからこそ疑うな、恐れるな、そして知れっていうことなのかもしれないですね。
知ることからすべてが始まるのかもしれない。
人間同士だったり、ロボット同士だったり、
人間とロボット同士っていうような、
お互いがお互いのことを知ってから始まるっていうか、
別に分けないで考えていかないといけないのかなっていうのを、
人間が人間のふりをするっていうのも、
そういうようなちょっと難しいことを、
難しいというか答えが出ないことをちょっと考えていた。
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今日この頃でした。
ここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあまたね。