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#97ガチで生きるという、狂気じみた美しさ
2026-03-09 07:17

#97ガチで生きるという、狂気じみた美しさ

『ひゃくえむ』を通して感じたのは、

「人はなぜ生きるのか?」という

静かで重たい問いでした。
評価や数字では動かないとき、

人を突き動かすものは何なのか。
それはきっと、

ほんの一瞬でも“ガチ”になれる感覚。
100メートルの10秒。

命を削るような集中。
その瞬間、

自我も迷いも消えて、

ただ“今”だけが残る。
狂気のようでいて、

どこまでも純粋な時間。
『アカギ』にも重なる、

極限まで研ぎ澄まされた生の姿。
ずっと本気ではいられない。

でも、

本気になれる瞬間を知っている。
それだけで、

また歩き出せるのかもしれない。
ガチで生きるとは、

命を削ることではなく、

命を使い切ること。
そんな美しさについて、

やさしく見つめた回です。

画像拝借元

⁠Unsplash⁠の⁠Stephen yu⁠が撮影した写真


https://unsplash.com/ja/%E5%86%99%E7%9C%9F/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%84%9A%E3%81%8C%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E4%B8%8A%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E6%A7%98%E5%AD%90-9orpQvNujSM


BGM拝借元
ベルガマスク組曲 第3曲 「月の光」
BGM:Kamatamago (https://kamatamago.com)
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00:05
今日のテーマは、ガチで生きるという、狂気じみた美しさ、というテーマについてお話ししていこうと思います。
先日、100Mを視聴しました。ネタバレを含むかもしれないので、まだご視聴になっていない方は、クローズダウンしてください。
本題いきます。
陸上という題材なのに、突きつけられていた、本質というか、伝えたかったことというのは、多分ですけど、僕の中で、
人はなぜ生きるのかという問いを、僕たちは突きつけられていたんじゃないかなというふうに感じました。
人は周りが言う価値とか、数字とか、評価に響かないことが多々あります。
じゃあその時、僕たちは何のために生きるのか。
その答えは、トガシが言っていた、ガチになるため。
それだけなのかもしれないなと、僕は感じました。
コミヤが陸上に殺されるかもしれないと、嗣永先輩に言われるシーンがありました。
でも僕は、コミヤにしてみれば、何当たり前なことを言ってるんだって思ってるのかなって僕は思ったんですよ。
だってもう、コミヤは小学校の時からブレーキがないんですよね。
自分の現実をぼやけたいから走ってる。
そのために走ってたんですよね。
もうその時点で僕はブレーキがないなっていうふうには感じたんですけど、
あの瞬間彼は、小学校で1位になった瞬間に僕が生きる意味をそこに見つけたように思えたんですよ、コミヤはね。
だからそのコミヤはもうそこに対してのブレーキがない。
だからこそ、僕はもう走っても死んでもいいっていう感覚があったのかなって思ったんですよね。
もうそれだけガチだから。
本気だからというか。
もうブレーキなんてないぞと。
だから、高校で走るのをやめていたトガシっていうのはその反対で、反対でっていうか、見失ってたんですよね。
もうそういったものを。
っていうかもうトガシ自体それを多分分かってなかったのかもしれないですね。
あの、ガチになってるのかどうかっていうのを。
だからこそ、高校でトガシ走るのやめてたと思うんですけど、
その女の子に走るところを見たいって言われてしょうがなく走ると思うんですよ。
あの100mを。
ただあの瞬間、あの100m、あの10秒だけは彼はガチになれるんですよね。
だってずっと本気で走ることしかできないって言ってたからこそ。
だからまた彼は走ろうと思えたっていうような風に僕は感じたんですよね。
ただそこから生きているとどうしてもガチっていうのを忘れてしまうときもあるんですよね。
見失ってしまうというよりかはガチを感じにくくなってしまうというような。
見えなくなってしまっているだけかもしれないんですけど。
03:01
その日常を繰り返していく中でというか、
そのガチだけではない部分でもどうしても生きなきゃいけない中で、
ずっと本気ではいられない。
でも多分あの人たちはガチになれる瞬間を知っているというか、
その時ガチになれるときって私とか自我とかって消えるんですよね。
多分本当にもうそれだけでいいっていうか、
走る、ただそれだけっていう。
そこにあるのは本当に心だけっていうような。
なんていうか、肉体とかも魂とかもそういったのも全部抜きにしてあの瞬間だけゼロになる。
それは本当はなんていうか、
ちょっと狂気じみているなっていうのは僕はちょっと見えたんですよ。
だけどすごいそれって美しいなっていうか、
なんていうか、生きてるんだなっていう感じがしたんですよね。
そこで僕はあの赤城闇に降り立った天才っていうアニメをちょっと思い出して、
あっちはその麻雀っていう題材ではあると思うんですけど、
あれもまたガチの物語だと思うんですよね。
その命をかける賭博というか、
あの狂気に見えてあれはきっと生のど真ん中にいるっていう、
その生きること死ぬことってなんだろうっていうのを麻雀漫画ではありつつも、
こちらの100Mと同じことを通ってきているような気がしたんですよね。
赤城ってやっぱその狂気に見えて、
あれこそ生と死の真髄っていうか、
ガチで生きるってあれくらいもしかしたら少し狂ってるのかもしれないというか、
狂気じみてるのかもしれないなっていうのを、
でもなんか僕はあれをかっこいいなって思うんですよね。
僕もガチで生きたいなっていう、それだけなのかなっていうのを思ったっていう。
今日この頃でした。少し補足していきます。
これガチって、ただ頑張ればガチ出るってわけじゃないんですよね。
その評価のためとか誰かのために勝つとかじゃなくて、
本当になんていうか、その瞬間に逃げとか言い訳もなくて、
ただ単に全部出すってだけなんですよね。
でもすごいそれって怖いですよね。大地さんも言ってたけど、
でもそれも100%受け止めてるっていうか、
そうじゃないとあの一戦級では戦えないってことなんだと思うんですけど。
でも怖いですよね。だってそこに自分とかそういうのないですからね。
その意識がないっていう感じなのかなと思ったりもするんですよ。
だから失敗したらとか、不安とかそういう声が多分消えるんですよね。
あの瞬間、走ってる瞬間は。
その時にただあるのっていうのはやっぱゼロになってる、
ただやってる自分だけっていうか、自分もないんだろうなっていう感じはします。
それって旗から見たらちょっと怖いっていうか、
狂気にちょっと見えなくもないなっていうか、
でも僕はその狂気が美しいなと思うんですけど、
ただ人は多分そのガチを知った瞬間に多分戻れないなと思うんですよね。
06:00
あのトガシも赤城もコミヤも。
あのガチを体感した人は多分その温度を忘れられないからこそ
彷徨ってたのかなと思うんですよ。トガシもコミヤもね。
でもその中でもやっぱり日常というか、
カイドウさんも言ってたけど、逃避の仕方を考えなきゃいけないってこととか、
現実も飲み込まなきゃいけないっていう。
でもそのコミヤとかトガシがかけてる10秒、
10秒だけでいいんですよね。全部を経つ瞬間。
その瞬間全部を許してるというか、もうそんなの関係ないっていうか、
もう命を削るとかじゃなくて命を使い切るっていうか、
もうそれって純度100%で生きてますみたいな感じなのかなっていうのを。
だからこそガチで生きるってかっこいいし、
あれこそ僕は美しいなと思った。はい、今日この頃でした。
最後に一言言って終わろうと思います。
あなたが10秒だけでも本気になれるものは何ですか?
その瞬間を大切にしてあげてください。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。
それじゃあ、またね。
07:17

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