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#86死んでも学べる。死すら勉強。
2026-02-26 05:46

#86死んでも学べる。死すら勉強。

今回は、 「死は終わりではなく、学びの続きかもしれない」 そんな視点についてお話しします。 死は怖いもの。 終わり。別れ。失うこと。 そんなイメージがあるけれど、 もしそれが“場所を変えるだけ”だとしたら。 学びの舞台が変わるだけだとしたら。 そう思ったとき、 不思議と心が少し軽くなりました。 読みたい本がたくさんあって、 知りたいことも、 表現したいことも溢れている今。 「時間が足りない」と焦る気持ちが、 少しやわらいだのです。 今この体でできることを、 目一杯やってみよう。 そしてもし続きがあるなら、 またそこで学べばいい。 そんなふうに考えたら、 今も、その先も、 どちらも楽しみになりました。 死を前向きに語る回。 でも本当に伝えたいのは、 “だからこそ、今を大切に生きたい” そんなやさしい気持ちです。 BGM拝借元 https://pocket-se.info/archives/1495/ ポケットサウンド/効果音素材 参考図書 https://amzn.asia/d/0i29dQmG --- stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。 https://stand.fm/channels/67c149f59dcfb50335375e4a

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はい、今日のテーマは、死んでも学べる。死すら勉強。死は終わりではなく、学びの場所を変えるだけだとしたら、そんな視点がくれた小さな希望についてのお話です。
最近、霊性という言葉に惹かれて、いろいろな本を読んでいるんですけど、あの、幽霊とかの霊に、性別の性の霊性なんですけど、
その中で、ある一説に出会ったんですね。その一説というのがこちら。
死は恐ろしいものでもないし、かといって宇宙に行ったらのんびりできるわけでもない。 学びの場所を変えるだけのこと。
その文章を読んだ時、僕は思わず心の声が出ました。
え?死んでもなお勉強なの?気になることを調べたり、知りたいことを知れたりするの? それって、
最高じゃないかって。 最近読みたい本が多すぎて、知りたいことも表現したいことも溢れるほどあって、時間が足りないなーって思っていたところでした。
でももし、この肉体が終わった後も学びが続けられるのだとしたら、
今生きている間にできることを思いっきりやって、それでも続きがあるなんて、なんだかとても希望があるなって思ったんです。
だったらこの体が今、あるうちにこの体があることでしかできない学び、そういったものをいっぱい学んで、
そしてまた、死んじゃったら死んじゃったらで、死んじゃったところで学べる場所があるなら、そこでいっぱい学んで、
なんかそう思ってたら、なんか死んじゃうこととかってことも、なんかいいじゃん、楽しみじゃんってなっちゃったんですよね。
それそんないいんだ?みたいな。だからなんか、今は死んだ後も楽しみが増えたんで、
なんか、まあ今は一生懸命生きるんですけど、なんか死んだ後のご褒美としてそれもあるんだったらいいのかなって思っちゃったんですよね。
はい、じゃあ少し補足していきます。その死という言葉はどうしても重いというか、
その触れちゃいけないとか、もうなんか怖いとか、そういうイメージがどうしてもその黒い部分というか、闇の部分っていうのがそのどうしてもつきまとうものだと思うんですね。
その日本的な文化というか、そのなんというか、他のところだとなんというか、お祭りだったりっていう部分もあるのかもしれないですけど、
どうしても死んでしまうということに対して、その終わりとか失うこととか、お別れとか、そういうどうしても悲しいっていうようなことがあるんだと思うんですけど、
でもそのもし仮にですよ、その死というものがただ単に学ぶ場所の移動なんだとしたら、
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学校を卒業して次の学校の学び場に行くようなものだったとしたら、なんかそう思うだけで僕は呼吸が少し楽になるなって思ったんですよね。
それがそのなんというか、本当にあるかどうかとか、実際にあるかどうかとはもう僕も分かんないですし、多分分かる人、分かったとしてもこっちに伝えてくれることってできないと思うんですけど、
でもなんか僕はその生まれ変わるんだよとかっていう考えもあると思うんですけど、また学ぶ場所が変わるっていう考え方はいいなって思ったんですよね。
なんかその今を大事にしようって素直に思えたんですよ。逆に僕はそっちの方が。なんか体があって今はこれだけで体ができるからこそ学べることがある。
だったらそれを全力でやって、その頑張って、でそれがもし終わっちゃったら肉体がないことで学べることを学ぼうって思ったんですよね。
なんかそれめっちゃいいなって思ったんですよ。そのなんか、終わりじゃないんだっていうかちゃんと味わおうって思えるっていうか、
そのこの体でしかできない経験とか、その今この時間でしかできないとか、この感情でしか書けない言葉、言えないこととか、なんかそれらを全部今ここでできるような気がしたんですよね。
でももしなんか、例えば死んじゃってそれができなかったとしても、違うことを学べるんだったら、なんかそれはそれでいいじゃんって思っちゃったんですよね。
だから、死んじゃった終わりっていうか、その終わりが全てを奪うってことじゃなくて、なんか卒業が次の始まりとか終わりが次の始まりなんだとしたら、
その死んじゃうってことって怖いものから、なんかその次の扉への入り口のように変わっていくのかなって思ったんですよ。
そう思えたことで、僕はその逆に生きることが軽くなったというか、その軽くなったというか、もうなんか楽しみでしかないっていうか、だからそのなんていうか、今もこの先もっていうか、その学べるってすごい嬉しいなって思ったっていう。
はい、今日この頃でした。じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
もし、死が学びの続きをくれるなら、今日という一日をもっと思い切り味わってみたくなりました。
はい、今日もここまで聞いてくださりありがとうございます。それじゃあまたね。
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