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今日のテーマは、答えはいらない夜、誰かの言葉にちょっとだけ違和感を覚えた時の話を静かに置いていきます。
ちょっとモヤっとしたことをね、ここで言わせてください。
本当は、その嬉しいこととか、楽しいこととか、役に立つこととか、あとはね、興味深いこととか、そういったものを書きたい気持ちってあるんですけど、
ただ今日はね、少し感じたことをここに置かせてほしいです。
そのある記事を、そのノートで読んでたんですけど、
あーそうだよねーって思いながら読み終えたら、ひとつコメントがついてたんで、読んでみたんですよ。
で、そのコメントっていうのは、
私○○だったからその気持ちわかります。バツバツしてみてはいかがでしょうか。
っていうコメントだったんですよ。
で、僕これ、すごいちょっとモヤっとして、
そのー、いやそこじゃない、違うんだって僕思ったんですよ。
そのー、たぶん、その文章というかノートを書いた人って、
答えが欲しくて書いたんじゃない、じゃないかなって僕は思ったんですよ。
それにその気持ちわかりますってそんな簡単に言えるものなのかなって思っちゃって、
そのー、同じ気持ちですっていうふうに、
同じように扱ってほしい人と扱ってほしくない人って僕はいるのかなって思うんですよ。
だからこそこの気持ちわかりますっていうことっていうのも、
慎重にならない、慎重にならないといけないっていうか、
相手のパーソナリティっていうか、性質とか性格とか、
文章だからわかんないけど、
そういうのも込めて言わないといけないような、
言わないといけないというか、ちょっと危険だなって思ったんですよね。
その簡単な共感って時々すごい危ういなって僕は思って、
で、その上でこうしてみてはいかがですかっていう言葉が続いて、
あーって思ったんですよね。
そのー、その人の主体性はどこに行ってしまったんだろうっていうか、
もちろん書き手側のなんですけど、
本当にその文章を書いた人っていうのは、
その答えを望んでいたんだろうかっていう、
その答え自体をそもそも望んでたんだろうかっていう、
こうしてほしいとかこうした方がいいっていう解決策っていうか、
そうじゃないのかなって思ったんですよ。
そのー、ただ思いを吐き出したいだけかもしれないし、
そのー、ただそこに置いておきたかったかもしれないし、
ただ、こういう人がいるよっていう叫びだったのかもしれないんですよね。
なんか、人の心からの叫びに対してこうした方がいいよとかって、
言うのってちょっと疑問じゃないかな、疑問っていうか、
なんていうのかなー、なんか、
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カードを切る場所じゃない気がするんですよね、
自分のそういうのを。
なんか、解決策が欲しいわけじゃないし、
その正解が欲しいわけでも僕はないかなって思ったんですよね。
そのー、なんていうか、
ただ自分の中に留めておくには苦しかったこの気持ちっていうのを、
どこかに置きたかったっていうか、
僕はただそれだけだったんじゃないかなって思ったんですよ。
もちろん、これ誰が正解とか不正解とかっていう問題じゃなくて、
そのー、なんていうのかなー、
なんか、答えを提示する必要がないような気がしてて、
なんていうか、
なんていうのか、なんかさ、
夜ってそういう場所じゃなくないって思っちゃうんですよね。
そのー、なんか夜、
夜に例えばこういうことを書くとか言ったりすることっていうのが、
なんか別に答えが欲しいとか、
そのー、どうなりたいとかじゃなくて、
ただポロッと出てしまうようなその言葉というか、
なんか、なんていうのかな、
自分の言葉がポロッと出るっていうか、
その無意識が勝手に出てしまうっていうことなのかなって思うんですよね。
だからなんかそういう答えとかを提示するんじゃなくて、
その沈黙とか、そのそっとしたいいねっていうか、
なんか触れるのを少し戸惑うくらいの距離感っていうのが、
必要な時があるのかなって思ったんですよね。
その太陽に照らされてない時間っていうのは。
っていうのを思った夜だったんですけど、
でも、こういうことって多分誰にでもあると思うんですよね。
善意というか、多分心配してたんだと思うんですよ。
励ましたいと思うし、誰かの力になりたいとか、
役に立ちたいなって思う気持ちもあると思うんですよね。
そういうことって。
ただその人が言葉を置くときって、
どうにかしてほしいっていうよりも、
まずその、なんていうのかな、受け止めてほしいっていうか、
まずあなたに置いてほしいっていうのがあるんですね。
その言葉とかじゃなくてっていうか、
なんかそういうのが大きい気がするんですよね。
答えとか解決案って強すぎるんですよね。
なんて光が強すぎるっていうか、
夜に聞くにはちょっと強すぎるなっていうか、
なんか強いんですよね、光が。
だから相手の気持ちがまだ形とか、
落とし込める状態になる前に先回りしてしまうっていうのは、
どこかちょっと強すぎるなっていうのを感じたんですよね。
だから何も言わない優しさももちろんあると思いますし、
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わかるよって言わない思いやりも僕はあると思うんですよね。
ただその正解とか、合ってるとか合ってないとか、
その場に適してるものっていうのは、もちろん人の数だけ違うし、
場面とか状況とかでもちろん違うとは思うんですよ。
ただその同じ言葉でも刺さる人がいれば、
少し痛いなって思う人もいるともちろんいると思うんですよ。
だからこそ、言葉を差し出すときっていうのは
一旦立ち止まってみるというか、本当にこの人は
これを言ったらどう思うんだろうというか、
その答えなのか共感なのかっていうか、
それとも居場所なのかっていう、
求めてるものっていうよりかは、
ただ受け取り手の側が、
無理に返す必要もないような気がするんですよね。
僕はこう受け取ったよっていうただの通り道になってるっていうか、
無理に反応する必要も僕はないのかなっていうのをちょっと思ったっていう。
だからこそ、
自分がその相手というか他者に対して、
何か言葉を差し出すときっていうのは、
そういう人の心の機微っていうか、
そういう奥行きっていうのを気をつけていきたいなって思ったっていう。
今日この頃でした。
最後に一言言って終わろうと思います。
もし今日誰かの言葉に答えを出したくなったら、
一度深呼吸して、答えじゃなく側にいるという選択肢も
僕はあると思います。
今日も聞いてくれてありがとうございました。