リスナーリクエスト 映画『君の名前で僕を読んで』泡沫に消えた恋は人生を先へ進めるのか  Listener Request: Call Me By Your Name — Can a Love That Fades Like a Dream Still Move Your Life Forward?
2026-05-23 1:44:09

リスナーリクエスト 映画『君の名前で僕を読んで』泡沫に消えた恋は人生を先へ進めるのか  Listener Request: Call Me By Your Name — Can a Love That Fades Like a Dream Still Move Your Life Forward?

"Right now there's sorrow, pain. Don't kill it and with it the joy you've felt." — パールマン教授、『君の名前で僕を読んで』(2017)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回取り上げるのは #君の名前で僕を読んで です🍑

リスナーリクエスト回!そして #オレモノ でお馴染みのオーマと一緒にしゃべりました。

LGBT映画、まこ的には初挑戦のジャンル。でも正直に言うと、「これはそういう映画」というより、「あの夏の、あの恋の話」として見てしまった。あの感情、誰にでも覚えがあるんじゃないかな、と。

オーマとは見方が全然違って、それがまた面白くて。同じ映画を見ても、こんなに着地点が違うのか~!という驚きも込みで、ぜひ聞いてほしいです☀️

消えてしまった恋が、その後の人生を豊かにするのか、それとも呪いになるのか。答えは出ないけど、考える価値はある問いだと思います。

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

公式noteもやってます。 https://note.com/mako_reel_pal/n/n17867575e9f5

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これからも番組をよろしくお願いします。




Listener Request: Call Me By Your Name — Can a Love That Fades Like a Dream Still Move Your Life Forward?

"Right now there's sorrow, pain. Don't kill it and with it the joy you've felt." — Professor Perlman, Call Me by Your Name(2017)

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Hey there! I'm Mako, your movie talk personality. This episode covers #CallMeByYourName 🍑

A listener request — and this one, I tackled together with Ohma from #OreMonogatari (#オレモノ)!

For Mako, this was a first foray into LGBT cinema. But honestly? More than "a film about that," it hit her as simply "a story about that summer, and that love." Those feelings — doesn't everyone have some version of them?

The fascinating part was just how differently Ohma and Mako read the same film. Same story, completely different landing spots — and that contrast made for a really fun conversation ☀️

Does a love that disappears enrich the life that follows — or does it haunt it? There's no clean answer, but it's a question worth sitting with.

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Podcaster Mako (@_macobana) started out sharing her unfiltered movie opinions on her talk show #Yomoyamakobanashi(#makobana) — and now those conversations have found a home of their own. There's no shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

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00:17
The Real Friends! The Real Friends! Sit Back,Relax and Come Enjoy! The Real Friends!
レイル・フレンズ・イン・トーキョーにようこそ。
この番組は話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手はパーソナリティーのマコと
マコ 感染症に気をつけろ。オーバーです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。感染症と言いますと。
えー、大変皆さん申し訳ないんですけれども、あのー、インフルになりまして。
先週の金曜日の収録をスキップさせていただきました。
はい、ということでね、あのー、本当に申し訳ありませんでした。
あのー、お待たせしてしまいましたね。
いや、待たせすぎたのかもしれません。
昭和ネタをぶっこんできますけれども、まあ平成か。
えー、まあとりあえずはですね、えーと、まあそんなわけで、季節ハズレも華々しいインフルエンザということで。
いや、びっくりしましたね。あのー、今、なんかこう、地元では結構ヒトメタが流行ってるっていう話だったんで。
はいはいはい。
8度5分ぐらいだったから、まあヒトメタかなと思ったんですけど、かかって一応検査してもらったら、インフルBですね。
いやー、あれやだよね、鼻に突っ込むやつ。
あれね、あれは嫌い。何回やっても嫌い。
何なんだろうね、もっといい方法ありそうなもんだけどねってちょっと思いません?
絶対俺がやったほうがうまいもん。
あんなんね、何なんだろうなっていう。で、俺が小学生ぐらいの時かな、びっくり人間みたいな感じでさ、
インドかどっかでおっさんが鼻の中に入れた糸を耳から出して、耳と鼻の穴を掃除をするみたいなのが。
結構昔テレビでやったんですけど、あれ何だったんですかねっていう。
わかんない。あとなんか、正月になるとさ、うどん鼻から出すおじいさん毎年出てこなかった?
ああ、それほっしゃんじゃないですか。
餅吸い込みおじいさんとさ。
ああ、餅吸い込みおじいさんよく出てきたね。笑っていいともかなんかにね、昔確か出てきたような気がするんだけど。
笑っていいともじゃなかったかもしれないけど、なんか餅を早食いできるおじいさんみたいな人が出てきて。
で、普通にむせてね、変な空気になったままCMに入ったんですけど、あの後どうなったんですかねっていうのが、小学生だから非常に怖かった。笑
03:03
搬送されたんじゃないですか。笑
餅はね、詰まらせるからみんな。
何なんでしょうね、餅文化。
ねえ。死んだけどね。
あれだけ人が死んでも決して亡くならないっていうね。
日本で一番人を殺してる食材と言っても過言ではないんじゃないかな。
ないかもしれないね、本当に。あるいはニラね、ニラ。
ニラと勝負?
いやいや、あの、スイセンだよスイセン。
あ、スイセンか。笑
だいたいね、庭に生えてるスイセン、ニラと間違えて食べるっていうの、これもう毎年必ずニュースになりますから。何なんでしょうね。
普通に見たらわかると思うんだけどね。
わかりそうなもんな気はしますけど、似てるっちゃ似てるのかもしれないですけどね。
ただやっぱり野草を食べるみたいな、そういう文化が、まるっきりなくなるのもどうなのかなみたいな気はしてしまうんですよ。
そうね。洋食だったらつくしとかよくとって食べてたな。
そうそうそう、フキノトウとかさ、適当に友達のアパートの裏に生えてるやつ積んできて、天ぷらにしてもらって食ったりとか。あとはね、ノビルとかも食ってましたよ。
ノビルいいね。
ノビルの味噌汁好きでしたね。
あと大学生の時、金なさすぎてさ、瓦に生えてるアブラナとって食ってましたね。
何なんだろうね、川って必ずアブラナ生えてますよね。
そうそう、わかめを全部積んでさ、おひたしとかにして梅を植えたりとか。
いやでもね、そういう食べられるものを外で取って食べるっていう経験って全くなくていいのかなっていうふうに思ってしまって。
なんかそれこそね、食べ物ってスーパーで買ってくるものでしょみたいな、そういう常識みたいなものっていうのが果たして生きる上で自然なのかみたいな、すごいくだらないことを僕は考えてしまうんですね。
なんか釣りをして釣った魚を食うとか、外で摘んできた草を食うとか、果物をもいで食うとか、そういう経験がある上でスーパーで買いたいんですよ。
そうね、ニワトリちょっと占めてみたりとかね。
それね、やったことないんだよね。
ほんと?
何なんだろうな、そのニワトリを占める経験。ボーイスカウトとかやってるとやったことあるみたいな人はよく聞きますけど。
そうなんだ。うち田舎でね、やってスパーンって頭切ったニワトリが、すごい2、3メートルすごい血を吹き出しながら走っていったのを見て、泣き叫びながら逃げた思いがある。
06:05
それね、ニワトリを占めた経験がある人が必ず言うやつだよ。
ほんと?
必ず言ってる。首を切った後、数メートル走るっていう話はね、必ずセットになって聞くんですよ。必ずね。
いやー、多分あれ全国どこでもある話なのかな?
反射なんでしょうね。多分反射で動いてるんだろうと思うけど、それこそオカルト好きだったら知ってるかもしれないですけど、首なしニワトリの話。
首なしニワトリ?
これはね、オカルト好きだったら必ず知ってますよね。
あれなんだっけ、インドとかタイとかあっちの方だったよね。
そうだっけ、ヨーロッパじゃん。首がないまま生きて、なんか名前もついてんだよね、確か。
そうそう、マイクじゃなかったっけ。
だったらインドだけねえじゃねえか。
確かに。アメリカだったしかも。
まあまあまあ、元イギリス寮だからね、みたいな。さておき、首なしニワトリのマイクですね。
マイク・ザ・ヘッドレス・チキン。かっこいいっすね、なんかソニック・ザ・ヘッジホッグみたいですね。
マイク・ザ・ヘッドレス・チキンっていうね。アメリカの音取り。首はねられた後18ヶ月生存したという。
そうだよね。
いやー、意味不明っすね。
これは何?脳幹がギリギリ残ってたんだ。
でもさ、1945年とかさ、写真とか動画ぐらい残しといてよとか思っちゃいますけど、さすがに厳しいか、45年の段階では。
BBCの写真ありますね。
あるんだ、写真が。
あるねえ。
本当に?
ある。
本当にある。公式サイトってあるんだけど、外部リンクに。
BBCマイクの公式サイトある。
マイク・ザ・ヘッドレス・チキンフェスティバルってあるよ。お祭りあるらしい。
そういうことさ、アメリカだよね。
アメリカだね。こういうの俺好きだよ、アメリカのこういうところ。
全部尊厳奪っていく感じ。
面白いなあ。
たぶんこれ、チェーンソーマン好きな人はコケピーっていう鶏の悪魔が出てくるんですけど、たぶんこれ元ネタですね。
ああ、そうなんだ。
おそらく。
クグナシ。
クグナシのない鶏を、ある生徒が抱えて走ろうとしたら潰しちゃった。抱えて走ろうとしたんだっけな。なんかの表紙に潰しちゃって、殺しちゃったっていう。
へえ。
下りがあって、コケピーっていう。それによっていろいろ残念な気持ちになったっていう。
へえ。
よくわかんない下りがあるんですけど、チェーンソーマンの。
09:00
たぶんそうでしょうね。
おそらく。
首なしには鶏がいく。
本当だ。写真ぽいの出てきますね。
ただなんか思ったより、もう撮ったの顔だけみたいですね。
なんかね。
やっぱり根元からいったら無理なんでしょうね。たまたま先端だけだったからっていうことなんでしょうね。
起き残ったんでしょうね。たぶん人間でいうとこういうふうに顔面だけそぎ落とされたみたいな。
そうだね。顔面をそぎ落とされたみたいな。それだったらわかるわなって気がするね。
なんかさ、ゴキブリの生命力を持ったような2chコピペみたいなんでよく言われてませんでしたっけ。
ゴキブリは頭をもいでも生き続けるけど、最終的に死ぬんだけど死因はガシみたいな。
たぶんそういうのと同じような感じなんじゃないのかなという気はしますね。
確かにね。
へえ。
前からこれ無くなったとどうなったんだろうね。食べたのかやっぱ。
食べるんかこれをここから?ここから食べるんか?
老系って硬いからな。美味しくないからな。
そうなんだ。でもなんかね、これを見てると僕はちょっと思い浮かべてしまうのは、
やっぱり食用の肉みたいなものを、結局さ、動物の尊厳が云々かんねんみたいなことを言う人たちに配慮してですね、そもそも首がない状態で生成するっていう。
どういうこと?
要するに肉を培養するんじゃなくて、もともとだから首がない鶏を作り出すみたいな。果たしてどっちが尊厳を踏みにしているのかっていう話にはなるんですけど。
なんかその辺の界隈、あまり強く言ったらさ、なんかあれなんだけどさ、もう瞑想した肉斜め上にいくっていうのは、どこのその辺の意識が強い段階もそうなんですかね。
でもなんか、さらにそれをもう一歩進めた話をつい最近見聞きしたんですけれども、臓器移植のための臓器を摘出するための、要は、見つけるのが大変じゃないですか、ドナーを。
だったら初めから首がない人体を作って、そこから臓器を持ってくればいいんじゃないかみたいな。そういう話も立ち上がりつつあるみたいな。
もうディストピアだね。
もうちょっと怖いなみたいなことを思いながらですね、ちょっとユーネクストのラインナップを見ていたら、ソイレントグリーンっていう往年の映画がヒットしてですね。
これはちょっと近いうちに見なきゃななんてことを考えていたという、つい最近の出来事でございました。ということでね、今日はどうやっても繋がらない話ですね、ずっとね。
12:08
まあ、若き果実がどう熟すか。
何も繋がってないから。
アプリコット繋がりじゃない?
アプリコット繋がりなんですか、これは。ちょっとよくわかんないですけど。
わかんないね。
じゃあそんなところでよろしいですかね。ということで本日も参りましょう。
はい、ということでね、本日はですね、これリスナーリクエストでいいんですよね。
あれ、ぷんちゃんさんだよね、確かに。
そうなんですよ。ありがとうございます。
ありがとうございます。
久々にリスナーリクエストで作品を紹介するような気がするんですけど、気のせいですか?
僕らがシルクロード企画を楽しみすぎて、リスナーリクエストってあったねっていう気分になったよ。
そうですね、そういうリスナーの声に応えていくっていう性質を持った番組であるということをちょっと忘れつつあった感じがしますね。
忘れつつあったね、確かに。
でもね、本当に嬉しいんですよ。ヒューマンドラマが初めて、初めてですよ、リクエストされた。
ちょっとね、僕らを支えてくれてる熱心なリスナーさんたちは結構たくさんいるんですけども、数にして延べ58億人ぐらいいるかなという気がしますけどね。
やっぱりホラー好きの方が多いんで。
おかしいんだよな。なんでそんな殺伐とした人生がいいんだよなと、僕はもうちょっとほっこりしながら生きようよって思いますよ。
いや違うのやっぱり。
これを機にね、ちゃんとほっこりした映画を選ぶっていう、そういう心を休めるタイミングをみんな作った方がいいよ。
だから映画の中でハラハラすることによって、人生って豊かだなっていうことを、むしろ対比させて自分の人生を。それで落ち着くみたいなところがあるから。
人生なんてハラハラするタイミングばっかりじゃん。
そうですね。人に寄り切りがある。
あの仕事やらなかったみたいなのがよくあるじゃん。そういうハラハラから逃げるためにも。
そうですね。僕もちょっとあさってまでに作らないといけない書類があるんですけど、それは人に書いてもらわないといけない書類なんで、
それをあさってまでってどうやって伝えればいいんだろうっていうふうにちょっと困ってますね。
はい。ちょっとそろそろ紹介に移りましょう。ということで本日のテーマは、リスナーリクエスト 映画君の名前で僕を呼んで、歌方に消えた恋は人生を先へ進めるのか?でございます。
15:10
なんか今日ロマンチックだね。
もうストップウォッチを準備してらっしゃるので、じゃあ行きましょうか。あらすじですね。
よーいどん。
はい、ということでですね、今回は2017年公開の青春ドラマ、君の名前で僕を呼んでについてお話しいたします。
監督はルカ・ガダニーの脚本は、ジェームズ・アイブリー、現代はCall me by yourname、第90回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞など4部門にノミネートされ脚職賞を受賞した作品でございます。
舞台は1983年の夏、北イタリアの秘書地です。
17歳のエリオは、大学教授の父の助手としてアメリカからやってきた24歳の大学院生オリバーと出会います。
夏の間、ホームステイとして共にオリバーと過ごすことになるエリオ。
当初エリオは自信に満ちたオリバーに対して反発をするんですけれども、やがて磁石のように引きつけ合い、次第に距離を縮めていくことになります。
ある晩、バルコニーで互いの思いを確かめ合った二人は激しい恋へと落ちていきます。
君の名前で僕を呼んでくれと、僕の名前で君を呼ぶからというオリバーの提案で、二人の絆は身も心も特別なものへと成長していきます。
やがて夏の終わりが近づき、オリバーの出発の日がやってきます。
すっかり気力を失ってしまったエリオでありますが、そこに父が優しい言葉で励ましてくれます。
どうやら両親は二人の特別な関係を知っていたようだということがこの辺りではっきりと明らかにされます。
やがて冬になり、オリバーから電話がかかってきます。
エリオはその電話を取るのですが、そこでは来年には結婚するんだという衝撃的な知らせが待っていました。
君との出来事を何ひとつ忘れないぞというオリバーの言葉に静かに涙を流すエリオ。
エリオのすすり泣き、そしてですね、寒い冬の景色に温かく揺らめく暖炉の火。
そしてそれに照らされるエリオの涙。
そんな美しい景色の下、エンディングタイトル、エンディングクレジットへと繋がっていくという作品ですね。
生涯忘れられない恋を皆さんも思い出すのではないでしょうか。
ぜひご覧ください。
はい。また4秒にしてて間違えたんです。
だからなんだよ。
お前な。
今回、人のせいにしてない。
してないね、そうね。
自分が体調を崩して休んだっていう、そういう罪悪感が助けてようやく、人を無意味に責めることをやめたということですね。
そこまで準備しないと、僕を責めずにはいられないということが要因がありました。
18:04
ということで、今回の作品は、プンチャーさんの中でBLということを扱っておりましたけれども、LGBTでいうところのGですかね。
あるいはBなのかもしれないですけれども。
LGBTって、そうだね。
GなりBなりの辺りですね。
GなりBなりで、Gはどっちものことを言うんだもんね、とりあえずね。
Gはどっちもじゃないでしょ。
レズ、ゲイって同性愛のことを言うのかなって。
男性同士の同性愛でしょ。
男性同士に限定した話じゃなかったっけ。
いや、限定した話ですよ。Bがバイセクシャルだからその限定しないことでしょ。
あ、ほっか。
そうそうそうそう。限定せずどちらも愛せますよみたいな。
そうか、バイセクシャルか。
僕らは一応確認しておくとですね、ヘテロセクシャルな人間なので。
そんな中でですね、こうした同性愛をテーマにした作品を見ていくということになりまして。
初めて批評するんで、どんな形で切っていくのかっていうところは結構難しいのかなと思ったんですけど。
難しく考える必要はねえよなっていうのが正直なところで。
やっぱりね、このLGBTなりLGBTQなりみたいな話題って、なんかこう歧視されがちですよね。
しかもまあ、いざ語るとなると各方面に配慮しなければならないかのような空気感が漂うっていうのも、
僕はちょっと逆にそれが良くないんじゃないのっていうふうに思っておりまして。
別にまあ、人間でしかないので、描いているのは。
だからまあ単純に同じ尺度で切っていけばいいんだろうなということにちょっと気づきましたんで。
今回ガツガツいきますよっていうお話でした。
しかもなんて言うんだろう、その手のことって僕はオープンにしすぎるのも良くないと思うんだけれども、
歧視しすぎると逆にそれが閉じ込めることによって排除につながるから、適度にちゃんと蓋を開けていかないといかんのよねっていうのは思うよね。
だからもう、今回のやつに関しては僕らは一意見として言うし、
僕個人の話をすると、たぶん今回はLGBTQ関係なく1個人の恋愛という面で見るから、
なんかそんなそういう話にはあまり突っ込まない可能性もある。
なるほど。じゃあいい感じに別れるかもしれません。
21:00
ということでじゃあ早速ジャブからいくんですけど、
先週わけあってその更新が途絶えてですね、非常に寂しい思いをした方々もいっぱいいると思うんですけど、
僕はですね、久々に古いエピソードをちょっと聞き返してみたんですよね。
そしたらね、ジャブの長いこと長いことね、特にエイリアンシリーズとかすごかったんですよ。
エイリアンシリーズはすごかったろうね。
その上で何の遠慮もなく、本題の方もゴリゴリに語ってて、
本当にリスナーのこと考えてないんだなっていうことがよく伝わってきて最高だったんで、
今回は何も考えずにですね、今までちょっとサクッといきますよとかいうふうに配慮してたんですけど、
やっぱ配慮いらねえわって思ったんで。
何ならこの説をお互い喋り出すっていうのもさ、いつの間にか固定化されてたけどさ、
だって最初の頃とかゴジラやってた頃とか、別に説みたいなの特に用意してなかったりするじゃないですか、ゴジラ初期ぐらいまでは。
いつの間にか説がね、それはそれで面白いと思うけど。
まあでもね、番組のこの設計みたいなものは、徐々にこうやって流れていく中で構築されていくものだから、それでいいと思うんだけれども、
もうね、ケツのことなんて考えてもしょうがないので、楽しく語れればそれでいいんですよ、我々はっていう。
ついてこれる6000長人だけがついてくればいいので、ということでやっていきましょうか。
一番でっかいジャブはね、一番最後に言いたいから、アプリコットのくだりに関しては。
まあまあそうですね。
それはちょっと一番最後に取っておきたいです。
はい、わかりました。じゃあちょっと僕はゆるーいジャブありますんで。
ゆるいです。
北イタリアの大自然が羨ましすぎるっていう件ですね。
ああ、わかる。
いいね。
どこ行っても川があってさ。
そうそうそう。さえぎるものがないみたいなさ。
はいはいはいはい。
そういう景色の中でチャリンコ漕いだりとか、なんていうのあの黄金の太陽みたいなさ。
はいはいはいはい。
キラキラした感じ。
そう、キラキラした感じ。で、さらっと水に浸かってみたりとかさ。やたら狭いプールでひたすら泳いだりとかさ。
それちょっとジャングル入ってたんだけどさ。あのプールさ、銭湯で泳いでるようにしか見えないっていうね。
あれはプールっていうか馬の水飲み場なのかなっていう気がしてしまう。
24:04
あれ何なんだろうね。
あれはプールと呼んでいいのかみたいなすごい狭さだったんでちょっと面白かったんですけど。
なんかこう、ちょっと昔の人たちの洗濯場とか言われてもなんか全然納得できない。
分かる分かる。何だったら多分そうだと思うあれ。多分そういうものだと思う。夏だしみたいな感じで入ってくる。
そういう生活用水みたいな。
そうそうそう。絶対そうだよねっていう気がするね。っていう感じで。
とにかくあそこ俺もホームステイしたいなっていうふうに思いましたね。ああいうの。とても素敵でした。
羨ましい繋がりで言うとね、僕ピアノあんなに弾けるの羨ましいですね。
それはそうよ。てかね、なんだろうなやっぱ鍵盤楽器ができるっていいよね。
いいよ。
羨ましい本当に。
本当に一応ね、一応小学校4年生ぐらいまで習ってたんですけど。
だよね。お前といえばドレミの歌を短調にしてよく弾いてるっていうイメージがありましたよ。
アンプしてる曲が少なすぎて、ちょっと弾いてみてって言われたらそれがポンって出てくるっていう。何よりも先にっていうぐらいの能力しかないんですよ。
十分です。
なんかさ、ちょっとポップスの曲とかをさ、アレンジしながら弾けるとかさ、
よくYouTubeとかでやってる人いるじゃん。いいなと思って頑張って練習するんだけどさ、
まあいかんせん飽き性だからさ、ちょっと上達するよりも先に飽きてもう嫌になるが先に来るのよね。
っていうのをもう30何年繰り返してます。
まあまあそんなもんだよね本当にね。やっぱ音楽っていうのは、なんかこう、才能の話に落とし込むのはすごくアレなんですけど、
結局、ぐいぐい伸びてくから嬉しいみたいなところもやっぱりあると思うんだよね。
何事もそうだけど。
自分が伸びてるなっていうふうに実感できるからこそ、もっといけるもっといけるで続いていくみたいなところあると思うから、
なんかねそこが感じられないエリアまで来るとなんかちょっと飽きてくるというか、
ああまたやるのかとかやったところでなっていうところにやっぱなってしまうっていうのがなんとも悲しいところですね。
僕にとってのギターもまさにそんな感じですから、すごく悲しい気持ちになりながらも、
まあでも嫌いにはなれないからまた時間が空いたらすぐまた触りたくなるみたいなね、いわゆる下手の横突きというやつですけれども。
そうなんだよね。
そうっていうね、ありますね。でも彼は本当にうらやましい才能がありましたね。
あともう一個うらやましいのが、いつでも生絞りジュース飲めるのうらやましいなって。
ああいいですね。
ね。
そうですね。
27:00
なんかそれだけなんだけどさ。
でもなんかそれこそね、果樹園が当たり前のように敷地にあるみたいなさ、あれもなんかちょっといいじゃない?
うーん。でもさ、しかもおいしいっていうのがうらやましいよね。
ああはいはいはい。
あのうちの家のさ、金管が植わってるじゃない。
はい、ありますね。
あれおいしくないんだ。何やってもおいしくないな。
あれお前ん家遊びに行った時に食わしてもらったけど全然おいしくなかったね。
でしょ?あれはちみつ漬けにしてもダメだしさ、香りも薄いしさ。
で、しかもあれが結構さ、あの木ちょっとなんかおかしくなってるのが一年中なってるんよ。
ああすごいね。
もう年頃、もう冬とかさ、もうちんちんと雪が降る中さ、なってる。
だから途中でなんかこうなんか悪くなってさ、なんかさ白いショボショボみたいなやつがポロポロポロポロ落ちてるわけよ。一年中。
なんかそれが腐って臭いのよ。ティシマ多かったちょっと待って。
ダメだよあれは。一応ね、お前ん家のランドマーク的な感じでさ、なんかちょっとこういいじゃない。あれはもう本当にシンボルツリーとしてとっておいてほしいですよ。
なんか別のやつ、レモンとかさ、もうちょっと育てやすくてちゃんとおいしいやつになりたいなってずっと思ってる。
そうね、俺今ね、パール缶っていうなんかクソでかいみかんみたいなやつあるじゃん。
はいはいはい。
あれを食べた後に種をふざけて植木鉢に植えといたら、めっちゃ芽が出てどんどん成長してるのね。
パール缶がなるほどのでかさになった時にそれを受け止められる植木鉢はないのよ。
パール缶ってどのぐらいでかくなるの?
いやまあ本当こんぐらい、なんかでかい夏みかんぐらいのサイズ。
ああ、じゃあちょっと引き取れないな。
結構立派な感じで、甘酸っぱくてね。で、わりとそこまで強い味わいじゃないからさわやかにバクバク食えるみたいな。
俺結構好きでよく食うんですけど、まさか芽が出ると思ってなかったんで。
でも金管抜いてこいつ植えるか。
そのほうがいいかもしんないね。香りもいいしね。
そしたら毎年送るよ。おいしくなかろうと。
なんかちょっと金管がその有様だったらちょっと土に原因があるかもしれないから、パール缶植えとかうまくないかもしれないよ。
土壌改善するつもりもないからさ。
じゃあダメじゃん、動画が。
あとね、石畳いいねっていうのもあって。
30:01
石畳いいね。
ただ主な移動手段が自転車だから、ケツ崩壊しそうだけど。
いや、ケツの前にさ、あんだけサスペンションのない自転車でしょ。腕死んでると思うんだよね。
そうね。
ビロキレ。
しかも素手じゃん。
そう、素手なんですよ。
いやー、あれはしんどいと思うよ。
でも羨ましいです。でも羨ましい、ほんと。
でもなんかイタリアなのにさ、あんまりスクーター走ってなかったよね。
あれはだってもう土田でしょ。北イタリアだからね。イタリアで一番発展してるのは結局南方でしょ。
ああ。
海底終わりな火山のすぐ近くに最も開けた都市があるっていうちょっと変わった国なんですよね、イタリアという国は。
そうだね。
まあそれをですね、海底火山まみれの国に住んでる我々が言うっていうのも皮肉なもんですけれども。
いつかでっかいね、火山灰が降ってくるかもしれない。そんな日本、好き。
ね、大好きです。だからあんまり交通もそこまで何も走ってないのが当たり前みたいな感じでしたよね。
ね、バスも1本か2本で。
ね、たぶんそんな感じだったよね。いいなあ。ああいうところで生活したい。でもなんかご近所付き合いとかしんどそうだけど。
そうね、なんか僕の姉がね、イタリアに留学してたんですよ。
言ってましたね。
そう、テレビ見ないんだって。YouTubeとかも見ないんだって。何してんのって言ったら、その辺でみんな喋ってる。
入れなかったら終わりなやつね。
いや、そうそうそうそう。
いや、きついわ。
別にすっごい面白かったんだけど、姉にね、どうやら惚れたらしい人がいたらしいのよ。
なんか姉がホームステイ先で朝窓を開けると、通り挟んで向こうに男が住んでたらしいのよ。
だいたい窓を開けるぐらいの時間に向こうも窓を開けて、すっごいにっこりしながらアピールをしてくれるらしいの。
それが何日も何日も続いたから、うざくなって朝窓を開けるのはやめたっていう話があって。
悲しいなあ。やめてあげてよ、そんな日本的な仕草で伝えるのやめて。
強に言っては強に従ってお願いだから。その気はないのよみたいな感じで、ちょっともっとその場の空気に合わせて伝えてあげてほしかったな。
33:05
日本的なしっとりとした伝え方ダメ。ちょっとジメッとした感じの伝え方ダメです、それは。
でもジメッとした伝える方だったらエリオンだって大概じゃない?
まあそうだね。エリオンは相当なジメッと感でしたね。ジメジメ系男子でしたから。
ジメジメ系ですよ。絶対なんかカビ臭そうだもん、部屋。
カビの匂いだけだったらいいんだけどね。ちょっと他の匂いがすごいことになって。
あの部屋でもちょっと良くない?
いやいいっしょ。
普通に寝室が二つあって、その真ん中にシャワールームがあって、それを一人で使ってたわけでしょ、それまでエリオンが。最高じゃない?
いや最高ですよ。だって一応助手を雇って、あれだけのサルベージュとかもできるだけの研究をしてる教授の家ですから。
しかもお手伝いさんもいてね。
それなりに修行もある。それジョージだね。ゲストアウトのジョージ。中身おばあちゃんだからやめなさい。
いつになるかそうなるかなと思って。
ならない、ならない。普通に脇役は。
お手伝いさんはみんなそうなると思ってるから。
ならねえから。ガーッつってね。ならないから。なりません。
いやーよかったなあ。あとはですね、冒頭のオリバーとエリオンの対立の構図がですね、事実上のゲツクドラマですね。
はじめ仲悪いみたいな。
花壇だよね。
そんな感じ。それがね、ちょっといいよね。甘酸っぱい。
思い出した。
なんすか?
普通に卵の食い方汚くね?
エリオンがもうめっちゃ嫌な顔してみるよね。
あれはさ、普通に嫌だよ。あんなぐちゃぐちゃにさ。もうちょっとさ、ひとんちーに言ってるわけじゃない?
いくらアメリカがガサツーとかオリバーがガサツーでたくましいみたいなところを出したかったんだとしてもさ、もうちょっと遠慮して食えよ。
遠慮知らないからオリバーは。もう卵下手くそだからね、もう食べ方ね。
卵下手くそだけど卵食べるの好きなんだね。
大好きなんだ。卵食べるの大好きだから。でも卵な、あの食べ方って食べた気すんのかな?
36:05
昔うちハマってましたよ、あれ。
エッグスタンド?
うちあったよ。
うちにもね、一個だけあったんですよ。たぶんね、親父がね、ちょっと興味持って買ったんだと思うんですけど、結局一回もつかなかったな。あれ何なんすか?あれ生なんすか?半生?温泉卵あれ?
温泉卵よりももっとゆるくするんですよ。ゆるくじゃないよ、固くして。ラーメン屋に出てくる半熟卵の味卵じゃん。あれぐらいにして上を、コーヒーじゃなくてスプーンの丸いところでピシピシピシ叩いて、上だけをプロッと向いて、ほじくって食べるんだけど、土日とかによくやってましたね。
ブランチ見ながらこうやって食べてた。
塩、塩かけるんですか?
僕はマヨネーズかけて食ってた。
そこはマヨネーズなんだ、やっぱり。でもね、ゆで卵にはマヨネーズが一番合いますよね。
一番?だってもう同系統だもんね。
そうそうそう。事実上卵に卵をかけて食ってる。そりゃそうだわって話ですけど。
それはうまいんだよ。
オリバーに関してはね、ダンスのシーンが結構出てくるんですけど、絶妙に別にかっこよくないですよね。
彼は下手な横突きだな。
そこがいいんじゃないですか。なんかわかんないですか。オリバーのダンス、ちょっと癖になりますね、あれはね。
そうですね。なんか僕の中でアメリカ人は全員ダンス上手っていうイメージが勝手にあったんですけど、今回の映画を見て、あ、いけるんだなって。そんなことはないやっていうのをわかりました。
そうね。アメリカ人はみんな踊るのが好きです。得意とかは関係ないですね。
関係ないのか。
今日本にもあるんですけど、当時まだ日本にはなかったアトラクションにミニオンのアトラクションがあったんですよ。そこ出てくると大画面があって、そこでミニオンたちがYMCAで踊ってるんですよ。YMCAで踊ってて、そこに出てきた人たちがみんな一緒に踊ってるんですよ、大体。
へえ。
楽しかったって気分のまま出てきたら、ミニオンが踊ってるから、よし僕も踊るぞみたいな感じで。イエーイって感じでみんな踊ってて、俺も一緒に踊ったんですよね。で、日本にユニバーサルスタジオジャパンに同じやつができて。
マジかーって当時のことを思い出しながら乗って、うわーそうそうこれこれやって出てきたら、またやっぱりミニオンがYMCA踊ってて、日本人がそこをスタスタスタスタス通りして出ていくっていう。うわーと思って、一人で踊りましたね。
39:16
まあでもあれは踊るんだよねみんなね、ハロウィンナイトみたいなやつ。
それは踊るものっていうふうに企画されてるから。ここで踊れたら素敵だよ的な感じのお勧め方だと多分みんなやらないですよね。
ここは踊らなきゃダメなんです。
そうそうそう。初めの一人にはみんななりたくないし、みんながやんならやるけどみたいな感じなんですね。そこがやっぱり日本だなというふうには感じましたけど。
どうしてもやっぱファーストペンギンがいないとダメなんですね。
日本人は。そろそろアプリコットの話しますか。
お願いします。
やっぱり世界的に何かを何かに突っ込みたいっていうのは、どこの国でもある文化なんですかね。
どうなんですかね、その婚約的なね。
婚約的だったりとか、僕らが青春時代に見たチェリーパイに入れるという文化もありましたし。
アメリカンパイね、ありましたね。ザ・ボーイズでは木のウロに入れるやつがいましたけどね。
ありましたね。あとタコトもありましたね。
ありましたね。なんすかね。あるんですね、そういう文化圏的な。
でもなんかあれはある意味では何かしらのメタファーなんじゃないのかなっていうふうにちょっと僕は思ったんですけど。
桃的なあれだから。
そうそうそう。でもそこは結局よくわからなかったですね。別に何かの象徴というわけでもなさそうで、アプリコット。
そしたらあのほじくってたのがしりこ玉のメタファーだったのか。
種はしりこ玉だったと。
しりこ玉だったのかもしれない。
エリオカッパ説ですね。
いやわかんない。どっちがタチでどっちが猫かわかんないからね。
わかんないですけどね。
まだ結局その辺はまだうまく出てないから。
わかんないですけど、エリオカッパ説か。
カッパかもしれない。
オウマの説は今回はそれということで。
ちょっと頭脳に連れてきて。
そうですね。
許可証を持った先生ももらえるぞ。
もらえる可能性がありますね。
ちょっと赤な顔だからさ言いたいんですけど。
エリオにちょっと来てもらってみたいな。
僕、ジャブあと2つだけあるんですけど。
1つは、性にオープンすぎる良心問題っていうのがあって。
衝撃的だったのは、ほぼほぼ裸なマルシアが家に遊びに来て。
42:05
そのマルシア、マルシアで合ってるね名前。
マルシアだったと思う。
マルシアだったよね。
よく収録中にブチ切れて帰っちゃう芸能人。
全然伝わらなかったわ。
同世代なら大体みんなわかると思ったんですけどね。
全然わかんない。
マルシアと言ったらバラエティ番組でデータいじられたらすぐブチ切れて帰っちゃう芸能人というイメージですけどね。
ほんとだ、マルシアブチ切れて。
ブラジルから来られた方だと思いますよね。
それはさておき、ほぼほぼ裸なマルシアを連れて、エリオがスタスタ階段の上に登っていって、
絶対下までギシギシ聞こえそうな屋根裏のアトリエみたいなところで、オープン始めるじゃないですか。
オープンだよねっていう。
オープンだよね。
すごいオープンだよねっていう。
あのシーンちょっと僕思ったんですよ。日本の映画とかドラマとかマンガとかでもあるけどさ、
音楽かけてちょっと音量を上げてご好意をされるっていうシーンとかあるじゃないですか。
ありますね。
音姫ぐらい今やってますよっていうのがバレるよね。
音姫ぐらいね。しかもかける音楽も結構繊細に選ばないとさ、
変にEDMとか流したらリズム合わせなきゃいけないのかなみたいな感じになるよね。
逆に裏ソングちょっと難しいよね。
裏拍とっちゃったりとかあるかもしれない。っていうのをちょっと余計な心配をしてしまいますけど。
昔マリオストーリーやってる途中にそういう感じになって、途中でなんかちょっと違うよねって言ってテレビ消したことがありました。
それは違いますね。それは違うわ。
ずっと寒い寒い村のBGMが流れてたんですよ。
なるほどね。タイミングアクションとかしそうになりますよね。
やかましいね。
ごめんなさい、本当にもう誰にも伝わらない話してる可能性あるからちょっとこの辺にしておこう。
もう一個ね、僕ちょっと感動したんですけど、さっきオープニングでオーマンがチェーンソーマンの話をしてたんですけど、奇跡のマリアージュというか、
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あれですよね、ゲロチューっていうビームが生まれることになった作品なんですね。
チェーンソーマンってヒロインがゲロ入ってそれをチューするみたいな。
そうそうそう。
そこ僕は読んでないとわかんないですけど。
そのあとヒロインを全部食べるっていう。
そうなんですね。
水蔵どころの話じゃないっていう。
それからゲロチューっていうのがあるらしいんですけど、今回の作品もゲロチューありましたね。
ゲロチューありましたね。絶対くさいよね。
エリオがバッドトリップしてゲロゲロって吐いた直後にオリバーがチューするっていう。いやーあれはすごいなと思いました。
いやーさすがにちょっとね、無理よ。
苦そう。
逃げ気とか混ざってるから苦そうな気がしましたね。
僕もらいゲロするタイプではないけど、さすがにそうされたらちょっともらいゲロしてる気がする。
そうですね。無限ループしそうですね。ずっと行き来しそう。
どっちかちょっとショックで倒れちゃうんだろうな。
そんなわけでね、メチャブラこのあたりにして本題に入っていきますが、前回は僕が後だったんですね。
そうだね。
今回は僕から言わせてください。
はい、お願いいたします。
ということで今回の僕のですね、持ってきた説こちらでございます。
映画。君の名前で僕を呼んで。美化しないLGBT映画説。
ということでね、LGBTを題材にしつつ、そこを主題にしないというか、単純にそれを描いたっていうところがある種評価された作品だと思うんですよ。
それこそね、この手のヘテロセクシャル以外の性的な思考を持つ方々を題材にすると、どうしてもそれは一体果たしてどうなんだとか、
社会の中でそういう思考を持つ人たちがいかに不当に扱われてきたかみたいな、そんな方向にカジキリをする作品がやっぱり多くなっていく一方で、
そういう問いを全く立てずに単純に物語を描いていったっていうところがある意味では、この作品の評価につながっているんじゃないかっていうふうに思うんだけど、
僕はその一方で、そうとも言い切れないぞと。この作品はある種、社会の構造が人を加害者にしているというふうな構図を持っているんじゃないのかみたいな。
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そんなことをちょっと考えたんですよ。だからこの映画見て、たぶん美しい映画だったな、綺麗だったな、甘酸っぱい初恋思い出したなとか、いろいろと思う方がたくさんいると思うし、僕もやっぱり初見そういうふうに感じたんだけれども、
綺麗だよ、どのシーンもね。さっきも言ったけど、キタリタリアの田舎みたいな、輝く夏の太陽とか、アプリコットとか、プールとか、自転車とか。
アプリコット言われるとちょっとペロリシンを思い出してる。 楊 二人の若者の心が近づいていって、熱く激しく愛し合うみたいな。美しいですよね。なるのかもしれないんだけれども、それは間違ってないんだけれど、
これは美しい非憐、叶わなかった恋を描いてるんじゃなくて、閉じた社会の構造っていうのが、美しい愛の中で人を傷つけてしまうっていうシステムに対しても何かしらを訴えてるんじゃないのかっていう、そんな気がしたと。
まあちょっと整理していきましょう。まずですね、この作品は、劇中の政治的な言及ね。両親の、あれはおじ、おばかな。
おじおばっぽいよね。ひたすら討論してる二人。 楊 ひたすらベラベラベラベラベラ喋りまくるのを、まだ終わんねえのかなみたいな感じでみんな聞き続けるみたいなシーンで、政治指導者の名前が出てきたりするんですけれども、その辺りから1980年代の頃のようだと推測できるように、多分あのシーンは挟まれてるんだと思うんだけれども。
だいたいこの1980年代のオリバーの出身地ってどこかっていうとアメリカなわけですよ。1980年代のアメリカっていったら一体何が起きていたのかっていうと、これはエイズ患者の問題っていうのがめちゃくちゃブワって上がってきた時期なのよね。
1981年アメリカでエイズ患者の報告が上がってきて、それがゲイの男性のコミュニティでは激しく拡大していったっていう出来事があった。その辺りに関しては、著名人でいうとボヘミアン・ラプソディー見た人なんかはよくわかると思いますけれども。
だからそこにこの病っていうものが乗っかってきたことによって、ゲイの男性に対する風当たりも強くなっていった時代でもあると。当時の医学界では、これをグリッドって呼んでたらしくて、ゲイリレーテッドイミュンディフィシエンシーっていう、ゲイ関連免疫不全みたいな。
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っていう風にエイズのことが呼ばれていたわけですね。だからもう、その病気の名前の中にゲイを入れてしまうっていうぐらい、このエイズっていう病気がゲイの男性と結びつけられて語られてしまっていたわけだよね。
その結果として結局、その風当たりは当然強くなっていった中で、おそらくはオリバーがアメリカで過ごしていたとき、つまりはこの作品の中で描かれた北イタリアの大地ではないところですね。
彼が本来存在しているコミュニティであるアメリカでは、彼はゲイであることをオープンにして生きるなんてことは到底できないし、かなり抑圧された環境の中で彼はその北イタリアの地に降り立ったんだっていうことが、そこからも見て取れるわけだよね。
だから、なんていうのかな、それこそ補修的なね、それこそエイリアンの時にも言ってましたけど、宗教的右派が力を持っていた時代なわけで、そのあたりでいうと、ゲイであることをオープンにするっていうのは、ある意味ではですね、職を失うかもしれない、将来のキャリアを失うかもしれない、家族に縁を切られるかもしれない。場合によっては暴力の対象になるかもしれないと。
オリバー自身が作品の中でも、うちの両親とは大違いだみたいなことを言うように、彼はその性的な自分の特性っていうものを一切、おそらく家族にもオープンにしない状況の中で生きてきたんだっていうことが見えてくる。
アメリカ人大学生であり、かつユダヤ系の家庭に育っているわけでね。ユダヤ教っていうのは、同性愛っていうのは基本的には近畿で、家を作る息子だったり、正当な子孫を残す男性っていう期待っていうのは、文化宗教的にも明らかに男性に与えられる責務として存在している以上は、
彼はその宗教的な理由からも、その自分のセクシャリティっていうものを一切隠さなければならなかったっていう状況にあると。そう考えると、このエンディングの時にエリオンに向かってオリバーは自分は結婚するんだっていうことを言うわけですが、これ夏に起きたあの激しい恋と、冬の結婚っていうものの間にわずか数ヶ月しかないことを考えても、それはもうはっきり言って早い段階から決まっていたはずなんだよね。
エリオンの問いに対してオリバーは結構うやむやな回答をするんですよね。なんとなく長く続いてたんだみたいなことを言ってるんだけれども、おそらくはもう結婚することなんてもうとっくの昔に決まってるはずなんですよ。じゃなきゃおかしいスパンじゃない。
彼はそういう自分はアメリカに帰ったらもう結婚するっていうことがわかっていながらして来たイタリアの地に着き、それがわかっていながらしてエリオンをおそらくは抱いている。そこをやっぱり考えていかないと、この映画の見え方っていうのはおそらく解像度がまだまだ深められる状況で一歩立ち止まってる感が否めないかなと思ったわけですよ。
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だからこのいわゆるねそのパッと見た瞬間の解釈としてはかなわなかった非伝の物語であるっていうふうにおそらくは処理できるんだけれども、ちょっとそういう背景を考えてみてみると、
これって割とエリオンとオリバーとの間には確かに絆があったとは思うんだけれども、彼ら二人の間には非対称性っていうものが存在しているぞと。エリオンはおそらくは本当に自分の全てをぶつけて恋をしていたはずだと。
ところがオリバーからすると実際は彼は全てを完全にさらけ出していたわけではなさそうじゃないかというふうに思えてくるんだよね。で、それを僕が特に確信してしまったシーンが、オリバーがエリオンと関係を持って帰るまでの間に繰り返しエリオンに対して君を傷つけたくないんだとか。
はいはいはい。 嫌な思い出にはしたくないんだみたいな。後悔させたくないみたいな、そんな言葉を結構口にするじゃないですか。なんでそんなことをわざわざ何度も言うのかと。もちろんこれから帰ってしまうからみたいなこともあるのかもしれないんだけれども、傷つけたくないって、傷つける気がないんだったらそもそも傷つけたくないなんて言う必要はないわけですよ。
ある種あの時点でオリバーは自分がエリオンを傷つける可能性があるというよりは傷つけることになることを知っているからこそそれを言っている。だからオリバーの中にはもうすでに明確な後ろめたさっていうものがそこにあったんじゃないのかっていうのは、あそこのセリフからなんとなく感じ取ることができるんじゃないのかというふうに思うんですね。ここまでよろしいでしょうか。
はい。
つまり彼の人生っていうのはずっと演じることによって支えられてきたんだっていうことがなんとなく見えるよね。つまりはアメリカにおいては彼は異性愛者であり、なおかつ成功への道、キャリアを確実に積み上げて大学院まで進んできた立派な家族のホープみたいな感じのはずなんですよ。
つまりは約束された将来っていうものを持つ息子として彼は生きてきている。そしてそれは彼にとってはある種生存のための必要な戦略だったわけだよね。彼自身は自分の人生を生きる権利はあるかもしれないけれども、でも結局のところそういう自分を演じて生きていかなければ彼はすべてを失うわけだから、もうその線路に乗っかって進んでいくしかないわけだ。
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だからまあ自分を騙して、あるいは周囲も騙して、そうやって生きていった先にその今のオリバーっていうものが存在していると。そんな彼にとってじゃあ折り立った北イタリアの大地っていうのはどう移ったのかということなんですよ。
誰も自分のことを知らない土地なんですよ。そして家族はというと、自分を受け入れてくれたホストファミリーになる女子を務める教授ですよね。もう同性愛に対して極めて開かれた家庭の空気があるわけだ。
そしてそこには自分のセクシャリティーに揺れ動くエリオという存在がいる。この瞬間に果たして彼はこの環境をどう受け取ったのか。ある意味では本当の自分を初めてさらけ出すことができる環境だなっていうのを彼はその時に感じていたかもしれないと。
ということですね。だからある意味では初めて自分になれる場所っていうのを彼は北イタリアの大地に来て初めて見つけたというふうに言うことができるんじゃないのかと。
その上でですね、エリオなんですけど。エリオはオリバーにどう移ったのかっていうところなんですが、彼は結局のところ自分の分身に見えてたんじゃないのかなっていうふうにも思うんですよね。
なんて言えばいいのかな。本当だったらこうなっていたはずの自分に見えたのかもしれないという。結局彼は厳格な大地において、厳格な環境において、そうせざるを得ないという状況の中で自分を偽って演じて生きていく道を選択してきたわけだけれども。
本来だったらおそらく、今ここに目の前にいるエリオのように自分のセクシャリティって結局どっちなのかなっていうのを思い悩む権利がそこにあったはずだっていうふうにおそらくは思ったんじゃないのかと。
だからこの、あえてこの作品においてはエリオとオリバーっていう二人の男性が出てくるけれども、年齢差があるんだけれども。そこもやっぱりある種、
恣意的に設定されてる、登場人物の年齢設定だと思うんだけれども、オリバーからするとエリオはかつてなりたかった自分だったのかもしれないわけですよね。
自分の意思で自分のセクシャリティを、アイデンティティっていうものを身につけられる環境にいたら、自分はこういうふうに生きられたのかもしれないみたいなふうに思えたのかもしれないと。
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それはある意味では過去の自分に対する、自分にかけられなかった愛情ですよね。自分を大事にして自分の選択をしていいんだよっていうふうに自分に言ってやりたいけれども、自分はそれはできなかった。
じゃあその分の愛情を一体どこにぶつけるのかってなったときに、それはすべてエリオに向かったんじゃないのかなというふうに思うわけ。
そうなってくるとタイトルっていうものがここで響いてくるよね。Call me by yourname、君の名前で僕を呼んでという。
一般的にというか、パッと聞いて思い浮かぶのはやっぱり愛する人と魂の融合をするみたいなイメージですよね。君と僕が一つになるんだよみたいな。
体を重ねるだけじゃなくて魂まで一つになるみたいな。いいことじゃないって思うんだけれども、ここでもう一つの読み方ができるようになる。
オリバーにとってのこの行為っていうのは、自分が慣れなかった自分を仮想体験する行為としても読めるんじゃないのかと。
だから大事なのは実は君の名前で僕を呼んでもらうことよりも、僕の名前で君を呼ぶことにあるんじゃないのかということなんですよ。
なるほどね。
オリバーはエリオのことをオリバーと呼ぶわけですよ。それはエリオが自分だったらいいのに、自分がエリオのようだったらいいのにっていうその思いをエリオに乗っけることで、
この自分自身を外側から愛することができるわけですよね。それが実は彼にとって一番心地の良い行為だったのかもしれないというふうに見ることができる。
エリオはオリバーが完全にかつて諦めた人生を今生きている。
同世代に対して開かれた家庭で育って、自分の感情を自由に表現できるような環境にいると。
だからこそエリオっていう媒体を通して、解放された自分っていうものを一瞬体験することができたんじゃないのか。
ただこの読みは非常に残酷なものでもあって、もしそうだったらエリオはある種愛されただけではなくて、オリバーが持てなかった人生を演じさせられたっていうふうに読むこともできるよねと。
そう見るとね、ちょっと悲しくなってくるよねっていう気もしてきますよね。
だったらそういう純粋な何もない、ただ一つの愛としてぶつかっていってほしいなというふうに思ってしまうんだけれども。
そういう悲しみも実はここには乗っかってきているっていうふうに見た方が、作品の深みは増すんじゃないのかなって気もしてくる。
映画に出てくる様々な小道具を読んでいくと、結構意図的な仕掛けがあるんじゃないのかっていうふうにも思っていて。
一つは海底から引き上げられたビーナス像なんですけれども、考古学者一行ですね、エリオの父親と助手みたいな人たちがサルベージしてるんですけど、
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引き上げられたその像にはペニスがついてるんですよね。
そうだよね、大巨星の後のはずだもんね。
そこなんですよね。女性の形を知っているっぽいんだけど男性気はあるよっていう。
古代技術者ローマだと、そういう両性偶遇が美の理想みたいな、要するに全てを兼ね備えたものとして描かれるっていうのは決して珍しいことではないから、
だから彼らがサルベージしたものもたまたまそれだったっていうふうに言うことができるかもしれないんだけれども、
ある意味ではそういう教会があやふやでいいじゃないっていうふうな価値観っていうのが、
ある種現代社会が要求している男か女かをはっきりしたいとか、異性愛か同性愛かのどっちかの二択であるみたいな、
そういう何かを選ばされる環境に対するちょっとした皮肉にもなってるんじゃないのかなっていうふうに見ることもできる。
なおかつ彼がそういう教会が曖昧な像へ熱い視線を注ぐシーンなんかも、
ある意味で彼自身の願いがそこに詰まっているからっていうふうにも思えるよね。
さらにオリバーが読んでたヘラクレイトス断片みたいなのをオリバーが読んでて、
それをエリオがちょっとチラ見するみたいなシーンもありましたけれども、
ヘラクレイトスといえば万物は露天するみたいな有名なフレーズがありますけれども。
水の、水だっけ。
そう水の話も出てきましたね。流れる水はね、道の功能ってやつですね。
これも僕はソフィーの世界で読みましたけれども。
そうですね。
あれもある意味では対立しているものが調和を成していくっていうふうな思想っていうのも、
ある種エリオとオリバーとの関係だよね。引き合いながら決して同じ場所には立てない。
でも、互いに引かれ合ってしまう。
そこら辺の調和に向かっていくこの二人の将来というか未来をちょっと暗示しているものにも見えてくるし、
あとね、エプタメロンっていうのが出てきて、これは両親、家が停電したときにお母さんがエリオに読んで聞かせた詩編みたいな。
ああ、ドイツ語がどの子の詩ですか。
そうそうそう、エプタメロンっていうね。
デカメロンの影響を受けて書かれたものらしいんですけれども、フランスのものらしいですけどね。
デカメロンっていうのが本当にあるの?
あるよ。
大きいの?
大きくないって。やめてください、そのデカメロン、でっかいメロンだと思うの。
エプタメロンって言ったらちっちゃいの大きいのかどうかね。
エプタメロンっていうのがあるらしいんですけど、これはね、結構観能的な詩編らしいんですね。
観能的な短編集らしくて、愛と肉欲を描いたものらしくて、それを読み聞かせる親っていうのも非常に性的にオープンな家庭なんだなってことがなんとなくそこからも見えてくるのかもしれないんだけれども、
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性愛を匂わせるような、でもそこもすごく暗示的で、純粋な愛とその肉体的な愛みたいなものっていうのがどちらもそこには存在していて、別にそれははずべきことでもないぜみたいな。
なんかこう日本人って肉欲を非常に近畿視するんだけれども、でも肉欲っていうのは愛と付随してやってくるものだから、別にそれはそれで美しいじゃない、それでいいじゃないっていう単純なそういう見方もできますよねっていう。
そこらへんもエプタメロンっていう観能的な愛っていうものを美しく描いた作品を引用することによって、それとなく匂わせてるのかなみたいなこともちょっと見えてくるんですよね。
で最後にですね、僕がこのオリバーが実はエリオを愛しながらも利用してしまっていたんじゃないのかっていう読みを確定的に僕は読ませてくれるような材料もう一個持ってて、それがねこのマルシアという鏡なんですよね。
マルシアはどっちだっけ、最後バス停に来た女の子?
そうそうそう、エリオのことが大好きな幼なじみっぽい女の子。
オリバーのことが好きになった女の子。
違う違う違う、エリオが大好きっ子です。
エリオ大好きっ子のほうか。
そうそうそう、エリオ大好きっ子です。でマルシアはエリオの同い年のガールフレンドですよね。
で、結局マルシアはエリオ大好きなんですけど、エリオはオリバーへの気持ちっていうものが常にちらついてるわけですよ。
はいはいはい。
けれどその中で、でもなんかちょっと発展しそうだぞみたいな。この子と発展しそうだぞ、で実際そういう行為に興味あるぞと。
で、やってみて最高だぜってなるっていう。あれって非常にですね、性への関心が高まってその行為に及ぶっていうさ。
なんかよくある童貞散らし物語なんですけれども。
実際2人は何度も肌を重ねて、エリオはもうそれで気持ちよくてしょうがないから、その後も何度も肌を重ねることになるんだけれども。
結局ね、彼のね、いや最高だよっていう気持ちは、彼女と愛し合えたことへの喜びではなくて、あくまでも肉体的な快楽に向けられたセリフだったんだなっていうことが、
結局その後の2人の関係の破綻を見ていくとよくわかるよねっていう。
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このマルシアとエリオとの出来事っていうのが比較的あっさりと描かれていくんだけれども、構造的には非常に重要で、
エリオがマルシアに対してやってることっていうのが、ある意味ではオリバーがエリオに対してやってることの宿主になっていないかと。
自分の本当の感情っていうものを隠した状態で別の誰かと関係を持ってしまうという、後ろ目立つさを抱えながら。
オリバー自身もゆくゆくは本国に戻って、別にそこに愛はないかもしれないけれども、結婚しなければならない相手がいるという中で、
自分自身、かつてなれなかった自分自身っていうものをエリオに重ねて愛し合うっていう行為をしたと。
対してエリオはというと、エリオは純粋にオリバーにもう俗婚ラブなわけですよ。
そういう非対称な中で肌を重ねてしまうという行為は、完全にマルシアとの関係性と瓜二つだよねっていう。
だからここでまさしく愛っていうものの本質っていうのが、愛し愛されるっていうね、その対等な関係ではない中でも成立し得る。
つまりは愛っていうものが利用する側とされる側っていうその構図の中で成立してしまうケースがあるということもちょっと匂わせているんじゃないのかと。
ただここで重要なのは、だからオリバーダメだよねっていう話でもないよ。だからエリオダメだよねっていう話でもないっていうことなんだよね。
それは何でかっていうと、結局のところ二人はこのそれぞれのセクシャリティに対してどちらもですね、困難苦難っていうものを抱えているわけなんだよね。
エリオはというと、そもそも自分のセクシャリティに自信がないわけですよ。自分がどっちなのかっていうのはまだはっきりしていないような状況の中で彼は今を生きている。
関心があるのは男性の肉体だけれども、女性と関わる、女性と関係を持つっていうのがその年頃だからこそ必要なことであるかのようにも感じるし、実際女性と肌を重ねてとても気持ちが良かったっていう経験を持っていて。
自分のこのセクシャリティにまだ確信を持てていない、アイデンティティがまだ確立していない状況にある。そんな中で、だからこそマルシアと肌を重ねてしまうわけだよね。
オリバーも当然のことながら、彼には彼の理由がある。もうこれから先もずっと自分を偽って生き続けなければならない。それは彼のせいかっていうと彼のせいではないよね。
全くもって。こういう環境、こういう世界だからこそそういう生き方をしなければならない。そんな中で初めて自分を解放することができる。
初めてかつて救えなかった自分というものを疑似的に救えるような環境がいきなり目の前にポンと出てきてしまった。であれば、彼がそこに突き進んでいくのも決して不自然なことではないっていうふうに見ることができるんじゃないのかなと。
そうやって見ていくと、この作品っていうのは本当に歌方と消えた恋をただただ美しく描きましたよっていう作品では実はなくて、ある意味ではそういう閉じた社会の構造っていうのが、必死に生きる人たちをすら誰かを傷つける方向へと進ませてしまうっていう、そういう悲劇を描いてるんじゃないのかと。
1:12:24
オリバーは悪人じゃないし、エリオンも悪人じゃない。マルシアは当然のことながら悪人じゃないです。でも誰かが傷ついていくわけですよ。だからその傷ついてしまう、誰かが傷ついてしまう環境っていうものを作っているのは誰なんだっていうと、人間ではなくてある種社会構造というシステムなんじゃないのかというふうに言うことができるんじゃないのかなと。
そう考えると、これはやっぱり美化された作品ではなく美化しないLGBT映画だったんじゃないのかと。そしてそれをうるさい主張で描くことなく、ただただ美しい景色と美しい少年、青年たちと、そして美しいヒレンの物語の中で綺麗に描ききったっていう。
そこのウルトラCが、やっぱり評価に値するんじゃないのかなというふうに思うわけですね。
なるほど。
とまぁそんなわけでね。
この映画を見た時にちょっとね、ごめん。エリオンにばっかり注目しちゃってね、オリバーのこと何一つ考えてなかったんだよね。正直。すぐペロペロする人っていうイメージしかなかったんだからさ。
どんな意味のペロペロだったのかっていうところまでちょっと掘り下げて考えなかったから、オリバーもちゃんと抱えるもんあったよなっていうところを今知ったから、ちょっともう一回見直さなきゃいけないなってすごい今思いながら聞いてた。
そうなんですよ。オリバーはね、抱えてますよ彼。
なるほどね。
やっぱりね、このアメリカから来たっていうのがやっぱり本当にものすごく大きな意味を持ってる。やっぱりそこの部分を考えて見ていくとまた違った世界が見えてくるんじゃないのかなっていうのが一言で言うと僕が感じたところですね。
なるほど。一個ね、オリバーに関してはすごい全面的に納得したんだけど、エリオに関しては僕の視点からすると、この人も純粋な愛を持っていたかというとそうでもないと思う。
ほうほうほう、と言いますと。
という話をちょっと今からしますね。
お願いしますね。
何説にしようかな。
考えてこい。
興味終わったんだもん。
そうね。
えーなんだっけ、君の名前で僕を呼んで間隙間行間大事説。
1:15:08
間隙間行間大事説。
はい。
はい。はい。
はい。ごめん、今決めたからもう自分でも何言ってるかよくわかんないです。
はい。とりあえずね、舞台設定の話からしていきたいんですけども、
北イタリアの夏っていうところで6週間で、当然ながらなんだけど、
向こうの北欧とか欧米の学校文化の話なので、夏休みっていうのが実質の学年が一個上に上がったりとか、
あるいは就業のタイミングの切り替わりの時期っていうところに当たるわけなんですね。
だから夏休み終わったら次の学年とか、あるいは中学生が高校生になるとか、高校生が大学生になるっていうような、
終わりが決まっていて次の準備期間っていう時期にオリバーが来るっていう話でもあるわけそう。
イタリアってそうなんだ。
イタリアの教育制度もそうだったはず。
アメリカもそうじゃん。
アメリカも多分欧米の文化いるから、多分同じ状況だと思う。
ドイツは日本と似てるような気がしたけど、確かイタリアは多分そうなんだよね。
エリオは17歳って設定らしいんですけど、17歳っていうのも子どもでもないけどお父さんでもないっていうちょうど行間のあたり。
家族の中にもいるけれども、家族の外から来た人たちに強く惹かれているっていう。
日常の中にいるけども、日常の自分で決めたルールみたいなところから逸脱したいみたいなところが描かれていると。
こういうどっちでもない時間とか、間と間の隙間みたいなところの時間だったりとか人間っていうところが、
この映画の主題というか、そこの中で揺れ動く人間像っていうところを描いてたんじゃないかなと。
だからエリオにとってこの夏っていうのが単純に恋をした夏っていうわけではなくて、
自分が何者なのかまだ定まっていない時間っていうところの中で何か決定的な経験をしたっていう夏だったんじゃないかというところです。
エリオはオリバーに恋をしているっていうところは子ども全面的に同意なんですよね。
近づきたいとか、接近願望だったりとか、接触願望であったりとか、相手の反応に一喜一憂するとか嫉妬するとか、
独占をしたくなるとかっていうような状況があるから、心理学的に見てもこれはもう恋愛の定義っていうところにきちんと該当するんですよね。
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強い情緒的な関心だったりとか、親密さへの欲求、身体的な魅力だったりとかっていうのが全部揃っている。
でも、この映画が面白いというのは、恋だけで説明できない層がもう一つあるっていうところが面白いなと思っていて、
エリオはオリバーに惹かれている。だけども、同時にオリバーのようになりたいとも感じているっていうところだと思うんですね。
オリバーが持っているその肉体も結構オリバーはしっかり筋骨流々っぽいアメリカ人っていう感じの体型をしてるし、
知的な余裕もあるし、人との距離の取り方がすごく上手。
いろんな場所に飛び込んでいっても、いろんな人とすぐ仲良くなったりとかコミュニティに入り込むっていうのはすごく楽しみながらできる人。
どういう状況であっても、レイダーって言って涼しい顔で去っていくっていう態度っていうのが、
それぞれエリオは自分のコミュニティを荒らされているとか侵食されているっていうところを感じていながらも、
心のどこかでそこらを羨ましく感じているからこそ、目が離せなくて惹かれていったっていうところがあると。
ここで心理学のところに行っていくんだけど、ハインツ・コフートっていう人がいるんですけど、
コフートは何をした人なのかっていうと、人間の心が成長するためには自己対象、
自分の心を支えて成長させてくれる他者の存在が不可欠っていうことを考えた人なんだね。
中でも理想化自己対象っていう概念があって、
これが自分がああなりたいという感じる相手のこと。
子どもがよく大人に対して考えていったりとか、あるいは尊敬する人は何ですかみたいなところで言っているところが典型なんだけれども、
これ思春期にも同じようなところ、形を変えて現れていくんだけども、
エリオにとってのオリバーっていうのがこの理想化自己対象っていうのの、
まさにど真ん中に行くような存在になっているんじゃないかなと。
エリオがまだ自分の中に持てていないもので、
オリバーの近くにいることで自分もそれが擬似的に手が届くような感覚を得ていたりとか、
自分もそうなっているような感覚を投影していく感覚を共有している。
だからエリオはオリバーを欲望として持っているだけじゃなくて、
オリバーを通して自分の可能性みたいな将来になりたい姿であったりとか、
自分の理想の自分っていうものをずっと見ていると。
だから相手を求める気持ちっていうのと、相手のようになりたいっていう気持ちっていうところが同時に存在している。
だから特に面白いのが、今回同性で描いたっていうのも絶対意図してるだろうなと思ったんだけども、
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同性同士の理想化自己対象っていうところで言うと、
求める気持ちとようになりたいっていうのがすごく重なりやすい。
これは友人同士とかでもそうなんだけれども。
ある意味異性の恋とかだったら好きとなりたいっていうのは割と区別しやすいんですよ。
だけどその友達同士だったりとか、あるいは同性愛の場合の同性の場合っていうのは、
恋なのか好きなのかなりたいのかっていうのがすごくあやふやになっていく。
だからその相手に対する気持ちだったりとか、
押しつけているものっていうものは何があるのかなっていうのがよくわからなくなるっていうことはよくあることなんですね。
エリオの混乱っていうのは初期の段階の混乱っていうのは、
初恋だからっていうところだけじゃなくて、
この構造、自分が何を相手に求めているのかっていうところが、
自分でも捉えきれていないよっていうところから来ているものでもあるのかなと思いました。
あとはエリオが結構自分の感情をなかなか言語化できないっていうことがあって、
友情なのか尊敬なのか競争なのかみたいなところが自分の中で分類できない。
これっていうのはエリクソンでもよく言われているように思春期によくあることで、
自分が何を感じて自分でもよくわかんない。
でもそれっていうのは思春期によくあることで、
それを確立させていくのが思春期という時期なんだよっていうふうに言われているんだけども。
エリオの場合、もう一つ困難な部分っていうのが、欲望の対象が同性だったっていうところ。
異性の対象の恋であったら早い段階で恋なんだなっていうふうに名前がつくし、
あと同時に周囲がそれをそういうふうに見てくれるっていう面もある。
例えばお前あいつのこと好きなんじゃねえのって周囲から言ってもらえることであったりとか、
周囲の恋愛をしている場面っていうことを自分を追体験したりとかすることで、
なるほどこういうふうに進んでいくんだなっていうロールモデルであったりとか、
自分への気づきっていうフィードバックがあったりするけれども、
この1980年代ぐらいっていうところだと、
まだ確かWHOが同性を精神疾患とまだやってた時期だったんじゃないかなと思ったんだけど、
ごめんちょっとよく調べてないんだよねまだ。
ICDで多分精神障害として分類するのやめたのって、
確か90年代入ってからだったと思うんだよね。
そうなんだ。
80年代には医学的には同性愛そのものっていうのは病気ではないよと言いつつ、
1:24:05
まだ病気扱い、自分の同性の人に恋をするっていうことが病気として、
それこそ強制施設行きだみたいなことをちらっと言ってたと思うんだけども、
当たり前に語れる時代ではないし、それを強制するっていうことが当たり前に行われてた時代だったんじゃないかなと思うんですよね。
だからいくらオープンそうな父母の中だとしても、その感情を言葉にすること自体にある程度のリスクが伴っていくし、
そういう揺らぎの瞬間に結構出てくるモチーフとして、オリバーの首飾りのユダヤ教のモチーフであったりとか、あるいは教会であったりっていうところが出てくると。
キリスト教だったりとかユダヤ教であったりするところで、同性愛っていうのは罪なんですね。
宗を残すとか、あるいは関院の中でも同性愛っていうのはかなり強い、高い立場での罪っていうところになってしまうから、
余計やっぱり宗教的にも言いにくい状況っていうところがあると。
だから言いたいのに言えないとかっていうところの心理的な構造みたいなところが、ここの一番最初の方で出てきてたんじゃないかなと。
で、ちらっとマコちゃんもさっき言ってたんだけども、エリオとオリバーがお互いの名前を交換するっていう意味わかんないことをし始めるんですけども、
普通に考えたら、あれって境界線を曖昧にする儀式だったと思うんだよね。
だからオリバーはもしかして、過去の自分への投影であったりとか、あるいは今までのセルフネグレスト的なところがあって、
言いたいのに言えないとか、自分を抑え込んでいるっていうところをエリオを愛したりとか、大事に扱うことで自分を癒してるみたいな側面が
あったと思うんだけれども、エリオもエリオで、オリバーのことを境界を曖昧にすることで、
完成された自分の理想像と自分の境界線をなくすことで、投影して自分とオリバーっていうものを同一するようにできる。
それによって自分というものが今由来でいるふわふわしたものじゃなくて、
エリオから見たらオリバーはすごく地に足がついて、完成された大人像として見えていると思ったんだけども、
そのような存在になれるっていうような境界線をなくす儀式の一つだったんじゃないかなと。
だからそこで親密さを求めているわけだけじゃなくて、やっぱりその名前レベルとか物質レベルでその距離感っていうものをゼロにしたいと願っていて、
1:27:10
だからそこの相手がいなくなった時にこの自分も一部を持っていかれるとか、
その自分が相手と同一するっていうことをそこのシーンですごく大事にしてたんじゃないかなと。
結局このエリオが最後長いショットで泣いているっていうところがあったんですけれども、
コクートっていう人が言ってね、コクートは理想化事故像を失った時に人は大きく動揺すると。
でもその喪失自体をちゃんと悲しんだりとか、グリーフって言うんだけども、グリーフがすっかりできればっていうところが、
否認したりとか無理に忘れたりっていうことをしなければ、相手が自分に与えてくれたものだったりっていうのが、
相手の近くにいることで感じられたものっていうのが自分自身になっていく。
だから投影してたものが自分自身の力になっていくよっていうことも言っていると。
だからオリバーがいなくなってもオリバーの経験を通じて得たものっていうところ。
だから自分のアイデンティティを認めたりとか、親密さに踏み込んでいくことだったりとか、
あるいは傷ついていくことの態勢っていうところも多分上がってくると思うんだけれども、
それはエリオの中に残っていくと。
だからあの涙のシーンっていうのが、何かを失って涙っていうのと同時に、
何かを自分のものに少しできた瞬間っていうところでもあったから、
このシーンが美しくなったんじゃないかなと。
そのシーンを支えたのがやっぱりお父さんの言葉だったと思うんだよね。
で、僕この映画で多分一番本当に大事なシーンだったんだろうなと思うんだけども、
お父さんが直接的な言葉を何一つ使わないけれども、
お前の心の内がこうだったっていうのは何となく察してるよっていうことと、
お前がどういうふうな心の状況っていうのを持ってった方がいいんじゃないのっていうところを
優しく悟してくれるシーンがあって、
そこでやっぱりそのお前が感じた感情だったりとか、
得たものっていうものをなかったことにしないで、
ちゃんと自分の中に残し続けなさいとか、
その感情を持っていることっていうことがすごく大事なんだよって。
俺にはもう失ってしまったものだけれども、
お前にはまだあるんだったらそれを大事にしろっていうことをすごく言うと。
で、やっぱりその無条件にその肯定的な配慮をするっていうようなことであったりとか、
1:30:08
自分の中に残し続けてくれたものがあると、
自分の中に残し続けることができるようになるのかと。
だから、俺は今、この作品を一生懸命に作っているんだ。
だけど、その経験と、
自分の中で、
何か自分の自己像の別の形として投影してたのかもしれないし
僕が見た中ではこのエリオはエリオでオリバーのことを
また別の恋愛とはまた別の次元の何かっていうところを
投影していたんじゃないかなと
だから結局主題はこれ同性愛の話ではなくて
オリバーはオリバーの中の自己像だったりとか
自己の人間性っていうものの整理をしていたわけだし
エリオはエリオでその新規のアイデンティティの統合っていうものを
どういうふうにしてたかっていうところだから
全くもってこの同性愛であるっていうことが
その主題ではなくて一人の人間がどう成長したりとか
折り合いをつけるかっていうお話だったからこそ
この映画が素晴らしかったんじゃないかなというのが
僕のお話でございました
エリオからしても実はオリバーっていうのは
ひと皮むけるために必要な何かだったのかもしれないという
そうそうだし自分の理想を
無意識に押し付けてる相手っていうのがオリバーだったみたいな
ある意味無意識でオリバーをかなり利用しているとも言えるかなと
ある意味では今回のテーマにも迫るような話でしたね
泡沫に消えた恋は人生を先へ進めるのかという
要するに通過儀礼的な恋ですよね
恋をして破れてそこで何かを学び取って
その先へと進んでいきますよ的な
お話はよく言いますけど
実際どうなんですかっていうどうでしたか
必要だと思います
恋をするために恋をするときもあるじゃない
特に中学生の時期なんてさ
みんなが初恋があったとかさ
誰々のことが好きになったみたいなところを受けて自分も
誰か好きにならなきゃいけないのという焦りもありつつ
だからこそよくわかんないところを見つけては
あの子好きなのかもしれないとかいう揺らぎがありつつ
それを否定したりとか肯定したりを繰り返して
ようやく自分というものが誰が好きになって
どういうふうに自分と生活したいのかというものが見えてくる
1:33:04
みたいなところがあるから
恋愛なんてすればするほどいいんですよ
ぶつかってみないとわからないことなんて山ほどありますから
ぶつかれるような相手ってなるとやっぱりこう
恋になるんでしょうね
友達の人とはまたちょっと違うんですもんね
その辺なのかな
本当にむき出しの自分をぶつけられる相手
ぶつけてしまう相手っていうのがいて
ようやく見えてくるものがあるのかもしれないので
まあやっぱり泡沫と消えた恋は大事なんですよ
そうですよ
そうなんですよ
人生を豊かにしますよ
本当に
ちゃんと泡沫として消えさせるためにも
しっかりちゃんと振り返りをしておくっていうのは
僕は大事だと思う
そうね
振り返りなくしてそのままいってもしょうがないんですよ
恋大きい人とかすぐ惚れてしまう
それで火傷をする人っていうのは多分振り返ってないんだと思う
そうですね
恋をしているという状況が好きな人であって
恋に恋するとはよく言ったもんですね
言ったもんだと思いますよ
だからそう考えるとエリオも
ある意味ではオリバーもですよね
この恋を通じて何かを得ていったのかもしれないですね
やっぱり主人公がエリオだから
みんなエリオに感情移入してみると思うんですけど
オリバーにも感情移入してほしいなっていうふうに思いますね
彼はああやって生きるしかない人ですから
彼自身がどんなに願っても
結局彼はアメリカで
あの当時のアメリカで生きていくしかないわけだから
それ以外の選択肢がない中で
それでもエリオとあの夏をああいうふうに過ごすことを決めたわけで
であの夏を通して多分
オリバーは自分を初めて知ったのかもしれないしね
そうだね
それまでずっと演じていたから
あったからこそ結婚に踏み切れたのかもしれないしね
それもあるかもしれないね
結局こう自分はどうやって生きていくのか
もう踏ん切りはつかないまんまで
やっていったのかもしれないけれども
いやもうこれでいいんだと
いうふうに自分はもう
こういうふうに生きていくしかないっていう
何かしらの決意を
あの夏を通して得たのかもしれない
そう考えると望まない形だとしてもあるし
彼自身の人生を先へ進めるための
恋だったのかもしれないなというふうに
読むこともできるかなというふうに思いました
はいということでね
いやプンチャーさんどうですかこんなもんですどうでしょうっていう
もういっぱい語ったな今日は
いや楽しかったですでも本当にね
1:36:01
驚くほど楽しかったです
いやいい映画でした
あっという間でした本当に
短い間になりましたもん
もう終わったんだみたいな感じだったんで
多分相当突き込まれていたのかなという気はしますけどね
いやまあぜひね
なんていうんでしょうね
僕多分見なかったと思います
こういう機会でもなければ
そうだねちょっと古い映画だし僕もあんまり
手をつけてなかったかもしれない
すごくいい機会をいただいてありがとうございました
ありがとうございました
じゃあもうそんなところで僕から言いたいことは終わりなんですけれども
なんかオーマンあります?
そうですね
この映画を通して
1個ずっと気になるところがあって
やっぱり二股ってよくないと思います
語りたいものがある
好きでたまらないものがある
それならもう話すしかない
気になったものハマったもの
人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って
本気で語り倒す30分
笑えてちょっとためになって
たまに明日何か書いたくなる
毎週日曜更新俺たちの物語
今こと大間でお送りいたします
三股以上は許されました
シンプルに
許されましたありがとうございます
でもあれですか今回二股かけた人なんていました?
エリオがそうじゃん
あれは二股に入らないよ
BGMいいんですか?
すいませんでした
あれは入らないよ
言ったじゃんだから
結局仕方ないんだってあれは
怒るべくして起きてしまっただけだから
怒るべくして起きてしまったことなのよ
しょうがないよねだってね
もちろんねだから僕は正直パッと見た時
一回流しで見た時やっぱり
マルシアかわいそうって思っちゃったのよ
思ったけど
それのまま終わっていいのかっていう
マルシアかわいそう
エリオよくないっていうのは簡単なんだけど
でも結局そうならざるを得ない環境もあるよねっていう
そういうところを見て
いかないといけないのかもしれないと思うんですよ
あとその
ある意味肉欲も恋愛だよなと思うんだよね
1:39:04
だからそういう意味での恋愛を
オリビアはエリオとしてたんだと思うんだよね
オリビア?
オリビアじゃなくてオリビアだよね
急に女性名になりましたけど
オリバーね
オリバーじゃなくて
マルシアのこと?
マルシアか
マルシアね
だからそういう意味では
肉欲の恋愛っていうものが
しょぼいとかそういう話ではなくて
それはそれで恋愛だよねっていう
でもマルシアが求めていたものが違ったわけだよね
そうそうそうそう
男性の恋愛なんてみんなそんなもんじゃない?
よくそういう話を言う人いるんですけど
主語でかいよねっていう
少なくとも僕はそうだったよ
肉欲のために付き合ってたみたいなところ絶対あると思うもん
でも往々にしてそういう人たちはいますし
結局その大多数を
勲章みたいなね
ゲームの実績みたいな風に数える人もいるじゃないですか
それはまた違うかなと思いますね
それはちょっと違う
それは違うのよ
今オウマが言ったように肉欲の云々っていうのは
結局抱かずにはいられないっていうような
強い衝動を得るような対象のことですよね
そうそうそうそう
誰でもいいからっていう話ではなくて
こいつを抱きたいっていう人を作れるかどうかっていうのも
一つの成長の指針だと思うし
それは一つの心のありようとして非常に正しいものだと僕は思う
その値を変に断罪することがない作品っていう風に見ると
ちょっと心が軽くなるかなって気がしましたね
なんか面白かったです
だからプンチャさんありがとうございました
本当に重ね重ね
ありがとうございました
そんなわけで
次回以降どうしていくかというところなんですけれども
次回また同性愛繋がりの映画をちょっと見たいなって
オウマが急に鼻息を荒くしているので
ちょっとそっちでやってみましょうか
こっちの次の映画の方は
完全に社会批判的な映画にはなってしまうんですけども
チョコレートの夏ですね
実はお便りも新しくいただいているんですけれども
リクエストなので
1:42:00
その次ですかね
ちょっと我慢していただいて
次に扱っていこうかなという風に思います
またたくさんXでも
感想ポストとかしていただいている方々いらっしゃいますので
本当にありがとうございます
一応見逃さないように返信していこうかなという風に思いますので
ちょっと気長にお待ちいただければという風に思っております
じゃあ次回はチョコレートドーナツということで
チョコレートドーナツ
ちょっと久々に見るんでね
ほぼほぼ覚えてないんですよ
とりあえず全然ハッピーエンドじゃなかったことだけ覚えてるんで
めっちゃうつエンドですね
ちょっと頑張って見ていこうかなという風に思います
というわけで
そのチョコレートよろしいですか
そうですね
プライムの方にありますので
ということで
お聞きいただきましたが
Reference in Tokyo
今回はリスナーリクエスト
映画君の名前で僕を呼んで歌方に消えた声は人生を先へ進めるのか
でお送りいたしました
番組では投稿フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを
実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しています
面白かったここは引っかかったなど
短い言葉でも大歓迎です
またXでハッシュタグリルパルをつけたポストも受け取っております
いただいた声は番組の中でご紹介させていただくこともありますので
ぜひあなたの声をお届けください
公式XアカウントはReference in Tokyoで検索フォローもよろしくお願いします
Reference in TokyoはApple Podcastをはじめとする主要なPodcastアプリで配信中です
本日のお相手は大的
ん?
え?
まこでした
はい
オシャレでしょ
あーそういうことね
それじゃあ
こいつ普通にバグったかと思った
バグってないですよ
ということでそれじゃあまたねー
またねー
Reference in Tokyo
Movie lovers from around the world come together
先に行けよ
急に仕掛けるからいいんだよ
01:44:09

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