リスナーリクエスト 映画『マーティシュプリーム』クズ男の一生はそれだけでドラマになる Listener Request: Marty Supreme — A Scoundrel's Life Is Drama Enough on Its Own
2026-10-10 1:28:12

リスナーリクエスト 映画『マーティシュプリーム』クズ男の一生はそれだけでドラマになる Listener Request: Marty Supreme — A Scoundrel's Life Is Drama Enough on Its Own

"That doesn't even enter my consciousness."
— マーティ・マウザー、『Marty Supreme』(2025)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。
今回取り上げるのは #MartySupreme です🏓

リスナーリクエストの一本!

スポ根コメディ?そもそもスポーツ映画なのか?——開幕から要素が爆盛りで、ジェットコースターに乗せられるような感覚でした。

当初は「新色のピンポン玉のビジネス映画かな」と思ったのですが、その新色ピンポンは全く活躍しないまま道路に捨てられました。困惑する暇もなく次から次へとトラブルが押し寄せる、圧巻の展開。

マーティのクズ男っぷりが常に全速力で物語を次の段階へ押し進めていく感覚。なんとも新感覚でした。

でもこの男、なぜか嫌いになれない。深く共感もできないのに、いつの間にか応援している自分がいる。その秘密に迫ります🧡

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。
語りたい映画なんて尽きることない!
エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。
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公式noteもやってます。
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これからも番組をよろしくお願いします。


"That doesn't even enter my consciousness."
— Marty Mauser, Marty Supreme (2025)

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Hey there! I'm Mako, your movie talk personality.
This episode covers #MartySupreme 🏓

A listener request — and what a ride.

Sports drama? Comedy? Does this even count as a sports film? — From the opening frames, the film piles on elements relentlessly, strapping you in for a rollercoaster you didn't see coming.

Mako went in expecting some kind of ping-pong ball business movie. Those new-color ping-pong balls? They contribute absolutely nothing and get tossed out onto the road. No time to process it — the next disaster is already here.

Marty's magnificent terribleness as a human being is the engine driving this film forward at full throttle, one gear at a time. A genuinely new kind of cinematic experience.

And yet — impossible to hate the guy. No real reason to root for him, and somehow you can't stop. The secret behind that is what this episode is all about 🧡

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Podcaster Mako (@_macobana) started out sharing his unfiltered movie opinions on his talk show #Yomoyamakobanashi(#makobana) — and now those conversations have found a home of their own.
There's no shortage of films worth talking about!
New episodes drop weekly or bi-weekly.

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感想

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サマリー

今回は、1952年のニューヨークを舞台に、卓球で世界に名を轟かせようとするマーティ・マウザーを描いた映画『マーティ・シュプリーム』を語る。金も信用もないマーティは、賭け卓球や女優への接近、ペン会社社長ミルトン・ロックウェルとの屈辱的な取引まで、あらゆる手段で東京行きの切符を得ようとするが、世界大会への出場は認められない。映画序盤に登場する新色のピンポン玉が商品化されると思っていたという戸惑いや、遠藤との試合、マーティを演じたティモシー・シャラメの変貌、実在の卓球選手マーティ・リーズマンや日本選手のモデルについても話題になる。 マコは、マーティを道徳を無視して利益を追求するマキャベリストとして捉え、1950年代の赤狩りやユダヤ系アメリカ人としての自己証明への欲望から、その傲慢さを読み解く。世界からの承認を求めていたマーティが、公式記録にも名声にもつながらない遠藤との真剣勝負に価値を見出し、帰国後に子どもと向き合おうとする変化が、運命を受け入れる物語として論じられる。もう一人の話者は、冒頭の受精描写とピンポン球の反復から、映画全体を「父親になるまでの時間」と解釈し、ラストで産声を上げたのは赤ん坊ではなく父親としてのマーティだと説く。最後には、卓球を通して人間の変化を描くコメディとしての魅力と、次回取り上げる可能性のある『ピンポン』にも触れる。

ファミマの豆腐とサラダバーから映画へ
The real friends, the real friends, sit back,relax and come enjoy the real friends.
レイルフレンズイン東京にようこそ。
この番組は、話題の新作、往年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。
お相手は、パーソナリティーのマコと…
ファミマの豆腐、うますぎ問題、オーマです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
お願いします。
ファミマの豆腐?
そう、ファミマの豆腐。
あのね、ファミマとかさ、最近なんかコンビニ各社さ、ちっちゃいさ、おかず出してるじゃん。
あー、えっと、あのなんか正方形のパック?
あ、そうそうそうそうそうそう。
あるね、あるね。
それの中でね、ファミマの豆腐があるんですよ。えっと、ファミマ豆腐。えっと、あ、ここここ。えっとね。
3種のネバネバとろーり豆腐?
3種のネバネバとろーり豆腐と、あと最近なんかね、梅とね、鳥のやつがあるんだよ。
梅と鳥?
そう、これのネバネバのやつが梅と鳥とわかめになってるやつもあって。
あー、豆腐の上の部分があるってことね。
そうそうそうそうそうそう。
どっちもバカうまくてさ、最近毎日食ってるよ。
毎日?
毎日。
毎日。
毎日こう。
極端だよね。
極端なのよ、普通に。
ちなみにこれ関東でしか売ってないみたいですね。
あ、そうなんだ、関東に生まれてよかった。
謎に煽らなくていいんだよ。
あれですよね、これまさしく日本和食の小鉢文化みたいな、まさにそれだと思うんですけど、かなり便利ですよね。
便利よ。
このチョイデリシリーズってやつですよね。
これは嬉しいですよね。
このシリーズはね、ありがたいんだよね。ありがたい反面ね、ついつい買いすぎちゃうっていうね。
3個買えば1000円くらいするからさ。
高いのよ、シンプルに。1個300円超えてくるでしょ。
そうなんだよ。
これね、100円がいいとこですね。
別にバカにしてるんじゃなくてね、そのぐらいにしてくれないとね、困るんですよ、シンプルに。
こいつらが腹ペコみんなのよ。
そうなのよ、こんなん1個でお腹いっぱいになるわけないんだから。
どこでもバーマツのOLじゃないんだけどさ。
ホットモットじゃなくてさ、何だっけ、なんとかデリってない?
ホットデリ?
ホットデリだっけ?
他弁かホットモットがやってる総裁の店みたいな。
なんだろう。
なかったっけ?
総裁やってるやつ。他弁だっけ?
なんかね、うちの近くにあるんですよね。
昔ね、仕事してた時にも、オリジンだ、オリジンがやってる。キッチンオリジンだ。
キッチンオリジンね、はいはいはい。
そう、キッチンオリジン。
色々ありますね。
あれ俺、以前は、今は家の近くにあって、昔は職場の近くにあったんですけど、すげー好きで。
美味しいよね。
美味しいんですよ。で、自分で漏れるんですよね、なんか。
お惣菜なんかプレートに、そういうシステムがあって。普通に2000円いくよねっていう。
分かる、分かる。すげー分かる。
思った以上に、設定されてる価格が100g単位とかで書かれてるからさ、
安いじゃんって思って、自分の満足する量をすると大変なことになるっていう。
大変なことになるんだよね、ほんとに。
マジで、俺さ、エビとブロッコリーのサラダ。
大好き。
もうね、あれ好きすぎて。
大好き分かる。
ゆで卵と、ゆでエビとブロッコリーがマヨネーズで和えてあるやつなんですけど、
無限に食えるからね、あんなもん。
あんなもんも無限よ。
本当に。
無限も無限よ。
ダメだよね、あんなもの置くの。
良くないと思うな、俺。逆に。
分かってる。
あと、オクラとさ、ささみとわかめのサラダみたいなやつ。
分かんのよ。そう、美味いのよ。
美味いんだよ、あれ。
てかさ、なんだろうな、サラダって基本的にそんなに別に好まんのですよ。
我々固い人は。
サラダより肉食いたいみたいなね、そういう少年時代をやっぱり過ごしてきたので、
一方でこういう食い出があるというか、食いごたえがあるサラダ系。
これね、暴力的なんですよね。
本当に、サラダ界の中でもこの手の食いごたえあるサラダはね、
本当にずっと食えちゃうから危険極まりなくて、
だからステーキハウス系もさ、サラダバーとかがあってさ、
たまにやっぱり質の良いサラダバーあるじゃないですか。
分かります。
ほら、サラダバーでも品質の差があるんですよ。
この間さ、うち泊まりに来た時に浅熊一緒に行ったじゃないですか。
いやもう、二人してバカ盛りしてバカ食いしたよね。
サラダバーだけでほぼほぼお腹いっぱいになってるからね。
本当に、肉来ちゃったみたいな。
しかもさ、俺が頼んだやつクッソまずくてさ。
いや、イマイチだったね。
マジでイマイチだった。
逆にあれイマイチで良かったまであるよ。
あれがイマイチだったから、サラダバーに対する満足度が相対的に上がってるから。
上がった上がった。
サラダバーで言うと、僕一番サラダバーが好きな店があって。
シズラっていう店なんですよ。
シノラ?
シノラじゃないですね。全然シノラじゃないです。そんな全然。
シズラ?
シズラですね。
その、しずる感があるお店です。
しずる感?なんかちょっとかっこいいお店だな。
アメリカかな?どっかのあれだと思うんですけど。
シズラはまあ、いろんなとこにありますね。
多分そのちょっと気取りたいので、そのいいところにしか店出してないですね。
そうね。大井町、新宿、押上、大塚、東京ドーム、幕橋キティ、東京フォーラム、府中、三鷹。
ランドマーカーにあるんだ。
そう、って感じでずらーっといい感じの写真が並ぶ中、ちょっとポツンとランドマークプラザ店っていうのがありまして。
ランドマーク、我らがですね、横浜は港未来に1店出してるんですけど。
もうね、ここは本当に僕、ちょくちょく行きたくなっちゃうんですよね。
とにかくサラダバーのクオリティが高い。
マジで、素晴らしいですね。
もう、だからサラダバーだけでいい。
それぐらいのレベルなんだ。
それぐらいのレベル、本当に。本当にサラダバーだけで結構ですね。
サラダバーだけで頼むこともできたりするんで。
本当にサラダバーだけでいいっていう。
ここはね、カニカマと立派なタラバもしてる系のカニカマあるじゃん。
はいはいはい、ちょっと気取ってるカニカマね。
気取ってるカニカマとセロリのマヨネーズ味のサラダがあるんですけど。
これがね、俺は無限に食えるんですよ。
いいね。
いいですよ、本当に。これちょっと今度行こうぜっていう。
いや、これ行きたいよ。
タコスが作れるのよ。
え?最高かよ。
本当だ、写真載ってる。
ソフトタコスが作れて、これがマジでうまいわけ。
ハラペーニョも乗せ放題だし。
チリミートとかなんかわかんないですけど。
タコスだけずっと作って食えるぐらいの勢い。
チーズも盛り放題。
マジでサラダバーだけでいいっていう。
最高なんですよね。
こういうところに行っちゃうと、周りなんてどうでもよくて。
とにかく自分が満足すればいいみたいな。
あとの人のこと関係なしに全部持って行っちゃうみたいな。
そういうちょっと傍若無人な楽しみ方をしてしまうみたいな。
現代人に許された数少ない自由。
それがサラダバー。
そんなわけで今回はですね。
傍若無人に人生を楽しむ男の話をしていきたいなと思います。
はい、ということでね。
こんなんでよかったですか?
今日早めに畳んだね。
いやだってね、ちょっと長くなるんじゃないかなと思って。
本編が。
その辺を考えるとちょっと早めに畳んだほうがいいかなって。
いつも長すぎんだよだから。
場があったまるあったまらないってことじゃないよね。
僕らもそれでもうちょっと一段落終えちゃってるから。
オープニングで。
楽しかったねみたいな感じになっちゃってるから。
ちゃんと枕としての機能を留めておいたほうがいいかなというふうに思いますね。
『マーティ・シュプリーム』のあらすじとモデル
というわけで本日のテーマはですね。
リスナーリクエスト 映画 マーティン・シュプリーム 世界をつかめ!
クズ男の一生はそれだけでドラマになる!
ということでね。
世の中すぐに破天荒な生き方をしている男のことをクズクズ言いすぎ。
よくない。
そんなこと言ったらみんな丸く収まっちゃうじゃん。
誰しも尖ったりとか許されそうなラインを一歩越えていく連中がいるから
歴史は作られてきたんじゃないのかと。
言う気はするんですよ。
それが多分最近は特に厳しいのかなって気がしていて。
だって昔はかつ新太郎が許されてたわけじゃないですか。
確かにな。
それは結局別に我々が暮らしている社会とかコミュニティと
彼が存在している世界線っていうのが混同されてなかったわけだよね。
別世界だったよね。
銀幕のスターの世界はもうそっちの世界があるから
別にこっちは楽しめればいいみたいな。
彼自身もそれを理解しているから
もうタバコもお酒もやるなって医者に言われてるのに
それをやるわけじゃないですか。記者会見の場で。
タバコをやめたって言いながらその場ですよみたいな。
それも多分本人めっちゃ体も悲鳴上げてるんだけど
多分彼自身は人生を懸けてこっちを楽しませることを考えてるから
お互いにそれを組んでる世界観だったんだよね。
そうだね。
だから許されてたと思うんだけど
今は結局あなたも立派な大人でしょうがみたいなことを言い始めちゃうっていうのがあって
自称正義マンが強いからね。
今回見たこのマーティ・シュプリームも
ある種マーティの世界っていうのはもう彼の世界だからっていう
過天候でいいじゃないっていうね
そういうところをちょっと何か思い出させてくれるような作品だったんじゃないのかな
なんていうふうに思いましたけれども
あらすじから行きますかね。
行きますか。じゃあ行きますよ。
ということで今回見たのはマーティ・シュプリームでございます。
物語は1952年ですね。
ニューヨークの叔父の靴屋さんで働きながら
一方で卓球の腕一本で世界に名を轟かせようとしている野心家の男
マーティ・シュプリーム。マーティですね。
シュプリームじゃねえや。
実力は本物なんですけどとにかく金がなくて
周りも敵しかいないみたいな。
そもそも彼自身が全方向に喧嘩を売るスタイルの生き方をしてるので
当然の危険性なんですけどね。
そんな彼に天気が訪れます。
それがですね、遠藤琴という男に世界選手権で負けたということですね。
そんなわけで彼は打倒遠藤、そして自分自身の名を世界に轟かせるためにですね
何としても次に行われる東京での世界卓球選手権に出ようというふうに考える。
ところがですね、先に行われた大会で勝手にホテルのスイートルーム使ったりとかで
もろもろとにかく金がないと。
何とかして渡航費を稼がなければいけない。
例えばですね、賭け卓球で金を巻き上げようと思ったら
帰り討ちにあったり、映画スターの女性を落としてお金出させようとしたら
それも空振りしてと。
とにかくありとあらゆる手を打つんですけども、とにかく全部失敗していく。
最終的にですね、その女優さんの旦那さんであるペン会社の社長
ミルトン・ロックウェルに頭を下げてですね、屈辱的な条件を呑んで
日本でのペン販売イベントでピエロになることを受け入れて東京への切符を手に入れる。
ただ日本に着いたら今度は世界大会の出場はもう過去の出来事でね
お前なんて出させないと言われてしまう。
ところがマーティはですね、目の前にいる遠藤と本気の試合を一戦やれればというところで
そこで自分の目的を変えて真剣勝負を行い勝利を掴んで自国に何とか帰ってくる。
そこにはできちゃった息子がいて、それを見て泣く。
今日なんか制裁を書くね。どうした?
だってさ、いろんなことがグッチャグチャ起きてるからさ、スナッチみたいな感じだよね、もはや。
スナッチだね。
そう、いろんなところにちょっかい出して、それが同時進行でいろいろ起きてるからさ、なんなんみたいなところがあって。
本筋としては彼が卓球で名を挙げたいと思ったけど、結局自分のその奔放な行動によって全て台無しになって、
で、それでもライバルに勝って自分のプライドを守って、
で、ずっと見ないことにしていた、ひと妻と作った子供を認知することを決めるみたいなさ。
認知することを決めたかどうかわかんないよ。
まあね、そう信じたいのは俺らのやつ。
そこまでは描かれてないけど、生まれ出た自分の遺伝子を継ぐ息子の姿を見て、初めて涙するという。
俺には関係ねえって言ってたのに、初めて涙をして物語が終わっていくという。
だから一人の男が自分自身と向き合うに至る話みたいな感じなのかなっていう気がしますけれども、
2025年の12月公開とかなり新しい作品であるということ。
あとはティモシー・シャラメ主演が、君の名前で僕を呼んでの若造です。
え?
あの線が細くてもう中性的で、まさにギリシャ彫刻を思わせるような美しい美少年を演じたティモシー・シャラメが、
つながり眉毛の無責任な本邦クズ男を演じたということですね。
俺全然気づかなかった。
全然気づかないよね。
いや、マジか。
やっぱ彼すごいんだなっていうふうに思いましたよ。
そういう人にしか見えないもんね。
いや本当にね、あの、え、マジで?
マジマジマジで。
ティモシー・シャラメでございます。
ある意味、ある意味あの、性質つながりとあるかもしれないけど。
聞いたことねえよ、性質つながりって。
あーはいはいはい、性質つながりねって言ったことねえわ、それ。
なんじゃよ、それ。
まあでもね、ちょっと露骨な性描写という点では、ちょっと近しいものはあるかもしれないですけれども、
ティモシー・シャラメが主演をしたということで、
本作はなかなかすごいですね。
一応なんかこの、まあこれ創作ですね、物語ではあるんですけれども、
モデルになった本当に破天荒な卓球選手がいたということでね。
惜しいねえ。
まさしくこう、圧倒的な卓球の技術を持っていながらにして、
まあ本当にギャンブラーな男、名前何でしたっけ?
なんだっけ。
マーティ・シュプリームのモデルですね。
マーティ・シュプリームのモデル。
マーティ・リーズマンさんですね。
リーズマンさんか。
とにかくですね、卓越した技術。
卓球台の向こうに置いたタバコを打球で半分に折るみたいなパフォーマンス。
今回のマーティ・シュプリームの映画の中でも描かれていたような、
フライパンとかを使って卓球でラリーしながら曲を奏でるとか、
そういうこともやってたというね。
ある種旅館に行って卓球台で温泉卓球つってスリッパで卓球している人たちは、
ある意味ではマーティ・リーズマンのフォロワーと言ってもいいかもしれない。
ラケット以外のもので卓球を楽しむっていう。
そういうところあるかもしれないですけどね。
あるかもしれないからね。
ただとにかく今回はマーティ・リーズマンさんのその生き様っていうものに着想を得て、
もちろん名前も借りてはいるんですけれども、かなり脚色をして、
別にマーティ・リーズマンさんがその時の大女優さんとそういう関係になったことがあるかみたいなことは全然全くそんな記録はないんですけれども、
もろもろ脚色をしてとにかくどでかいドラマに仕上げたっていうふうな感じですね。
そうね。
じゃあブーっていこうか。
ブーっていきましょうか。
まず最初にちょっと言いたいんだけどさ、
久々なんだけどさ、こんなに応援できない主人公久々。
本当?俺めっちゃ応援してたよ。
マジ?
頑張れーっつって。
負けちまえ。負けちまえお前。ずっと思ってた。
いやーそれちょっとあれですね、正義マン遺伝子が邪魔してますね。
正義マン遺伝子じゃないのよ。
何が邪魔してるか僕分かってんの。
何?
陰キャの引き紙です。
そうだよね。なんとなく分かってたよ。嫉妬でしかないよね。
圧倒的な行動力とクズであるにもかかわらず、女性を見事に手札にこうね。
まあだからね、これね僕もジャブで触れたいなと思ったんですけど、結局モテる男の定義にこれまで成功した人類いない説っていう。
色々言うじゃない?なんかもうこういう男はモテるみたいな。
でもさなんかこう誠実に生きててもモテない奴はモテないし、かといってまあそのマーティみたいなもうクズの極みみたいな。
なんか色々やっても別にこうモテない奴はモテないですよね。
そうなんだよね。
でもこのマーティみたいなこの謎のバイタリティがあって、それでいつの間にか人を垂らしてるっていうさ。
人垂らしい遺伝子を持った人間っていうのは必ずいるんだよね。
本当にね。
そう。
今目の前にいるよ。
いねえよ。いねえよ。やめてくれよ。
俺はもう陰キャなんで。
もう本当にだからマーティみたいな。
あなたはね、割と人垂らしは。
そうですか?
あなたヤンデレ製造機だから。
それはそうかもしれないけど、それは否定できない。歴史が物語ってるからそれは何も言えないけれども。
でもまあそのいい意味でね、いろんな人が力になってくれるっていうところではちょっとそういうところあるかもしれない。
男の人もねっていう。女性とかじゃなくて。
びっくりした。話の流れがさ、大女優垂らし込んでるの流れだからさ。
あ、そっちもいけたんだって。
違う違う違う違う。やめてもらっていいですか?
それAが違うから。
それ君の名前で僕はやるの方だからね。
アプリコットの方だから。
僕アプリコットは使わないもんね。どうでもいいですけども。
すごいなと思ってやっぱりマーティみたいな人間っていうのは。
やっぱりその行動力っていうものがやっぱり一番大事なのかなみたいなことはちょっと思いましたけどね。
もうなんかもう決断の速さですよね。思いついたらもう行動してるみたいな。
プロシュート兄貴みたいな感じですよね。
すでに行動が完了してるんだって。
絶対伝わんない。
プロシュートの兄貴!
ではなく、でもそういうところもある気がするんだよ。
だからもう決断したらもう行動してる。
てかもう思い立ったらもう行動はもう完了してるっていう。
そういう人間って人を引きつけるのかもしれない。
だから僕は見ていて、マーティくずすぎて草みたいな感じはありましたけど。
でもなんかこう不思議といつの間にか応援してしまってる自分っていうものがいて。
そこの悔しさはありましたけどね。
悔しいながらも応援してしまう。
なんとかしてほしいな、形にしてほしいなって思ってしまうっていうのはありましたね。
全く思わなかったけどね。
思えよ。
クズが。
だってさ、世の中で体制してる人たちなんて大体ああいう節あるって多分。
いろんなものを犠牲にしないと到達できない高みは多分存在すると思うね。
まあ確かにね。
そう。
アップル社の社長もそうだったからね。
そうそうそうそう。
サクセスストーリーっていうものは基本的にそういうものを描いてないだけで、
背景には必ずマーティほどじゃないにしろ犠牲にしてる何かは絶対にあるよねっていうのはすごい思うな。
あとはまあバスタブ…あれ。
あれクソ笑いましたけどね。
ゲロゲロ笑ってる。
あそこだけドリフなのよ。笑いがドリフなのよ。
なんで監督はあのシーンを豪サインに出したのか俺も理解できない。
最高でしたね本当にね。
あれって誰が悪いんですかね。
まあ宿主じゃない?
やっぱそうだよね。
なんかこう自分で壊したんだからみたいな感じで言ってるけど、そもそもあの状態の部屋は貸しちゃダメだよね。
使わないでくださいとかいう話じゃないよね。
しかもあの訴訟のアメリカンドリームのさ、アメリカじゃん。
あのマーティあそこが俺バカだなと思ったんだけどさ。訴訟構成がよくね。
そうね。訴訟でいける気はしますね。
訴訟で普通に身体的にもさ、いろいろあったし、それによって失われたものがあったみたいなことを言えばさ、日本円の旅費ぐらい全然スパーンとなったような気がするけどね。
いけそうな気はしますけど、でもあの宿主ですからそんな金持ってないんじゃない?
そっか。
そうそうそう。踏んだ苦労にもね。どうなんだろうね。日本なんかはね、賠償金などの支払い義務があろうがなかろうが、結局対して支払われることがないっていう実態がもう数字で出ちゃってますけど。
アメリカだったらやっぱその辺ってものすごいんですかね。どうなんでしょうね。結構気になりますけどね。
どうなんだろうね。でもなんかあの、これ本当か嘘かわかんないけどその支払いに関するその保険みたいな形なのがちょっと実態よくわかってないんだけど。
なんか訴訟で大負けした時に、それをなんかその保険会社的な感じで代わりに肩代わりしてくれてそれをローンで支払うみたいなシステムがあったような気がするよ。
まあ確かにね、でもそれは日本でもそういう保険最近ありますね。仮に仕事とかでね、賠償責任を追求された時に代わりに払ってくれますみたいな。そういう保険あったりしますから、アメリカもひとしたらあるかもしれないですね。コーヒーが熱いってだけで訴訟されて負ける国でしょ。
いやーほんとすごいよね。犬乾かそうと思って電子レンジ入れたら犬が死んだぞって。
ね、それガチなの?それガチなの?毎回聞くけど俺未だに信じてないよそれは。それは都市伝説の類だと思ってるけど。どうなんすかね、アメリカのとんでも訴訟シリーズも本当にもうだんだん定番ギャグみたいになりつつあるからさ。
まあね確かにね。
もう原型ないんじゃないのかなとすら思ってますが。
でも似たようなことは結構あるんじゃない?
まあそうね。大回るジャブ。
ジャブ?ジャブね。もうねジャブでメモったんだけどどのシーンがすげえ思い出せないのが一個あって。
食中毒の方がやばくねって書いてあるんだけど、そんなシーンあったっけって今。
なんだそれ。
なんかでね、何かを休む理由で食中毒になっちゃってどうのこうのって言って何かを休んだシーンがあった気がするんだよ。
あったっけ?全然わかんねえな。
何に対するジャブだったっけ?
収録がちょっと間開いちゃったからね。見て終わってから。
お互いちょっとあれなんですけど。
その忘れちゃったやつを俺がきっと覚えてるだろうと期待して出してくんのやめて。
それね出せなくていいと思うんだ。思い出せないなら。
絶対いらないのよこのラリーが。何だったっけじゃないのよ。指摘をしてくれる。どうどう覚えてるじゃないのよ。
これをリクエストしてくれたリスナーはあのシーンでギラギラギラって笑ってくれるかもしれない。
アスワワガミさんでしたね。
アスワワガミさんすごい名前ですけどね。聞いてくれてるといいなと思いますが、どうか食中毒のシーンを覚えてたら教えてください。
新色ピンポン玉のビジネス映画ではなかった
僕すっごい今回作品見て引っかかったというか、え?ってなったところが一個あって。
ピンポン玉が売れる話とちゃうんかいっていう。
僕はもうタイトルといい黄色のピンポンが象徴的に出てきて。
しかもピンポン玉は白だからプレイヤーは暗い服を着なきゃいけないんだって。
それはすごくイメージ的に良くないぞ。テニスは白い服着てて明るいじゃないかって。
だったらピンポン玉の色を変えちゃえばいいんだみたいな話をしてて。
それで今のピンポン玉ってオレンジ色なんだみたいな。視認性を高めるためにオレンジになったんだ。
そしてそのオレンジのピンポン玉を彼がプロデュースして売って世界に名を轟かせる。
いわばビジネス映画なんだみたいな風に僕はもう結構序盤で思ったんですよ。
なんも売れねえじゃんあれ。
全然そういう話じゃない。
商品化すらしてないもんね。
いよいよ出来たのかと思ったら窓から捨てられて終わったしみたいな。
しかも一つ一つ手作業?
そうそう。ショック受けちゃった。マーティシュプリームっていうタイトルで、
あのピンポン玉の名前がマーティシュプリームなわけでしょ。世界をつかめみたいな。
だから俺さもうてっきりマクドナルドのドキュメンタリーのファウンダーみたいな感じの映画なのかなって。
ちょっと俺序盤ずっと思ってた。序盤から中盤にかけてずっと思ってた。
そしたらずっと破天荒なことが起き続けて、そろそろピンポン玉が跳ねて、
もう世界選手権なんてどうだっていいもんね。
ピンポン玉のプロデュースで卓球世界を変えたんだっていう展開にならんのかいみたいな。
全然違うじゃねえか。
全然違うしさ、あの友人かっこかりみたいな人は不憫でならねえよ。
不憫だね。彼はだからおじの息子?ってことは何?いとこ?
なんのか、役としての一般他社としてのおじさんなのかはわかんないけど。
一応おじの親族経営的な感じのお店なんじゃないので、息子さんは引きこもりなんでしょう。
引きこもりかどうかわかんないけど。
積極的に社会には貢献してなさそうな。
だから金はあってもみたいな。そんな彼に俺は意味を与えてやったんだとか言ってマーティは言ってましたけど、
結局意味が形になる前に結局終わったっていう。
なんやったん?って思ってちょっとびっくりしちゃったんだけど、
マーティリーズマンさんが実はピンポン玉の色が変わったことに関わってるとかってないの?
じゃあちょっとGPTに聞いてみようか。
マーティリーズマンは、先に調べとけって話なんだけどね。
いつものね。
マーティリーズマンはピンポン玉の変化しているの。
今タスクを開始しました。試行中です。
なんでだろうね。
資料を今確認してくれてますね。
GPT-6にしてるから頑張って本当にちゃんと考えてくれてるな。
そういうパターンね。どうなんすかね。ピンポン玉の色がオレンジになったのは。
でも白とオレンジ両方あるからね。今でも白は使われてるよね。
別らしいですね。
全然関係ない。
関係ない。史実は確認できません。
なんだったら今公式戦は白だもんね。
白でしょ。オリンピックとか白でしょ。
スポーツとか見ないからさ。
そのパターンの人だよね。
俺のスポーツ観戦の特に卓球はもうサーで終わってるから。
福島愛さんね。
福原愛さん。
いましたね。
俺の中では福原愛ちゃんはまだサンマと卓球して泣いてるから。
長谷へのCMに出てるんですよ。
まあまあまあとにかくね。
やっぱり関係ねえんだな。完全に関係ないのね。
オレの期待していたビジネス映画ではないっていう。
まだ夢を捨てきれてなかったんだけど。
なんとかオブウォールストリートみたいな。
オブウォールストリート的な感じでは全然ないという感じで。
ちょっとびっくりしました。
遠藤と戦後日本の卓球
あとはね。
遠藤ですね。
遠藤かっこよかったね。
かっこいいね。
寡黙な感じ。
これ遠藤君の人誰?
すごい気になりましたよね。
マーティの遠藤の俳優さんですね。
川口さんですね。
川口さん?
この人ね。ガチのデフリンピックの現役アスリートらしいですよ。
えー。本当だ。
すげー。
本当だ。
本物です。ある意味では。
本当だ。マーティ・ヒブリンが遠藤さん。
そう。ガチな。
ツイッターもやってますね。
ツイッターもやってますよ。
実際ですね。戦後の日本で卓球で世界選手権優勝した選手がいるんですよね。
そうなんだ。
それが佐藤博司さんっていう方。
まさにペンホルダーラケットを使ってカットマンですね。
カットを対応するカット主戦型のプレースタイルで1947年の卓球選手権大会。
シングルスとダブルスで優勝っていう。戦後わずか2年とこですね。
しかもその時に使ったのが、その時に使ったのは違うのかな。
スポンジラバーを使ったやつですね。
今回のマーティ・シュプリームの中でもあいつのラケット音がしねえよみたいなことを言ってたのが、
スポンジとラバーが張ってある新型のラケットを使ってプレーした最初の選手ということで。
世界的に無名の中、1952年の世界卓球選手権で優勝して世界に衝撃を与えたということで。
この方がモデルになっているそうです。
すごいよね。しかもこの戦後の中で卓球やってる人なんて想像いなかったのにさ。
かっこいいですね。
すごいですね。なんか世界卓球で金を取ったという。
まさに作品の中でも描かれたように戦後日本に明るい空気感というか、
これから世界にもう一度日本が輝いていくっていうさ、
そういう物語を感じさせる期待感を背負った選手だったんじゃないでしょうかねっていうところもあったし、
日本の解像度が高すぎてちょっと笑ったよね。
この手の映画にしては珍しくさ、ちゃんと日本だったね。
そこにびっくりしました。ちゃんと日本って感じがしたし、
その遠藤の表情もすごくあんまり変わらない感じ。
あれもある意味では外国人から見た日本人ってこのぐらい無表情に見えてるんじゃないのかなっていう。
でも確かにそうよね。
そう。
日本人ってこのフェイスランゲージというかさ、表情のランゲージってあんまり使わなかったりするから。
たぶん何もこう見えんだろうね。
だからなんか非常にミステリアスというか何を考えているかわからない。
それが戦いの最中だとまさにそれがポーカーフェイスに見えるんだろうなっていう。
確かに確かに。
で、不安になるみたいな。たぶんそういう構図もあったんだろうなっていう風な気がしましたね。
川口さん?
川口さん。
映画の中ではすごい無表情だったけど、今インスタをチラチラ見てるとすごい笑顔が素敵な方ね。
本当?
すごい優しそうな笑顔をしてる方だね。
だからやっぱり演出なんでしょうね。
つまりはあの無表情さっていうのは作品の中におけるね。っていうのはすごい感じましたね。
僕からはそのぐらいですね。ジャブは。
僕もね、食中毒の話がもうわかんないからあともうこんなもんですね。
じゃあね、早速本題に入っていきましょうかね。前回は?
どっちが先だったっけ?
大間からか。
僕先か?
だから今回は僕からか。
はいはいはい。
ということで早速ですがね、いきましょうかね。
はいお願いします。
マーティはなぜ応援したくなるのか
映画マーティ・シュプリーム。
巨影神という刑務所からの脱出映画説。
今日自信あるんだね。
エコー入れてるからね。ということでちょっと持ってきましたけれども。
この作品をどう解釈すればいいのかっていうね。
つまりはどう受け止めたらいいのかっていうところで多分あれだと思うんですよ。
単純にコメディだからスポコンコメディみたいな感じなんで。
別にこう笑って済ましていいと思うんですけど。
にしてもやっぱりこの映画の主人公っていうのはとことんクズとして映るだろうと。
とにかく全方向に喧嘩売って嘘ついて人を道具として使うみたいな。
本当最悪だなぁみたいなふうに思う人もいるんじゃないのかなっていうふうに思うんだけど。
やっぱりこの作品を見ていくと少なからず多分みんな共鳴する部分があるからこそ嫌になるんじゃないのかなっていう気もしていて。
そんなわけでねちょっと本作をどうやって見ていくかっていうのを自分なりに考えたことをご紹介いたします。
まず彼の行動原理は徹底したマキャベリストだよねっていう。
つまりは自分の利益追求に何の気負いもないし罪悪感もない。目的のためには手段は一切選ばないし、
その周りの人が受ける被害とか影響っていうものは全く共感しない。
自分が世界を変えるんだからそのために貢献してるからいいじゃないぐらいのつもりずっと思ってるっていう。
それがもう序盤から中盤というかもはや終盤にかけてのマーティの行動なんですね。
ここが全くもってぶれないんでね。
マキャベリストっていう言葉は僕が初めて知ったのは誰かがレオナルド・ディカプリをマキャベリストだって批判した記事を読んだ時だったと思いますけれども。
そのマキャベリはみんな知ってると思うんですね。中学校の社会で勉強しますからね。
君主論を書いた。
神の見えざる手って君主論だっけ?
違ったっけ?
神の見えざる手は経済学じゃなかった?
重要曲線と供給曲線が常にどこかに落ち着くんですよね。
君主論は政治哲学の本当にめっちゃ古いやつですね。
目的や手段を正当化するっていうのがその一番根底にある思想なんですけれども。
理想とか倫理じゃなくて、現実の権力関係っていうものを直視するっていうことが重要ですよね。
っていうその社会っていうものを考えている。
別にマキャベリ自身がそういうことを悪として提示したわけじゃないんだけど。
今現在マキャベリストっていう言葉は完全に道徳とかを無視して自己利益を追求する人間のタイプのことを指すようになってて。
まさしくこのマーティはマキャベリストに完全に当てはまるんじゃないのかなっていうふうに思うわけ。
だから自分にとって損か得か、とにかく彼の場合は自分にとって得になることしかやっていかないから。
そのためには周りに全く寄り添わないっていう。
基本一切寄り添わないよね。
ひでえやつ。
そう、ひでえやつなのよ。
なんで彼がそんな風になっちゃったのっていうことを考えていくときに、
この時代設定の1952年っていうところが実はすごく大事になってるんじゃないのかなっていう気がしていて。
1952年のアメリカっていうのはまさしくマッカーシズム、赤狩りの再生期っていうね。
共産主義を完全に刈り取るというさ。
そういう時代の作品って結構あって。
ジム・キャリーのマジェスティックだっけ?
あれも赤狩りが何回描かれてた気がするんですけど。
ジム・キャリー?
そう、ジム・キャリーのマジェスティックっていう映画。
あれは2001年の映画ですね。
やっぱそうです、1951年の映画です。
51年を舞台にした映画で。
彼が、主人公のジム・キャリーが共産主義の疑いをかけられて捕まりそうになったときに、
どっかに落ちて記憶喪失になってどっかの片田舎に行くっていう話なんですけど。
50年代っていうのはまさにその赤狩りの最盛期で。
マーティみたいな、自分だけのルールで生きるぜっていうふうな男が登場する時代としては、
まさにその時代との非常にコントラストが効く時代だと思うんですよ。
思想っていうものがものすごくグエーッと押さえつけられる中で、
彼みたいな生き様っていうのはむしろ反骨心あってかっけーっていうふうになるような時代だったんじゃないかなっていうふうに一つ思うのと、
あともう一個は、マーティがユダヤ系アメリカ人として描かれている子だね。
明確に彼自身が自虐的なギャグとかを言ったりするんですよ、それに関する。
ただ、戦後間もない時期においては、ホロコーストの記憶っていうのはまだ全然生々しく残っていた時代でもあるわけで、
そういった中でユダヤ系の青年っていうのが自分の価値っていうものを世界に轟かせるんだって主張し続けるっていうのは、
一つ単純に個人の話ではなくて、歴史的な文明化の中で言えばユダヤ系の人間っていうものが世界を変えるっていう。
アーリア人こそって言って、ナチに迫害された人種である自分自身が世界を変える。
それによってユダヤ系であるっていう自分自身のアイデンティティのプライドを守るっていうふうな構図もあったんじゃないかなっていうふうに思う。
そう考えると彼の傲慢な態度もある意味ではその時代のその社会における生存戦略の一つとして見ることもできるんじゃないのかな。
だとしたらそこまで彼を嫌ってやらなくてもいいんじゃないかっていう気がするのが一つ。
プラスそういう構図って少なからず誰しも当てはまるんじゃないのっていう。
20代から30代にかけてってさ、大体何かしらの使命感に燃えるわけだよね。
自分はきっとこういうことを成し得るんだとか、自分にはこういう価値があるんだっていうのをなるべく人に認めさせたいっていう思いがグッと持ち上がってくる頃でもあって。
彼の場合はそこにそういう自分自身のルーツみたいなものも乗っかってきたりだとか、そういう社会の波の中で思想が統一されつつあるような中。
そういった使命感っていうのがより強く彼を突き動かしていくに至ったんじゃないのかっていうふうに考えると、
必ずしも彼を傲慢なクズ野郎というふうに断じなくてもいいんじゃないのかなっていうふうな気がしてくるっていうのが一つですね。
彼の行動に今度ちょっと目を移していくんだけれども、マーティの行動を見ていくと、基本的には彼が求めているのは徹底した他者からの承認なんだよね。
そもそも彼がいろんな悪さをするのは金を苦免するためで、なんで金を苦免する必要があるのかといったら、日本に行って世界大会に出て優勝して自分の価値を証明するっていう明確な目標だよね。
それはもう完全に他者の承認に依存した目標。自分が成し得ることによってついてくる他者からの承認こそが彼の目標になってるっていうところがあるんじゃないのかなと。
そう考えると全部そうだよねっていう。彼は別に自分がやり遂げる何かよりも、それによって周りからの自分の見方が変わることを一番求めているんだって。
だからこそ一番初めの世界大会に行った時に、その宿舎が汚いっていうことにめっちゃブチ切れるわけだよね。
だってもしも自分に卓球の才能があって、その才学にこそ価値があって、勝利にこそ意味があるっていうふうに思ってるんだったら、宿舎が汚いのでどうだっていいんですよ。
でも彼はその宿舎が汚いっていうのは、自分が過論じられているというふうに判断するし、そして社会的な承認を得るに至っていないっていう人の指標としてそれを受け取ってるわけだよね。
だから彼にとって大事なのは、自分が何を成し得るかっていうことを彼は語るんだけど、その実、彼が本当に求めているのは、成し得たことによってついてくる周りからの承認っていうものが本当に彼がその時点で求めていたものだったんじゃないのかと。
遠藤との試合と運命の受容
だとすると、終盤になってくると、彼はそこで自己矛盾に苛まれるんだよね。それは何かっていうと、日本にはどうしても行かないといけないけど、行くためにはロックウェルですね、ペンの社長ですね、ペン会社の社長の屈辱的な条件を受け入れなければならなくなるわけだよね。
もう俺のやり方で生きて、俺のやり方で世界を取るんだって言っていたマーティーが、ただ日本に渡るためだけにお尻をラケットで殴られるっていうのは最大級の屈辱なんだけれども、彼はそれを受け入れるわけだよね。
ここである意味では彼の強硬心だったり、承認欲求に根差したマキャベリズムっていうのに初めて亀裂が入る瞬間だったと思うんだよね。
つまり、自分の目標のためには、通行な使命のためには周りなんてどうでもいい、自分のプライドこそが一番大事であって、自分の価値を証明することが云々っていうふうにずっと信じて疑わなかった彼が、ついにあの場面においてはプライドの全てを捨てて、減り下るしかないっていうところを受け入れてしまったけどね。
そしてなおかつ日本に着いたら今度は、お前公式戦出れねえよっていう話になってくるわけだ。
こうなってくると彼が一番初めに掲げていた壮大な物語は完全に価値を失うんだよね。つまりは公式戦で優勝して世界に自分の名を知らしめる。
そして周りから承認されるっていう物語はもう完全に絶たれるんだけれども、そこにきてようやくマーティは自分自身が求めていたものって一体何なのかっていうのをようやく見つめ直し始めたんじゃないのかと。
ここに至るまですげえ時間がかかるんだけどね。
その前段階で散々自分を思ってくれた幼馴染の女子ね。オープニングで壮大な受勢をした幼馴染の女子にちょっと心を開き始めてる。
描写はあるんだけど、ただやっぱり自分の生きる意味っていうものが一体どこにあるのかっていうところはまだ見つけきれてなかった。
日本に来てここで初めて彼はもういいと、目の前にいるこの遠藤に勝つということを初めて求め始める。
これまでの彼にとっての遠藤っていうのは世界大会という場で優勝して、そして承認されるっていう道筋にある一つの中ボスみたいな。
そんな扱いだったと思うんだけれども、実際ここで彼は非公式戦で遠藤に真剣勝負を挑むわけなんだよね。
これかつての彼の物語の中では全くいらないフェーズなんだよね。
だって非公式戦で勝っても何にも価値はないんだから、別にそこで見ていた人しかその事実を知らないだろうし、
そしてそれは全く記録レコードには残らない。そしてそれは世界に彼の名を知らせることにも一切繋がらない。
だから彼にとってはそこでの非公式戦での勝利なんていうのは本来は価値はなかったはずなんだけれども、
あそこで彼は全力で遠藤と初めて戦うわけだよね。
この瞬間にマーティが手に入れたのは、その世界を変えた男っていう称号じゃなくて、ただ遠藤に勝ったっていう事実にもかかわらず、
彼は感動するわけだよね。やり切ったという気持ちを得ると。
これがまさに以前にも何かの説で触れたファティアモールですね。アモールファティか。運命の愛ですね。
ニーチェの言葉です。アモールファティ。これは結局自分自身の運命を愛するわけですよね。
自分の運命っていうのは結局プラスもマイナスも色々あるわけだ。
そしてマーティの場合はその栄光をずっと追い求めていたけれども、屈辱も喪失もですね、そして外部からの評価っていうものもすべてから研ぎ放たれてですね。
そんなものはすべて、起こりうるものはすべて起こりうるわけだから、それらから自由になったのがあの瞬間だったんじゃないかと。
世界に認められることはもうない。ないです。世界大会に出られないんだから。
でも自分が納得できる一生を得た。でもそれって本当に卓球が好きでやってた頃のマーティが求めてたものだったんじゃないのと思うわけ。
初めから彼は世界を変えたいと思ってたまたまの卓球の才能があったというよりは、おそらく才能が開花するに至るまでに卓球を楽しくやっていた時代もきっとあったろうと。
ところがその巨影神という一つの刑務所の中で、彼はずっとその檻の中に閉じ込められて、いつの間にか卓球は手段になってたわけだよね。
ところがここに来て初めて、遠藤に勝つっていう、ただ一勝を取るっていう、その後に誰から証人を得るではなくて、ただ目の前の相手に勝つという一つの目標に向かってラケットを振るということが、
あの時点で彼ができたことによって運命を受け入れることができた、そして自分自身の価値っていうものを実感することができたわけだ。
だからこそ帰国した時に自分の子供を初めて受け入れたわけだよね。
彼にとっての子供だったりあるいは幼馴染女子っていうのは、世界に名を轟かせる道筋の中にある、言ってしまえば邪魔者でしかなかったね今までは。
でもそうじゃないなっていうことにそこで気づいたのは、何より彼自身が生きる目標を他者からの証人、世界からの証人、そして栄光っていうものから、
単純に自分自身のその卓球での一勝、納得のできる価値、そして自分自像っていうものをそこで取り戻したからこそ、自分の人生っていうものを初めてそこでようやく振り返って全て受け入れる。
これも運命だと受け入れる。そして幼馴染との愛を受け入れる。子供を受け入れるっていうふうな、そんな姿勢に変わったんじゃないのかというふうに思うと、
本作っていうのはそのマキアビリスト、究極のマキアビリストたるマーティが、あの手この手でいろいろ大騒動を起こしながらも、
最終的に自分という、自分の人生というね、人生の目標っていうものを見つめ直して、そして運命に立ち向かうのではなく受け入れるという選択肢を得たという、そんな頑張れマーティ成長物語だったという
ことがわかると、見てる時にマーティを応援したくなってくるわけですよ。
頑張れマーティ、答えは目の前にあるぞって思えるようになるわけです。そんなね、オウムみたいにグウィネス・パルトロといい感じになりやがってみたいな感じで、嫉妬しなくて済むわけですよ。
なんか俺が恐竜みたいな。
グウィネス・パルトロなんかも実はマーティの鏡写しにもなってるんだよねっていう気がするんだよね。
彼女はケイストーンですね、役名でいうと。ケイストーンは元々社会に承認されていた女なんでね。
ところがロックウェルという金持ちに金銭的な支援みたいなものをおそらくは期待して結婚したんだけれども、結果彼から与えられるものは愛ではなくて、ただの勲章としての扱いでしかなかったんでね。
結果彼女は世界からも承認されず、一番側にいる男からも承認されないっていう、そんな世界に閉じ込められることになったけどね。だからこそ彼女はもう一度承認を得たいという、そういう思いで表舞台に帰ってくるわけだけれども、向こうの劇票はもうガチで、国票の時は本当にボロクソ書くんですよ。
死ぬんじゃないかっていうぐらいに落ち込んでたもんね。 そうそうそう、本当にそういう世界なんで向こうの劇票は。仲良し子良しの業界じゃないですから、そして権威あるところにボロクソ書かれたら本当にそれでキャリアが終わるっていう、そういう厳しい世界なんで。
考えると彼女の落ち込みをっていうのは、今後お先真っ暗っていう嘆きでもあるわけなんですけどね。というふうに考えると、彼女は結局やっぱり承認を得ることを目標とした人生の空虚さを彼女が先に描いてるんだよね。
だから結局のところ、自分に与えられた運命を受け入れて、自分の中でその価値っていうものを見出していくっていうことが本当に本質的な人生の生き方なんじゃないのかっていうところにマーティは気づいて終われるという。
ただケイストーンはその後どう生きたのかは全くわからないというね。だからケイストーンはある種、もう一人のマーティであったということもここで一応触れておきたいなというふうに思います。
なるほどね。
というお話でございました。
はいはいはい。
ありがとうございました。
ギャリーズムか。なるほど。そこに結びつくのか。
私ちょっとね、ある意味ちょっと似通った話になるかもしれない。
はい。
なのでちょっと先に行っちゃっていいですか?
先って何の先?
なんかこう、まこちゃんのやつに対してコメントをする前に。
ああ、ぜひもうガンガン行こうぜ。
僕のアナザーストーリーを。
アナザーストーリー。
はい。じゃあ僕の説なんですけど。
はい。
マーティスプリーム。産声を上げたのはマーティ説。
おおお、おしゃれ。
かっこいいでしょ?
おしゃれ。
このタイトルね、あのGPTが作ってくれた。
タイトル思いつかないから何とかしていくつかアン作ってくれよって。
10個くらい出させて、これいいじゃん。対応。
そこちょっと頑張ってほしかったね。
まあいいですけど、何でしょうか。
マーティスプリーム見終わって、一番最初に僕の中に残った問いというのが一つだけだったんだけどね。
父親になるまでの時間という解釈
それがね、男っていつ父親になるんだろうっていうありがちな問いではあるんですけども。
これって多分多くの男性にとって結構答えにくい問いだと思うんだよね。
お母さんの方に関しては体の中でもうはっきりしてるじゃん。お腹が大きくなったりとかつわりがあったりとか。
そういうお腹の中で動いたみたいな実感が進展的に出てくるから。
でも父親の体には何も起きないわけさ。
昨日と同じような体のまま、ある日からお前父親だからねって言われることになると。
この映画っていうのはその何も起きない側の時間っていうのを丸ごと映画にしたものだったんじゃないのかっていうのが今回の僕の説なんですけど。
先に結論を言っておくと、あのラストで産声を上げたのはベイビーじゃなくてマーティーの保存じゃないかと。
この説でちょっと今日話していきたいなと思うんですけども。
見ててね、某は恐れたけどちょっと似てるなって思ったんだけど、その話は別にどうでもいいや。
思い出してほしいんだけど、この映画の始まり方は靴屋の奥でマーティーと彼女が伏せろとか静かにしろみたいなことを言って、
その後にイイチャコがご好意をお始めになるっていうところからスタートして、そこから画面が体の中のイメージに切り替わっていって、
感動的な音楽とともに、螺旋運動をしながら動いていく精子たちをずっと追っかけて、
それが卵子に到着して、卵子が受精して何か発光して、本当は体の中で発光なんかしないんだけど、その卵子がそのままピンボールになっていくっていうようなシーンからスタートするよね。
何やこれって思ったんやけど、これがこの映画の設計図というか、こういう映画なんですよって言ってる最初のシグナルなのかなと思って、
子供と卓球の球っていうのが最初から重ねて置かれていると、マーティーがこれから必死に追いかけるこのピンポン球というか球体というのは、
お腹の子供とずっと重なっていって、そのピンポンの球っていうのと、お腹の中の卵子っていうものをどう追っかけるのかっていう話になってるのかなと思ったわけさ。
この映画の面白いところなんですけど、その受精シーンっていうのを見せられているのは僕たち観客だけってことなんですよ。
知らないまま色々金を持ち出したりとか、ロンドンに行ったりとか大会を立ち上がって遠藤との勝負があったりとかっていうところがあるんだけども、
最初の方のシーンでこのマーティーが負けた後に、ラケットがこれクソだみたいなことを言って、
自分はこのマーティーの強いぞマーティーっていう自己像を守るためだったら、現実の子をねじ曲げてでも自己像のプライドっていうところを守るっていうところがあったんだけれども、
でもその間も観客の片隅あるいはヒロインの女性のお腹の中でこのピンポン球になった卵はずっと育ってるわけさ。
昔、昔でもないな最近ちゃ最近かの社会学者のある研究があったんだけども、面白いなと思ったんだけど、
ジャネット・ドレイバーっていう人の研究があって、この人が父親になってくる男性たちにインタビューをしていたっていう研究があって、
そこで報告されてたのが、エコーの検査で画面上に赤ちゃんを見たとき、男性たちの中で赤ちゃんの存在がグッと現実を見帯びたっていうような研究結果が出てるんだ。
つまりは、言われてみると当たり前っちゃ当たり前なんだけども、お父さんには感覚っていうところでの父親としての自我の形成っていうのはできないから、
だから目で見ることっていう、そのこと自体が子供を知るための大きな入り口になるっていう研究結果だったのね。
もちろんねイギリスの限られた地域の限られた中の父親に話聞いたので、全ての男性がこうだとは言えないんだけども、
でもこの映画を見る上ではすごく似通った見方になってくるんじゃないかなと。
しかもね、この映画は1952年なんですよ。
で、今は一般的になったけど、超音波で赤ちゃんの像を見たりとかっていうのが出来になったんですけど、それが1960年前後くらいなんだね。
おーそうなんだ。
そうそうそう、だからここのマーティーのいる時代に関しては赤ちゃんがお腹にできましたって言って、
それを父親が見るすべてのお腹を見るか、出てきた赤ちゃんを見るかしかできなかったんですよ。
で、マーティーは一度もやっぱりそのお腹を見るっていうことをあまりしてこなかったと。
気づいたらなんかもう臨月になってたってぐらいだからね。
で、知ってるのは僕たちだけになってると。
だからその父親側から見た妊娠の実感の無さっていうのが、このマーティーで表されているんじゃないかと。
で、ここからすごいちょっといろいろ飛んでいくんだけど、
ロンドンから戻ったマーティーがレイシューから妊娠を知らせて、
実はもうあなたの子だよみたいなことを言って行くっていうところがあるんですけども、
ここからすごいテンポよくクズ話っていうのが広がっていくんだけども、
金になりそうなものを次々に取り付けてガソリンスタンドで爆破をするわ。
ガソリンスタンド爆破が面白すぎたね。
あそこだけ初めてマーティー焦ってた気がしますけど。
初めてやっちまったわ。
遅い。
でも本当に途中から多球の映画を見てるのか、何の映画を見てるのか分かんないぐらいドンちゃん騒ぎが起こっていくんだけども、
その間にレイチャルの方っていうのはもう自分の人生を自分でコントロールしようと何とか頑張ると。
本当にこのお腹の子供はあんたの子じゃないって言って、
家を追い出されたりとか、お腹の子を抱えたまま、それでも不倫でできた子供だよっていう代償を頑張って払おうとしてると。
片山アティはその横でひたすら騒いでるだけなんだよね。
そうね。
同じ一人の子供を巡って、片方は体ごと頑張って代償を払っていって、
片方は外側をやんちゃに走り回ってるだけっていうのが、僕らに見えてくるこの映画の映像として出てくるわけさ。
マーティの暴走っていうのはそもそも妊娠が原因で始まったわけではない。
そもそも暴走し始めてるのってロンドンに行ったところからスタートしていってて、
妊娠する前だから、もともとこういう男なんだよっていうところ。
でもそれでも妊娠をした後、騒ぎは明らかに加速していくわけさ。
本人が認めようが認めないが、子供はどんどんどんどん成長していくと。
その状況をわかっているけれども耳塞ぐみたいにして、
マーティはどんどんどんどん追い込まれていくと。
身体症状が起きない人っていうのが、何も起きない時間っていうのはとにかく騒ぎで埋めているみたいな。
そういうふうにちょっと見えてきたね。
で、果ての果てっていうのがこの農場での銃撃戦になるんですけども、
レイチェルが流れ玉に当たって撃たれちゃうと。
マーティは彼女を病院に運んで、離れないでって必死に言う奴。
彼女を振り払ったのか、ビビって尻込んじゃったのかっていうのは微妙なところですけども、
そのまま預けて東京に行くわけさ。
さすがにここでもう僕の怒りが頂点に達して、おいってなるところなんですけど。
中盤に立ちかかったこの中盤の部分で、すごい正直な場面なんだろうなと思って。
子供がもうすぐ生まれるっていう現実が病院という形で目の前に来てるんだけども、
マーティが選んだのは男子じゃなくてピンポン玉の方だったのね。
最初に重ねられてたピンポン玉と男子で、はっきりピンポン玉の方を取るわけさ。
はっきり逃避を選ぶっていうところなんだけれども、
その行った先の東京で、さっきまんこちゃんがいろいろ説明してくれたように、
世界卓球には出れないわ。金ズルには逃げられるわ。
遠藤には八百丁にして豚とチューしろって言われるわ。
本当に言われたわけじゃないけどね。
そうね、豚とチューしそうになったね。それ以外ないみたいな空気感にさせられましたけど。
すべてのすべてのプライドを全部そこで捨てられるわけさ。
もういいやってなって、エキシビジョンを放棄して八百丁を拒んで、
その時にペンの社長にただじゃつまらないぞ、お前の人生はここで終わったんだみたいなことを言われて、
もう知るかよって言って突っ跳ねるっていうところから、
このマーティの変化がすごく大きくなっていくと。
今までのマーティにとって卓球で勝つことっていうのは、さっきまんこちゃんが言ってくれたように、
金と名声の手段であったと。
ロンドンに行ったっていうのも、自分のボールを売り込んでたっていうのは、
全部その手段、金と名声のための手段っていうところの延長戦だった。
でも東京の試合に関しては勝っても何も手に入らないと。
むしろ金につながる道を全部自分で捨てた上での試合で、それでも勝ちたいっていう風になってる。
ここで全部失った上で勝ってるっていうのが、このマーティの中で何かが一回も死んだみたいな。
だから自分っていうのがそのマーティシュプリームだっていうような鎧みたいなものが、
全部剥がされた状態でまた純粋に卓球をしているっていう。
さっきまんこちゃんがこの卓球を心から楽しんだ定位無法の極みみたいな。
そういう状態になったと。
今のテニプリのネタね。
テニプリは履修してないよな。
履修してないか。
結局テニプリはテニスを一番楽しんだ奴が一番強いっていう。
そういうオチでした。
そうなんだ。
そういうオチ。
手塚ゾーンとかもどうでもよくなってる。
どうでもいいんだ。
最後何とかの極みみたいなね。二重の極みみたいな。
ずっとやってるんですけど。
ちょっと置いといて。
その自己像っていうものを守る。
ねじ曲げたっていうところが過去あったものを、
東京でのシーンっていうのは自己像を支えていたものを全部手放して、
その上で勝って、今までの行ってきた行動と全然真逆の行動をすると。
その後帰国をしてレイチェルに連絡して病院に向かって。
ここってすごく前半のマーティを考えるとめちゃめちゃ異常なシーンなんだよね。
前半の彼っていうのは動くとき金と名声が全てだから、
絶対見返りがなかったら絶対に動かないと。
金になるのか名前が売れるのかとか、あるいは女と寝れるのかみたいな。
病院にいてもどれもなくて、金はないし名声もないし。
レイチェルは打たれて、しかも自分の子だって言ってる子供がいると。
その見返りのない場所に真っ直ぐ帰ってくるっていうのが、
マーティのすごく一番大きな変化だったんじゃないかと。
その神聖実質のガラス越しにマーティは初めてこの魔学を見るわけさ。
さっきの研究の話なんだけど、父親にとって見ることっていうのが
子供が現実として知るための大きな入り口だったっていう風に、
イギリスで研究されてたんだけども、この映画の中で初めてマーティっていうのは
自分の子供っていうものを対面する。
しかもこれがガラス越しなんだよね。抱くことも触ることもできない。
できるのはもう見ることだけっていうことを考えてみると、
これって妊娠中の男性の立ち位置そのものだと思うんだよね。
女性の中、お腹の中、体の中とか精神の中っていうのは
もう十分赤ちゃんという存在がもう出来上がっている。
でもそれを我々男性にとってはもうガラス越しで見るような感覚でしかないと。
外側から見て、あ、そうなんですね。
っていうところを実感する術がなかなかちょっと乏しいままいっていると。
その映画の男性の立場っていうところに初めて
自分で立った時にもう号泣をするわけさ。
面白いのがこのカメラのシーンで
普通だったら赤ちゃんをしっかりガンって出して
出したくなるけれども、ここで出すのは絶対マーティだけなんですよ。
マーティがもうひたすらガラス越しに
口を押さえて終わるっていうシーンなんだよね。
だから生まれた瞬間の顔として出されたのは赤ん坊じゃなくて
マーティの方だったんだよね。
マーティとしての父親としての人間性だったりとか
あるいは社会性としての人間性だったりとかっていうのが
産声を上げたのがマーティの方だったんではないかと。
そういうお話ですね。
面白いですね。乾杯です。
面白さで乾杯です。面白いな。
今聞いてて思ったのは、ガラス越しに見るしかないという感覚。
映画を見てる観客の我々も同じだなっていうふうに思いましたね。
確かにね。
多層構造になってるとも言えるかもしれない。
マーティという赤ん坊が生まれいずるのを観客である我々が手の届かないところで
傍観者として見ているっていう構図にも近いなというふうに思いましたね。
確かにね。それはあるかもしれないね。
面白かったな。
僕とマコちゃんに共通してるところとしては、男性って都画。
やっぱり仕事をしているっていうところが大人男性であると思うんだけども、
仕事って結局は金と名声っていうところが絶対縛りで出てくる。
切り離せないよね。
切り離せないファクターとしてどうしてもあるんだけどもさ。
例えば性の方向だろうと婦の方向だろうと、子供ができましたっていうふうになったときに、
ある意味闘技のために仕事をするっていうところもあるし、あるいは家庭で子供ができたから仕事をせざるを得ないっていう面もあると思うし、
でもそれってガラス越しの向こう側で行われている本人にとっての態度みたいな。
だからそこで仕事の仲間とブチ切れて案件が消えたりとか、
いろいろゴタゴタがあるんだけれども、それってでもガラスの向こうの話だよねってすると、
男っても本来的にベリリズムというか、自己をなんとかトップに立ちたいっていう欲っていうのは、
女性に比べて強いっていうのは心理学的に言われているところなんだけど、
それっていうのが妊娠して父親になるっていう立場になるときに、
それがどう動いていくのかっていうのをこの映画がすごくうまく表していたんじゃないかなって。
卓球を通じて描かれる人間の変化
そうね。だからその卓球が別段なんていうのも、もちろん卓球のドラマではあるんだけど、
卓球である必要は別にないんだよねっていう。
そうだね。
卓球を通じてっていうところだから、僕はこういうの好きなんですよ。
人間を描くために卓球コメディやってるっていう。
でもこういうのっていいなって思いますね。人間を描くために別に人間を描かなくていいんだよねっていう。
それド直球になってくると結局こっちが読む必要がない。
ハヤちゃんもこの流れで読んでくださいみたいな感じになっちゃうけど。
だからこういう何ていうのかな、ただ腹抱えて笑って見れるコメディの形を取りながら、
そこに人間が変わっていく様だったり、いかに生きるのかみたいな、そういうものをちょっと乗せてくるみたいな。
でまた切り方によって見え方も変わってくるっていうところがすごく好きでしたね。
いやーいいね。
いやー面白い映画だったな。
いやーこれをね、紹介してもらってよかった本当に。
あすわ和上さんありがとうございました。
ありがとうございました。
ぜひこのようなヒューマンドラマを幾度となく投稿していただけたら僕は嬉しいです。
このようなってところちょっと大事にしていただきたいですね。
あのど直球ヒューマンドラマ僕全然いらないんで。申し訳ないけど全然いらないんで。
こんな感じのやつが欲しいですね。えーっていうようなね。えーっていうような感じのが欲しいですね。
はいここで泣きましょうみたいなのいらないんで。お願いします。
僕もそういうの好きです。
まあそんなところでね。えーよろしいですかね。
何か言い残したこととかあれば。
そうね。でもちょっとありきたりなことになるんだけども家族計画ちゃんとやりましょうねって。
語りたいものがある。好きでたまらないものがある。それならもう話すしかない。
気になったものハマったもの人生をちょっと楽しくしてくれる者たちを持ち寄って本気で語り倒す30分。
笑えてちょっとためになってたまに明日何か買いたくなる。
毎週日曜更新俺たちの物語。誠大間でお送りいたします。
あの通学路にあるとちょっと気まずくなるちっちゃい自動販売機。
500円のやつね。そうそうそうそう。
あれもう見なくなったよね。見なくなったじゃん。
あのこないだね家の近く散歩してたらね徒歩3分のところに見つけましたね。
あったんだ。まだあったんだって思いましたね。
まだ入ってんの商品。本当だよねそこに心配になる。
つけると同時に自買していきそう。ファッサーツ。
そこだけ心配する。誰が補充してたんだろうとかいろいろと心配になりますよね。
逆にちょっと買ってみたいよね。そうね検証の意味も込めて。検証の意味も込めて。
やっぱりコンビニの普及でしょうね。
まあ確かにね。
それで言ったらだってさ僕らが子供の頃なんて大人向け雑誌の自動販売機すらあったじゃん。
あったあったあった。だっていわゆる今やエロビデオ屋さんなんてないじゃん。
そうだね。ないね。
いわゆるエロビデオ専門店があったじゃん。あったね。
ありましたありました。
そういうところの目の前にだいたいそういう自販機があるよね。雑誌とか。
自販機を必要とする人は果たしてそのビデオ屋さんに必要があるのかってちょっと二律背反な気がしますけどね。
いやでもあのさホール汚したくない派もいるじゃん。
もうやめてくれないかなもうちょっと。さっきすごく大事な人生の話してたんじゃないの。
ほんとにやめてくれない?
いちいちセンシティブつけんの俺めんどくせぇんだよほんとに。やめてくれよほんとに。
俺ホールとしか言ってないもん。
やめてください。
リスナーの方からいただいたリクエストのエンディングとかこんなんで本当に申し訳ないんですけど。
今回その卓球の映画を見たんで。
次回はピンポンを見ようかなっていうのが一応ね話題に上がっているんで。
ちょっとピンポンで行ってもいいですかねっていう。
アスファー和神さんピンポン見たことあるかな。
いやもちろんありますよ多分。
ねえ卓球を描いた。
来週までにはあれですよ多分お手紙届いてますから。
ピンポン大好きですって。
ピンポン見ましたとか。もう一回見ましたとか。
漫画前回買いましたとかね。
アニメ版も全部見ましたとかやってる。
ネタフリで最近リメイクされたのかなんだかわからないけどピンポンのアニメ版ですかね。
そうらしいっすね。ピンポン系アニメーションみたいな。
僕はアニメに興味ないから全然興味ないんですけど。
厳しいんだよねその辺の線引き。
なんかテンポ悪く感じちゃうんでね。
アニメの絵って漫画で見てるから許せてるんですよ。
漫画のテンポで読みたくなっちゃう。
アニメにすると時間の経過が惜しくなる。
なるほどね。
それでいうと原作者が松本太陽さんですよね。
そうだね。松本太陽さんって他何か書いてある?
鉄拳キングリート?
鉄拳キングリートですね。
そうそう。
あれもそうだったよね。
そうですそうです。彼の代表作ですよね。
鉄拳キングリートはわけわからなかったですけどね。僕としては。
深夜にぼーっとしながら見るオーシャンと同じくらいの気持ちで見てました。
ひたすら銃を撃ちたがってる若い警官がいたのを覚えてます。
銃撃ちてーなーって言ってるやつ。
僕の実家に人生ゲームがあるんですけど。
平成版人生ゲームみたいな。
これイラスト松本太陽さんがやってるんですよ。
すごいね。
すごくない?超レアな気がするんですけど。
人生ゲーム。
あ、あるわ。
あるでしょ?
あるあるある。
すごいね。尖った人生ゲームがあって。
これ家にあるんですけどね。ちょっと面白いですよ。
絵柄が全部松本太陽さんなんで。
独特な空気感が漂っていると同時に。
いろいろ版面の出来事とかもやっぱり平成感がありますね。
はいはいはいはいはい。
平成のイケイケ感みたいな。
これ今メルカリで1550ドルです。
ぜひ買ってください皆さん。
これ超いいです。
リミヤがついてると思いきや全然ついてない。
全然ついてはない。
多分相当出てるからね。
希少価値はないんでしょうね。
知ってる人は知っているぐらいの。
ぜひこういうのも手に入れた上でピンポン聞いてください。
そうね。
久保塚さんかっこいいのよ。
そうなんだよね。まさに久保塚洋介の前世紀ぐらいじゃないですか。
いや本当だよ本当に。
久保塚かっけえってもうめっちゃなってた時代だもん。
なんかいいっすよね。髪型これでかっけえんだもんな。
かっけえよ。何やってもかっけえんだもん。びっくりしちゃったよ。
そんなわけでね。思い出を爆発させるのは本編でということで。
来週だよ。
お楽しみに。
じゃあ下げちゃいますね。
お聞きいただきましたのはリールフレンズin東京。
今回はリスナーリクエスト映画マーティシュプリーム世界をつかめ
クズ男の一生はそれだけでドラマになるでお送りいたしました。
番組では投稿フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを
実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しています。
面白かった、こうは引っかかったなど短い言葉でも大歓迎です。
またXでハッシュタグリルパルをつけたポストも受け取っております。
いただいた声は番組の中でご紹介させていただくこともありますので
ぜひあなたの声をお届けください。
公式Xアカウントはリールフレンズin東京で検索フォローもよろしくお願いします。
リールフレンズin東京はアップルポッドキャストをはじめとする
主要なポッドキャストアプリで配信中です。
本日のお相手は誠。
大間でした。
それじゃあ、またねー。
01:28:12

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