自分も相談したいのに相談されることもないような状態になったら、もうリソースで資源はどんとなく収束していくだけで、
そうですね、確かに。
そうですね、それは多分あるんですよね。
フリーランス型のタスク管理とチーム型のタスク管理の違いは多分大きくて、
一人でやるときはそもそも相談の概念がほとんど発生しないので、
でもチームっていうのはそもそも根本が共同ですもんね、共同で動くってことで。
チームであり管理者っていう立場であったとしても、全然別のところから相談とか、
これこれよくわかんないんですけどどういうことですかねとかって聞きに来るっていうのを、
いやすみません忙しいんでっていう、
言い出しにする余裕がない方がちょっとつらいなと思って。
まあそうですね。リストを作って管理していっても別段そういう相談を受けられるぞっていう反論は多分立つんですけど、
多分そういうツールを使っているとついついコントロールした、全部コントロールしたようになってくるんですよね。
それが冒頭言ってた万能感というか、
冒頭言ってたかな、万能感って結構あるのかな。よく上手くいけちゃうんですね。始めた頃ってすごい上手くいけちゃうんですけど、
それが何にでもどれでもどんな時でもっていうふうに適応の範囲が増えてきて、
はいわかります。
結果的に周りの人が邪魔者に変わるっていう状況に陥ってしまってるのかなって。
あります。多分だからプライベートでも、例えば子供みたいなのができてくると、
もうコントロール不能の対象がいるわけですよね。
そうですね。
そうするとイライラするのはやっぱりまずいなと思いますよね。
そうなんですよ。
うーん、なるほど。
ってなった時に、タスク管理そのものが、話が戻るような話ですけど、
結局大きい範囲をコントロールコントロールっていってどんどん大きくなった結果、
やりたくないことはやりたくないとか。
そういうのでどんどん飛ばしていくと、
はい。
孤立型の方に行ってしまう傾向があり、
そうですね、はい。
ちょっとそこに疑問があって、
いやタスク管理そもそもそういうことじゃないよねって言って、
こう落としてた感じは僕はありますね。
なるほどね。でも一番シンプルな形のタスク管理ですよね、それが。
今どれぐらい何があるのっていうのにパッと答えられる把握ができれば、整理さえできれば、
その整理に必要な属性がラベルがどれだけあるかは自分次第だし、
時間が必要な人もいれば、プロジェクト単位が必要な人もいれば、
誰かに仕事を割り振ることができればその人っていう概念もあるので、
雑草化ってかな、僕の言い方すると雑草化してしまうんですね。
そうですね、ルーチンに支配されちゃうというのもありましたね。
大学でのルーチンっていうのも当然あるんですけど、
本当に作業的なルーチンっていうのも存在するわけで、
それが生活の何十パーセントを超えると、
何て言ってみたいな気もしてくれるんですよね、個人的に。
まあしてこない人も多分いると思うんですよ。
ただ、それをしてこないっていうのは、
多分、ルーチンがもうちょっと大きい枠なんですね。
自由度のあるルーチンというか、
これをやろうと思ってますっていうぐらいの感じで、
そこの中身は具体的な作業自体はいろいろ変えれますとか、
ちょっとごめんなさい、僕分からないです。
湿筆とかって湿筆の時間をルーチン化して取ってもらうとかって言われたら、
湿筆で内容が変わっているので、
違うよねって思います。
それでルーチンっていうか、作業時間の割り当てだよねって思います。
相手が言うのはルーチンプロジェクトみたいな感じですね。
そうですね。
プロジェクト自身はルーチンしているけど、中身はタスクをチェックみたいな。
ちょっとそれは別だと考えたら、
本当に作業的なルーチンっていうのは見直しして、
本当にこれって必要なんだっけっていうのもあっていいのかなと。
そうですね。
だからルーチン主義の人はルーチンを見直すという工程をルーチンに加えようというような
たぶん説明の違いとおっしゃると思うんですけど。
そうですね。
たぶんね、普段からこれはルーチンとして良いのだろうかっていう意識を持っておく方がいいんですよね。
そうですね。
ルーチン的にルーチンを見直すよりは、ルーチンに対する会議みたいなものがある方がおそらくは良いでしょうね。
そういう意味で提案としてみたいな形になりますけど、
このルーチンは何年何月まで有効のルーチンで、その時には消えますから。
ってやってしまわれると。
その頃までに何をしない、これ本当に続ける必要あんだっけとかって、
もう一回考えますよねって。
そう、だから逆にすると仮に1年間続けるルーチンだったとしたら、1ヶ月ごとに契約更新。
自動契約はありませんっていう。
っていうのですよね。だから1回画面にルーチンが表示されて、これでいいんですかってOKボタンを押さない限りは再ルーチンにならないみたいな。
それを効率化として、もういらないですって言われちゃうと、見返す期間もなくなっちゃうんですけど。
結局過度の効率化しすぎると判断が完全に消え去ってしまうので、判断の余地がある程度の効率化って言うと。
そこのコントロールっていうのが鮮度管理に近いような感じのものだとは思うんですけど。
いつまでもやってるこの鮮度のものっていいんでしたっけっていうのは。
確かにね。だからデジタルと鮮度って基本的には相性の悪さが一つで。
しかも情報と鮮度なので本当に悪いですよね。
確かに。
だから結局デジタルのログって全部いつでも何でも残ってる予感がメリットとして強調されて入ってきたんで。
結構大きいアンチテージでぶつけへん限りはなかなか変わらないでしょうね。
そうですね。ログってすごく大事なものだっていうのも当然わかるんですけど、
それ通りにやってみたら必ずもう一度成功するかっていうと、状況の方が今目がまんぐるしく変わってるっていうことを考えた場合、
それって言えないよなって思ってきて。
でも当然参考にはなるんで。
スタート地点としての叩き台にはなりますけど、その通りというわけにはいかない。
スタート地点の叩き台として持てる、それを持つための作業時間というか。
ログを否定しないですけど、僕は。
ログを綿密に取らないといけないって言ってる場合にかかってる作業時間があまりにも多かった場合ってそこって考えてもいいよねっていう。
そうですね。本当にゼロコストで取れてるんやったらともかくとして、
コストが発生してるんやったらちょっと案件事項ではありますよね。
考えた方がいいですね。
僕ももう一時期よりはログ欲求はかなり消えてきて、作業ログだけが残ってるだけで、
あまり細かい綿密なとか、時間単位で何したか残すみたいなのはほぼなくなりましたね。
あとログでその時こう思ったっていうのも当然すごく大事だと思って、僕もノートに書いたりはするんですけど、
あまりにもやりすぎるとそこはちょっとどうかなと思っていて、
例えば車でどこかA地点からB地点まで行きますって言った時の、
ここで渋滞してたからここは避けた方が良かったなっていう記録ってあんまりどうなんだろうって。
その時の状況によって変わるんだよね。
だから科学習っていうか、過剰適応になる可能性があるんですよね。
地図を知ってることは大事だと思うんですけど、
やり方だけ、ルートだけ知ってると足りなくて、状況に合わせないとダメで。
過去の事例は確かに重要だけど、今の状況を知ることがまずは重要なのかなっていう。
結局そこで学べる、さっきの事例で学べると、
渋滞のとこは避けようっていう、ある種の抽象化された知識は取り出せますけど、
その道が渋滞するかっていうのは普遍的なものではないですね。
なので状況を知って、かつ行動に移すためにはっていうと、状況を知るフェーズがどうしても必要になってきて、
状況に応じてやるべきことを決めるっていうフェーズがあるだけで、
そこってプロジェクト管理のところの意味合いでもいいのかなと思ってはいるんですけど、
タスク管理でいうとレビューでもいいと思うんですけど、
レビューをしますっていう部分って、どちらかというと外がどうなってますかっていうのをよく知るっていう。
速度をよく知った上で、レビューまでってそうだと思うんですけど、
収集からレビュー、収集してレビューしますっていうときは、
外に対してどうだ、集めきってますかだとか、
外の状況とこれ合ってますか、やるのに合ってますかみたいなところをやって、
あと整備してやるってなった場合は、もう外とは遮断してもいいから、
行動しやすいように今度はアレンジするっていう方向になるので、
そこでちょっと分かれると思うんです。
外向きの視点と実行に向いた内向きの視点、切り分けると。
そういうふうにしてもいいのかなと思いますけどね。
だからその外との関係の築き方というか、
人によってはなるべく外の影響を受けないように自分の環境を構築するっていうパターンもあって、
会社仕事では多分かなり難しいと思うんですけど、
フリーランスの人多分可能なんですよね。
毎回同じ時間に同じ道通るからここは渋滞するだろうから避けるっていうことは多分できると思うんですよ。
でもこれは結構、少数派かどうか分かりませんけど、ある環境に置かれた人ができることですよね、きっとね。
そうですね。ただどっちにも共通項って結局は外の状況をちゃんと知った上で、
自分たちのところを自分の中身のところでアレンジをしてっていうところは変わらなくて、
そこを間違えなければ過度にはならない気がするんですよ。
まあそうですね、確かに。
どっちでもちゃんと使えるものかと思うんですね、概念的には。
そうですね。
こっちの人しか使えないみたいになっちゃいがちなのは、ちょっとそれが過度に行きすぎているというか。
まあでも結局それぞれの人が実装している形っていうのは、
中小化を離れて過度の方向に行っちゃうので、
人が方法論を語るときは必ずそうなるんですけど。
ここまでやったほうがいいとかなっちゃいがちですよね。
まあそう難しいですね。
ノウハウを提供する場合って必ずそうなっちゃうんでね、どうせも。
そうですね。やり方を提供しようとなると結構アバウトにはなっちゃうんですけど、
今あるものをどうやったらこれで全部って言い切れますからに必要なラベルってどれかあるのとか、
そういうふうな話なんですけどね。
そこが見えるまではなかなか難しいっていうのは気持ちは分かります。
あとは僕が新人だった頃の頃と今の環境とは全然違うんで、
今は新人だった頃は忘れずに物をやるっていうのが大前提であって、
いろいろなことをちゃんとメモっておいて、やるべきタイミングのときまでに終わらせる。
それがちゃんとできるためにタスクを管理するわけで。
そうですね。そこがスタート地点のタスクなんですね。
それでやってることは結局は全てはこれです。
これがいつの段階で全部ここまで終わってないといけないはずですっていうのがちゃんと整理されてる。
あとはやったかやってないかの記録をちゃんとつけてる。
やったかやってないかっていうか、やったものはちゃんと外されてて、
やらなきゃいけないものは増えててっていうことがちゃんと出されてるっていう、そこだけ。
それから今も状況変わってますけど、
それの送料だとか塩梅だとかの裁量によってちょっと変わってても、
大きい意味はそこ変わってないですよね。
確かにね。
ただ単にラベルの量はいろいろ増えましたけどね。
根本的にタスク管理のコアみたいなのは絶対変わらないですね。
変わらないと思いますね。
組み立て方とか、一緒に仕事する人とか、自分の裁量とかによって、
実装の形は変わってくるし、
変わってこなければいけないっていう感覚は必要なんですね。
この一つの方向にこだわるんじゃなくて。
それを知ろうと思うと、
これって今どういう状態のことを整理したいのっていうのが明らかかどうかですよね。
何を知りたいのっていうのに対してちゃんと答えられるのであれば、
それは正しい姿の一つかもしれないなと思いますけど。
結局そこなんですね。先週前に話したんですけど、
何が知りたいのか、どういう状態を求めているのかっていう問いに
自分で答えられない場合があるんですよね。
それはツールのやり方であったり、人のやり方であったり、
あとは本当に知った知識にとらわれすぎてて、
ゴールとは違うものに適応しようとしている感じですよね。
もちろん一つの型としてはまってやってみて、
違いを感じるのも大事なやり方だとは思いますけど、
目的、その前の目的があったはずなので。
そうですよね。だから結局プログラミングとかも一緒で、
借りてきたコードと自分のやりたいことがずれているときって、
そのコードの方を変えるべきじゃないですか。
自分の目的を変えるのはおかしいですよね。
その感覚なんですよね。
コードを書き換えるノウハウを自分でアレンジしていく感覚というか。
そうですね。だから僕はアナログの前はもちろんデジタルでやってた時もありますし、
いろいろ動かしてはありますけど、やりたいこと自体は変わってないし、
やりたい管理の方法ってなんとなくは変わってなくて、
ただ総量的にこっちがいいね、あっちがいいねっていうのはあるので、
その時のタイミングで変えてるっていうだけでしかない。
だからものが散立してたらあんまり気にならないところはそこにもある程度ある。
アイデアは置いてけぼりになってても、そこにあることは知ってるのでよくて、
やらなきゃいけないものはだいたい取り出しちゃってる関係でできるでしょうし、
それが移行していってもあんまり問題ない程度になってるっていうふうにはなってます。
非常に実践的な話ですね、それは。
あともう一つ、仕事とプライベートを混ぜた方がいいっていうのはあるじゃないですか。
ありますね。
あれもちょっと気になってて。
プライベートってプロジェクト管理というか、やりたいかやりたくないかの選択肢まであるじゃないですか。
ありますね、それがエアゴシステム問題で。
仕事にはないことが多いじゃないですか。
ないですね。
それは同じ管理ツールの中でやったらそれは混ざるよねって。
なるほどね、それは気持ち悪いやろうなと思いますね、確かに。
それ別でも構わなくて、もともとは仕事中にプライベートのこと思いついたらどうしましょうとかっていうことぐらいだったら、
別に仕事のときにプライベートのインボックスに書きさえすればよくて、
それを仕事中に考えましょうなんてことはしないわけで。
そうですね。
ずれれば分かれても何の問題もないよねって。
プライベートのときに仕事のことを思いついたら、思いついたなりのインボックスに投げ入れて、
そのとき考えたければ考えてもいいんですけど、考えるツール別で全然構わないよなって。
そうですね、確かに。
アイデアに関しては、一人の人間のタイムラインは一つじゃないですか、基本的には。
それに沿うとするとやっぱり一つのツールになるんですけど、
そのタスクを分類という考え方になると、実論は分かれるんで結局。
そうなんですよ。プロジェクトって単位で分けても結局分かれちゃうので、
別にそのために別のツールが適合した形であればそれでよくて、
一つのツールであると気持ちがいいだけですよね。
まあそうですね、情報的な気持ちよさはあるんですけど、実行的な気持ちよさは多分ないでしょうね。
裁量が違うっていうのは、僕の場合はシームレスなんですよ、フリーランスなんで。
シームレスな人はそれが合致しているものの方が心地がいいですよね。
っていうのはあるんでしょうね、おそらくは。
シームレスじゃない人の場合は、逆に分かれてた方が心地が良くなるって。
そうか、でもその視点は必要ですね、確かに。今まで全く気づきませんでしたわ。
裁量のレベルに違いがあるんですか。
そうですね、輸出力に違いがあるので、入力も受け入れざるを得なくて、
出力は求められたものしか出せなくて。
そうか、だから例えばGDDでコードっていう概念があるじゃないですか、
0から5000m、5000mっていわゆるビジョンとかって呼ばれるもんですけど、
そのビジョンっていうものがタスク管理ツールにあったとして、
でも自分が今日やる書類仕事にそのビジョンが多分関係がないんですね。
そうですね、それは会社のビジョンと自分のビジョンを。