五つの感情を振り返る
みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、自分をよく見つめる、自分を知るという一つのプロセスの中で、
自分が持つ、もしくは持った感情、
この感情についての深掘りを、ある的確に表現されているなというふうに思いましたので、
それをみなさんとシェアしたいと思います。
私自身も、そういう感情をコントロールできなくなったことが何度もあります。
自分をないがしろにされたようで頭に来た。ありますね。
自分が知らないところで、自分をすっ飛ばして何かが進んでいたときに、
怒りを感じるようなものです。
2番目は、自分の思い通りにならなくて、いらだった。これもありますね。
自分がリーダーのポジションであるときに、思い通りにいろんなものを支持したつもりが、
それがうまくいかないということがあります。
人の思いが鋭くて、ハートが痛んで仕方がない。刺さるような感じですか。
感情の裏にあるこだわりと学び
4つ目、一生懸命やったつもりが報われなかったことが悲しかった。
認識してもらえなかったことが悲しいことはたくさんあります。
それでもいいやと諦めたこともたくさんあります。
5つ目、自分に対する人の感情が怖かった。
受けた自分は恐怖を感じたりもします。
この5つの感情、皆さんも何か思い当たることありますか。
この5つについて、ある人がこう述べていらっしゃいます。
ないがしろにされたような気がして怒るのは、自分のプライドへのこだわりじゃないの。
確かに自分の顔を潰されたとか、自分の股間に関わるとか、
そういうくだらないプライドへのこだわりだったのかもしれませんね。
思い通りにいかなくて苛立つのは、物事をコントロールしたい自分のこだわりだったんじゃないの。
ただ自分のエゴをコントロールしたいというエゴだったのかもしれませんね。
その思いが鋭くてハートが痛んでしたが仕方ないのは、
自分が愛と感情を持つ生命体であることを知るためじゃないの。
痛みを感じる自分を第三者的に見れば、感情を持つ生命体であることを知れるわけですね。
一生懸命やったつもりが報われなかったことが悲しかったのは、
やったことに対する代償を求めている自分に気づくためだったんじゃないの。
代償を求めていたからこその悲しみだったのかもしれませんね。
自分に対する人の感情が怖かったのは、
人間は誰しもが繊細で弱い部分を持つということを知るためだったんじゃないの。
深いですよね。
自分自身を第三者的に見ろと言ってもなかなかできないものです。
ただこうやって文字化されて、言葉としてその裏側にあったことを再認識するというのはとても重要なことだと思います。
感情を見つめて学びに変える
自分の感情は自分でコントロールできるのか、なかなかできないです。
ですからそれはそのままでいいんじゃないでしょうか。
ただ、その感情が湧き上がったことをもう一度よく見てみると、
その裏側に必ず何かの教え、学びがあるということなんじゃないかと思います。
先ほど申し上げた5つの感情をもう一度自分でも思い出してみてはいかがでしょうか。
今日は5つの感情について皆さんとシェアしました。
身体根拠創命リーダー今週一体ラーメン商工地総目中加速推薦。
生きとし生けるものに平安を、愛はのよう創る。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。