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皆さんおはようございます、雷鳴龍馬です。 今日は、コーチングについて、ある方が、とても不倫に陥ることをおっしゃっていたので、皆さんとシェアしたいと思います。
実は、コーチングというのは、起源をたどっていくと、もしかしたら、日本にそのルーツがあったのではないかとおっしゃるんですね。
まあ、普通コーチングというのは、アメリカ発祥かなと思いますが、それでその方は、コーチングのルーツは、まさに全問答ではないかとおっしゃるのです。
コーチングと全問答、なかなかそのままイクオールということにはならないと思いますが、実はポイントは問いです。
アドバイスやティーチングというのは、そのまま答えをその方に与える、そんなイメージがあります。
ところが、コーチングというのは、最初から最後まで問い続けるということです。
すなわち、問い続けるということは、本人が気づく、本人が悩む脳みそを使うということですね。
ですから、これだけいろんな問いに対して、自分が答えようとするという努力、そうすることによって自分自身が気づいていく、もしくはそこに何か刻まれるものがあるということです。
刻めば刻むほど長く残る、忘れないということではないかと思うのです。
単なる知識として受け止めるのではなく、自分のものにするという、そういうことではないでしょうか。
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ですから、コーチングは全問答であるとおっしゃっているのです。
なるほどと思いました。
いろんなこと、いろんな機会によって、研修やトレーニングがありますが、問いを投げかけることによって生徒たちは悩み、そして考え、自分なりの答えを出していく。
そのプロセス自体がコーチング的ではないかというふうにも思います。
さあ皆さんいかがでしょうか。
人生のいろんな局面で死と出会い、そしていろんな方から学びを得ることがありますが、
確かに問いというものを受けて、その問いに対する答えを探すというプロセスの中で、腐り落ちることもたくさんあったような気がします。
今日はコーチングについてある方が語っていらっしゃった、その真髄に近いものを皆さんと分けちゃいました。
いかがでしたでしょうか。
身体根拠創命理と悪魂死一体雷鳴生光地層目中観測水田。生きとし生けるものに平和の世を作る。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。