映画「ゴールデンカムイ 」を観て大変感動したと共に、「ヒンナ」と言う世界と、金塊を奪い合う世界。そのあいだに、この物語の問いがあるように思いました
私が以下のことを思いました
1、自然との共生の美しさ
2、人間の強奪する欲望
3、最後はすべて土に還る
1、自然との共生の美しさ
アシㇼパが口にする「ヒンナ」という言葉は、
食べることを“奪う”のではなく、“受け取る”行為へと変えているようにおもいます。
そこでは、自然は対象ではなく、関係そのものとして存在している。
レイチェル・カーソンが、「沈黙の春」で、「自然の中では、何一つとして単独では存在しない」と語ったように、人はそもそも自然の外に立つことはできない。
ヒグマやシャケを余すところなく活用して、必要な分だけ感謝して頂くという行為は
とても根源的な、自然との共生が、どれほど美しいことなのかを、改めて教えてくれてるような気がしました
2、人間の強奪する欲望
一方で、金塊を巡る争いは、自然との関係を断ち切ったとき、に立ち上がる世界を象徴しているように感じました
自然も人も対象化され、
すべてが「奪うもの」へと変わっていく。
ひとつは、生き延びるために、
関係よりも“確実に手に入るもの”を優先してしまうこともあるかもしれない
そしてもうひとつは、「すべてを支配できる」という全能感に、強く惹かれてしまうから。と言うこともあるのかもしれないと思いました
欲望は本来、生きる力ですが
ただそれが、関係から切り離された瞬間に、
強奪へと変質してしまう。
リップルモデルで言えば、パッションは、仲間と接続できなくなると、方向性を見失うかもしれない
誰もが陥る罠について、深く考えさせられました
3、最後はすべて土に還る
どんなにたくさんの金塊を手に入れたとしても、最後に死ぬ時が来る、その時には、誰もが必ず土に還ることになる
それは、自然の関係性の中に、最後は、必ず溶け込むと言うことなのかもしれないなと思いました
そして、そこに気づけると言うことがとても大切かと思いました
そして、そこに気づくためには、自然との関係性を保っている仲間との出会いなのかもしれないと思いました
誰もが金塊の罠にハマるけれども、ヒンナな仲間との出会いさえあれば、またはそれを受け入れることができれば、きっと関係性の中に戻ることができる
そんなことを、この物語は教えてくれているような気がしました
つまり人は、
関係から離れようとすることはできても、
関係の外に生き続けることはできない。
関係へと還る道は、ヒンナな仲間との出会い、そこに希望が残されているのだと思いました
ということで、一言でいうと、
ヒンナと金塊ノベーション
そんな話をしています
参考:映画 ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編 原作:野田サトル「ゴールデンカムイ」(集英社ヤングジャンプ コミックス刊) 監督:片桐健滋 脚本:黒岩勉 出演 山﨑賢人 山田杏奈 など 配給:東宝
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