桜守16代目、佐野藤右衛門さんの言葉に、創造という営みの本質を、教えられた気がしました。
曰く
「いわゆる新しい生命と、一緒に付きおうていく楽しさ
で、今育ててるやつは、私花見できません。
やっぱ30年はかかりよるから。
次の世代のものが、それをまたやってくれるやろうという望みですわな。
そういうものがあるから、やっぱり楽しいんでしゃろうな。」
(NHK「午後LIVE ニュースーン」2026年4月8日放送より)
私は以下のこと思いました
1、成果を手放す勇気
2、自分の命を超える創造
3、他者を信頼する希望
1、成果を手放す勇気
自分が植えた桜を、自分では見ることができない。
それでも植える。
誰に届くかもわからない。
いつ報われるかもわからない。
それでも、手をかける。
ジャック・デリダは『与える時間』の中で、「贈与とは、見返りも感謝も期待しないときにのみ成立する」といった趣旨を語っています。
つまり、贈ったことすら意識に残らないような行為。
イノベーションも同じで、
「自分が評価されるかどうか」を前提にすると、どうしてもスケールが小さくなる。
誰かの未来に届くかもしれない、くらいの距離感で差し出す。
そんな創造が、結果として長く残っていくのかもしれないなあと思いました。
2、自分の命を超える創造
30年かかる桜を植える。
それは、自分の人生の中では完結しないものに、手をつけるということ。
自分のためにやるのではなく、
自分の時間の中で終わらせることも前提にしない。
それでも、手をかけ続ける。
リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子』の中で、「われわれは遺伝子という自己複製子を運ぶ乗り物にすぎない」と述べています。
命は、一人の中で閉じていない。
つながりの中で続いていく。
桜守の営みは、文化の遺伝子を植えているようにも見えます。
イノベーションもまた、
「それは自分の命を超えてまで遺すべきものなのか」という問いに立ったとき、
まったく違う設計になるのかもしれないなあと思いました。
3、他者を信頼する希望
次の世代がやってくれるだろう、という前提。
そこには、未来を信頼する感覚があります。
クロード・レヴィ=ストロースは『野生の思考』などで、文化とは個人が作り上げるものではなく、「無数の人の手を経て受け継がれていく構造」であると捉えました。
つまり人は、創る存在であると同時に、受け渡していく存在でもある。
先人から受け取り、
少し手を入れて、
また次へ渡していく。
ここで必要なのは、「自分がやり切ること」ではなく、
「次の世代が続けてくれると信じきること」。
桜守の営みも、まさにその連なりの中にあるのかもしれないと思いました
イノベーションも、
完成させることよりも、
誰かが続けられる形にすること、
そしてそれを信頼して託すことの方が、本質なのかもしれないなあと思いました。
今回、なんとなく思ったのは
本当に長く残るものほど、「自分のため」から離れていくということなのかもしれないなあと
リップルモデルで言えば、自分のパッションから仲間を通じて、どんどん外側の大義の方へ広がっていく
一言でいうと、
自分の命を越えてでも遺したいと思えるものだけが、未来に残るのかもしれないなあと
桜守ノベーション
そんな話をしています
参考: NHK総合・東京 午後LIVE ニュースーン 午後4時台 桜守・16代目佐野藤右衛門 2026/4/8(水)
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