片岡愛之助主演の新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』は、めちゃくちゃ笑って感動して涙して、最高の作品だったのですが、その脚本・演出を手がけられた戸部和久さんの言葉に、深く考えさせられました。
”不二子は言う、
「自由に生きるとは全部自分で決める事、誰かのせいに出来ない人生、逃げ道の無い選択だ」
また、
「自分で選んだ道だから間違いと知っても間違いでないようにしなければならない」
流白浪の如く自由に生きるとは、覚悟が要る道なのだ。今や自由を追求しなくなりつつある世の中で、流白浪の姿はどう映るのだろうか?”
ここから自由についていろいろ考えさせられました
1、自由を求める人と求めない人
2、自分の人生を生きる快感
3、正しい選択よりも選択後の正しい行動
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1、自由を求める人と求めない人
完全な自由なんてあるのか?というお話もあるかと思いますが、不二子や流白浪(ルパン)は、限りなく自由度の範囲が広い世界を求めている気はします
「すべての人間は、生まれつき知ることを欲する」
(アリストテレス)
と言われている通り、少なからず自分なりの好奇心のない人なんていないと思います。
それが原動力になって、より知らない世界を知りたい、そのためにここから飛び出したい、そんな欲求も誰もが持ってると思います
とはいえ、エーリッヒフロムの「自由からの逃走」のように、自由には孤独や不安がつきまとうという、光と影がある
なので、フリーハンドな自由度は少ないけれども、安定の制約の中で自らの自由な価値を出すことに、しっくりくる人もいると思います
不二子やルパン、それに対する、銭形のとっつぁん、どちらも、自分にとって、しっくりくる自由度と制約を、自らが選択して、自分らしい自由を謳歌しているような気もしました
これはまさしく、太刀川英輔さんの進化思考の適応と変異、または、オライリーの両利きの経営における深掘と探索
企業の中に、きっちりしっかりやる人と、枠をはみ出した新しいことに挑戦する人、大企業とベンチャー企業、2つの要素がおりなって、できる世界
もしかすると、1人の人生の中にも、人生フェーズによってそれらのバランスが行ったり来たりする、それができることも大切なことかもしれないなあと思いました
2、自分の人生を生きる快感
一度でも、自分で決めて、自分で動いて、何かが少しでも前に進んだ
そんな経験をすると、
ああ、自分の人生を生きているな、という感覚が残る気がします。
「人が最も幸福を感じるのは、能力を最大限に発揮し、何かに没頭しているときである」
(チクセントミハイ)
この感覚を知ってしまうと、決められた安定だけでは、少し物足りなくなる。
それを一度でも味わうと、その感覚を求めてしまうのかもしれません。
幼稚園教諭の加用先生が、幼稚園児に、光る泥団子を一所懸命作ることを教えると、みんな没頭して、一心不乱に光る泥団子を作るお話のように
何でもいいので、自分で唯一の価値あるものを創り上げた、そんな感覚を持たせてあげることが、大切かなと思います
イノベーターリップルモデルも、自らのパッションから、仲間を通じて、みんなが喜ぶ大義を作っていく
この構造は、光る泥団子と何ら変わらないと思います
ジョブズやイーロンにならなくても、人生の中で、何らかの価値を作り上げる、それは自由の制限の多いのか、少ないのか、それには関わらず大切な気がしました
3、正しい選択よりも選択後の正しい行動
制限の多い自由、少ない自由に関わらず、その中で自由に選択できるということは、とても大切だと思います
そこで難しいのは、自由に選べるということは、当然、間違うこともあるので、なかなか選べない、ということかなと思います
でも、
「自分で選んだ道だから間違いと知っても間違いでないようにしなければならない」
この言葉を見ていると、問われているのは、選択の正しさではなく、その後どう生きるか、ということのように感じました。
「意思決定とは、正しい答えを見つけることではなく、それを正しくすることである」
(ピーター・ドラッカー)
イノベーションも同じで、最初から正解があるわけではなく、動きながら正解にしていくもの。
だから、選ぶことを怖がるよりも、選んだあとをどう生きるかに、少し重心を置いてもいいのかもしれません。
それが実は、自分の中における、自由に生きることの、とても大きな考え方かもしれないなと思いました
ということで、一言で言えば
自由に生きるノベーション
そんな話をしています
参考:新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)碧翠の麗城』脚本・演出 戸部和久 原作:モンキー・パンチ『ルパン三世』 出演:片岡愛之助 市川中車 他 制作:松竹 プログラムより
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