実験寺院 寳幢寺(ほうどうじ) 僧院長の松波龍源(まつなみ・りゅうげん) さんと、深井龍之介さん、野村高文さんとの対談からの、お釈迦さまの教えの解説に、目から鱗が落ちる思いでした
曰く
"たとえ人生が1回きりであっても、先ほどお話ししたように、私という存在は他者に担保されているのだから、自分の利益のためには鏡写しの存在である他者の利益も最大化する必要がある。
さらに、人生が無限繰り返しゲームである可能性も否定できないのだから、相手を出し抜こうとする行動は、未来のあなたの損になりますよという説得方法。
お釈迦様はこの二段構造で、人びとの心にアプローチしたんじゃないでしょうか。"
ここから私は思いました
1、他者の利益は自分の利益
2、人生を繰り返しゲームとして捉える
3、利他と利己を超える視点
1、他者の利益は自分の利益
ギブアンドテイクという言葉は、特にビジネスの世界では、商慣習としても使われるものかと思いますが
この考えの凄いところは、ギブのみで、テイクしなくても、それは、自分の利益になっている、という考えかと思います
なぜなら、私は他人の存在なしにいられないから写し鏡であり、他人との信頼関係の上でも、自分に損が降りかからないようにできるから
という考え方は、ある意味、とても論理的な、納得感があるなあと、目から鱗が落ちるようでした
他者を損なうことは、結果的に自分が生きる環境を損なうことにつながる。一方で、他者の利益を増やすことは、自分の生きる世界を豊かにするということかなと
この意味で利他とは自己犠牲ではなく、「自己と他者を切り離さない視点」という捉え方ができるのかもしれないなと思いました
2、人生を繰り返しゲームとして捉える
”輪廻転生”ということが、本当にあるのかどうかは別として、考え方として、関係性は、長期に続いていくという捉え方をしたら
その時の関係が終わればいいという判断は、難しくなってくるというところが、非常に面白い考え方だと思います
これはまさにゲーム理論で、一度きりの関係と繰り返される関係で合理的な行動は変わるのと同様で
一度きりなら裏切りが得になる場合もあるが、関係が続くなら話は違ってきて
短期的な利益のための裏切りは、長期的には信頼や機会の損失として跳ね返ることになる
人生も同様で、他者を出し抜く行為は一時的な得に見えても、長期的には自分の可能性を狭めていくことになるので
ここからも、利他は道徳ではなく、時間軸を長く取ったときに現れる合理性なのだということだなあと思いました
3、利他と利己を超える視点
今回のお話の本質は、「利他を選びなさい」という単純な道徳ではないのだということを教わった気がします
他者を大切にすることは自分を大切にすることでもあり、その行為は未来の自分にも返ってくる、という構造にあるのだと
この視点に立つと、「利他か利己か」という対立自体が意味を失って
他者の幸福を増やすことが、自分の幸福を増やす世界をつくるということに行き着くような気がしました
それは、イノベータリップルモデルの、自らのパッションから、仲間と共に、誰かの喜ぶことを実現する大義を持つ
という構造とも、とても響き合うと思いました
一言で言うと
利他は道徳ではなく構造であり、短期と長期、自己と他者を統合したときに現れる合理性なのだと
利他は合理的であるノベーション
そんなことを思いました
参考:本: 視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話 紙書籍発行日 2022年6月20日 著者 深井龍之介・野村高文 発行所 株式会社イースト・プレス
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