彫刻家ヘンリー・ムーアさんの言葉に、人生をかける目標について考えさせられました。
曰く、
「人生の秘密は、一つの仕事を持つこと。人生のすべてを捧げ、一日一日のあらゆる瞬間をそこに注ぎ込む仕事を持つこと。そして最も大切なのは、それが自分には到底できそうもないことであることだ。」
80歳になったムーアさんに、詩人ドナルド・ホールさんが「人生の秘密は何ですか」と尋ねたときの言葉だと伝えられています。
ここから私は思いました。
1、強制的に変革を促す
2、終わらない問いをつくる
3、自分一人を超えろ
1、強制的に変革を促す
なぜ、目標は「到底できそうもない」ほど大きい必要があるのかなあと考えてみました。
大きすぎる目標は、逆にモチベーションを下げてしまうこともある気がします。
しかし一方で、到底できそうもない目標を置いた瞬間に、
今までとは違う技術を学ぶ。
違う人と組む。
今までの常識や、やり方そのものを変える。
ということを迫られるのかもしれません。
つまり、
到底できそうもない目標は、今の自分では足りない状況を強制的につくる。
経営学でも、シトキンらは「ストレッチ目標」、つまり一見すると不可能に見えるほど高い目標について論じています。
こうした目標は、従来のやり方の延長では届かないからこそ、新しい探索や学習、方法の見直しを促す可能性があるとされています。
ただし、もちろん大きな目標にはリスクもあります。
目標が大きすぎれば、逆に諦めや混乱を生むこともある。
だからこそ、大切なのは「無理難題を押しつけること」ではなく、
今のやり方では届かない目標を置くことで、やり方そのものを問い直すこと
なのだと思います。
たとえば新規事業でも、
「来年度には少なくとも受注が上がるように」
という目標だけなら、今の事業の延長線上の改善で届くかもしれません。
しかし、
「現在の事業と同等、あるいはそれを凌駕するほどの新しい事業をつくる」
となれば、今までとは全く違うやり方が必要になる。
「イノベーションを起こそう」というスローガンだけでは変わらない行動を、到底できそうもない目標が強制的に変えていく。
そんな力があるのかもしれないと思いました。
2、終わらない問いをつくる
もう一つの効能は、
到底達成できそうもない目標は、終わらない問いを生み出す
ということです。
達成できる目標は、達成した瞬間に終わります。
しかし、到底できそうもない目標があれば、
「自分たちは、本当にそこへ向かっているのか。」
「まだできていないことは何なのか。」
「次に何をすべきなのか。」
と問い続けることができます。
自分も、会社も、国も、成長し続けるためには、
問いを生み出し続ける仕掛け
が必要なのかもしれません。
到底できそうもない目標は、その一つになり得るのではないかと思いました。
3、自分一人を超えろ
そして、到底できそうもない目標は、
「自分一人で達成する」
という考え方も超えさせるのではないかと思います。
以前、哲学者の戸谷洋志さんの「弱い責任」についてお話ししました。
人間を、一人ですべてを背負える「強い主体」と考えるのではなく、
一人では生きられず、誰かを頼りながら責任を果たしていく存在
として考えるというものです。
到底できそうもない目標なら、なおさらです。
一人でできなければ、仲間を頼る。
仲間と一緒につくる。
さらに、マルテラとペッシは「意味のある仕事」について、
自己実現だけではなく、自分自身を超えた、より大きな目的に貢献すること
が重要だと論じています。
つまり、
「自分が成功する」から、「自分を超えた大義を実現する」へ。
この考え方は、以前お話ししたイノベーター・リップルモデルにも重なるところがあると思います。
一人のパッションから始まり、仲間へ広がり、やがて誰かが喜ぶ大義へとつながっていく。
場合によっては、自分の人生の中で完成しなくてもいい。
次の人へ、次の世代へ、その問いを託していく。
到底できそうもない目標だからこそ、自分一人を超え、仲間や時代を超えていくことができるのかもしれません。
ということで、
到底できそうもない目標を持つことは、
強制的な変革を巻き起こし、
終わらない問いを生み、
自分一人や自分の時代を超えた価値へつながっていく。
それこそが、生きる意味や価値にもつながっていくのではないかと、私はムーアさんの言葉から感じました。
一言で言えば、
到底できそうもない目標ノベーション。
そんな話をしています。
参考
- ヘンリー・ムーア
詩人ドナルド・ホールによる回想、および著書『ライフ・ワーク』で紹介された言葉
- シトキンほか
「ストレッチ目標の逆説――一見不可能なものを追求する組織」
一見不可能に見えるほど大きな目標と、組織の探索・学習・変革に関する研究
- 戸谷洋志
『生きることは頼ること 「自己責任」から「弱い責任」へ』講談社、2024年
- フランク・マルテラ、アンネ・B・ペッシ
「意味のある仕事とは、自己実現と、より大きな目的に関わるものである」
意味のある仕事における「自己実現」と「自分を超えた目的への貢献」に関する研究
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