メディアアーティストの落合陽一さんと、小説家の田中慎弥さんとの対談に痺れました
曰く
"堕落という行為は、自分の豊かさを回復するのにうってつけです。堕落というのは、自分のなかに余白をつくり直す行為なのかもしれません。効率を求めると余白は埋められていく。でも余白がないと、新しい言葉にも予期しない感動にも着地できない。"
"堕落論を唱える私たちの結論としては、人類は週に一、二度程度なら、昼からビールを飲んで一向にかまいませんし、パジャマで外へ出て活動してもオーケーです。適度にサボって、適度に堕落してください。"
ここから私は思いました
1.堕落をプロから教えを乞う時代
2.堕落してデフォルトモードネットワークを発動させる
3.豊かさとは、選択の自由を持つこと
1.堕落をプロから教えを乞う時代
AIが出てきて、週休3日4日も夢でなくなるのは?という話もありましたが
実際、AIが出てきて、なおさら忙しくなった気がするという声も聞きます
実はついに、堕落した生活をしても、誰も困らない世界が来ているにも関わらず、何かを一生懸命やっていないといけないという、脅迫感があるのかもしれないなあと思います
結局は、マインドセットが変わらない限り、どんなに便利なツールやロボットなどが出てきても、生き方は変わらないのかなあという気がしています
いかに堕落するかということは一つの技術として、堕落のプロから教えを乞う、そんな時代に来ているのかもしれません
2.堕落してデフォルトモードネットワークを発動させる
デフォルトモードネットワークのように、散歩をしたり、音楽を聴いたり、仕事以外の時間にこそ、クリエイティビティを発揮する鍵があるということがわかってきている今
いかに堕落というデフォルトモードネットワークを発動させる時間をキープするかが、AI時代には、より重要となってくるということかもなあと思いました
ちゃんとした答えを出すことや、オペレーショナルなことはAIにたくさん頑張っていただいて
人間は、徹底的に堕落しまくって、とんでもない考えや、思想や、ソリューションを考えだしては、AIに嗜められる
嗜められながらも、網を掻い潜って、新しい世界を創っていく
世の中をきちんと保つことは計算機にお願いして、堕落こそ、人間が本来持つ、最も強くて自然な生き方なのかもしれないなあと思いました
3.豊かさとは、選択の自由を持つこと
自分にとっての豊かさってなんだろうって考えた時に、自らのパショんの源に従って、自分自身で選択できている時なのかなあと思います
今のパッションの源が、何もしないことが大好きパッション、なら、何もしない時間を選択できるし
おしゃれしたい時、めっちゃ勉強したい時、とにかくひたすらクロードで何か創りたいとき、1人でピアノかき鳴らして叫びながら歌いたい時、とにかくミュージカルや舞台を見まくりたい時
何かのゴールや成果物を生み出すことなんてどうでもよくて、ひたすらに、パッションが喜ぶ、ワクワクする、ドキドキする
それを選択できる、ってことが、自分にとって、豊かな時間だなあって思います
それが、周りから見たら、堕落した生活、と言われる時もあるかもしれないけど
自分でも、これって、堕落だなあと、笑ってるかもしれないけど
一言で言えば
堕落上等ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 堕落論 住めば都のディストピア 2026年5月31日 電子書籍版発行 著者 田中慎弥 落合陽一 発行所 株式会社 徳間書店
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