病院シェフとして、人間ドックの予約が相当先まで埋まっていると言われている、山田康司さんの言葉に、感動しました
曰く
"理想
なんか選択があって、自分は望む方を選んできたので。
それが結果的に、理想になりつつあるかな
やればそれなりに誰でもできる。
まあ、やるか、やらないかだけなので
やってこういうふうな空間を作れれば、みんなが楽しい。
かなっていう。"
ここから私は思いました
1、獲得したものを捨てられるか
2、パッションの源を見つめているか
3、痛みに寄り添いみんなが楽しい
1、獲得したものを捨てられるか
山田さんは、東大に行かれていところ、突然辞められて、この世界に足を一から踏み入れたとのことです。
私が思ったのは、一度、獲得したものを、捨てることというのは、並大抵のことではないなということです
私の場合を考えてみると、少なくとも、これまでやってきたことの延長線上で、少しずつピボットしてきた感じがあります
最近では、アンラーニングと言われますが、これまでの成功体験や、培ってきたスキルにどうしても縛られてしまう、というところで
なかなか新しい挑戦をしきれないということもあるような気がします
自分軸と他人軸で考えると、いつの間にか、他人軸で生きてきてしまっていて、その他人軸で得たノウハウを捨てて自分軸に振り切ることができるか
でもそこまでできないと、もしかしたら、自分の物語を生きるということに、方向転換をすることは難しいのかもしれないなあと思いました
2、パッションの源を見つめているか
そこで必要となってくるのが、その自分軸への思いの強さ、つまりパッションの源から迸る思いが、押さえつけられない、そういう状態になることなのかなあと思いました
山田さんは、インタビューを見ていても、そんなマッチョにパッションを叫ぶような人に見えない、とても物静かな印象を受けたのですが
それでも、きっと、自らのパッションの源に生きるという覚悟が、すごく強い方だったのではないかと、想像します
何か違うのかもしれない、そんなふうに思った時に、自らのパッションの源が、何かを叫んでいる時だと思います
その時に、改めて、自らのパッションの源ってなんだったっけなあと見つめてみることが大事かと思いました
そして、
やるか、やらないか。
人生これしかないかもしれません。自分の人生を生きるために、その判断と勇気と覚悟が試されるのかもしれないなあと思いました
3、痛みに寄り添いみんなが楽しい
山田さんは、めちゃくちゃ有名なお店のシェフに一度なり、それもまた、ある意味、捨てて、そして、病院の専属シェフになられたというのも
ある意味、2回、大きなものを捨てているような気もしました
そして、病院や人間ドックのご飯を、目を見張るお良いしくて健康なものを提供し、さらには、病院にたくさんのバラを育てられて、レストランがバラ園のような形にまで自らの手でやられている
私がそこに感じたのは、徹底的に痛みのある方々に寄り添われていて、そこにいる人たちがみんな楽しいと思ってもらえるような
自分を超えた、そんな大義のものに、やられているように感じました
それは、イノベータリップルモデルにおける、抑えきれないパッションから始まって、たくさんのシェフや病院の仲間の方々と共に、病院という最も痛みが強い人たちに笑顔になってもらい、楽しんでもらう大義を実現している
まさに、真のイノベータそのものだなあと思いました
ということで一言で言えば
やるか、やらないかノベーション
何か違和感を感じた時に、それまでを捨てることができるか、自らのパッションの源に立ち返ることができるか、そして、たくさんの人たちが喜んでもらえる大義に到達できるか
そんなことを教えていただいた気がしました
そんな話をしています
参考:MBS 情熱大陸 2026年06月07日(日)放送分
病院専属シェフ Vol.1407 山田康司「元気回復」のための病院レストラン 東大中退・元名店シェフの優しい料理 https://www.mbs.jp/jounetsu/2026/06_07.shtml
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!