個性的で、そこにおられるだけで華やかになる俳優の坂口涼太郎さんの言葉に、感動させて頂きました
曰く
"最近、「自己肯定」という言葉に遭遇する機会が増えたなと感じるけれど、私は正直、自己の全てを肯定できなくてもいいんじゃないかなあ、とちょっと思う。
ただ認めてあげたらいいんじゃないかなあ、と思う。肯定じゃなくて認識。「自己認識」すればそれで十分なのではないか、そして、それは結構すごいことなのではないかと思う。
容姿とか性格とか、「自分のここはちょっときついっすわ、いけてないですわ、嫌いですわ」という部分があってもええやん。
でも、意外とそこが自分を司っている大切な部分であるということも私はこの三十数年間でなんとなくわかったし、そこをおもろいとか美しいとか思ってくれる人もこの広い世界のどこかに必ず一人はいるわけで、人の美的感覚や価値観というものはほんまに人それぞれなんやなと、生きていれば生きているだけ思う。"
ここから私は思いました
1、自己肯定圧力
2、成長・脱出パッションだけでなく
3、自己認識はパッションの源認識
1、自己肯定圧力
自己肯定感を持たせることが子供の教育にとっては大切なこと、それが大人になってからも、自分のことを好きになれる一つの大きな分岐点になる
ということを思ってきましたが、坂口さんのお話を聞いて、自分のことが好きでなきゃいけないプレッシャーというのが、何か重くのしかかってくることもあるのかもしれないなあと思いました
自分では自己肯定感があると思っていますが、できないことやもっとこうだったらいいのになあということは、ぶっちゃけ山ほどあります
特に歳を重ねてきている今現在、昔は軽々とできていたのに、今はめちゃくちゃ頑張って、やっとできるかどうか、みたいなことが、どんどん増えてきているし
体もあっちこっちで何かしらの不具合を感じて、日毎、明日は、歯医者、その次は整形外科、その次は皮膚科、そしてマッサージみたいに、相当お医者さんと仲良くなってきている今日このごろ
それでも自分大好きと言ってあげなければ、自分がかわいそうくらいな自己肯定感となっているような気がするなかで、坂口さんの優しい言葉は、胸に響きました
2、成長・脱出パッションだけでなく
いつもお話ししている情熱のポートフォリオの中では、大好き、利他、個性、成長・脱出という象限があるのですが
その中でも、自分自身を肯定できないからこそ、凄まじいエネルギーとバネを持つことができるのが、成長・脱出パッションの象限だと思っています
それは、一旦自分自身を無理に肯定することではなく、自分自身をきちんと認識して、その上で、自分はどうありたいのか、ということを考えていく
自分は今こうだからこそ、もっとこうなりたい、もっとここに進みたい、そういう気持ちが、今の自分を成長させてくれたり、今いる場所から脱出させてくれる、強いエネルギーになるとを思っています
それはあるとも思いますが、例えば、今の私のように、昔のようにはなかなか、となった時に、さらにそれをもっと成長・脱出しなくちゃと思う必要はないかなと
そんな自分を認識して、そんな自分だからこそ、大好きなことや、利他や、個性や、他のパッションへ移行する可能性もあると、思えるようなお話でもあったなあと思いました
3、自己認識はパッションの源認識
そう考えると、坂口さんの教えてくれた、自己認識は、今の自分自身を正直に見つめてみる、ということから始まるのかなとも思いました
無理に自分を肯定する色眼鏡をかける必要もなく、自分のまっさらを見つめてみること
その上で、自分自分のパッションの源が、今は、どこに向かったらいいのか、ということを改めて考えてみてもいいかなあとも思いました
昔のパッションの源をひきづっているのもなかなかしんどくなってきている私には、とても心に響くお話でした
また、この本を私はオーディブルで聞いたのですが、坂口さん本人が語ってくれていて、めちゃくちゃエンターテインメントで、一気に聞いてしまうほどの面白さで、かつ、内容がとても心に響くという、素晴らしい本でした
ということで、一言で言えば
自己肯定じゃなくて自己認識ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 今日も、ちゃ舞台の上でおどる 二〇二五年八月一日発行 著者:坂口涼太郎 発行所 株式会社講談社
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