上智大学外国語学部英語学科 教授の小川公代さんの言葉に新たな気づきを頂きました
曰く
"フロイトは、人間の行動には自分の欲求を満たそうとする「快楽原則」と、制約やその行為の結果を踏まえて欲望を制御する「現実原則」が働いていると言いました。"
"結局、「生きる」とは、経済的にうまくいけばいいという現実原則と自分は何に突き動かされているのかという快楽原則、この両方の均衡の上に成り立っているのだと思います。
そして、その快楽原則と深く関連するのが自分の「無意識」です。"
"頭で考えているだけではなく自分の中の無意識を汲みとろうとしなければ、血相が変わるほど夢中になれることや深く集中できる活動が何かは見えてこないのではないか。"
ここから私は思いました
1、現実原則と快楽原則のせめぎ合い
2、無意識に快楽原則あり
3、快楽原則こそパッションの源
1、現実原則と快楽原則のせめぎ合い
まさに、私の人生も、なんとか経済的に持ち堪えれるかと、やってて面白いことをいかに時間を作ってやるのか
このせめぎ合いでここまできているなあと、大いに共感させていただきました
そしてともすれば、経済的活動が忙しくなりすぎて、自分が一体何にワクワクするのかすら、忘れてしまうということも今でも起きています
ある程度の経済的余裕があるか、自給自足に振り切ることができているか
それがないと、どうしても、現実原則に引っ張られてしまう
それがなかなか難しいなあと常々思います
2、無意識に快楽原則あり
小川さんは、夢に怪物が出てくるという悪夢に、とても悩まされていたそうです
でもそれが後から考えると、快楽原則と逃げずに対話するために、無意識が悪夢を見させていたのかもしれないというようなことをおっしゃっています
自分の無意識はなかなか把握することはできませんが
なぜか、イライラしてしまう
なぜか、涙が出てしまう
変な夢ばかり見てしまう
などの何か普段と違う違和感を感じることが大切なのかもしません
そして、それが、実は、
自分の快楽原則を忘れてるのではないか?
というメッセージである可能性があるということは
大きな気づきとなりました
3、快楽原則こそパッションの源
私は常日頃、自分軸における、パッションの源を忘れないように、または、定期的に思い出すように、していくことがとても大切と言っているのですが
多忙すぎる毎日を送っている場合には、そんなことはなかなかできるものではないというふうにも思っています
でも、今回の、小川さんのお話のように、自分の無意識に、なんらかの異変が起きた場合には
ちょうど、パッションの源を、一度、おさらいする時期が到来しているよ、というアラームとして
活用させていただくことは、多忙な毎日でも、快楽原則、つまり、自分を突き動かすような、普段は忘れてしまっているかもしれない、パッションの源を思い出す
それを心に留めておいてもいいなあと思わせていただきました
ということで、一言で言えば
無意識を汲み取ろうとするノベーション
そんな話をしています^^
参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!