『間違えるということ』の著者、キャスリン・シュルツさんが、TED「間違えるということ」で、言われていることに、深く共感し考えさせられました。
曰く
「間違っているときには、ある感覚があります。それは、正しいと感じることです。」
「ほとんどの場合、何かについて間違っていることを知らせてくれる内的な手がかりはありません。手遅れになるまでは。」
そして、自分と違う意見を持つ人について、
「まず、私たちは相手が無知なのだと思います。自分と同じ情報を持っていないのだ、と。」
それでもなお同意しなければ
「相手は真実を知っていて、かなり頭もいいのに、悪意をもって真実を歪めている」と考えてしまう。
そしてシュルツさんは、「正しい」という感覚から外へ出ることを、道徳的、知的、創造的に、私たちがなし得る最大の飛躍だと語っています。
ここから私は思いました。
1、間違ってる自分は気づけない
2、「反対だったら?」を意図的に考える
3、答えを探し続ける自分を信じる
1、間違ってる自分は気づけない
自分が正しいと思いこんでいるときには、いろんなことを言われても、どうしてもその意見に固執してしまうことは、本当によくあることだなあと思います
特に、自分自身については、間違っていると思わないのに、他人がその人の意見に固執して見えることが、圧倒的に多いと思うのはその通りだと思いました
心理学者エミリー・プロニンさんらは、人は他人の認知バイアスには気づきやすいのに、自分自身のバイアスには気づきにくいことを示し、「バイアスの盲点」と名づけています。
さらに、チャールズ・ロードさんらの研究では、死刑への賛成派と反対派に、賛成・反対双方の研究を見せても、それぞれが自分の立場を支持する研究を高く評価し、両者の考えはむしろ分極化したという研究もあります
自分が「正しい」と思うほど、違う意見を持つ人を遠ざけてしまっている。ということにも気づけない
シュルツさんは、約1200年前にアウグスティヌスが、
「我間違う、故に我あり」
と考えたことを紹介しています。
間違えることは、人間の欠陥ではなく、人間であることそのものであると言っているのかもしれないなあと思います
とはいえ、間違っている自分自身が、その間違いに気づくにはどうしたらいいのでしょうか。少し悩んでしまいました
2、「反対だったら?」を意図的に考える
1984年、心理学者チャールズ・ロードさんらは、単に「公平に考えてください」と求める方法と、
「もし反対の結論が正しいとしたら?」
と考える方法を比較しました。
その結果、反対の可能性を意図的に考えることで、自分に都合よく情報を評価する偏りが抑えられました。
だから、
「私は正しいだろうか?」
だけではなく、
「もし私が間違っているとしたら?」
とまで考えてみるということが、一つの気づきを得る方法なのかもしれないなあと思いました。
また、心理学者レオニード・ローゼンブリットさんとフランク・カイルさんは、人は物事の仕組みを実際以上に理解していると思い込む「説明深度の錯覚」を明らかにしたそうです。
「では、それは具体的にどういう仕組みですか?」
と説明を求められることで、自分自身が、
「あれ、分かっていなかった」
と気づくことって、よくあることだと思います、
人に指摘される前に、自分で一回詳細までを考えてみる。
そうすると「分からない」を発見することができるのかもしれない
「もし私が間違っているとしたら?」
「もっと詳しく考えてみたら?」
この二つの自らへの問いが、もしかしたら自分の目を覚ましてくれる、着付け薬になるのかもしれないなあと思いました
3、答えを探し続ける自分を信じる
一方で、自分を信じることが大事だ、と言われることもあります。
あまりにも、自分への問いをし続けることで前に進めなくなってしまう、ようなこともあるのかもしれないなあとも思いました。
そこで思ったのは、「自分の答えは正しい」と信じることと、
「自分なら答えを探し続けられる」と信じることは違う
ということです
疑うのは、自分が今持っている答え。
信じるのは、間違っても、また考え、学び、やり直せる自分。
「私は正しい」と信じるのではなく、
「私は間違っても、また前に進める」と自分を信じることが大切なのかもしれないなあと思いました
間違っている時の自分に気づくことはとても難しい
でも、
「もし私が間違っているとしたら?」
「もっと詳しく考えてみたら?」
を常に問い直すことをすることで、気づくことができるかもしれない
それは、自分を信じないことじゃなくて
答えを見つけ続ける、自分を信じることとなる
そんな考え方が大切かもしれないと思いました
一言で言えば
自分は間違ってるノベーション
そんな話をしています
参考:キャスリン・シュルツ「間違えるということ」TED、2011年
キャスリン・シュルツ『間違えるということ』2010年
エミリー・プロニン、ダニエル・リン、リー・ロス「バイアスの盲点――自分と他者のバイアス認知」2002年
チャールズ・ロード、リー・ロス、マーク・レッパー「偏った情報の受け入れと態度の分極化」1979年
チャールズ・ロード、マーク・レッパー、エリザベス・プレストン「偏った情報評価を減らすための反対仮説の検討」1984年
レオニード・ローゼンブリット、フランク・カイル「説明深度の錯覚」2002年
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