1937年にノーベル生理学・医学賞を受賞した生化学者、アルベルト・セント=ジェルジさんの言葉に、イノベーションのあり方について、深く考えさせられました。
彼は、研究についても、こんな言葉を残しています。「研究とは、誰もが見ているものを見て、誰も考えなかったことを考えることである。」(原文より訳)
そして彼は、アメリカのウッズホールに移り住んで釣りを始めた時、いつも、とても大きな釣り針を使っていたそうです。
「私はいつも、とても大きな釣り針を使っていた。どうせ何も釣れないだろうと思っていたし、小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が、ずっと面白いと思ったからだ。」(原文より訳)
ここから私は思いました。
1、同じものを見て、違う問いを持つ
2、小さく始めても、大きな問いを忘れない
3、釣れなくても、大きな魚は面白い
1、同じものを見て、違う問いを持つ
イノベーションというと、とかく誰も見たことのない新しいものを見つけることだと思ってしまいがちかなと思います
先進事例調査や、未来予測プロジェクトなど、ついついまだ見ぬ未来をお手軽に探してしまうことも、あるかもしれないなあと思いました
でも、実は、本当に新しいものは、みんなが当たり前だと思って通り過ぎているものに、
「なぜ、こうなっているんだろう」
「本当に、これでなければいけないのだろうか」
と、誰も立てなかった問いを立てることにかかっている。
という言葉には、目から鱗が落ちる思いがしました
ジェルジさんも、植物が傷つくと茶色く変色するという、誰もが目にするような現象に着目し、その背景にある酸化還元の仕組みを研究する中で、後にビタミンCと呼ばれる物質の研究へとつながっていったそうです。
イノベーションとは、誰も見たことのないものを見る力ではなく、
誰もが見ているものに、違う問いを立てる力
そこに大きな鍵があるのかもしれない、と思いました
2、小さく始めても、大きな問いを忘れない
最初に大きな志があっても、あまりにも巨大な課題だと、進まなすぎて、諦めてしまうことが、あると思います
だから、まずは小さな成功から始めることは、間違いではない
しかし、それで満足してしまって、自分自身の大きな志を忘れてしまってはいかん、とジェルジさんは言ってくれているように思いました
答えを出しやすくしようとすればするほど、私たちは無意識のうちに、問いそのものまで小さくしてしまうのかもしれません。
イノベーターリップルモデルでも、自分自身の想いである「パッション」から始まり、「仲間」と共に、たくさんの人たちが喜んでもらえる「大義」を掲げていく
その「大義」は、決して小さくしてはいけない、大いなる「大義」のもとに、小さな成功を重ねながら、進んでいくということを、忘れちゃいけないと思いました
3、釣れなくても、大きな魚は面白い
そして私が最も考えさせられたのは、ジェルジさんが、「小さな魚が釣れないより、大きな魚が釣れない方が面白い」
と言っていることです。
誰もが見ているけど、自分だけが、これって何か違うんじゃない、とか、なんでこうなっているの?みたいな問いが出てくるものは
そう簡単には答えが出てくるものでは、ないことが多いと思います
でも、だからこそ、面白い
それは、なんらかの成果を早く上げて、みんなに認められたいというような外発的動機ではなく
自分の中からどうしてもこれを何とかして解いてみたいという、極めて内発的動機なのかもしれないなと思いました
答えがすぐに出ないような、問いを自分だけが思いついちゃった
これこそが、パッションの源に火をつける原動力なのかもしれないなと思いました
誰も見たことのないものを探すのではなく、
誰もが見ているものに、誰も考えなかった問いを立てる
たとえ何も釣れなくても、大きな釣り針を、海に投げ続ける。
それは、釣れない可能性も高いが、万が一釣れちゃったら、すごいことになるぞと考えると、ワクワクしちゃう
そんな、誰もが見ている当たり前のものに、大きな問いという釣り針を投げてみる
一言でいうと、大きな問いを楽しむノベーション。
そんな話をしています。
参考:アルベルト・セント=ジェルジ『生体とエネルギー』服部勉訳、みすず書房、1958年
米国ウッズホール海洋生物学研究所「アルベルト・セント=ジェルジ」紹介資料
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