ミュージカル 奇跡を呼ぶ男は、ゴスペルに溢れ、会場一体となりながら、めちゃくちゃ感動しました。そのプログラムの中で、主演の竹内涼真さんの言葉について、"信じること"について深く考えさせられました
曰く
「僕が作品を作る時は、まず疑うことが大事だと思っていて。疑って、疑って、そして信じる。この信じるスピードが早ければ早いほど成功するんです。
信じられる時を待つ、そんな人任せにはせず信じるために自らその世界を作ってその役になる。
そして一緒に仕事する人を信じ切る。」
ここから私は思いました
1、疑い抜くことでしか信じられない
2、信じるために先にその世界を生きる
3、信じるとは他者に委ねる勇気
1、疑い抜くことでしか信じられない
最初から信じるのではなく、まず疑う。
この順番が、とても本質的な気がします。
たとえば、ルネ・デカルトが『方法序説』の中で示したように、いったん「あらゆるものを疑ってみる」という態度は、確かなものにたどり着くための出発点でした。
疑うというのは、壊すことではなく、
「それでも残るもの」を見つける行為なのかもしれません。
だからこそ、疑い抜いた先にある信念は、揺らぎにくい。
もしかしたら、信じる力は、疑う力の深さに比例しているように思いました。
2、信じるために先にその世界を生きる
「信じられる時を待つ」のではなく、
信じるために、自分からその世界に入っていく。
モーリス・メルロー=ポンティが『知覚の現象学』で、人は世界を外から理解するのではなく、その中で生きることで意味をつかむと語っているように、
つまり、信じるというのは頭の中で完結するものではなく、
身体ごとその世界に入っていくこと。
役になりきる、環境をつくる、関係を築く。
そうやって現実の側から信念を引き寄せていく。
信じるとは、未来を待つことではなく、信じられる世界を自らが作り、そこに先に生きてしまうことなのかもしれないなあと思いました
3、信じるとは他者に委ねる勇気
最後に残るのは、「人を信じ切る」ということ。
ここが一番難しいところかもしれません。
ニクラス・ルーマンが『信頼』の中で、「不確実な世界を生きるために人は信頼という仕組みを必要とする」と述べているように、
相手がどう動くかは、本当はコントロールできない。
それでも委ねる。
そこにはリスクもあるけれど、
信じなければ成立しない関係や創造がある。
一人で完結する世界ではなく、
他者に開かれた世界を選ぶということ。
それが「信じる」という行為の、もう一つの本質なのだと思います。
それこそが、イノベーターリップルモデルでの、仲間を獲得する鍵となる
一言でいうと、
信じるとは、「疑い抜き、自ら創り、他者に委ねること」なのかもしれません。
それはまるで奇跡に思えるかもしれないなあと
奇跡を呼ぶノベーション
そんな話をしています
参考:ミュージカル 奇跡を呼ぶ男 音楽 アラン・メンケン 脚本 ジャナス・サーコーン/ウォーレン・ライト 演出 ジェニファー・タン 主催 ホリプロ/キョードーファクトリー 出演 竹内涼真 昆夏美 真瀬はるか マルシアなど https://horipro-stage.jp/stage/leapoffaith2025/
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