以前、私は
「まず矢を抜けノベーション」という話を書きました。
お釈迦さまの教えにある
「まず矢を抜け」
つまり
哲学的な議論より先に
まず目の前の苦しみを取り除くことが大事だという教えです。
寳幢寺(ほうどうじ)の僧院長・松波龍源さんからの教えでしたが
さらに、イノベーションの本質にも通じる、とても深い言葉を教えていただきました。
松波龍源さんは、番組の中でこう語っていました。
曰く
「自分自身のこととしては、苦から離れて楽を得ていきましょう。
他者に対しては苦を抜き、楽を与えましょうということ。
そこにお互いにですね苦というものがないような関わり方をするっていうのが慈悲という考え方なんだと思います。」
(参考:NHK ETV特集
「それ、仏教かも。〜謎の寺・寳幢寺の実験〜」2026/2/28)
この言葉を聞いて、私は3つのことを思いました。
1 イノベーションは「苦を抜く」ことから始まる
2 他者の苦を感じる力が、新しい価値を生む
3 競争ではなく「苦を減らす関係」が未来をつくる
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1 イノベーションは「苦を抜く」ことから始まる
イノベーションというと、
新しい技術
すごいアイデア
巨大なビジネス
そんなイメージが先に立ちます。
でも仏教の原点は、とてもシンプルです。
「苦をなくす」
実はこれは、現代のイノベーション論と驚くほど一致しています。
経営学者
クレイトン・クリステンセンはこう言っています。
「人々は製品やサービスを“雇う”のは、
自分の抱える問題を解決するためである。」
つまり
人は問題(痛み)を解決するために価値を求める。
ベンチャー企業のプレゼンでよく聞くのは、自分自身の体験として、痛みがあり、それをなんとかしたいというところから始まりました。ということです。
私がお話ししている。パッションの源の中では、特に、成長・脱出パッションというのは、自分自身の中にある痛みをなんとかしたいという思いから、情熱が迸る。それはすごく強い情熱にもなると思います。
仏教は2500年前に
イノベーションの本質を言っていたのかもしれません。
苦を抜くこと。そこに情熱が迸る
そこからすべては始まるのだと思います。
2 他者の苦を感じる力が、新しい価値を生む
仏教では
慈悲とは
苦を抜き、楽を与えること
と説明されます。
これは実は
哲学や倫理学でも重要なテーマです。
哲学者ショーペンハウアーはこう言っています。
「同情(compassion)こそが道徳の基礎である。」
つまり
人間の倫理は
他者の苦を感じ取る力
から生まれる。
イノベーションも同じだと思うんです。
誰かの不便
誰かの不安
誰かの孤独
そこに気づく人が
新しい価値を作る。
これもベンチャー企業のプレゼンで多いのは、特に肉親の方の痛みをなんとかしてあげたいという気持ちから、という話をよく聞きます
中には、情熱のポートフォリオにおける、利他パッションが強い方は、ボランディアなどを積極にされている方がおられると思います
先日も、お話ししましたが、アフリカの貧困層をなんとかしたい。そんなパッションの方々もいらっしゃいます
テクノロジーより先にあるのは
共感なのかもしれません。
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3 競争ではなく「苦を減らす関係」が未来をつくる
現代社会はどうしても
勝つ
負ける
奪う
競争する
という構図になりがちです。
でも仏教の慈悲は少し違います。
「お互いに苦がない関係を作る」
これは、実は社会哲学にもつながる考え方です。
哲学者マルティン・ブーバーは
「人間は“我―汝”の関係の中で真に存在する」
と言いました。
相手を手段ではなく
存在として尊重する関係。
その関係の中で
人は本当の意味で創造する。
だから私は思うんです。
本当に強いイノベーションは
誰かを倒すことで生まれるのではなく
誰かの苦を減らすことで生まれるのかもしれないなと
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技術が進んでも
社会が進んでも
最後に残る問いは
とてもシンプルなのかもしれません。
この世界の苦を、少しでも減らせているか。
全世界一世帯あたり一法人化の話をたまにしますが、それも、一世帯一世帯が、誰かの痛みを減らそうとする、そんな世界ができればいいなあと思ったりもしています
と言うことで、
一言で言えば、
お互いに苦をなくしていくノベーション
そんな話をしています
参考: NHK ETV特集 それ、仏教かも。~謎の寺・寳幢寺の実験~ 2026/2/28
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