イエズス会の神父の李聖一さんの言葉にイノベーションのあり方について、考えさせられました
曰く
”他者への他者っていう時に、アザーズっていう時によく言われるキリスト教って、隣人愛の宗教ですよねとかっていう
隣人という概念とは全然違います。
私の隣人とか私の近くにいる人じゃないんです。
アザーズっていうのは最も小さい人々
そしてこの正義というものから、弾き出されている抑圧されている人々”
ここから私は思いました
1、他者とは、私の近くにいる人ではない
2、正義から弾き出される人を思う
3、最も小さい人から世界を見る
1、他者とは、私の近くにいる人ではない
ここで言われている通り、私も「隣人愛」とは、周りにいる人たちのことを指しているのかと思っていました。
しかし、今回のお話の中で語られるアザーズ:他者とは、「最も小さい人々」。
私はこの言葉を聞いて、むしろ、自分から遠く離れた人にまで想像力を向ける、ということなのかと思いました。
価値観も違う。境遇も違う。自分とは接点すらなく、放っておけば、その存在に気づくことさえない人。
そういう人たちの存在にまで目を向けるという考え方に、とても考えさせられました。
哲学者エマニュエル・レヴィナスは、他者を、自分の理解の中に完全には回収できない存在として捉えました。
つまり、自分が理解できる人だけを見るのではなく、自分には理解できない人がいるということを、まず認識する。
そして、その人の側から世界を見ようとすることができるか。
私はこの「他者」という考え方に、宗教という枠を超えて、社会やイノベーションを考える上でも大切な視点があるように思いました。
2、正義から弾き出される人を思う
正義とは、本来、人を守るためのものですが、土地と場所、文化、風土、育ち方が違えば、各々の正義がそこにはあるということに難しさを感じることがあります
『進撃の巨人』の壁の内側と壁の外側で正義が違うように、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンとジャベール警部の正義が違うように、
各々の正義があるがゆえに、その正義から弾き出されてしまう人が生まれることもある
だからこそ、本当に問わなければならないのは、
「これは正しいか」だけではなく、「この正しさから、誰がこぼれ落ちているのか」ということも重要ということを、改めて教えていただけた気がします
正義の中心に立って世界を見るのではなく、その正義から弾き出された人の側から、もう一度世界を見直してみる。
そこに「他者」という存在が持つ、大きな意味があるようにも思いました
3、最も小さい人から世界を見る
そして私は、ここにイノベーションの原点もあるように思いました。
イノベーションというと、例えば成長産業を狙えなど、多くの人に受け入れられるものをつくることだと考えがちですが
しかし、本当に世界を変えるものは、むしろ、これまで見過ごされてきた「一人」から始まるのかもしれないとも思います
その人の場所に立って世界を眺めてみると
すると、それまで当たり前に見えていた社会の仕組みに、まったく違う景色が現れるのではないかと
最も小さい人は、社会の弱点を最も早く教えてくれる存在でもあるとも思いました
だから、その一人のために仕組みを変えることは、単なる救済ではなく、その一人が見せてくれた世界から、これまで誰も気づかなかった課題を発見し、新しい仕組みをつくっていくことができる
それこそが、真のイノベーションなのかもしれないなあと思いました
多数の人が見ている場所から、未来を見るのではなく
最も小さい人の場所に立ったときに初めて見える未来がある。
一言でいうと、最も小さい人から見る世界ノベーション。
そんな話をしています。
参考: NHK こころの時代~宗教・人生~“他者のために” アルペ神父と広島8月10日(月) https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973
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