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愛する能力ノベーション(1935回)
2026-08-14 17:04

愛する能力ノベーション(1935回)

映画『アイ・アム・サム』に、人間の能力とは何なのか、深く考えさせられました。


あらすじは、こんな感じです。

「知的障害のある父サムは、一人娘ルーシーを育てていましたが、養育能力を問題視され、娘と引き離されてしまいます。サムは娘と再び暮らすため、弁護士の力を借りながら闘っていきます。」


ここから私は思いました。

1、能力とは何か

2、弱さは、つながる力になる

3、愛する能力


1、能力とは何か


学校も会社も就職も、様々な試験によって「能力」を測られるので、それに合格するために必死にみんな頑張っているんだと思います


確かに提供すべきサービスを、サービス提供者になったら、きちんと提供する必要があるので、それは必要なことなんだろうとも思います


そんな世界では、サムには、できないことがたくさんあります。


けれど、娘を愛するという「能力」においては、彼は誰にも負けないものを持っていました。


ここに、この映画が突きつけてくる大きな問いがあるように思います。


そもそも、人間の能力とは何なのだろう。


測りやすい能力だけを「能力」と呼んでしまった瞬間、私たちは、人間にとって本当に大切な「能力」を見失ってしまうのかもしれないなあと思わせて頂きました


2、弱さは、つながる力になる


サムは、一人ではルーシーを育てられないから、周りの人たちに助けてもらいます。


普通なら、それは親としての「弱さ」と評価されるかもしれません。


ここで、戸谷洋志さんの『弱い責任』という考え方を思い出しました。


私は、自分でできないからこそ、積極的に人に頼りに行くことが、本当に責任を果たすということになるのではないかと思いました。


「一人でできない」ということを認め、誰かの力を借りることも、一つの能力なのではないかと思いました。


弱さを隠して一人で抱え込むのではなく、弱さを開くことで、人と人との間につながりが生まれる。


サムの子育ては、一人の強い父親が娘を守る物語ではなく


弱さを持った人たちが互いに補い合いながら、一人の子どもを育てていく、つながりの物語にも見えました。


3、愛する能力


今回のお話から私が感じたのは、もしかしたら、人間が持つさまざまな能力の中で、最も根源的なものの一つが「愛する能力」なのかもしれない。いうことでした。


記憶力がいい人もいれば、頭の回転が速い人もいれば、人の気持ちを慮ることができる人もいる。


各々、背が高い人がいたり、筋力が強い人がいたり、走るのが速い人がいたり


身体と同じように「能力」も、人それぞれで得意なこと、不得意なことがあるのが、自然だし、それが特徴として、個性が生まれるのかなとも思います


そんな中で、もしかしたら、誰もが根源的に持っていて、そして最強な「能力」は、「愛する能力」なのかもしれないなあと思いました


そして、その「能力」を忘れずにいられれば、得意なことや不得意なことが違っていても、互いに補い合いながら生きていけるのではないか。


サムがルーシーに与え続けたものは、まさにそれだったような気がします


「できること」の量だけで測る社会から、


「誰かを愛することができる」という、数値化できない能力も大切にする社会へ。


イノベーションも同じなのかもしれません。


足りないものを探して人を排除するのではなく、その人にしかない力を見つけ、それぞれの弱さを補い合う。


そこから、今までとは違う社会の形が生まれてくるのではないでしょうか。


それは、イノベータリップルモデルの、誰かの「パッション」から、自分だけではできないところを「仲間」と共に補い合いながら、誰かが喜んでもらえる「大義」へと波紋が広がっていくのにも、呼応することかと思います


一言でいうと、愛する能力ノベーション。


そんな話をしています。


参考作品:映画『アイ・アム・サム(I am Sam)』2001年/監督:ジェシー・ネルソン/Amazon Prime Videoにて視聴

参考:戸谷洋志『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』講談社現代新書、2024


動画で観たい方はこちら

https://youtu.be/kuR0aebDAfE


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