ゲド戦記の翻訳者である清水眞砂子さんからの言葉に考えさせられました
清水さんが、ゲド戦記のメッセージなのではないかと言われていた次の言葉です
「世界に希望が残されているとしたらそれは名も無き人々の中にある」
(『ゲド戦記』より)
ここから私は思いました
1、未完成感
2、承認欲求の沼
3、誰もが創造者
1、未完成感
ダニエル・カーネマンは、「私たちは、自分が理解していると思い込むことで、実際よりもはるかに世界を理解していると錯覚する。」と言われています
これはなかなか自分にも戒めなければいけないなと思います
うまくいった経験が増えるほど、「これでいい」という確信が強くなるし
でもその確信は、自信にもなるけれども、新しい可能性への感度を鈍らせてしまうことがあるのかもしれないなあと
名もなき状態というのは、まだ確信がない状態。
だからこそ、試せるし、疑えるし、変われる。
希望は、確信の中ではなく、不確かさの中、常に未完成であるという気持ちに生まれるのかもしれないなあと思いました
2、承認欲求の沼
これは自分もそうですが、評価される経験をすればするほど、その評価を失いたくなくなる。
すると、いつの間にか「その路線で他人に評価される行動」を選ぶようになる。
エーリッヒ・フロムは、「人は自由であることの不安から、他者の評価に依存してしまう」と言われています
本当は自由に創造できるはずなのに、
他人の期待の中に、自分が閉じ込められてしまうこともあるのかもしれないなあと
でも、名もなき人とは、評価に縛られない人で、むしろ自らのパッションの源に正直でいられるかどうかかもしれないなと
だからこそ、少し変なことや、まだ意味がわからないことにも踏み出せる。
その一歩が、結果として新しい価値につながっていくのかもしれません
3、誰もが創造者
ハーバード大学の広中平祐教授が言われていた通り
「誰かに編み物をしてあげたり、庭の手入れをしたり、日々の工夫をして生きている人たちは、みんな創造者である」と思います
創造というと、どうしても特別な才能や、大きな成果を思い浮かべてしまいますが
でも本当は、日々の中で誰かのために工夫すること、少しでも良くしようと手を動かすこと、それ自体が、すでに創造なのだと思います。
だから、日常を生きている一人ひとりが、誰かのために何かをしてあげる、ということをしている限り、そこに創造がうまれ、そして希望が生まれていく
ハンナ・アーレントは、人間を「新しい何かを始める存在」と捉えました。
どんな小さな行為でも、誰かのためにその人が一生懸命考えたことならば、それは世界を少しだけ更新して
名もなき営みの中にある、小さな創造。
それが積み重なって、やがて大きな変化になり、希望につながっていくのかなと
希望とは、名もなき誰もがすでに持っている、小さな創造の中にあるのだと思いました
ということで、一言で言えば
名もなき人ノベーション
そんな話をしています
参考: NHK Eテレ東京 こころの時代ライブラリー
己の影を抱きしめて 清水眞砂子 初回放送日2024年1月26日(金)午後
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