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人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション(1942回)
2026-08-20 17:21

人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション(1942回)

ブルトンさんの『シュルレアリスム宣言』の言葉に、誰の人生にもあるシュルレアリスムの考え方を教えて頂きました。


曰く

「私は純粋にシュルレアリスム的な悦びを信じている


つまり、他のすべてのひとびとのあいつぐ挫折を知りつくしていながら


自分がうちのめされたなどとは思わずに


のぞむところから出発し、理にかなった道とはちがうあらゆる道を通って


行けるところまで行く、人間の悦びをである。」


ここから私は思いました。

1、人生はデペイズマンの嵐

2、人生をシュルレアリスムとして楽しむ

3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむ


1、人生はデペイズマンの嵐


この言葉から、私はブルトンさんがシュルレアリスムを唱えた意味の一つが、少しわかるような気がしました


つまり、単なる作品として悦ぶことや、知的好奇心を満足させるためのものじゃなくて


もしかすると、大変な人生をいかに喜びに満ちたものとして過ごしていくことができるか。


そんな思いも、シュルレアリスムに託されていたのかなと思いました


デペイズマンとは、シュルレアリスムの代表的な考え方で、見慣れたものを、本来あるはずの場所から引き離し、異質な場所に置くことで、新しい見え方を生み出すことができる、そんなことかと思います


自分の人生で考えてみたら、思いも寄らなかったことはたくさんあって


僕が今オープンイノベーションをやっているのも、たまたま久しぶりに会った先輩に誘われた先に、オープンイノベーションのイベントがあって


まるで、シュルレアリスムを象徴する「解剖台の上のミシンとこうもり傘」のように、

自分がそれまで出会ったことのない人たちや、まったく違う行動様式と突然出会った。その衝撃が


まさに今の自分を創ることに繋がっていることを考えると、あれが自分のデペイズマンだったのかもしれないなと思います


オープンイノベーションプロジェクト立ち上げの何度にも及ぶ失敗や、実際のビジネスでの手痛い撤退など思い描いていた人生の配置を大きく崩されるような出来事も、たくさんありました。


それもまた、人生に起きたデペイズマンだったのかもしれません。


うちの父は、「まさかの坂に気をつけろ」とよく言っていましたが、それを思い出しました


2、人生をシュルレアリスムとして楽しむ


そんな突拍子もない人生の出会いを、良きにせよ悪しきにせよ、どう受け止め、どう味わうことができるか、ということをブルトンさんは問いかけてくれてるのかと思いました


ダリのえび電話のように、受話器が海老だった時に、気持ち悪いと言って、手を離すか


面白いと言って、エビの感触や匂いを楽しみながら、電話をするか


それは、秋元康さんが言われていた、うんこを踏んだ時に、なんてついてないんだと思うか、なんて運がついてるんだと、どちらに思うか論にもとても通じる気がしました


もちろん、起きた出来事そのものを、無理に良いものだと思う必要はないし、痛いものは痛いし、失敗は失敗なのだと思います。


でも、その出来事によって、それまでとは違う場所に自分が置かれてしまった時に、『こんな配置もあるのか』と眺めてみる。


それが、人生をシュルレアリスムとして悦ぶ、ということなのかもしれません。


その「ずれ」や「違和感」そのものを、すぐに元に戻そうとせず、しばらく味わってみる。


思いがけない出来事も、道を外れたことも、偶然の出会いも、人生という作品をつくる一部だと考えてみる。


「悪い出来事を良い出来事に変える」のではなく、

「予定された意味から出来事を解放する」


そうすると、例えば人生の挫折の見え方さえ変わってくるのかもしれないなあと思いました


3、そこに生まれる新結合の価値を楽しむ


シュンペーターが、イノベーションを「新結合」と捉えたように、デペイズマンにも、それまで関係のなかったものを思いがけず出会わせる力があります。


デペイズマンが起きる。

異質なものが出会う。

そこから新結合が生まれる。


この二つには、どこか深いつながりがあるような気がしました。


人生のデペイズマンによって、私たちは異質な人、場所、経験、考え方と出会い、本来なら出会わなかったもの同士が、偶然、同じ場所に置かれる。


そこから、例えば私がオープンイノベーションの人生を独立して歩み始めたように、思いもしなかった新結合、そして人生が生まれることがあるのかもしれないなあと思います


大切なのは、

人生で偶然生まれてしまった組み合わせの面白さを、逆にこれって面白いのでは?と楽しむ方向へもっていけることなのかもしれません。


そこには、合理性だけではたどり着けない、セレンディピティを生む、イノベーションの種があるのではないでしょうか


挫折によって配置が崩れ、そこに異質なものとの出会いが生まれ、思いがけない新結合へとつながっていく。

人生には、そんなこともあるのかもしれません。


一言でいうと、人生のシュルレアリスムを悦ぶノベーション。


そんな話をしています。


参考:NHK「100分de名著」ブルトン『シュルレアリスム宣言』(3)「異質なものを並置せよ」2026年8月17日放送


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